再会 (2)
「ヴァルターとアルフレートは昔から仲が良いの」
メイベルが説明を付け加えると、アルフレートが嫌そうにする。
「こんな性格なので他の者は彼を敬遠しているだけです」
「その台詞、そっくりそのまま返すぞ!貴様もその性格と口が原因で、女も寄ってこないくせに!」
ヴァルターが目を吊り上げて言い返し、喧嘩するほどというやつかな、とルスランも内心で納得していた。
アルフレートを睨んでいたヴァルターは、大きくため息を吐き、改めてルスラン王と向き合う。
「……失礼致しました。お初にお目にかかります、ヴァローナ王ルスラン陛下。私はハルモニア在籍の聖堂騎士団グランオーレ団長のヴァルター。此度のヴァローナとの合同調査について、ハルモニア側の指揮を執らせて頂きます」
軍人らしく姿勢を正して挨拶する姿には、王族らしい気品や威厳があった。
顔立ちも、こうやって見るとメイベルに似た美しさがあり、貴公子然とした美青年である。並ぶハルモニア副宰相アルフレート・プロイスも整った顔立ちをしており、これでどちらも独身と後からメイベルに聞かされて……よほど性格に難があるのか、とルスランもこっそり余計なことを考えてしまった。
「よろしく頼む。我が国の聖堂騎士団は……すでに到着しているようだな。後で私から呼びに行くことにしよう。今日はこのまま宿に入って、ゆっくり休むといい。我々のほうも、実を言えば休暇がてらにオーストラク諸島を訪ねてきたところがある。我が妃は、君たちに王子を紹介できるのを楽しみにしていた」
ルスランが視線を向ければ、アルフレート、ヴァルターの両名もメイベルがその腕に抱く幼子を見る。
職務モードになっていた二人も、やはりメイベルの子を見ると空気が緩んでいた。
「メイベル。君も、先に宿に行ってくれ。私はアトラチカ騎士団の団長に挨拶しに行ってくる――私の伯父を君たちに紹介するのは、明日になることだろう。一度仕事となれば真面目な男なんだが、たぶん今夜は働く気はないだろうからな」
「ルスランの伯父様に会えるの、私も楽しみにしてるね」
妊娠中の妻を連れ回したくないというルスランなりの配慮も察し、メイベルは素直に頷いて夫を見送る。
バイバイ、と手を振る息子とメイベルの頬にキスして、ヴァローナ将軍、宰相を伴いルスランは町のほうへと行ってしまった。
オーストラク諸島でも一番大きく、一番賑わっている港町の宿を貸し切り、最上階はルスランとメイベル、そして王子レオニート専用の部屋となっていた。
広いテラスは町と海が一望でき、心地よい潮風が吹いている。テラス用の長椅子に腰かけ、日の沈み始めた空の下でメイベルは旧友に我が子を紹介した。
オーストラク名物の果物をもぐもぐと食べる幼い王子を、アルフレートもヴァルターも微笑ましそうに見ている。
「ぽやーっとした危機感のなさそうな顔が、おまえによく似ている」
レオニートのぷっくりした頬を軽くつまみながら、ヴァルターがからかうように言った。
またそんな言い方を、とアルフレートが呆れたように呟く。
「メイベル様に似て、利発で可愛らしいお顔立ちじゃないか。本心ではおまえもそう思っているくせに」
「こいつのどこがだ」
いま、ヴァルターが指したこいつとは、きっと自分のことだろう。ヴァルターのこの言い草は昔からなので、メイベルもすっかり慣れっこだ。
構わず、メイベルも話を続ける。
「グランオーレ騎士団に入ったのは知ってたけど、ヴァルターが騎士団長にまでなってたのはびっくりした。入団して……三年目ぐらい?頑張ったんだね」
「ハルモニア王族という配慮が働いたところもあるでしょうが、ヴァルター自身の努力と実力で得た地位であることも事実かと」
アルフレートが言い、ヴァルターは尊大な態度で胸を張る。
「無論だ。俺のことを、王族という身分に甘んじるだけの能無しだと舐めてかかった連中など、初日で全員叩きのめして思い知らせてやったからな。いまの騎士団に、俺をただのボンボンだと侮るような馬鹿はいない」
「昔から、腕っぷしは私と良い勝負だったからな。騎士団に入っても十分やっていけるだろうとは思っていたよ」
アルフレートはきっと、彼なりにヴァルターを褒めたのだと思う。
……さらりとマウントを取るような発言をしたことには気付いていない。
そして自分の優位性をひけらかしたつもりもなく……客観的に互いの実力を分析してそう言っただけなのだろ。真面目が過ぎるアルフレートは、昔からこういう言い方をしがちだ。
それにカチンと、ヴァルターが腹を立てるのもいつものこと……。
「貴様は、また……そういうところが嫌われるのだぞ!顔だけで寄って来た女ですら、貴様のその性格に嫌気が差して全員逃げていってるというのに!」
「おまえはその短気さが、貴重な長所をダメにしていっているぞ。騎士団の長になったからには私の結婚事情など心配せず、自分の性格を改めることを優先したほうがいい」
メイベルを置き去りにして、二人で言い合いを始めてしまった。
懐かしい光景だ、とメイベルは笑い、母親の膝に座る幼い王子は相変わらず果物をもぐもぐしながら、きょとんと見ている――危機感が足りないというヴァルターの指摘は、あながち間違いではないかも。テラスの片隅に控えてメイベルたちのやり取りを静観していたヴァローナ王妃付き女官たちは、こっそりそう思った。
二人が言い合うかたわらで、ニャオン、という小さな鳴き声が聞こえてくる。
王子レオニートが真っ先にテラスを横切る猫に反応し、メイベルも軽やかな足取りでテラスから飛び降りる猫を視線で追った。
白い毛並みが美しい猫が向かったのは、宿の広い中庭を一人でたたずむ自身の美しい飼い主のもと。
――ファルコはルスランたちに同行することなく、メイベルの護衛も兼ねて宿に残っている。いまは、旧友と気兼ねなくメイベルが会えるようにそばを離れていた。
アルフレート、ヴァルターと他愛のないお喋りをして、日が沈む頃には彼らも自分たちの宿へと引き上げていく。
日が沈んで空には星が見え始めた時間に、メイベルは中庭に出た。まだファルコはここにいるかな、と思って。
ファルコは……中庭に設置されたベンチに座り、空を眺めている。
近付くと、すぐに気配を察してファルコはメイベルに振り返った。
「ファルコも、ルスランと一緒に行ってもらえばよかった」
「いいよ。向こうも旧い知り合いに会いに行ってるようなもんだろ。俺は場違いだよ」
ファルコは別に、自分を卑下したつもりなんかなかったと思う。ただ事実を話しただけなのだろうが……メイベルはすぐに返事ができず、黙り込んでファルコの隣に座った。
メイベルはハルモニアの懐かしい人たちと。ルスランも、昔からの知り合いでもある伯父と。
それぞれ、昔馴染みの人との思い出を楽しんでいる。
でも、サディクという外国から一人でやって来たファルコには、そのどちらとも縁がない。
「ファルコは……サディクに、会いたい人とかいる?」
父王に人質として差し出されて以来、ファルコはサディク宮廷の誰かと手紙のやり取りすらしていないようだった。
時々ルスラン王や、王妃メイベルに宛てて時候に沿った挨拶やご機嫌うかがいのような手紙は送られているものの、ファルコ個人に届くものはない。ファルコのほうも、親兄弟と交流する様子もなく……。
「いないよ、そんなもん。前にもちょっと話したけど、サディク宮廷での暮らしは、俺からすると窮屈なことばっかりだったから」
特に屈折したような態度を出すことはなかったが、いつも故郷のことを話す時、ファルコは複雑な感情の色を見せがちだ。
彼を象徴するような、特徴的なオッドアイの瞳――ファルコの血縁者に、こんな目を持つ人間はいなかった。周囲とあまりにも違い過ぎた特徴は、彼を孤独に追いやったらしい。
メイベルも一般的な人とは異なる特徴を持っていて、別の意味で孤立はしたが……母も兄も、自分を可愛がってくれた。ハルモニア宮廷には、メイベルを大切に想ってくれる人もいた。
……きっと、メイベルでは分からない孤独が、ファルコにはあったのだろう……。
「――あんたは?」
自分の思考に沈みかけていたメイベルは、ファルコの問いにすぐに答えられなかった。
顔を上げて目を瞬かせるメイベルに、ファルコは笑顔でもう一度問う。
「ハルモニアのこと。良い国だったんだろなってことは、あんたを見てたら分かるよ。あんたにとってはいまも大事な国で……帰りたいとか、そう思うことだってあるんじゃないの」
メイベルはまたちょっと考え込んで、それから自分も笑って答えた。
「いまも大切な国で、時々思い出が恋しくなることもあるけど、帰りたいとは思ったことはないよ」
それは、まぎれもない本心。帰りたいとは思わない――メイベルが「帰る」場所は、もうハルモニアではない。
「私が帰る場所はルスランのそばで……このヴァローナだから。アルフレートやヴァルターのことも好きだし、ハルモニアの人たちのことも愛してる。それと同じぐらい、ヴァローナの人たちのことも愛してるの――もちろん、ファルコのことも大好きだよ」
最後はからかうようにメイベルが言えば、ファルコが苦笑し、メイベルの額を小突いて来る。
ファルコも少し照れているようだ。彼の感情の色から察し、メイベルはくすくす笑った。
「あのヴァルターって男を見てると、あんたが最初から無礼な俺やバルシューンに対して免疫があった理由が分かった」
照れくささから話題を逸らすように、ファルコが言った。そうかな、とメイベルは小首を傾げる。
「だってあんた、ハルモニアじゃ箱入りのお姫様だったんだろ。普通は嫌悪感とか抵抗感とかあるもんだぜ」
「うーん……言葉やパッと見の態度は無作法でも、ファルコもバルシューンもヴァルターも、内面はすごく礼儀正しい人なのがすぐに分かるよ」
特別な目を持っているからメイベルはすぐに見抜いてしまうのもあるだろうが……三人とも、生まれ持った品の良さみたいなものは隠せないというか……。
メイベルがそう答えれば、ファルコは眉間に皺を寄せた。
「……そんだけ寛大なあんたが、それでも本気で結婚を嫌がったヴァイセンブルグの皇子ってのは、どんな男なんだ」
ファルコが気になっていたのはそっちか。今度はメイベルが苦笑する。
「レオナルト様の場合は……嫁姑問題も大きいから……」
「ルスランに振り回されまくって、ヴァローナに嫁いでから散々な目に遭ってるっていうのにな。なのにちらとでもそっちと結婚してたら、なんて考えもしないんだろ?よっぽどなんだろうな」




