始める。
電車に揺られ船を漕ぐ、飛行機雲を追って回る車輪はいつもより静かな気がした。
聞けばこの電車さえも専門の生徒が指揮し運転していると聞く、それはまるで大人のいらない子供の夢見た世界。
だとしたのならどこまで酷いと言える、下に見られる大人達か、道標も無い暗闇をただ我武者羅に進む生徒達か。違くはない、ただ、どれもこれもたった一つの常識が変わったことによる副産物に変わりは無いのだ。
ある晴れた日のこと。
幼い手達は風になびかれた成熟の麦畑のように左右に揺れ、小さく多くこちらに振ってくれる、貴方はそれを向日葵のような笑顔で受け入れてくれる。
思い浮かべてくれ、私達が貴方と一緒にお酒を飲む姿を、私達の晴れ着に涙流す貴方の顔を、卒業おめでとうと涙こらえみんなでいい合ったあの日を
小さく頷き涙さえ飲み込み貴方との思い出にしたい。
そうだ、これは貴方に冠を送る物語だ。
-(*)
雨を打つようなキーボード音がそこらかしらで聞こえてくる、彼らは綺麗に整列された机に座り狂ったように0と1で形成された文字盤を見つめ紙に記し文字を打つ。
傍らに座る腰に刀を携えた男は苦笑いを浮かべてる、右に行こうが左に行こうが常に追われている人と追う書類が視界に移る、下を向いてもそのフローリングさえ紙、紙、紙。
この地獄のような場所は学園都市第一学部普通科、球の形の学園都市をピザのように16等分に分けた一欠片の街。
本来の普通科は、他の学部とは違い基礎を押し固める学部、専門的なことには手を出さない一方基礎に忠実、来年から本確的に学園に入る初等部の生徒達の候補に人気である。
「毎年学部ランキング上位に残る学園1最もフリーダムな学部ッ!ねぇ……ははっ今じゃ見る影もね〜。」
「ちょっと!仙都君!こんな時にサボらないのです!ただでさえ忙しい時にです!」
「これのどこがフリーダムなんスか〜?」
「あんな事件があったあとで私達センスがサボれるとでも?です。身の程です。」
「凄かったですもんね〜。普通科を襲ったテロ……それに実行したのはあの三大犯罪グループの善行猪ときた。勿論計画されていた2回の失敗に続き3回目は調査遠征は断念、亡くなった8クラス約240人の親御さんへの電話対応、死亡生徒の生徒証合わせ、人形プログラムへのキャンセル書類整理、一気に来ましたね。」
「嘆くのは書類仕事だけではないのです。初等部や外から来た小学生達が新たな一歩となる門出に火薬を投げ込む非道な事件です、幾ら非常識と言えどこれは……許されないのです。」
「……そっすか。」
「思っていたより淡白なのですね」
「ええ興味ないですから」
険悪、多重に積み重なる仕事と書類の量は比例している。それによるストレスが空気を重くしていく。
その空気を断ち切るように差し伸べられたゴツゴツとした手の平の持ち主は丸眼鏡のうっすらと浮かべた笑いが印象に残る男だった。
「い〜やぁ?仲違いはダメよ〜。ほら握手仲良しの合図〜」
「「……」」
「あれ?無視〜?」
「いやすみませんお兄さん、ここは関係者以外は立ち入りを断らせていただいてまし…」
「うッそ!雪ナッ゙…!?」
「誰?」
「おマッ!?……マジデスカッ!?!?」
「うるせぇよ」
先程の「クール」「出来る女」を醸し出していた同級生の色眼鏡に移るは丸眼鏡の男、猫のような口角の男に猫なで声で擦り寄っていく同級生に冷たい瞳が止まらない、さぁどうしようか。
見たことあるようなないようなうっすい顔、ただ反応からしてこの男が有名人ということは理解する。
「せ、せせせっ、雪那さんはぁ…なんでぇ……ここにぃ、いるんなのですぅ?」
「いやだから誰なのか教えろって」
「はぁ!?野球だとしたらイ〇ロー!将棋は藤〇聡太!ディ〇ニーだとしたらミッ〇ーマウス!国語辞典だとしたらわざわざ目次に名前が乗るほどの!超!有!名!人!!なのです!!」
「名前教えろって言ってんスよ!あと国語辞典に目次はねぇだろ!」
「ならば耳を掘り進めながら聞くなのです!!」
この空気、ジメっぽいのか熱っぽいのかは分からないが自分がいま冷ややかな目をしているのがわかる。
「この方は!警察科 風紀矯正委員のNo.2!!雹の粒纏し豹の化身、その麗しき剣筋と凍える斬撃を振りかざす正義の星からの冰剣使い!新倉雪那様なのです!」
「……っ!?」
文字に表せない驚嘆の音が喉から漏れる。
驚くのも仕方がないだなんて言い訳をするつもりはない、がテレビでよく見る芸能人が目の前に現れた気分だ。
作りかけのロボットのような笑みを浮かべているこの男は、この学園の風紀を正すいわば学園都市のお巡りさん。
そこのNo.2といえばその実力が測れるのだろう、豹の名を持ちそこらの新聞でよく見るイケすかねぇ顔。
「なぁ〜にぃ?俺が相当のえりぃとだってこと……今更気づいちゃったのぉ?」
「微妙にしっとりして……てかなんでそんなガチガチのエリート様がこちらに?」
「えっとね、それはねぇ……」
その時、隣のオタクが断末魔に近い悲鳴をあげる。
勿論隣にいた俺の耳の奥にクリーンヒット、さよなら満塁ホームラン。もれなく俺の鼓膜の窓は解き放たれ新たな新鮮な風が入ってくることだろう馬鹿野郎。
「なんスか急に!?」
「羽会長に呼ばれていたのを完璧に忘れていたのですっ…!」
「そんな事で耳元で叫ぶなアホくせぇ!」
「いや!でも!あの時間にルーズな会長に遅刻しましたと、ドアを開けるものなら海か山か聞かれコンクリとともに沈むのです。」
「なら1分たりとも早く行けばいいじゃないスか。」
「じゃあ話しかけんなよッ!!」
「なんだお前」
そういうと彼女の背中はたちまち小さくなっていった。
スリッパだと言うのになんというスピード、廊下を走ってく姿はまさに天敵に追われるリス、彼女の背丈と比べてこの比喩は上出来だと思う(笑)
「彼女は元気だね〜」
「今回だけの特別仕様スよ、いつもはまだ真面目ッス。」
「君は?」
「俺っすか?そりゃあ不真面目代表みたいな、それでキャラが成り立っているというか。」
「そう?君は誰よりも真面目な気がするけど……」
うすらぬるりと眼鏡の奥は奇妙な視線を感じる、一体彼の瞳は俺のどこを覗き込んでいるのだろう。
「てかあの馬鹿が叫んだせいで聞いてなかったんすけど、あんたはなんでここに?」
「あぁ、そうだったね。次期に知らされると思うけどネタバレしてしまおうか。それはね――」
彼との出会い、秘密の会談、仲良しの証拠。
信じないと思うだろうが、俺は後にこの会話に懐かしくも寂しいって抱くようになったのだ。
-(*)
時計の針は約束の時間より頭を傾ける、約束していた時間を超え刻が進むコツコツと鳴る音と同時に冷や汗が流れる。
「……あの、えっとぉ…この度はぁ…」
「どうしましょう?」
「へ?」
「山か海、どちらが好きですか?」
「遅れて申し訳ないのですッ!!」
土の味を知る、思考だけで舌の上はピリピリしてくる。
恐怖に固まっている、首から下が力をどれだけ入れても動かせないほどにまで固まっている、この拘束感は恐怖ゆえか……いや、固まって……
「もう既に!!?」
「なんてね!ははっ!蜜船ちゃんはさ、昔から本当にバカ真面目だね」
「なんてねじゃ済ませないほどの説得力」
「でも海、山は冗談だったでしょ〜?」
「コンクリ流し込まれた時点で諦めたよね。」
「でも意外だね蜜船ちゃんが遅刻だなんて」
「そうなのです!!計算作業をしていたところオフィスにあの新倉雪那が入ってきたのです!!凄いです!あの豹の君です!!?」
「あれ?もう出会ってたのね。」
「?」
それはまるで聖典からそのまま出てきたかのようは悪魔のような瞳孔をしている、上から押しつぶされたような平らな瞳。
私は改めてその玉座に座る存在を知る、蜜船梨園の幼馴染の肩書きに並べるその名札は普通科代表部活『センス』の頭であり長である証。
数多の視点を集めるその細い指が差し出したのは一枚の紙。
「それはなんなのです?」
「先日、センスを代表して私が警察科に送った増援申請書」
「それが雪那様がここにいる理由なのです?」
「ええ。」
その刹那、私の肩にドッとのしかかってきた。 その原因は私が知っているのとは違う羽ちゃんの第三者に向ける語り手の口、別人のようだ。
まるで存在しない重量に撫でられているような感覚が私にのしかかる。そのこの世のものではないような不気味な瞳孔は私を、いやその先の質問に怒気を込める。
「思えば2回……でしたね」
「敬語…何がなのです?」
「一回は少人数での遠征、テロ現場の検証と遺体回収のていで彼らはその門から離れていきました。ただその結果は騎士達の声明さえ戻って来ず事実上の全滅という結果を残しました。ある人は友を失い、ある人は大事な娘息子の遺体すら拝めず……そこで急遽組まれたのが普通科の全戦力を集め戦場の後始末、第一回で何が起こったのか?その現場には何が残されたのか?調べるための大人数での大遠征でした。」
重く苦しい、私は今無意識に言葉一つ一つを噛み締めている。
物語を展開していく幼馴染、口角はお皿を横で眺めた弧を描き目は三日月を浮かべている。ただその顔を笑っていると比喩することが私には出来なかった。
「勿論、私もその遠征に同行しました。賞金稼ぎとして裏社会で動く対人のプロ達にもお金を積みセンスの人員だけでも50を超える大群、もはや一つの遠征ではなく戦争……死地に向かうような空気に私は震えました。」
「ま、待つのです。じゃあなんで、まだ……私達はそのテロの事件と戦っているのです?」
「ええ、話はそこです。そこで私が見たのは善行猪の残党、崩壊したはずの中等部校舎は不良達の溜まり場になっていました。」
「え。」
「そこらに横たわるテロの被害者の遺体は風業のように扱われ、暴行のあざ、犯された証拠、とある男子生徒の遺体はダーツのようなゲームをしていたのでしょう、言葉にするのも躊躇われる姿で発見されました。勿論私達は溜まり場になっていることする分かっていないので、奇襲を受けしっぽを巻いて逃げてきました。……あの日、普通科という学部がただの一犯罪グループに敗北を期した日になりました。」
「……。」
物語は止まり今に戻る、色の抜けた部屋が彼女の目の光を隠してしまった。過去を語る積み上げられた書物はやがてこの一枚の紙に戻る。
「「……。」」
沈黙が続く、喉から声帯が無くなったような不思議な感覚と押しつぶされるような覇気がこの小さな部屋を包む。
「……なんか締まらないですね。」
「十中八九コンクリのせいですよね!?」
閑話休題――(*)
「やっと開放されたのです。」
軽くなった身体、年甲斐もなく跳ねてみたり肩を回してみたり、記憶が鮮明になってきたり……
「結局あの紙はなんだったのです?」
「言ったでしょ?警察科に送った人手要請の始末書。」
「それが先程の話と関係が……ああ、なるほどなのです。」
今ここに来てしまったのなら、もうこれは言葉では無いのだろう。
この地獄に向かう足は十人十色、誰かが思えばお前も思っている、結果すら着いてこなかった第1次、しっぽを巻いて逃げることしか出来なかった第2次、我々はこの失敗を乗り越えて決着をつけんと動くのだ。
――始める。
「「第3次普通科テロ対策調査遠征。」」
「ずっと苦しかったのでしょう?蜜船ちゃん?」
「ええ、吠え面かかせてやりますよ」
自己犠牲の英雄は覚悟を決める
慈悲深き働き蜂は遠吠えをあげる
眠れる獅子は歯を立て唸る
優しい豹は刀を握り震えて眠る
全ての思いがたった一つの凄惨な地獄へと向かっている。
これは私達の、いや……貴方達の桜を守る物語だ。
――この時の私達は未だに考えもしていなかった。この事件に関わる不可欠のピース、先程の勇者4人の他にたった2人の実力者と一人の凡人が深く関わってくるとは思いもしなかったのだ。




