二人の休日②
「ねえねえ、すごく美味しかったね!」
食事を終えてイタリアンの店を出ると、柿崎さんが早速嬉しそうにそう言った。
「うん! 僕はメインを肉料理にしたけど、君の魚料理も美味しそうだったね」
「あは、美味しかったよー! でも、私もちょっと君のメインも食べてみたかったかも」
「あー……それなら、最初からシェアすればよかった……」
「ねー……」
僕達は顔を見合わせ、肩を落とす。
けど。
「はは、じゃあまた今度リベンジしないとね」
「……で、でも、やっぱりお金かかっちゃうから……」
「大丈夫だって! 伊達にバイトばっかりしてるわけじゃないよ!」
遠慮する彼女に向かって、僕は胸を叩いてアピールする。
「それに、君がいつもご飯を作ってくれているおかげで、この一週間一人で生活していた時よりも食費だって浮いてるんだから。逆に、君を労うくらいしないとバチが当たっちゃうよ」
「あは、も、もう……」
おどけながらそう言うと、柿崎さんはようやく表情を緩めた。
「さてさて、次は何をしようかな……」
なんて考えるふりをしてるけど、もちろん次のことだってちゃんと考えてある。
「うん、たまにはショッピングモールにでも行こうか。映画館も併設されてるし、色々と便利だから」
「そ、そうだね」
ということで、僕達はショッピングモールへと向かった。
◇
「うわあ……」
ショッピングモールのアパレルショップのショーウインドウの前で、柿崎さんが瞳をキラキラさせながら飾られているワンピースを眺めていた。
ふむふむ、値段は……うん、何とか予算の範囲内だ。
「はは、せっかくだから試着してみたら?」
「う、うん……でも、買わないのに試着なんてしたら、お店の人に悪いし……」
「何言ってるの。服なんて試着して当たり前、それで買わないことだってお店側も織り込み済みだから」
「そ、そうかな……」
なおも躊躇する柿崎さん。
……仕方ない。
「え!? ちょ、ちょっと!?」
「ホラホラ、悩むくらいなら入っちゃおう!」
僕は柿崎さんの背中を押しながら強引にお店の中へと入れた。
「いらっしゃいませー! 今日はどんな服をお探しですか?」
「あ……その……「ショーウインドウにある黒のワンピースを試着したいんですけど」」
彼女がまごついている間に、僕は素早く店員さんに告げる。
「分かりました。少々お待ちくださいね!」
店員さんはお店のバックヤードに入ったかと思うと、ショーウインドウにあるものと同じワンピースを持ってきてくれた。
「彼女さんのスタイルですと、こちらになりますね」
「「か、彼女さん!?」」
店員さんの言葉に、僕と柿崎さんは思わず声を上げてしまった。
「? 試着室はこちらです!」
そんな僕達に店員さんは一瞬首を捻るも、また元の様子に戻って試着室へと案内してくれた……んだけど、店員さんの言葉が頭から離れず、僕も柿崎さんもお互い目を合わせることもできなかった。
「あう……き、着替えるね……」
「う、うん……」
顔を真っ赤にしながら、柿崎さんが試着室のカーテンを閉めた。
だ、だけど、僕と柿崎さんが恋人同士、かあ……。
……さすがに、それはあり得ない。
僕はもう……無理、なんだ……。
自分の胸襟をギュ、と握りしめながら、僕はうつむく。
四年前のあの出来事が、また僕の頭の中を駆け巡って……つらくて……苦しく、て……って。
「だ、大丈夫!?」
「あ……」
いつの間にか、ワンピースに着替えた柿崎さんが、ものすごく心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
その表情は、一週間前に見たあの時よりも、さらに悲しそうに見えて。
「あ、あはは、大丈夫! ちょっと考えごとしてただけだから!」
僕は無理やり笑顔を作り、心配ないとアピールする。
「そ、それよりも、そのワンピースすごく似合ってるよ!」
「え? あ、う、うん……そうかな……?」
話題を変えるためにそう言うと、彼女は戸惑いながらも少し頬を染めながら上目遣いで僕を見た。
「バッチリ!」
「あは、そ、そっか。とりあえず、また服に着替えるね」
口元を緩めながら、柿崎さんはまた試着室の中に入ってカーテンを閉めた。
ふう……危ない危ない。今日は彼女を楽しませるのが目的なのに、逆に心配させてどうするんだよ……。
でも……彼女の綺麗な紺碧の瞳を見た瞬間、頭の中が真っ白になって、あれだけ頭の中で暴れていた四年前の過去が、一瞬で消え去ってしまって……。
「柿崎、さん……」
僕は、無意識のうちに彼女の名前を呟いていた。
「お、お待たせ」
着替えを済ませた柿崎さんが試着室から出てきた。
うん……余計なことを考えるのはやめよう。
「はは、やっぱりあのワンピースは、君のためにあるかのように似合ってたね」
「あう!? ホ、ホントにもう!」
恥ずかしくなった柿崎さんは、ぽかぽかと僕の肩を叩く。
そんな仕草も、表情も、声も、感触も、その全てが僕には温かくて、眩しくて……。
「おっと、じゃあ僕はこのワンピースを店員さんに返してくるから、君は先に店の外に出てくれる?」
「あ、う、うん」
そう言って、僕は彼女を店の外へと追い出すと。
「……店員さん」
「……はい」
「このワンピース、一番綺麗にラッピングしてもらえますか?」
「かしこまりました!」
シュタッと敬礼ポーズをした店員さんは、カウンターの裏へ行って手早くラッピングをした。というかこの店員さん、メッチャノリがいいなあ。
そして、代金を支払い、綺麗にラッピングされたワンピースを受け取ると。
「頑張ってください! 応援してます!」
……何を勘違いしてるのか、店員さんはグッ、と胸の前で拳を握りしめ、強く頷いた。
そ、そういうのじゃないんだけど、なあ……。
「あは! 遅かったね! ……って」
「はは……うん」
店を出るなり、ぱああ、と満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた柿崎さんだけど、僕の手に持っている綺麗にラッピングされたものを見て、一瞬にして表情を曇らせてしまった。
もちろん、それは僕に対しての申し訳なさというか、罪悪感というか、そういった類のもので。
僕はそんな彼女の表情を無視して。
「はい。君へのプレゼント」
「っ!? ダ、ダメだよ! そんなの受け取れない!」
柿崎さんは明確に拒否の姿勢を示す。
だけど。
「もうお金も支払っちゃったし、ここまでラッピングもしてもらって、今さらお店に返品なんてできないよ。それに……僕は、どうしても君にプレゼントしたいんだ。そ、その……君のワンピース姿、すごく綺麗だったから……何度でも、見たいから……」
うう……言ってみて、メチャクチャ恥ずかしいぞこれ……。
でも、あくまでも僕のためだっていったほうが、柿崎さんだって気兼ねすることもないだろうし……それに……。
……今の言葉は、僕の本音でもあるから。
「……私、君に返せるものが何もないよ?」
「そんなことないよ。僕は君と暮らしてから、いつも君からもらってるよ」
「私、お料理とか家事ぐらいしか、その、してあげられないし……君に迷惑をかけてばっかりだし……」
顔をくしゃくしゃにして、うつむく柿崎さん。
そんな彼女を見て、僕の口が自然と開く。
「……僕は、君がいてくれれば変われるような気がするんだ……今までの、どうしようもない僕から……」
「っ! 直江くんはどうしようもなくなんかない! 君は……君は、私が出逢った中で、誰よりも素敵な男の子だから!」
「はは……ありがとう……」
必死でそう言ってくれる……僕という存在を肯定してくれる柿崎さんに、僕は頭を下げる。
「……そういうわけだから、君には遠慮なく受け取ってほしい。この、僕のためにも」
「……本当に、君はずるいよ……本当に、君は……っ!」
柿崎さんは、人目もはばからずに僕の胸に飛び込んだ。
そして、涙を零しながら愛おしそうに頬ずりをしてくれたんだ。
僕は……そんな彼女が、愛おしくて仕方がなかった。
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