22.
「なんだよ、そいつら。
勝手過ぎる。自分らが幸せになるためなら、なにしたって、どれだけ人を傷つけたっていいのかよ。
高遠のおやじって、檀が受験のときとか、進学のときとか、オレを呼び出して二度と檀にかかわるなって誓約書をかかせるんだけど、その度に手切れ金だとかいろいろくれるんだよ」
画面の中で、長谷部時宗がからだを曲げむせかえった。吹き出しかけて、両手でくちをふさいだようだ。
結香は兄をめっと睨んで、香葉の細い体をだきよせた。
柔らかい髪をなでると、薔薇の香りがかすかに立ち昇る。
「そうだね。氷賀の家が抵当に入っているって聞いたけれど、調べたら、高遠ファイナンスのダミー会社が債権を肩代わりしていたから、立ち退きせずにすんでいたようだし。
想像だけど小河原香子が娘を餓死させたとき全国ニュースになったから、高遠社長が気づいてかけつけたんじゃないかな。彼女の実の親兄弟は、まるきり無視をしたようだけどね。
人間てのは相手によって無限に優しくもなれれば、悪鬼にもなる。
葉一さんは、すくなくとも高遠社長の優しさを引き出す存在だったのだろう」
「じゃあ、なおさら、裏切ったりしちゃいけないじゃないか。
嫌だよ、オレ、ぜったいに嫌だ。結婚式の日に、みんなの前で花嫁を奪われるだなんて、最悪だ、最低だ。そんなヤツ、許す必要なんてない」
『結香』と時宗が遮った『私の机の中に高遠社長個人の連絡先がはいっている。お前がこの先の調整をしなさい。
私の方でいくつかの出版社とプロデューサーに声をかける。舌先三寸、どんな駄作でもベストセラーにしてしまう詐欺師まがいの連中だ。氷賀の知名度とキャリアがあれば、どんな演出だって仕立てるだろう。
香葉くん、父親のことをそういう風に言うんじゃない。わたしは葉一くんを知っている。繊細で優しい青年だった。
葉一くんも香子さんも悪意もなく、誰も傷つけようともしていなかった。ただ他に選択肢がなかったんだ。近くにいた者はそれをよく知っていたから、許した。だが、当人たちが幸せになろうとはしなかった。
だからふたりの忘れ形見の君がいること、存在していることに、みなが救われるんだよ。
香葉くん、席を外してくれないか。結香に話がある』
香葉は素直に立ち上がったが、部屋から出ていくときに振り返った。
「オレの父親は一彦だけだ」
言い捨ててぴしゃりと音を立てて襖を閉める。
結香が肩をすくめてみせると、『そこに座りなさい』といかめしい顔で時宗が言った。




