トレイスの秘密
その後の入学式は豪華な音楽と共に来賓紹介が行われ、恙無く終わった。
クラスへと担当の先生が案内している最中、コル兄妹にフィナが話しかけていた。
「御二方とも立派でしたわ〜。私も頑張らないと。あ、いけませんわ。私、クラウス家が長女、クラウス・フィナと申します〜。御二方とも、気楽にフィナとお呼びくださいませ〜」
「え、え、えっと、クラウス家の……四大名門貴族の……!」
「まあまあミレイヌ、落ち着いて。フィナさん。僕達はどうしても、さんを付けないと落ち着かないんです。敬称をつけないと、やはり……なので、フィナさん、と呼ばせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ええ!うふふ、よろしくお願いしますわ〜」
周りの貴族の方がドン引きしている。そりゃこのタイミングでお偉いさんにガンつけられたようなものだ。そりゃ引くだろう。
(でも、ギャルゲーだとあるよな。序盤に助けた俺のようなタイプと、ほんわかしたフィナみたいなタイプはこの時点で紹介だけされておく、みたいなパターン)
それを考えると俺は全然不自然ではなかった。
「ここが皆様のクラスでございます。担任が中におりますので、お入りください」
そう言って中に誘導していく先生。従いながら中に入ると、おぉ、と思わず声が漏れる。
よく見る教室ではあるが、とにかく広い。大学の講義室と呼ばれる場所ぐらいは広いのではないか?段差は無いが、その分机そのものもデカいし、椅子の横のには引き出しがある。なんて豪華。
「皆様初めまして。自分がAクラスを担当する『アドミナ・マキア』と申します」
落ち着いた声色の、眼鏡をかけた綺麗系の男性。それが第一印象だった。
(うっっわ綺麗な人……)
それは元男性の俺でも、思わず一瞬礼儀正しい仕草と顔に見惚れてしまう程だった。
言っておくが、自分にそのケはない。
しかしアドミナ、ときたか。四大名門貴族となればあの先生も攻略対象に入るだろう。これは隠しルートかもしれない。
少ししてから、皆口々によろしくお願いしますとの声が上がってきた。
「それでは席順を呼んでいくので、左前から座っていってください。1番目……」
そう言って呼ばれていく中、その事件は起こった。
「12番目、コル・ミレイヌとクラウス・フィナ」
(ん!?)
兄妹、しかも平民。ならば忖度してでも席順は隣同士にするべきでは無いのか?
いや、分からない。ここはゲームや小説の世界。ミレイヌとフィナで何か絡みがあるのかもしれない。
(そうか、忘れていた。俺は本来悪役令嬢の立場。そしてここは名門学園。となれば、親友となるのは俺ではなく、設定的にも穏やかなフィナだろう)
などと納得していると、最後列の18番目に呼ばれる。
「18番目、コル・トレイスとエドモンズ・リーシュ」
(なるほど!?)
設定的にも辻褄が合う。悪役令嬢ルートなら横からちょっかいを出される立場、攻略ならそのまま秘密の関係を持てる立場。ミレイヌなら兄の所に相談しに来てそのまま何かしらの関係を選択肢で選ぶルート。
(流石に最適化されてるな……)
座ると、軽く挨拶をする。
「トレイスさん、よろしくお願いしますね。勉強の方もこれで捗りそうですわ」
「まさかリーシュさんが横だとは思わなかったです。僕も同じ気持ちですよ。よろしくお願いします」
(……ん?)
ふとした疑問が浮かんで、聞いてみる。
「トレイスさん。貴方、妹さんと席が離れているのに動揺しませんのね。ミレイヌさんは動揺してましたわよ」
実際、今はフィナが穏やかすぎてそちらのペースに飲まれてはいるが落ち着いている。
それに対して、トレイスは分かっていたかのように落ち着いている。それが気になる。
「……双子ですから。離されるとは思ったんです。それに、何となくリーシュさんかフィナさんが隣になると思ったので、慌てなかったです」
(……納得がいかない)
確かに、双子が離されるのは予想がつく。平民の傍に、名門貴族がついて守らせるのも、理に適っている。
そう、『理に適っている』事を自覚している。それがおかしいのだ。まるで、俺と同じ……。
ふと、まだまだ名前が呼ばれているのに気がついて、少し罠を仕掛けることにする。
「座りましょうか、お互い立ちっぱなしでは疲れてしまいますわ」
「そうですね。……それにしても、大きな机ですね」
そう言う彼に、うんうんと頷きながら返す。
「そうですわね。フワフワで、寝てしまいそう。背もたれもあるし」
「本当です。実家にはこんなのありませんでした」
ここだ、この実家の時点で仕掛ける。
「そうですわね、トレイスさんの家なら畳で寝てそうですものね」
「いやいや、そんなもの敷いてなかったですよ。ただの木です」
(……やはり)
「トレイスさん、少しお外まで付き合ってくださる?」
「……?」
そう言って、先生に少し断りを入れてから連れ出す。
廊下に誰もいない事を確認して、切り出す。
「トレイスさん、本当に、畳は無いのですね?」
「は、はい。無いですよ……?」
「なんで、畳を知っているのですか?」
そう、俺がこちらの世界に来てから数ヶ月。ここは言わばヨーロッパの世界観だ。つまり、『畳などあるはずがない』。
なのに、畳という単語に親しみがあり、尚且つ自然と返した。
それに気づいたようで、トレイスはグッと唇を噛む。
「……罠にかけましたね、リーシュさん」
「お認めになるので?」
そう問いかけると、こくりと頷く。
「おかしいとは思いました。平民でありながら、私に対する態度には肝が座っており、代表演説では平民では言えないような言葉が出た。そして、席の配列をまるで予測していたかのような言葉……。こんなこと、普通の平民には出来ません」
「しかし、それはリーシュさんも同じ事。罠に掛けるということは、掛ける前の知識を得ていなければなりません」
そう。俺が畳を知っているのは前の世界で日本人だったからだ。
そして、相手もその通りだと答えている。つまり、罠にかけた非礼として自己紹介をするのが『日本人』としてのルールだろう。
「……エドモンズ・リーシュ。
元の名は、小松理 陽、という」
口調を戻すと、クスりと笑う。
「なるほど。お互い大変なようですね。
改めて。コル・トレイス。
生前の名を、小鳥遊 美結と申します」
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