再会 (4)
舌打ちするような表情をしているものの、感情の色を見るに、ルスランは彼のことを嫌っているわけではなさそうだ。
先ほどの台詞から察するに、ただメイベルと会わせることだけが嫌な様子……。
メイベルが自分を見ていることに気付き、観念したようにルスランはため息を吐いて、メイベルたちを部屋に招き入れた。
広い部屋は豪奢な装いとなっており、東方の後宮を想起させるような内装だ――あとでルスランから聞いたところによると、本当に後宮の主をテーマとした部屋だったらしい。
奥のベッド並に大きな長椅子には、美しい女性たちが何人も侍っている。
服はちゃんと着ているが、着崩していて、部屋の外で見かけた女性たちよりも露出が多く、色っぽく髪が乱れている。
……ラリサの視線がさらに冷たくなり、将軍アンドレイは絶対に妻と目を合わせないようにしている。若い女官たちはドキドキそわそわと落ち着かない様子で、オリガは冷静な職務モードに入っている――内心では、やはりか、とちょっと呆れ気味だ。
ルスランの伯父は慣れた様子で女たちの侍る長椅子にドカッと座り、女たちは何も言われずとも全員さっと動いて、ルスランと……メイベルが座れるように場所を空けた。
彼女たちはメイベルが格別の女であることを一目で見抜き、立場を弁えて振る舞う。娼婦たちも、オリガに劣らぬこの道のプロらしい。
空気を読んで、自分も彼女たちが空けてくれた場所に座るべきだろうか。ルスランの伯父は、メイベルを自分の隣に手招きしているし。
しかし、メイベルが動くよりも先にルスランが抗議した。
「なんでメイベルを自分のそばに座らせようとするんだ!女を抱いていたければ呼んである美女たちから選べ!ちゃんと用意してやっただろう!」
メイベルに伸びた伯父の手を、しっしっとばかりにルスランが払いのける。羽虫でも追い払うかのような仕草だったが、伯父は気分を害した様子もなく笑っていた。
「そう頑なにワシに近付けぬようにしている姿を見ると、是が非でも座らせたくなった」
「冗談じゃない――こら!メイベルに触るな!」
立ち上がった伯父は、すぐそばにメイベルがいたこともあって、さり気なくメイベルの手を取る。
そのまま自分の隣に座らせようとするのをルスランが怒って止めようとしたが、もう一方の大きな手がしっかりメイベルの肩を抱いているので、メイベルは彼に誘導されるがまま、長椅子に腰かけるしかできなかった。
やっぱり、見た目通りに力が強い。
ルスランも妊娠中のメイベルに乱暴な真似はできず、ただ悔しそうに伯父の隣に座るメイベルの反対隣に座った。
「顔を合わせるのは初めてだな。招待されていたにも関わらず結婚式にも赴かず、すまなかった」
「……それについては、最初から断られるだろうとは思っていた。黒雷も来るとなっては、余計に来たがらないだろうからな」
ルスランの伯父が真面目な口調で言い、答えるルスランも、先ほどまでの反抗的な態度はなかった。
間に挟まれるメイベルが夫を見ると、ルスランはようやく彼のことを紹介し始める。
「メイベル、彼が僕の伯父にしてアトラチカ騎士団の団長ギバルト。名前とその存在については、以前にも紹介してあったが」
メイベルは伯父ギバルトに視線を移し、座ったままで簡素な淑女の礼をした。
「初めまして、伯父上様。ルスランの妻メイベルでございます」
「うむ。ワシも、名前とルスランが結婚したことは前から知っておった。本来ならばそなたたちの式にはワシも参加すべきだったのだが……ルスランも言った通り、イヴァンカの黒雷と色々あってな。やつが皇太子時代の話だが。ワシは顔を出さぬほうが良いかと思ったのだ」
イヴァンカの皇帝ミハイルとの因縁も、ルスランからすでに聞いている。
まだ皇帝ミハイルが皇太子ミハイルだった時代、イヴァンカ帝国が何度かヴァローナ王国を侵略してきたのを、ルスランの伯父ギバルトが率いる国境の軍隊が阻んできた。
ミハイルの代に替わってからは、イヴァンカ側も友好政策に切り替えている。
大国に隣接しながらも、ヴァローナのような小国が自分たちの主権を失わずにいられたのも、ギバルトがイヴァンカの侵略を阻んでくれたおかげ。アトラチカ騎士団は、ヴァローナ王にとってかなりの強み……ルスランの伯父に対する敬意は本物である。
メイベルにやたらと触りたがるところは、本気で腹を立てているが。
いまも、肩を抱いていた手がメイベルの腰にまで下がって来たので、ルスランが目を吊り上げて伯父の手を振り払っている。
「ラリサも久しぶりだな。ますます良い女になった」
ギバルトに声をかけられ、ラリサが頭を下げる。ルスランの伯父は、オリガを始めメイベルの女官たちもぐるりと見やった。
若い女官たちは、威圧感のあるアトラチカ騎士団の団長の視線に気圧されているようで、慌てて姿勢を正している。
「王妃付き女官はみな美女揃いで眼福だな。しかし、その中でもやはりメイベルは格別よ」
「だからいちいち触るな!昨夜も散々、女に触っただろう!」
ギバルトがまたメイベルの肩を抱こうとするので、ルスランが怒っている。
宰相ガブリイルが口を挟んだ。
「――ギバルト様。そろそろ、グランオーレ騎士団と合流し、ライムーン船の調査を始めませんと。急ぐ理由はないと言えど、いつまでもハルモニア側に挨拶もせぬのは向こうの心象を損ねます」
「分かっておる。だからワシも、いい加減、ハルモニア女王にワシのことを紹介しろとルスランに言っておったというのに――」
自分を諫める宰相に対し、ギバルトも反論する。
「ルスランめ、いっこうにワシに引き合わせようとせず、この店の女をすすめてばかり来るのだ」
「全員、自分のベッドに連れ込んでおいて文句を言うな。この店だって、僕が選んだわけじゃなく自分で勝手に居座っているんだろうが。ちゃんとアトラチカ騎士団の宿も手配しておいたというのに……。団長は一度も宿に戻って来ていないと、騎士団の連中から証言は取っているんだ!」
ルスランが言った。
王の言い分を聞き、若い女官たちがひそひそと言い合っている。
「……じゃあ、陛下は本当にアトラチカ騎士団の団長に挨拶するために、娼館に来てたってこと……?」
「女遊びじゃなかったんだ……」
「王妃様に会わせたくなかったって……その理由は、なんとなく察するけど……」
メイベルも、ルスランが伯父のギバルトに自分を会わせたくなかった理由がだんだん分かってきていた。
伯父ギバルトからは、好色そうな感情の色が見える――彼も、メイベルへの興味を隠す気がまったくない。
ラリサがこそっと、若い女官たちに話しかけている。
「ギバルト様は、見た目も中身も……好みも陛下によく似ていらっしゃるのよ」
「ああ……」
ラリサの言葉に他の女官たちが揃って納得したような声をあげ、メイベルは……ルスランに似ている、の一言で納得されてしまう自分の夫に、ちょっと情けなさを感じていた。
「――そうだ。伯父上をメイベルに会わせたくなくて、この娼館の女たちを使って引き留めていたんだ。メイベルに会わせれば、絶対に邪な感情を抱くのが分かっていたからな。アンドレイも、こんなことに付き合わせてすまなかった」
「いえ……」
将軍アンドレイはぎこちなく首を振り、ラリサは呆れたようにため息を吐く。
ようやくギバルトはアトラチカ騎士団の団長としての仕事を始め、ルスランも一旦、宿に戻ることになった。
昨日、この島に到着してから宿に一度も戻らなかったのはルスランも同じ。彼も宿に戻って、改めて身支度をする必要がある。
仮眠を取る、とルスランは言い、メイベルを連れて自分の部屋に入る。
それを見送った若い女官たちは部屋を離れ、お喋りし出した。
「……今回は浮気じゃなかったのね」
「アンドレイ様も――勘違いで、失礼なことたくさん言っちゃったわ」
「ラリサ様、早とちりで悪口言っちゃってごめんなさい……」
若い女官たちは誤解からアンドレイ将軍への不満を煽ったことに謝罪し、ラリサは苦笑いで彼女たちをフォローする。
オリガは……そんな妻と女官たちのやり取りの傍らで、将軍が目を泳がせていることに気付いていた。
そして、二人だけになった王と王妃の部屋で。
ベッドの上にかしこまって座るメイベルの前に、ルスランも神妙な面持ちで座っていた。
……座るメイベルの膝元には、短剣が。
「――ルスラン。ルスランの浮気に目をつむるのは、妻として仕方のない務めだと思ってる。本当はすごく嫌だし、いまだってそのことにも怒ってる」
はい、とルスランはメイベルと目を合わせることなく返事をした。
――メイベルの目は誤魔化せない。ルスランも、それは分かっていた。
たしかに、あの娼館を選んだのは伯父ギバルトだった。あの娼館を存分に利用し、一番楽しんでいたのも伯父ギバルト。ルスランは、彼に会うために赴いたのは事実。
……そして伯父に誘われるまま、自分も悪い遊びに乗っかったのも事実。
せっかくだからおまえも楽しんでいけ、と伯父は言い……ルスランがそれを拒否するわけがない。自分もちゃっかり楽しんで。
いま、自分と向き合うメイベルは恐ろしいほどに落ち着いた様子で……冷や汗が出るほどに、その声は冷たい。
「でも……アンドレイ様の浮気を誤魔化すのに協力するのは、妻の務めじゃないと思うの。ラリサに嘘ついて、共犯の片棒を担ぐだなんて――」
将軍アンドレイも、ギバルト、ルスランの誘いを断りきれず、悪い遊びに参加してしまっている。主君と師匠に唆されては断りづらいという気の毒さはあるが、妻のラリサを裏切ったことに変わりはない。
でもメイベルは、ルスランがアンドレイをかばうのを黙っておいてあげた。
……他ならぬ夫が原因なのだから、話せるわけもないし。
ラリサに嘘をつき、アンドレイの浮気をかばうこと――妻という同じ立場にある女として、申し訳なさもある。
考えているうちに、やっぱりどうしようもないぐらい腹が立ってきた……!
「ルスランの馬鹿!やっぱりブスッとやってやる!」
「すまなかった、メイベル。僕が悪かった」
短剣を手に膝立ちとなり、夫に向かって振りかぶるメイベルに、ルスランはひたすら謝罪する。
一方で、ようやく宿に戻ってきた夫の身支度を手伝うラリサは、二人きりの部屋でボソッと言った。
「アンドレイ。あの場はあなたを庇おうとする陛下と王妃様の顔を立てて騙されたふりをしてあげたけど……私が気付いていないと思わないことね」
妻の視線と声の冷たさに凍り付きながら、はい、と将軍アンドレイも項垂れる。
――妻の目は、誤魔化せるはずがなかった。




