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21.

『簡単にいえば、葉一くんは高遠社長の結婚式の日、花嫁を略奪して駆け落ちした。

 その写真は式の前に、進行の都合で先に撮ったものだ。


 すごい騒ぎでね。でもああいう時ってお開きにはせずに、会食だけするんだな。さすがに花婿も着席していなかったし、帰った客も多かった。

 私はせっかくだから、その気まずい雰囲気を味わいながら飲み食いさせてもらったが、氷賀は真っ青になってうろたえて、水一滴も飲んでいなかった。


 葉一くんは高遠社長の遠縁で、他に身寄りがなく、生活などの面倒をみてもらっていた。高遠社長に素直に感謝して、兄とよんでなつき、大学卒業後は高遠社長の片腕としてはたらく予定だった。


 一代で金融会社をつくりあげて、世間では情け容赦ないと知られた高遠社長も、自分のただひとりの血縁である葉一くんには、別人のように優しかった。

 同人誌の発行にも資金援助してくれたし、氷賀と私がデビューした時は子どものようにはしゃいで、大量に購入しては誰彼となく配るのでいささか辟易したかな。

 

 葉一くんはいつもにこやかで、大人しい青年だった。浮世離れして、現実味にかけていたけれど、人から嫌われるということはない気質だった。

 氷賀とは口下手同士、波長があっていたのかな。傍から見ていれば、ふたりで黙りこくっているので喧嘩でもしたのかと思うくらいだったが、当人たちは気が楽だったようだ。


 高遠社長の結婚が決まった時、借金のかたに元華族の少女をもらうことになったのだけれど、葉一くんは素直に喜んでいた。

 誰よりも自分が高遠社長の良さを知っている、彼女もいずれそれが分かってくれると、嬉しそうに話していたんだ。


 だがその記念写真を撮影した直後、飲み物のサービスを受けている時に、私が水割りを葉一くんにかけてしまったんだ。そうしたら花嫁が駆け寄ってきて、純白のチーフで拭った。

 

 その時に、見ている者も、当人たちも、気づいてしまったんだ。

 ふたりは完璧な一対だった。人形のような外見も、浮世離れした純粋さも、現実感のない無垢さも、まるであつらえたようにぴたりとはまっていた。

 ふたりとも真っ青になって、震えていた。

 苦しそうに喘ぎ、怯えていて、こちらも息を殺していると、葉一くんが彼女の手をつかみ、ふたりは逃げ出してそれっきりだった。


 あまりに現実離れしたふたりの駆け落ちで、まわりはすぐに帰ってくるとタカをくくっていた。葉一くんにしたってバイトひとつしたことがなく、香子さんも世間というものを知らずに育っていたからね。

 高遠社長は若く美しい花嫁をみせびらすため、盛大な結婚式をおこなおうとして赤っ恥をかいたから、もちろん激怒していた。でも本音では、葉一くんのほかに血縁もなく、さすがに自分から探すことはしなかったが、いずれは自分を頼ってくるはずと帰りを待っていたはずだ。

 だがふたりとも行方不明になったきりで、みな、もう生きてはいないだろうと思っていた。

 私もそう思っていた。


 けれど君がここにこうして存在していること、こうして君の顔を見れたこと、そのことにほっとする。

 おそらく氷賀も、高遠社長も君の存在に救われたはずだ』


 結香はPCの前に正座をしている香葉の肩をつかんだ。まっさおになって、くちびるを半開きのまま震わせている。


『結香、お前は香葉くんの力になってあげなさい。氷賀もそれを期待してたはずだ。

 なにせお前が弁護士になったと知って、恐ろしくてすご腕そうだと感嘆していたからね』

「なにそれ、褒められている気がしないけど。

 ということは、いずれボクのところにくるヤマだったってこと? なら、無理して野良仕事なんてするんじゃなかったかな」

『褒めてはいない。そういえばお前は』


「そんな男、そんな女、サイテーじゃないかっ」


 時宗を遮って、氷賀香葉が叫んだ。


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