再会 (1)
ヴァローナ王妃メイベルを巡ってルスラン王、エリアス王が完全に対立してしまって以来、ルスランが王都を留守にする頻度が減った。
自分が離れている間にエリアス王が攻めてきて、メイベルを奪っていくのではないかということを密かに心配しているらしい。
おかげさまで冬が終わって春へと季節が変わっても今年のルスランは戦の予定を立てることなく、ヴァローナ王国は平和なまま夏を迎えた。
そんなある日のこと。
「ルスラン。私のことも呼んでるって聞いたけど……」
ヴァローナ王の執務室に呼ばれたメイベルが、控えめに入ってくる。
ルスランは自分の仕事机の前にある長椅子をメイベルにすすめ、眺めていた地図を長椅子の前の机に移して自分もメイベルの隣に座った。
部屋には将軍アンドレイ・カルガノフと宰相ガブリイル・エリシナの両名もおり、ルスランが説明を始める。
「二日前、オーストラク諸島から十五キロほど離れた場所で少々厄介なものが見つかったとの報告が届いた」
「オーストラク諸島から十五キロ……ハルモニアとの国境にも近いね」
目の前の机の上に広げられた地図を見ながら、メイベルが言った。
ハルモニア王国はヴァローナと地続きとなっているお隣さん同士の国であるが、どちらも内海に面しており、それぞれに領海もある。オーストラク諸島は、ヴァローナとハルモニアを分ける境界線の目安にもなっている地域だ。
「……そこが問題なんだ。発見されたものは、ライムーン朝時代のチャコ海軍船」
「ライムーン朝って……千年近く前の国でしょう?歴史的大発見じゃないの?」
「たしかに、歴史的な価値も高い」
ルスランがため息まじりに相槌を打つ。
チャコ帝国は、ヴァローナ、ハルモニアにとっては内海を越えた先にある大国で……直接の交流はない。大昔はヴァローナやハルモニアにまで領土を広げていた南側の覇者だったが、全盛期に比べれば小さくなってはいる。
ライムーン朝は、そのチャコ帝国の千年ぐらい前の王朝を指す。そんな時代のものが――とメイベルは素直に感動していたのだが、ルスランはちょっと違うらしい。
「ライムーン朝時代のチャコ海軍船といえば、紋章砲で有名だ」
「……おとぎ話でしょう?」
真面目に話すルスランには申し訳ないが、メイベルも思わず反論してしまった。
魔法と剣の物語はメイベルも好きだし、神話やファンタジーな逸話にロマンを感じるタイプではある。でも……紋章と化神の伝説を大真面目に信じるほど、メイベルも子供ではない。
しかし、ルスランも反論するメイベルに向かって首を振る。
「失われた古代の技術というのは、いまも密かに強い関心が寄せられ、研究が進められてはいる。教皇庁がやたらとタブー化して、あの時代を黒歴史にしてしまっているのだと僕も考えている――まあ、伝説の真相を議論するのはさておきだな」
納得いかないような様子を見せるメイベルに、ルスランは話し続ける。
「紋章砲の伝説が本物なら、我々は古代の強力な兵器を手に入れることができるかもしれない状況だ。ヴァローナとしては、是が非でもライムーン海軍船を調査したい。しかしその軍船の見つかった場所が問題だ」
「あ……ハルモニアと揉めるかもって、心配してるの?」
答えを察してメイベルが言えば、ルスランが頷いた。
ハルモニア、ヴァローナの境界線付近で見つかったということは、その海軍船はハルモニアにも所有権がある可能性があるのだろう。
ルスラン王の妃メイベルは、ヴァローナ、ハルモニア王国の共同統治者という肩書があり、一応、メイベルはハルモニア女王だったりもする。
実権はルスランが握っていて……今回のことだって、メイベルのこともハルモニア側の意向も無視してヴァローナだけで取り決めてしまっても構わないことなのに、ルスランはちゃんとメイベルやハルモニアの反応も考えてくれた。
その配慮に感謝しながらも、ルスランがわざわざハルモニア女王としての意見を求めてくれたからには、メイベルも、自分もちゃんと考えて返事をしないとだめだ、と考えた。
「……ハルモニア宰相とグランオーレ騎士団に連絡を取って、私から頼んでみる。ヴァローナで調査させてほしいって」
「君ならそう言うだろうと思った。そして向こうが何と返事をしてくるか、察しもついてる」
ルスランが言う。メイベルはルスランたちから見えるものも参考にしながら、自分でもまた考えてみる。
「ハルモニアとの合同調査になっちゃうかな……?」
「恐らくは」
今度はヴァローナ宰相のガブリイル・エリシナが答えた。
「場所が場所ですので、ハルモニア側も監視のために軍を派遣してくることでしょう。こちらとしてもハルモニアに無用な不信感を抱かせたくはありませんから、受け入れるつもりです。今回の旅には私も同行し、ハルモニアと交渉します」
「ガブリイル様も来るの?」
宰相は王に代わり、王城の留守番役を引き受けがちだ。王城を離れることは滅多にない。
その宰相がわざわざ赴くというのであれば、やはりハルモニア側も彼と交渉できる人間を派遣すべきだろう……。
メイベルがハルモニアに送るべき手紙の内容を考えていると、ルスランが再び口を開く。
「オーストラク諸島には、君にも来てもらいたい。ハルモニア側の代表との交渉となれば、君は強い味方だ――個人的には、私も気が進まないと思ってはいるが」
ルスランが付け加えた言葉に、メイベルはきょとんとなって目を瞬かせた。
なんだかルスランは困っている様子だ……ヴァローナ王として決定しているのに、こんなに自分の選択に迷う感情を見せるのは珍しい……。
「……僕だって、妊娠中の君を遠くへ連れ出すことに苦悩しないほど、無慈悲な男じゃないぞ」
ああ、とメイベルが相槌を打った。
去年の冬の初め頃、メイベルは二度目の懐妊が発覚した。とっくに安定期にも入っているし、旅をするのに気候だって悪くない。
それに……。
「戦争しに行くわけじゃないんでしょう?ハルモニアにも、私はそんなことは許すつもりはないし」
「それはそうだが……そういう問題ではないだろう」
妊娠と出産に関しては男のルスランにできることはなく、すべてメイベル任せ。そうなると、さすがのルスランもちょっと弱腰になるらしい。
メイベルのほうが、もう二度目ということもあって、大丈夫だろうという楽観的な思いがあった。
「ハルモニアの宰相と、グランオーレ騎士団に連絡しておくね。現地で会うことになるかな」
メイベルの言葉にルスランはわざとらしく眉を寄せ、将軍アンドレイは王のそんな姿に苦笑し、宰相は王の反応を無視してメイベルに頭を下げる。
メイベルは、久しぶりにハルモニアの人に会えることを楽しみにしていた。
身重のメイベルを連れ出すことに抵抗を感じていたくせに、オーストラク諸島行きが正式に決定すると、ルスランは王子レオニートも同行させると独断で決めていた。
メイベルもルスランも城を離れるのに、我が子を一人残すのはかわいそうというか、心配だったのもあるのだろう。
……となると、妊娠中の王妃と幼い王子の世話をするために、同行する女官も自然と増えるというもの。
乳母のラリサと王妃付きの中でも特にメイベルに近いミンカたち三人娘に加え、本来だったら宰相同様、城に残って女官たちをまとめるべき女官長代理のオリガも同行することになり、オーストラク諸島への旅はなかなかの大所帯となった。
港のある町まで馬車で向かい、船に乗って。
初めて見る海……初めての船旅に興味津々の王子と、メイベルは旅を楽しんでいた。
「ハルモニアからは、アルフレートが来てくれるって。リオンを会わせるのが楽しみ」
幼い王子を抱いて海を眺めていたメイベルは、隣に立つルスランにそう話しかけた。そうか、とルスランも笑顔で頷く。
ヴァローナに嫁いだ以上は、もうハルモニアに戻れぬものと覚悟は決めていた。ハルモニアの人々にも、もう会うことはないだろうと。
その決断に後悔はないし、ヴァローナでの暮らしにもメイベルはすっかり慣れた。ルスラン王の隣――ヴァローナこそがいまの自分の居場所とすでに心は定まっていて、いまさら揺れることもないが……やっぱり、我が子に一部でもハルモニアを見せることができるのは嬉しい。ルスランは、メイベルのそんな気持ちを汲んでくれていた。
「ヴァローナからはアトラチカ騎士団がオーストラク諸島に派遣されることになっている。騎士団長は……軍人としては信頼できる男だ。ハルモニアのグランオーレ騎士団ともうまくやれるだろう……たぶん」
歯切れ悪く話すルスランに、メイベルは顔を上げて夫を見た。
ルスランは気まずそうに視線を逸らしており、その背後に見える感情の色もモヤモヤしていた。
「アトラチカ騎士団の団長って、ルスランの伯父様でしょう?アンドレイ様とルスランの剣の師匠で、立派な人だってラリサが話してたよ」
ルスランの伯父――先代ヴァローナ王妃の兄。王妃の外戚ではあるが生家はさほど格は高くなく、伯父の剣の腕一本で成り上がった家だとまで言われている。
若い女官たちやメイベルに向けてそう話すラリサは、何やら含みのある感情の色をしているなぁとは思っていたが……。
ルスランも、何だか嫌そうな感情の色を見せている。
「……軍人としては立派な人間であることは間違いない。軍人としては……」
「なんで同じこと繰り返してるの?」
よほど念押ししておきたいことなのだろうか。ルスランと結婚してから新しく会うのは癖の強い人間ばかりなので、メイベルもちょっと不安だ。
そんなメイベルたちに、周囲を観察していたヴァローナ将軍アンドレイが声をかけてくる。
「王妃様。ハルモニア旗を掲げた船が見えて参りましたぞ。あちらの方向――」
将軍が指す方向を見、メイベルもハルモニアからの船を見つけた。向こうの船も、オーストラク諸島の一番大きな港町を目指し、ゆっくり進んでいる――。
ヴァローナからメイベルたちを乗せた船のほうが先に港に到着し、少し遅れてやって来るハルモニアの船をメイベルは出迎えた。船から降りてくるのは、ハルモニア宰相からの手紙にも書かれていた通り、ハルモニア宰相の息子にしてハルモニア副宰相のアルフレート・プロイス……それから、グランオーレ騎士団の団長……。
「ヴァルター」
アルフレートと並んで……いや、彼を追い抜く勢いでズカズカ降りてくる青年を見、メイベルは目を丸くした。
「久しぶりだな、メイベル」
「久しぶり……あなた、グランオーレ騎士団の団長になってたのね。知らなかった」
やたらとでかい態度でメイベルと接する青年に、ルスランたちの後ろからハルモニア人を出迎えるメイベルを見ていたファルコが、眉間に皺を寄せて訝しげな表情をする。
誰だよあれ、とファルコが口にするよりも先に、ハルモニア副宰相アルフレート・プロイスが丁寧に紹介した。
「お久しぶりです、メイベル様。ルスラン王も。こちらはヴァルター。我が国のグランオーレ騎士団の団長にして、メイベル様のはとこです。口も態度もわきまえていない男ですが、有能ではありますよ」
「なんだその紹介は!」
ヴァルターが目を吊り上げて憤慨する。
メイベルのはとこだというのなら、ヴァルターはハルモニア王族である。
アルフレートの紹介の仕方は、とても自分たちの主君の血縁者を紹介する口ぶりではなかった。




