二人の休日①
「柿崎さん、準備できた?」
「あ、あああああ……ちょ、ちょっと待って!」
洗面所にいる柿崎さんに声を掛けると、慌てた様子で返事が返ってきた。
ま、まあ、女の子が身支度に時間がかかるのは仕方ないよね。
そういえば、ひよりも……って、なんでアイツのことが出てくるんだよ……。
僕は振り払うように頭を左右に振るけど……実は、気づいたことがある。
柿崎さんと一緒に暮らすようになって、僕は前みたいにひよりのことを考えることがかなり少なくなっていたんだ。
それまでは、あんなに忘れようと……あんなに僕の中から消し去ろうとしたのに、今では一日に一、二回思い出せればいいほうだ。
はは……四年近く苦しみ続けたっていうのに、僕って奴は……。
すると。
「な、直江くん……」
洗面所と部屋を仕切るカーテンから、柿崎さんが顔を覗かせたかと思うと。
「ど、どうかな……?」
姿を現わした彼女は、いつもと違って精一杯のオシャレをしていた。
白のブラウスに少しタイトなエンジ色のロングスカート、ベージュのベストを着ていた。
もちろん、いつもの桜色の唇には薄くルージュをひいていて、普段とは違う雰囲気を醸し出していた。
感想? それはもちろん。
「うん……すごく綺麗だよ……」
「あう……う、うん……」
自分から感想を求めておきながら、柿崎さんは耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにうつむいてしまった。
でも、今この時ほど僕の語彙力を呪ったことはないね。
「そ、それじゃ行こうか……」
「う、うん……」
僕達はお互い照れながら、一緒にアパートを出た。
「それで、今日は何を買い揃えるの?」
「うん。君がいつも美味しい料理を作ってくれるから、もう少し調理器具を充実させたいっていうのもあるし、食器類だってまだまだ足りないよね。あと、テーブルももう少し大きいほうがいいと思うのと……」
指を折りながら一つずつ挙げていると。
「うん……さすがに今日一日で全部は無理だよね……」
そう言って、柿崎さんが肩を竦めた。
「はは、もちろんだよ。時間ももったいないし、ある程度のところで切り上げるつもりだから」
「じ、時間……って?」
「当然、君と一緒に遊ぶ時間」
おずおずと尋ねる彼女に、僕はできる限りのドヤ顔で答えた。
何と言っても、一番の目的はそれだからね。
「う、うん……」
柿崎さんが返事をして、少し眉根を寄せる。
「あ、言っとくけど、今日は泣くのは絶対になしだからね? せっかく楽しむんだから」
「あう……も、もう……直江くんが泣かせるくせに……」
どうやら僕の忠告がお気に召さなかったらしく、柿崎さんは口を尖らせてぷい、と顔を背けてしまった。
でも、それはほんの少しだけで。
「あは……早く行こ!」
「あ! ちょ!?」
急に笑顔で走り出した彼女を、僕は慌てて追いかけた。
◇
「うんうん、満足満足」
雑貨店で買い込んだ大量の調理器具や食器類を眺めながら、柿崎さんは嬉しそうに頷く。
「うぐう……で、でも、ちょっと買い過ぎじゃ……」
「あう……だ、だけど、これだけあればもっと美味しいご飯を作ってあげられるし!」
大量の荷物を抱えながらほんの少しだけ意見してみるけど、一瞬だけ言葉を詰まらせた彼女は殺し文句とばかりにそんなことを言った。
いや、それを言われたら僕も首を縦に振るしかないじゃん。
「と、とりあえず、この荷物はコインロッカーに預けておこう」
「うん」
ということで、僕達は荷物を預けると。
「さてさて……もうこんな時間だし、まずはご飯でも食べに行こうか」
「うん!」
僕は柿崎さんを連れて、駅前にあるイタリアンの店に入った。
フフフ……実は昨日の夜にあらかじめチェックしておいたのだ。
「君はどれにする?」
「あ、うん……」
すると、何故か柿崎さんはメニューと僕の顔を交互に見やる。
「え、ええと……どうしたの?」
「あ、そ、その……結構高いから……」
不思議に思い尋ねると、彼女は身を乗り出してそっと耳打ちした。
「ははは、大丈夫だよ。僕だってちゃんとそこは考えてるし、君はお金のことは心配しなくてもいいから」
「で、でも! ちゃんと割り勘にしないと!」
「いいんだ。今日は全部僕の奢りだよ」
「そ、そんな……」
そう言うと、柿崎さんは逆に落ち込んでしまった……。
「柿崎さん、こうしよう」
「……え?」
「今日は、いつも僕に美味しいご飯を作ってくれている君へのお礼っていうことで。だから僕は、君にどうしてもお礼をしないと気が済まない」
「あう……」
ちょっと強引だし彼女を追い込むような形になってしまったけど、そのほうが変な罪悪感とか持たないだろうし、ね……。
「ということで、今日は素直に僕にお礼をさせてください」
僕はテーブルに両手をついて頭を下げた。
「も、もう……直江くんずるいよ……」
「ずるくてもいいの。それで……どう?」
頭を下げたまま、柿崎さんの返事を待つ。
「……うん。君のお礼、謹んでお受けします……」
「本当? よかったあ」
僕は顔を上げ、ホッと胸を撫で下ろす仕草をした。
こういうのは、少しオーバーなほうがいいのだ。
「本当に、もう……」
「言っとくけど、泣くのはなしだからね?」
「わ、分かってるよ! ちょっと目がかゆくなっただけだもん!」
それから僕達は少し高めのランチコースを注文し、食事を目一杯楽しんだ。
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