駱駝:終幕
初めて見た人の顔はボロボロだった。
少しタレ目で穏やかで少し眉が太くてその顎髭はちりちりで、言葉に表せないくらい男の人って感じがしていた。その頃の私は幼かったからなのか初めて人の顔が同じではないと驚いた。
今思うと多分私はお母さん似だったのだろう。
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……全身が痛い、足の健が切れてしまっている。腕も両腕がボキボキに折れている。このまま放っておいても待って5分くらい……多分気絶していたんだ。
「駱駝の奥の手……強烈だった。防いでいないと私も死んで……」
必然的に出る疑問だったはずだ。
私はなんであの銃撃の雨の中生きているのか?と、私は防いでなんかいない、その術すら持っていないから。
ただ、私は疑問より先に理解を押し付けられる、世の中の理不尽をも覆すたった一つの答えに。
「……一目惚れだったなぁ。最初はからかってやろう…とか小学…生じみたこと考えて、小馬鹿にして……私の初恋はたったの五日間てね。……はは」
「蛇腹ッ……!」
壁と我が身で覆うように私を隠す、何故まだ声が出るのか理解が出来ない。
弾痕と剥がれ爛れる皮膚、血と硝煙の匂いが混ざって焼け焦げた野生の香りが鼻奥を刺激する。喉を通って込み上げる不快感を飲み込み目を細める、その時は意外とあっさりしていた、長年私に視線を送り続けてきたその喑目が遂に目蓋を閉じた。
ドロッと溶けて剥がれる悲壮の瞳、消えた先にあったのは蛇腹の顔だった。
美しい顔、道の視界に移るショーケースに飾られていたアレクサンドロスに抱いた感想によく似ている。
美しくて……勿体ない。
お父さんの顔は夜ということもあってか、その安心する口元しか見えていなかった。だから、今回のようにじっくりと見れるのは新鮮で、だけどこれが普通の人の顔ではないことくらいわかってしまう。
ボロボロで傷だらけ、焼け爛れた皮膚に熱いのか冷たいのか、分からなかった。
――彼女の息はもう……
喑目のモヤは他の人のようにただのモヤとは違う、そこには明確に顔を隠すという意思が感じられた。だからこそ"今"理解する。
暗い瞳は私見えたはずの人の顔を私自身が隠してしまっていたのではないかと。
信じないと変なプライドが失顔症という小さいハードルになっていたのなら、それは見ようとしなかっただけ、暗い瞳を持っていた人は漏れなく私自身を見ていてくれたのに。
「……恥ずかしいなぁ。」
改めて見た友の顔は死に方に関わらず穏やかだった。
鼻腔をくすぐるのは柑橘系のいい匂い、相変わらず見た目に反して可愛いものが好きな人だった。
「蛇腹……あんたを最後まで利用させて」
その胸に当てるのはハンドマンの刃、ピッタリとついたそのひんやりを彼女は笑って受け止める。
小さな果樹園の中で彼女は左の並木道に歩いていったのが見えた、これは幻想だろうか。幻想ならばこの柑橘系の匂いは趣味が悪い。
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巨人は繭のように壁にへばりつく死体へと足を向ける。
「私がここに来ること、そしてそれを情報屋に送ったのも私だ。少しは楽しかったし収穫もあった、今じゃやってよかったと安堵している。」
傍らの蛇腹の人形を拾うと駱駝の砂は這寄り丸呑みする。だが、駱駝の顔が満足しているかと聞かれたらそれは違うのだろう。
目を細め切り刻まれたその手のひらを見つめ続ける。
「貯めて溜めて蓄めた先に残るのは砂だけだ。何も残らないと分かっていても蓄える、それは趣味と言うのか彼方のせいで知らず知らずに狂ってしまったか。…変なテンションに入ってしまったな、独り言が多い、とりあえず生きるために集める、俺は――」
次の刹那だった、その砂が鎮玲のハンドマンを食おうと渦を作った瞬間飛沫が上がった。
目の前の蛇腹の背から広がる大きく真っ赤な飛沫が弧を描き駱駝の虚を着いたのだ。
【……弾 杖】
その鮮血の中からの眼光は駱駝を逃がしていなかった。振り上げられたその剣は遂に駱駝の右の指を削ぎ落とす。
「ラストバトルだ!駱駝!!蓄めたもの全部吐き出させてやる!!」
「そういうのは、大ッ…好きだっ!!」
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夜のせいだろうか、月明かりに照らされた金属のギラつきが回り続け第二の月に見えてくる。
ハンドマンの大きさからして全身を回すとやはり圧巻。
「今までの闘い方からするとあの床に蜘蛛の巣のように張り巡らされた流血、【|弾 杖《deflect man》】でこちらへ一気に距離を詰めてくる。違うか?」
「……あんた、私がコマンドを1個しか設定してないとでも?」
瞬間、回転のエネルギーをそのままハンドマンを床が割れる勢いで叩きつける、流血を巻き込みハンドマンを一回転巻き上げる。
刹那、ハンドマンの歯の先には下の流血が押し固められた球体の様なものが出来ている。
【硬 杖】
「なるほど!弾く力を一点に集め逃げ道をなくし水を押し固める!!新解釈だ!!そっからどうする!?そのままだと火力もろくに出ないぞ!!」
バシュッと顔にかかる、いわば朝の顔洗いの感覚。
だが、かかってきたのは血、ベトベトで気分が悪い。
「……解釈一致だ。」
「お前の首だけ切れればいいもんな。」
「なるほど」
かけられた泥のような血は視界を歪ませる。そこに差し込まれる一閃の殺意は足をとり駱駝の頭を地面へ足先を空へ回す。
「棒術か!なるほど勤勉!!」
「あんたも複数習ってる、気持ち悪いくらい」
差し出されたがっしりとした手は受身を取るのではなく、私の腕を抑え襟元を掴む。
瞬きの間、なんと先程まで天と地を逆さまに生きた駱駝と私の体の向きが逆になった。反応できず私の頭は地面へ落とされる。
だがハンドマンはそこに届く。
そう、私達女性には無く男性だけ持つ弱点に。
「……」
「効かねぇのかよ!!」
「いや!いい作戦だ!!」
腹に足裏、嫌味全開の蹴り技だ。怪我している分尚痛い
まるで馬に蹴られたような鈍痛が腹から頭のてっぺんまで痛いの感想で埋め尽くされる。
地面に足がギリギリ着かない飛ばされた空の先で、私は再び絶望を見る。
砂に囲まれ指鉄砲を構える駱駝の全身に。
【サンド:ワーム】
「畜生ッ!!」
全方位に仕向けられる重く響く銃口は逃げ道がないと嫌な程理解する。
指先すら動く暇なくその砲撃音はうねり鳴る。
「ハハハッ!まだ生きているのだろう!?セルディアの!!俺の首を切ってみろ!!」
「よくわかってんじゃん!!」
銃口は引っ込み駱駝を覆っていた砂は溶け始める。
刹那、金属が弾ける音がする。
ハンドマンが駱駝の首目掛けて飛んできたのだ、だが駱駝も負けじと即座に長めのナイフでそれを弾く。
飛び、血を出し、呼応し、音を出す。
まるで殺意の籠ったオーケストラ、音楽のように感じる殺し合いはお互いの心を昂らせる。だがもう終幕。
そろそろこの演奏も終わる。告げる指揮棒はもう上へ打ち上がっている。それは、戦いを求める駱駝自身が起こした行為。
パンッと宙を浮かぶハンドマンを掴む音がした。
投げられたハンドマンは伏線、全てはこの状況を作ることだけに仕組まれた罠、今、鎮玲は初めて背後をとった。
「私達の勝ちだ!あんたの物語もここで終わりなんだ!駱駝!!」
その時の駱駝は悲しそうな目をしていた。まるで遊ぶ時間が終わりへと近づくのを理解した子供のような顔。
……彼は私とは違う。戦うことを楽しいと思っているのではなく、遊んでいるから楽しいと思っていたのではないか。
憶測はやがて理解へと変わる、だがもう遅い。
駱駝が恐れられている一端はその複数個人形を使える異能。
だが本当に恐ろしいのはそこにあるリスペクトだ。
宿主に最適になるように作られる人形を振り回すのではなく、宿主の解釈度と模倣とも呼べる動き、宿主へのリスペクトが彼を怪物へと押し上げる。
その尋常ではないリスペクトは神へと捧げる祈りですら真似てしまう程に。
【……祈り雑教】
-(*)
荒くすさんだフロアにポツンと目立つ巨人が立っていた。
死体に囲まれ立ち尽くす彼を止められる者などいるのだろうか。
いや、言い訳は辞めよう、私は当たり前のように勝てなかっただけだ。
多分私が八百長と吹き込まれこの戦いを見るのならその言葉を信じるだろう。私達が死ぬ気で挑んだこの戦いは彼にとっては遊び同然だったということだ。
「……別格、怪物と言われる理由がわかった気がする。」
「違うな、俺は……」
「……収集家?」
「いや、駱駝だ」
その名は、学園を放浪し複数個の人形を使い分ける怪物のモノ。
圧倒的収納技術、応用力の塊の才能と噛み合う無限粒子の人形を持つ。
蓄え力にし、その力でさらに蓄える。異才と呼べるそのリスペクトと異常な執着によって生み出された現代の弁慶である。
今日の新聞の見出しにはこう書かれていた。
『駱駝には手を出すな。』




