秘密の協定
お互いの生前の名前を呼び合ったあとは、直ぐにクラスルームに帰った。お互い御手洗に用事があった、というベタな言い訳を先生にして座る。
(……何となく、安心感があるな)
これまではこの世界を『異世界』『ゲーム』『ストーリー』と認識している人は居なかった。当然だ、自分が動いていることが全て誰かに描き連ねられた言葉通りだとは想像もしないのだから。
しかし隣のトレイス……美結は違う。この世界を同じく、何かに当て嵌めていた。だから、双子が離された事も、妹の席配列も、得手不得手も何となく分かっていた。
異郷の地で、同じ境遇の人に巡り会えた。その安心感が自分を支配していた。
初日は授業と呼べるものはなく、お互い交流の場として使っているようなものだった。トレイスは妹のミレイヌの補助に回り、自分はフィナと共に名門貴族へ話しにくる人々を相手していた。
ここではフィナが大活躍だった。流石社交に長けている家の長女、というべきか。答えることにはハッキリ答え、曖昧な答えを返さない。それでいてホンワカしているので相手もそのペースに飲まれていく。
自分も相手はしていたが、何せ生前ただのゲーマーだったので貴族の話し方など分からない。とりあえず敵を作らないように、当たり障りのない話をしていた。
そうして、お昼ご飯になった時。学食へと案内された後にトレイス、ミレイヌ、フィナに声をかける。
「すみません、私、教室に忘れ物をしたようでして……ミレイヌさんとフィナさんは先に席に座っていてくださる?トレイスさんは一緒に探してくださると助かりますわ。多分、席の近くだと思いますの」
それを聞いて察したのか、トレイスも緊張しているミレイヌに声をかける。
「直ぐに見つけて帰ってくるよ。……フィナさん、すみません。妹と一緒に……」
「はい〜!いっぱいお話しましょうね、ミレイヌさん!」
そう言って学食の方へ向かったのを見ると誰もいない教室に戻る。
「……美結さん、ってことは生前は……」
「ええ、女性でした。年齢は二十歳と数ヶ月、大学から帰る途中に暴走トラックに……という感じですわ」
なるほど。よくある異世界転生トラックだ。
「陽さん……でしたね。元は……男性の方ですか?」
「はい。……と言っても、自分は高校生だったので美結さんより全然年下でしたが」
「あら、そうは全然見えませんでした。……立場のせいかしら」
クスクス、と笑う。俺も釣られて笑う。
少ししたあと、突如として美結さんが切り出す。
「私は確かにトレイスとして、ミレイヌと一緒に産まれました。そして、聖女と真人の立場を聞いて、ゲームの世界だと思ったのです。それも、自分達が主人公の」
「俺もそうです。俺はリーシュに憑依した形で、恐らく悪役令嬢となるべく人だったのだと思います」
「なるほど。名門貴族に突如として現れた聖女。……ふふ、覚えていますよ。貴方が憑依する前のリーシュさん。悪役令嬢はこの方だ、と思いましたもの」
やっぱり、と思いながら俺はため息をつく。
「そうですよねえ……。ところで、一つ聞きたいのですが」
「はい?」
「美結さんとしては、こちらで恋愛するなら男性か、女性か。どちらなんです?」
その問いかけに少し悩んだ後、美結さんは答えた。
「……私は、ミレイヌに主役を譲ろうと思っています。ミレイヌは私とも陽さんとも違い、本当にこの世界に生まれて来た奇跡の聖女です。だから、彼女に主役を譲って、私はそれを守ってあげたいのです。だから恋愛は考えていませんでした。……強いて言えば、男性の方、でしょうか」
「それなら、取引しませんか?」
「取引?」
その言葉に首を傾げる美結さんに、俺は説明する。
「俺は元々男です。そして、恥ずかしながらメイドに一目惚れしまして」
「あら、良いですね。読めてきましたわ」
「恐らくお察しの通りです。
俺は、ミレイヌが幸せになれるように美結さんと共に見守ります。こちらは名門貴族ですから、平民が圧力をかけようとしてもバックにエドモンズ家が控えているといえば何もできません。
だから、美結さんには俺の恋路を応援して欲しいのです。正直、トレイスさんに取られるルートもあると思ったので」
「そんなに素敵なメイドさんなんですの?」
「美少女、過去に悲しい悲劇があってエドモンズ家に引き取られ、このアドミナ学園で首席卒業しており、悪役令嬢の傍付きメイド」
「なるほど。属性過多ですわね」
クスクス、と笑っている。俺が手を差し出すと、トレイス……美結さんがそれを握る。
「お互いの目的と」
「正体を隠すために」
そう言って教室を出ようとした時に、美結さんが思い出したように言う。
「2人だけの時は陽さん、と呼んで良いですか?私は美結で良いので」
「わかりました、美結さん」
頷いて、急いで学食へと戻った。
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