第33話:海の向こうへ【最終話】
ひとまず第一部はこちらで終わりになります。
お読みいただきありがとうございます。
私自身、小説を書くことがはじめてでした。
転生系のアニメは大好きで配信アプリで毎日のように見ております。
文才がない私でもAIと二人三脚でやればなんとか作れました。
良かったらご感想等いただければ幸いです。
議会制度、婚礼、孤児院、高等教育機関、会社法と株式市場――積み重ねてきたこれらの改革が、ようやく国の隅々にまで根付き始めてから、幾年もの歳月が流れていた。
初夏の柔らかな日差しが、庭の芝生に木漏れ日を落としていた。エルダシアの王城の庭では、ラディウスとエレインの子どもたちが、無邪気に駆け回っていた。長男のアルスは、既に十歳を迎え、父譲りの濃紺の髪と、母譲りの意志の強い碧眼を持つ少年だった。まだあどけなさの残る顔立ちだが、書物に向かう時の真剣な眼差しは、どこか父ラディウスを思わせる。父譲りの好奇心で、城の書庫に入り浸っては魔方陣の書物を読み漁っている。長女のミリアは七歳、母エレインによく似た淡い金髪と碧眼、くりくりとした大きな瞳が印象的な少女で、いつも兄の後を追いかけ、頬を紅潮させていた。
「アルス、また書庫に籠もっていたのですか。少しは外で遊びなさいな」
エレインが、苦笑まじりに声をかける。
「母上、この魔方陣の術式、父上が幼い頃に組んだものだと聞きました。僕にも、いつか分かるようになるでしょうか」
「あなたなら、きっと」
その光景を、執務室の窓から見下ろしながら、ラディウスは静かな満足感を覚えていた。
(この国は、もう僕がいなくても回り続ける。議会も、産業も、そして――次の世代も、しっかりと育っている)
王都から離れた、ヴァレンシア王国の南岸。人目につかない入り江には、数年をかけて密かに建設が進められてきた造船所があった。
「ラディウス様、船体の設計、ほぼ完成しております」
技師長が、図面を広げながら報告した。そこに描かれていたのは、これまでのどの船とも一線を画す、鋼鉄の船体を持つ、魔石機関を動力源とする巨大な外洋船だった。
「これだけの船を動かすには、相当な魔石が必要になるはずだ」
「はい。ですが、ラディウス様がこれまで築き上げてきた魔石の供給網があってこそ、実現できる規模です」
ラディウスは、静かに、しかし確かな高揚を胸に抱いていた。
(この大陸で成し遂げるべきことは、一通りやり遂げた。議会も、教育も、産業も、そして帝国との共存も。……なら、次は)
船出を数日後に控えたある日、ラディウスは議場を訪れ、正式な辞表を提出した。総理の座をギルバートに譲ってからも、彼は商工代表の一議席として、議会に籍を置き続けていた。
「殿下、まさか、議員の任まで、お辞めになるおつもりですか」
ギルバートが、驚いた様子で辞表に目を通した。
「ああ。海の向こうへ、しばらく旅に出ることにした。いつ戻れるかも分からない身で、議席だけを持ち続けるのは、筋が通らない」
「ですが、殿下がいなくなられては、議会も心細く……」
「心細くはないさ」
ラディウスは、静かに議場を見渡した。商工代表の議席には、かつて反対していた貴族たちの姿も、今では自然に馴染んでいる。平民代表の議席にも、学舎で学んだ若い世代が、次々と名を連ねるようになっていた。
「この光景を見れば分かるだろう。もう、僕がいなくても、この国は回る。それを確かめるためにも、一度、僕はここを離れてみようと思う」
「……承知いたしました。殿下のご武運を、心よりお祈り申し上げます」
ギルバートは、深く頭を下げた。こうして、議会での最後の役目を終えたラディウスは、一介の商会代表として、そして一人の父として、新たな旅への準備を静かに進めていった。
潮の香りを含んだ風が、港に集う人々の髪を揺らしていた。数ヶ月後、巨大な船――「エルダシア号」と名付けられたその船が、ついに完成した。ラディウスは、エレインと、限られた側近たちだけを伴い、静かに港を訪れた。
「ラディウス様……これは、一体」
エレインが、目の前の巨大な船を見上げ、驚きの声を上げた。
「エレイン、済まない。これまで、君にも黙っていた」
ラディウスは、静かに、しかし晴れやかな表情で告げた。
「この大陸でやるべきことは、一通りやり遂げたと思う。議会は動き始めた。学びの場も、産業の仕組みも、根付いた。帝国とも、剣を交えずに済む道を見つけられた。子どもたちも、もうしっかりと自分の足で歩き始めている。……だから、次は、海の向こうを見てみたいんだ」
「海の、向こう……」
「まだ誰も見たことのない土地が、きっとある。そこに何があるのか、この目で確かめたい」
エレインは、しばし言葉を失っていたが、やがて、静かに微笑んだ。
「あなたは、本当に……止まることを知らないお方ですね」
そう言った直後、エレインは、ふと何かを思い出したように、小さく吹き出した。
「どうした、急に」
「いえ、その……昔、あなたが、あんなにも必死に力を隠そうとなさっていたことを、ふと思い出してしまって」
エレインは、笑いを堪えきれない様子で、肩を震わせていた。
「目立ちたくない、大人しく生きたい――そう仰っていた方が、今では、大陸の外にまで飛び出そうとなさっている。あの頃のあなたに、今の姿を見せてあげたいくらいです」
「……人聞きが悪いな。あの頃だって、僕なりに理由があったんだ」
ラディウスは、僅かに気恥ずかしそうに眉を寄せたが、その口元にも、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「でも、否定はしないよ。まさか自分でも、こうなるとは思っていなかった」
「危険な旅になるかもしれない。だから、無理にとは言わない。この国のことは――」
「ラディウス様」
エレインは、ラディウスの言葉を遮るように、はっきりと告げた。
「わたくしも、参ります。それに――」
彼女は、後ろに控えていたアルスとミリアに、静かに視線を向けた。
「アルス、ミリア。二人とも、父上と一緒に、海の向こうを見に行きたいと、ずっと言っていたでしょう」
「母上……! 本当に、良いのですか!」
アルスが、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「僕、書庫で読んだ本に載っていた、未知の大陸の話……ずっと、自分の目で確かめてみたいと思っていたんです!」
「わたしも、行きたいです! 父上と、母上と、みんなで!」
ミリアも、兄に負けじと声を上げた。
ラディウスは、目の前の光景に、しばし言葉を失っていた。
「……本当に、いいのか。危険が、全くないとは言えない」
「ラディウス様」
エレインは、静かに、しかし力強く、ラディウスの手を取った。
「議会は、もうあなたがいなくとも回り続けます。それこそが、あなたが目指してきたものではありませんか。ならば――今度は、あなたお一人で背負う旅ではなく、家族みなで、新しい景色を見に行く旅にしても、良いのではありませんか」
ラディウスは、エレインの言葉に、静かに頷いた。
「……そうだな。一人で切り拓く時代は、もう終わったのかもしれない。ここから先は、家族で、そして次の世代と共に、進んでいく番か」
港には、既に旅支度を整えたダグラスの姿があった。
「殿下、今回も、私が護衛を務めます。未知の海の向こうとなれば、なおのこと、お側を離れるわけには参りません」
「歳を考えろ、ダグラス卿。……とは、もう言わないでおくよ。頼りにしている」
長年の付き合いの中で、既に幾度となく交わしてきたやり取りだった。ダグラスは短く頷き、船へと乗り込んでいった。
一方、見送りの列の先頭には、白髪の増えたバジルの姿があった。
「坊っちゃま……いえ、もう坊っちゃまと呼ぶのも、そろそろ憚られる歳になられましたね」
「今更、他の呼び方はやめてくれ、バジル」
ラディウスが苦笑すると、バジルもまた、目元を緩めた。
「この国の留守は、これまで通り、私にお任せください。坊っちゃまが切り拓かれたこの国が、どれほど遠くまで育っているか――お戻りになった時、きっと驚かれることでしょう」
「ああ。楽しみにしている」
長年、それぞれの立場から支え続けてきた二人との、いつもと変わらぬやり取り。それは、これから始まる大きな旅にも、確かな安心感を与えてくれるものだった。
汽笛にも似た出航の音が、静かな港に響き渡った。見送りの人々に手を振りながら、ラディウス、エレイン、そしてアルスとミリアを乗せた「エルダシア号」は、ゆっくりと港を離れ、大海原へと舳先を向けた。潮風が頬を撫で、遠ざかる王都の輪郭が、次第に水平線に溶けていった。
甲板に立つラディウスの耳に、波を切る船体の音、鴎の鳴き声、そして帆布が風を孕む音が、心地よく響いていた。かつて、この国のために幾つもの戦いを乗り越え、幾つもの制度を作り上げてきた日々が、今、遠い記憶のように感じられる。だが、それは決して色褪せたものではなく、確かな手応えとして、彼の胸の内に静かに残り続けていた。
「父上、あの水平線の向こうには、本当に、新しい大陸があるのでしょうか」
アルスが、船首に立ち、遠くを見つめながら尋ねた。潮風に、彼の髪が揺れている。
「分からない。だからこそ、確かめに行くんだ」
「僕も、父上のように、新しい何かを見つけられるでしょうか」
「きっと、見つけられるさ。お前には、お前だけの目がある」
ラディウスは、息子の肩に手を置きながら、静かに微笑んだ。傍らでは、ミリアが、母エレインと共に、船縁から広がる大海原を、目を輝かせながら見つめていた。夕陽が、水平線の彼方を、橙色と紫色の淡いグラデーションに染め上げている。少し離れた甲板の一角では、ダグラスが未知の海域を見据えながら、静かに警戒の目を光らせていた。主一家の旅の安全を守る役目に、これまでとは異なる種類の気の引き締まりを感じながらも、その表情には、確かな頼もしさが滲んでいた。
弱小国の第八王子として生まれ、力を隠して生きることを望みながら、結局は、その力と知恵で、一つの大陸の在り方そのものを変えてしまった青年。彼の物語は、ここで一つの区切りを迎える。
だが、彼の旅は、まだ終わらない。今度は、彼一人の旅ではなく、家族で紡ぐ、新たな旅として。
水平線の彼方、地図にすら描かれていない未知の大陸へと向けて、エルダシア号は、静かに、しかし確かな航跡を残しながら、家族を乗せて進み続けていった。夜の帳が下り始めた空には、これまで見たこともないほど鮮やかな星々が、一つ、また一つと瞬き始めていた。
(第一部・完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これにて「力を隠していた第8王子、英雄になる」第一部は完結です。全33話、長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
弱小国の第八王子が、隠していた力と前世の知識を武器に、剣ではなく信頼と技術で大陸を変えていく物語――少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。
セカンドシーズンは「新大陸開拓記」を考えてます。
需要がありそうだったらまた投稿していきたいと考えております。
いま次回作は釣りガールが美味しい魚を求めて釣りをする小説を書いております。
私自身が釣りが好きなのでこちらはかなりリアリティが
ある作りになっております。
これまで感想やブックマークをいただいた皆様、本当にありがとうございました。またどこかでお会いできますように。




