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「……でもね、昨日お前に言った事は全部、全て、何もかも、嘘だよ」
――――ほんの一瞬だけ、兄様が表情を和らげて優しい言葉を言ったりしたものだから、動揺してしまった。世間一般的にみればそれは優しくも何とも無いのだろうけれど、彼にしてみたら酷く優しい言葉だ。あぁ、駄目だ。彼には成長なんてして欲しくない。駄目な、嫌な、酷い、最低な男の人でいて欲しい。いてくれなければ。
――――――――他の誰かに、取られてしまうかも知れない。
只でさえ、私は彼の妹だというハンデが有るのに。
彼が性格の悪いどうしようもない男性だからこそ、私は彼の側に居られるのだ。……まともな人間は、彼の相手をしないから。そう、まともな人間はこんな性格の捻くれた卑屈で狡猾で最低な男なんて、相手にしないのだ。とっくの昔に私はまともじゃない。そもそも、自分を犯した兄と一緒に居る時点で、まともな訳が無い。……私も馬鹿だけれど、兄様はもっと馬鹿だ。だって、私がまともだと、まだどこかで思っているのだから。彼がふざけた調子で、恭しく差し出した手を取る。金属みたいに冷たい指。私の熱を奪って行く手のひら。
私から全てを奪った酷い人。
傍に居れば取り返せるのかも知れないと思った。でもそれは間違いだった。私は奪われてばかりだ。あぁだから、少しでも、私が彼の大切な物の一つになれています様に。そうすれば。
私が無くなる頃には、彼も、奪われる苦しみを味わう事に為るのだから。
――――でも、それまでは。貴方の下らない嘘に溺れましょう、最低な王子様。
貴方が望む、馬鹿なお姫様で有りましょう。
地獄の底のような感情を抱えたままで。
―――――――幸せな恋人同士の振りでも、致しましょう。