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ようこそ。その言葉とともに、シンは初めて街に目を向けた。
石畳の道にレンガ造りの家が並ぶ。脳裏にかすかによぎったのは中世という言葉。その街並みの中は活気に満ちあふれていた。
「凄いな」
「まぁね。アレガドは交易がさかんだ。人も種族も多い」
オレリアについていきながら周りを見れば、確かに多くの人がいる。その中には頭にイヌの耳が生えていたり、耳がとがっていたり、角が生えていたり、子供のような大きさだと言うのに、髭の生えた男がいたりと様々だ。
「種族か…」
「色々いるけど、分かりやすいのは獣人とドワーフとエルフだね」
獣人は獣の特徴を体の何処かに、ドワーフは小さい大人。エルフは耳が長く尖っている。そう言って何人かそれらしき人に視線を向ける。
「確かにわかりやすいな。…それで、種族はわかったけど、今はどこに向かってるんだ?」
「冒険者ギルド。私が所属してるところで君みたいなはぐれものに仕事を回す場所さ。まぁ、望んでなる奇特なやつも多いけど」
「冒険者ギルド…。さっき言われた身分証もそこで何とかなるのか?」
「なるよ。と、ここだ。さ、はいるよ」
着いた場所はほかの建物よりもはるかに大きな敷地を持つ2階建ての建物。入り口にはジョッキの持ち手に剣が絡むように刺さっている絵が描かれた看板がかけられている。
「ここが、冒険者ギルド」
内側から沸き起こる謎の感動に少し首を傾げつつも中に足を踏み入れると、一斉に視線がオレリアとシンに向いた。が、すぐに興味を失ったように各々の雑談に戻る。
中は右手側に酒場があり、左手に受け付けらしき場所とそこに並ぶ行列が。そして、受け付けと酒場の中央に大きな掲示板が設置されていた。
「うひゃー、夕方だから混んでるねえ。でもまぁ仕方ない。並ぶよ」
列に並んで周りを見れば確かに酒場も、受付も大量に人がいる。だが、掲示板の前にはほとんど人がいない。
「掲示板は私達の仕事が張り出されてるからね。基本的にあそこが混むのは朝だ」
「なるほど。じゃあ、朝は酒場は空いてるわけだ」
「そうなるね。ただ、酒場いつも混んでるけど。飲んだくれはいつでもいるのさ」
オレリアの言葉に少し笑って酒場を眺める。皆、顔を赤くして陽気な笑い声が響いている。はぐれもののたまり場とオレリアは言ってはいたが、全員卑屈になっていると言うよりは、今を楽しんでいるように見える。
「あら、オレリアさん。今日は1人じゃないんですね」
「まぁね。ちょっと森で倒れてたのを拾ってね。登録を頼むよ」
「かしこまりました、では、こちらに必要事項をご記入……できますか?」
いつの間にか順番が来ていたようで、差し出された羊皮紙を受け取り、ペンを持つ。文字は…どうやら書けるようだ。不思議と何をどう書けばいいのか分かる。読み方も同じだった。
「書ける」
「へぇ?珍しいね。基本的に私達は最初は書けない奴らばっかなのに。記憶があればいいとことお坊ちゃんだったのかもね」
「記憶がないのですか?」
心配そうにこちらを見る受付嬢に頷きながら、必要事項を記入ししていく。と言っても名前と、性別、種族。あとは得意なことをあれば書くだけの、簡単なものだった。シンは最初の3つだけを書いて、受付に返す。
「得意な事の欄は空白…まぁ、記憶がないのであればそれも当然ですね。では…こちらで登録させていただきます」
そう言って受付嬢は奥に行った。すぐに戻ってくると手には先ほどの羊皮紙ではなく、小さな何かを持ってきた。それをシンに差し出しながら説明を始める。
「これは冒険者の登録証です。これが身分証の変わりにもなりますので、常に所持するようにお願いします。門で渡された赤いカードはここで回収いたしますね」
渡されたタグのようなものと、カードを交換する。タグは鈍い銀色で上部に紐が通されており、首からかけられるようになっていた。裏面には『シン・人族』と掘り込まれている
「冒険者証にはランクがあります。シンさんは登録したてなので最下級の鉛等級です。等級は8つ。今の鉛、次が鋼・銅・銀・金・白金・ミスリル・オリハルコンで、分かれており、対応する金属が冒険者証の材質になっています」
「つまり、僕のは鉛ってわけだ」
「はい。ランクは、その冒険者の依頼達成率と実力、信頼度から評価され、その後、試験を合格すると昇格となります」
なるほど。とシンが頷くと受付嬢は意外そうな顔をした。
「何かあったのか?」
「いえ、ただ…その」
「あはは、大抵の新人は過信してる奴が多いから、最下級って言われると耐えられないやつが多いのさ。頭もみんなそこまで良くないしね」
「そう、なのか?右も左も分からないのに無謀な突撃はあり得ないと思うけど…」
「それが、案外そうでもないんですよ」
そう言う受付嬢の顔は酷く疲れていた。よほど、その無謀な新人が多いのだろう。
「あー、それで、他には説明はあるか?」
「あ、申し訳ありません。続けさせていただきますね」
はっとした受付嬢は咳払いをすると、元の表情に戻り説明を再開する。
「仕事についてですが、基本的に掲示板ある依頼書を剥がして持ってきて頂くか、こちらで提示したものを受けて頂くことになります」
「違いはあるの?」
「基本的にはありません。ただ、少しでも割の良い仕事を目指すのであれば、朝早くから掲示板に来て頂き、依頼書を持ってきていただくのですが…かなり混雑します。こちらで提示する場合ですと、ランク内でも実力に応じたものを幾つか選定し、提示させていただきます。報酬自体も平均的なものをご用意しております」
「なるほど、掲示板は当たり外れがあるけど、受付だと平均が必ずあるってわけか。それだと割のいいのがなくなるとみんな受付に来ない?」
「最初から依頼の内容が分かるほうがいいって事で掲示板の方が人気があるね。受付からだと提示されるまで内容が分からないし」
「まぁ、確かに。でも聞いたうえで受けるかどうかは決めれるんだろ?」
「はい。もちろん依頼を受けるかどうかは、個人の判断になります」
その言葉にオレリアも頷く。この分だと、最初の方は受付から依頼をもらった方が安全そうである。
「分かった。じゃあ、早速依頼を――」
「やめときなよ。今日のところは。街に来たばかりなうえに何の用意もない。今日はゆっくり休んで明日は準備。その上で依頼に行こう」
「だけど、俺は金を持っていないぞ?」
「知ってる。だから最初の内は全部私が出したげる」
「いいのか?どうしてそこまで…」
「言ったろ?拾った以上は責任を持つって。さ、行くよ!」
そう言ってオレリアは、シンの手を引いてギルドを出る。街は夕暮れが深まり、人が少なくなってきていた。数分ほど手を引かれて歩いた先でたどり着いたのは、静まりゆく街の中でまだ活気が溢れる建物だ。
「豚の小麦?」
「宿なんだけど。変な名前だろ?」
にやりととした笑顔を向けながら、オレリアは宿にはいる。店の中は外で見るよりも活気に満ちあふれていた。多種多様な種族が酒を飲み笑いあっている。
「…あんたか」
「うん、一部屋。それと2人分の食事」
無愛想な店主らしき男が、オレリアに声をかけると。彼女も端的に注文を返す。その表情はさっきまでのにぎやかな雰囲気はなく無表情だ。
「銀貨1と銅貨10」
「はい、これ」
「ふん、部屋はいつものところだ」
金を受け取った男はそれだけ言うと、鍵を渡して奥に引っ込んでいく。男の姿が消えるとオレリアは振り返り、また元の賑やかな笑顔に戻る。
「じゃ、行こっか!」
「え、あ、ああ。わかった」
あまりの変わりように戸惑うシンだが、そんな様子にも構うことなく手を引いて宿の部屋に連れて行かれる。部屋は質素で硬いベッドが一つと、小さいテーブルがあるだけだった。
「今日はここで寝るよ。ベッドは一つしかないけど詰めれば2人で寝れるよね」
幻聴を聞いた気がした。




