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ヴァローナ王の敵 (3)


ハルモニアにいた頃、メイベルは冬があまり好きではなかった。


冬ならではの興味深いことは色々あるし、嫌いとまでは言わないが……退屈になりやすい季節だという認識だった。城を訪ねるお客さんはぐっと減ってしまって、外の世界の話を聞かせてもらう機会がなくなってしまう――城に閉じこもっているメイベルにとっては、何よりも残念でならないこと。


しかしヴァローナに嫁いでからは、メイベルは冬が一番好きだった。

――ルスランが、戦に行ってしまうことなく城にいてくれるから。




暖炉の火で暖められた部屋で、メイベルは窓のそばの椅子に腰かけ、中庭を眺めていた。

外はすっかり雪に覆われ、白銀の世界と化している。


そんな中庭で、イグナートやファルコ、将軍アンドレイも巻き込んで、ルスランは息子レオニートと雪で遊んでいた。

雪玉をゴロゴロと転がして大きくして、それを三つ重ねて……雪だるま作りに勤しんでいるらしい。


二番目の息子ユリアンの入ったゆりかごをときおり揺らしながら、メイベルは部屋の中から夫と息子が遊ぶ姿を見てクスクス笑う。

二人とも、揃って鼻の頭を真っ赤にして……。


雪だるまが完成すると、メイベルが見ていることに気付いた王子レオニートが、こちらに向かって手を振った。ちょこちょこと城に入ってくるのが見える。ルスランも、歩いて追う。

やがて、メイベルのいる部屋にコートを着込んだままの王子が飛び込んできた。


「ははうえ」

「お帰り。すっかり冷えちゃったね」


自分に抱きつくレオニートを抱きしめ、両手で息子の頬を包む。ぷにっとした頬っぺたは冷たいが、王子レオニートはニコニコと笑っていた。

すぐ後からルスランも部屋に入ってくる。メイベルのそばに来て口付けると、母親に抱きつく王子レオニートの頭を撫でた。


「なかなか立派な作品が出来上がっただろう?」


窓から見える雪だるまを指し、ルスランが悪戯っぽく笑って言った。メイベルも笑う。


「すごい大作ができたね。ファルコたちにまで手伝わせて……」


レオニートを膝に乗せ、コートや帽子を脱がせる。ルスランは、すやすやと眠るユリアンの入ったゆりかごのそばに座り、赤ん坊を見ていた。


「髪色は君と同じだが、リオンに比べればこの子は僕に似ているな」

「そうだね。じゃあユリアンも、大きくなったらルスランぐらい大きくなるのかな」


自分の腕の中にすっぽり収まってしまうほど小さな子が、いずれは自分の背丈も越えて大柄な偉丈夫に……いまは想像もできない光景だ。

防寒着を脱ぎ終わった王子は、母親の膝の上に座って、母親に抱かれている内に、眠くなってきたらしい。とろんとした目で、メイベルにもたれかかったまま動こうとしない。


女官たちは気を利かせて退出し、部屋は親子だけとなった。

他に聞く者もいなくなると、ルスランが声を落として話し始める。


「――春になればスヴィルカ騎士団領に赴く予定だが、訪問を知らせる手紙を送ったというのに、騎士団側からいまだに返事がない。この季節には手紙も遅れがちになるが……いくらなんでも、いまだに返事がないというのは不自然だ。向こうが僕を避けていると考えてもいい」

「行っても歓迎されないってことだね」


ルスランの話の意味を察し、メイベルが言った。ルスランが頷く。


「領内に立ち入れないなんてことはないだろうが、ガストーネに会えない可能性は出てきた。騎士団宿舎に閉じこもっているのを、無理やり引きずり出す権限はいまの僕にはないからな――それまでにやつの大きな落ち度でも見つければ話は別だが、そんなヘマはしないだろう」


聖堂騎士団が相手では、ルスラン王でも手出しできない。

もちろん、ヴァローナに在籍しているのだからある程度はヴァローナ王に服従しなければならないが。それでも、ヴァローナ王直轄の軍隊に比べれば独立した組織であり、やはり厄介な相手だと思う。だからこそ、アトラチカ騎士団のほうは血縁者の伯父に任せているわけだし。


「アンドレイ様のいとこ殿からも、お返事はないの?」

「ない。アンドレイも、イリヤが何も返してこないことで異変を感じている。ただ事ではないと、認識を改め始めていた」

「そう……私は、ルスランの嫌な予感があんまり当たってないといいなって思ってたけど……」


ルスランの疑惑を否定するつもりはない。ただ、もし疑惑が当たっていて……イリヤという人までルスランの敵になってしまっていたら……。


「アンドレイ様、いとこと戦うことになっちゃうんだよね……。ルスランだって、そんな人と戦いたくなさそうなのに……」


想像すると悲しくて、メイベルは目を伏せた。ルスランも、メイベルのその言葉に対して浮かない表情をしている。

話を聞く限り、昔からの知り合いで、仲も良かったみたいなのに……。そんな相手と斬り合わなくてはならなくなったら、二人がどれだけ傷つくことか……。


「……そうだな。もし本当にイリヤと敵対することになったら、アンドレイは迷うことなく私のために戦う。私も彼を裏切り者として確実に処刑する――そうはならないことを祈りたいものだ」


ゆりかごの中で眠るユリアンを見つめるふりでルスランはメイベルから視線を逸らす。

自分に顔を見られないようにしている、とメイベルは感じた。

感情の色が見えてしまっていることは分かっているだろうけど、せめてもの抵抗として――メイベルも、夫のそんな思いに水を差すような真似はしたくなくて。眠ってしまったレオニートを抱えて沈黙していた。


ただ……これは確認しておいたほうがいいだろうな、と考えていたことについて、意を決してルスランに尋ねる。


「ルスラン。ルスランは……ガストーネ団長が誰と取引をしたのか、相手に心当たりがある?」


ルスランはスヴィルカ騎士団の団長が誰かと手を組み、自分を裏切ったと考えている。

その相手が誰なのか――ルスランには心当たりがあるように思えてならないのだ。具体的な誰かを思い浮かべていて……それを前提に話しているように見える。

ルスランがその裏切りと取引をメイベルに確認させたいのなら、自分もその人物の名は知っておくべきだと思う。


メイベルの質問に、ルスランはすぐには答えなかった。

心当たりがある、ということだけは見える色から分かるが、それが誰なのかは分からない。こういう時、自分の能力はとても中途半端だな、と実感させられる。


やがてメイベルに振り返り、ルスランが静かに言った。


「――ロジオンだ。私の、腹違いの兄」

「ルスランのお兄様……」


メイベルが呟く。


「ルスランとは、あまり仲が良くないんだよね……」

「そんな可愛らしい言葉で誤魔化す気にもなれん。私とやつの関係は最悪だ。互いに互いの死を望み合っている」


ルスランの母親は後妻。ルスランには、父親と先妻との間に生まれた異母兄弟がいる。

上の兄ジェミヤンは若くして病死し、姉のカチェリーナは外国へと嫁いでいっている。この二人との仲はそれほど悪くなかったようで、カチェリーナはルスランの政治に口出しすることなく、すでに他国へ嫁いでいった身として夫亡き後は尼僧となり、ヴァローナに戻るつもりはないそうだ。

そして、下の兄ロジオンは――。


「いまは、外国に――?」

「いるはずだ。私の即位を不服として内戦を起こし、敗北して――あの時に処刑してやるべきだった。姉上に泣きつかれて減刑したのが間違いだった」


苦々しい表情でルスランが吐き捨てる。


ルスランの異母兄ロジオンは、ヴァローナの王冠が自分の頭を素通りして弟に渡ってしまったことを、ひどく恨んでいるそうだ。

ルスランが王太子と定められた時にも揉め、その時はまだ健在だった父王が情けをかけて放免。

父と上の兄の死後にルスランが即位してからも内乱を起こし……姉のカチェリーナが身内としての最後の情としてロジオンの助命をルスランに嘆願し、命までは取らないとルスランが恩情をかけた。


要するに、すでに二度も大きな敗北をしているのに、いまだに懲りない迷惑な兄なのである。


「……性格、良くなかったって」

「ついでに頭も悪かった」


控えめな表現で済ませようとしたメイベルの配慮を、ルスランはばっさり切り捨てる。

ルスランのほうも、本気で彼が嫌いなのだろう。無理もないけど……。


「王妃としての人気は私の母よりロジオンたちの母のほうが圧倒的に上だったんだ。私は幼少期を城の外で過ごした異端児だし、順当にいけばロジオンが王位を継ぐはずだった。ジェミヤン兄上は……生まれつき身体が弱かったからな。兄上は最初から色々と梯子を外されていた」


ルスランは上の兄ジェミヤンには身内の情や、敬意を抱いているらしい。彼のことを話すときは、ロジオンのような険しさや負の感情が見えない。


「――普通、その状況で捻くれるのはジェミヤン兄上のほうだと思わないか?あれほど差をつけられた待遇にあって、なんで兄上のほうが真っ当な良識人で、ロジオンがとんだクソ野郎に育つんだ?こればかりはヴァローナ有史以来の怪異だ」


ボロクソ評価のルスランに、メイベルは苦笑するばかり。ルスランは構わず話を続ける。

――話し始めると、ロジオンへの恨みつらみが堰を切ったように溢れ出て止まらないようだ。


「それだけロジオンのほうが有利な状況にあったというのに、私が王太子に任命されることを城の誰も反対しなかった。父上は王としては賢明な御人だったから、我が子の性格は正しく見抜いて選んだ――それでも、やはり父親としてロジオンには甘かったのだがな。第三者の目から見れば、ロジオンは十分優遇されていたよ。やつはそれにも気付かず、父上のことも恨んだようだが――」


自分の親に対しても、ルスランは複雑な感情を抱いている。

嫌いだとか、憎いだとか、そういうものではなくて……そういう感情を抱けるほどの関係も築けなくて。

家族から愛されて育ったメイベルでは、そればかりは口出しできなかった。


「そういうところが、やつを王位から遠ざけたんだな。城の連中とて私のことなど大して好きではなかったが、消去法で私のほうがマシだと思うぐらいに、やつには人望がなかった」

「……そんな人なのに、ガストーネ団長とは手を組めるの?」


メイベルはもちろん、ロジオンという男と直接会ったことはない。

どんな人間なのか、ルスランを始めヴァローナ王城の人々が話しているのを聞いただけ。

彼らの話からすると、非常に自分勝手で恩知らずな人間のようだが……。


メイベルの疑問に、ルスランは苦笑する。


「組めるさ。私が大嫌いという点で彼らには共通点があるのだから。驚くほど脆い友情を、愚かなほど簡単に築くことだろう」


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