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嵐への対応 (3)


リングダールの王がヴァローナ王城を訪ねてきたとなると、さすがに王妃であるメイベルが対応しないわけにもいかず、宰相からすぐに王城へと呼び戻された。


リングダール王はルスランよりも年上で……細長い男性だな、という印象を受けた。

軍人王のルスランに比べれば優男な風貌で、年相応にひげを蓄えているが、ルスランに比べると威厳というか、威圧感はない――本人は、精いっぱい堂々とした姿で、こちらを威圧しているようだけれど。


「セレドニオ王、ようこそヴァローナへ。ビルギッタ王女でしたら、健やかにお過ごしいただいておりますよ」


リングダール王セレドニオの背後に見える感情の色に反応することなく、メイベルは愛想笑いで王を出迎えた。

娘と年の変わらぬ小娘でしかないヴァローナ王妃のことを、リングダール王はあからさまに侮っている――メイベルの特殊な目がなくとも、ヴァローナ宮廷中の誰もがそれを見抜いていたことだろう。


「そのようなことを聞きに来たわけではないことぐらい、あなたも分かっているだろう。まどろこしい話は御免だ――ルスラン王がいないというのなら、いまは王妃であるあなたがこの城で最高責任者というわけか。すでにこちらの要求は、ビルギッタのほうから伝えてあるはずだが」

「お腹の子の父親は、我が夫ルスランだとビルギッタ様はおっしゃっておりました。セレドニオ王も同様にお考えなのでしょうか」

「……その言い草は、あなたは私の娘の主張に異議があるように聞こえる」


ぎろりとリングダール王が睨むが、メイベルは穏やかにその視線を受けとめた。


かよわい小娘にしか見えない王妃を威圧して、リングダール王は自分たちの主張をごり押しするつもりだ。メイベルの目は、リングダール王が虚勢を張っているのをしっかりと見抜いていた。


「慎重に進めるべき案件だと考えております。もう一人の当事者であるルスランからいまだに話を聞くこともできておりませんから。私一人で判断してよいことではございません」

「あなたも王子を生んだそうだな」


内心で舌打ちしていることはメイベルにバレバレなのだが、それに気付くこともなくリングダール王は高圧的に言った。


「ならばあなたも、ビルギッタがいまどれほど心細い思いをし、苦しんでいるか分かるだろう。それに、実態のない共同統治者の肩書きしか持たぬハルモニア女王のあなたより、リングダールという強い後ろ盾のあるビルギッタのほうがルスラン王の妻にはよほど相応しい――それが分からぬほど愚かではあるまい」




リングダール王との不愉快な面会が終わった後、メイベルたちはルスラン王の執務室へと移動した。いまは主のいない椅子にメイベルが座り、机を挟んで宰相と向き合う。

若い女官たちは怒り心頭であった。


「なんなんですか!あの、人を馬鹿にしたような態度!」

「まさにあの親にしてあの子ありって感じですよ!」


リングダール王から受けた不愉快さは女官たちが代わりに怒って発散してくれるので、メイベルは至って冷静である。

宰相ガブリイルに、見えた色から推測したことを話した。


「ビルギッタ王女と似たようなことを話していたけれど、セレドニオ王はもう少し現実的な考え方をしてる――たぶん、彼は王女のお腹の子の父親が、ルスランだとは考えてない」

「分かった上で、こちらに押し付けようと?」


宰相が考えながら言い、メイベルは頷く。


「ミンカたちの話だと、ビルギッタ王女はリングダール宮廷でももう厄介な存在で、かなりもてあましているみたいだから……。王女の妄想と暴走に乗っかって、ヴァローナに追いやりたいんだと思う。それでヴァローナの王妃にまでなれればもうけもの、という感じで」


だからこそ、ルスラン王不在と知り、かえってまたとない好機と考えてごり押しにやって来た。

ルスラン王が戻ってきてしまったら、すべてがビルギッタ王女の思い込みと勘違いであることが発覚してしまうから。


「……セレドニオ王は、完全に私を軽んじてる。王女よりは交渉というものを身に着けているし、いまの私ではどうにもできない……」


確たる証拠を突きつけて追い返すつもりでいたが、メイベルだけではリングダール王も平然と開き直ってきそうだ。やっぱり、ルスランに戻ってきてもらうしかないのかもしれない。

ルスランの迫力をもってすれば、たぶん、あの王は簡単に吹き飛ぶと思う。


「スラクシナ地方にいる陛下に、急ぎ使者を送ります」

「それしかない。ルスランには申し訳ないけど……」


無事に帰ってきたルスランを、笑顔でレオニート王子と一緒に出迎えてあげたかった。ゆっくり寛いで、休むために帰ってくる場所なのに……。


メイベルができることと言えば、リングダール王のごり押しに徹底して抵抗しつつも、リングダール側につけ入られる隙を絶対に作らないようにすること。

ルスランに頼ると決めたら、彼の帰りが待ち遠しくてたまらなかった。


――そんなルスランは、メイベルが予想していたよりもずっと早く、王城へと戻って来た。




リングダールの国王までヴァローナに来たことで、彼らの住まいはメイベルと交換となった。


ヴァローナ王不在の王城に他国の王がいつまでも居座るのは外聞が悪い。

バーベリの城へとセレドニオ王、ビルギッタ王女に住まいを移してもらうよう話に行くと、リングダール王は意味ありげな笑みを浮かべ、恩着せがましく了承した――ヴァローナ側が早く結論を出せば、自分もさっさと国に帰るというのに、という皮肉を言い捨てて。


そしてメイベルは王城へ帰ってくることとなり。

その翌日には、ルスランが帰って来た。


ルスランの帰城は何の前触れもなかったものだから、メイベルたちをものすごく驚かせた。

王旗を掲げた軍隊が王都へ入って来たとの報告を受けて、慌ててメイベルが城の出入り口へ向かってみれば、ルスランたちはすでに到着していて。


お帰りなさい、とメイベルが声をかけると同時にファルコが抱きついてきた。

ぎゅうぎゅうと自分のことを抱きしめてくるファルコに、メイベルは目を白黒させる。


「まずはファルコを労わってやってくれ。今回、彼が一番大変な目に遭ってな」


王を差し置いて王妃に抱き着くなど、その場で斬り捨てられてもおかしくないレベルの不敬だというのに、ルスランはファルコを咎めるどころか、愉快そうに笑っている。


ファルコのほうも、普段の口調こそ気安いものの、臣下としての礼儀を弁えている。こんな公衆の面前でメイベルに不敬な身体的接触をしてくるような男ではないのに……。

本当に大変な目に遭ったらしい、ということはファルコが発する感情の色からもなんとなく伝わった。ファルコの感情の色は、複雑な怒りの色でぐちゃぐちゃだ。それを抑え込もうと必死に努力しているのも見える。


「その話は城に入ってからにでも。僕は……僕たちの王子に先に会わせてもらおうかな。レオニートはどこにいる?」


話している間にも、赤ん坊を連れたラリサがメイベルに追いついてきた。ラリサが腕に抱く子を見て、ルスランが目を輝かせた。


「その子が――母親似だな。髪も目も、メイベルと同じ色だ……」


ラリサから赤ん坊を受け取り、ルスランは自分の腕に抱いた我が子を見下ろして、ちょろっと生えた銀色の髪を撫でる。

まだ眠っていることのほうが多いが、赤ん坊は目が開き、いまも初めて会う父親をくりくりとした瞳で見上げていた。


「もう少し、僕の要素があってもいいんじゃないか」


そう言いながらも我が子を見つめるルスランの表情は幸せと愛情に満ちていて、メイベルも、周囲で見ていた者たちもみな、ルスランにつられて笑顔になった。


我が子との対面にルスランが感激してくれて、メイベルも幸せだ。

……できることなら、彼に幸せな気持ちのまま、しばらく息子と共に過ごしてほしいのだが。


宰相ガブリイルがそっとルスラン王のそばを通り抜け、陸軍大将アンドレイ・カルガノフに寄っていくのが視界の端で見えてしまう。

宰相は王から少し距離を取って、王の護衛隊長でもありプライベートもよく把握している友にビルギッタ王女のことを問い詰めていた。


「リングダールのビルギッタ王女だと……?そんな女性と陛下に面識は……シジェンコ地方?行ったこともないぞ……!」


……予想通りの答えが聞こえてきているような気がする。

息子をあやしていたルスランは、耳ざとく幼馴染コンビのヒソヒソ話を聞きつけていた。


「何を話している」


息子を抱いたまま振り返り、ルスランが問うた。宰相が姿勢を正し、王に答える。


「火急の事態が起きまして。そのご反応から推察すると、我々が送った手紙は陛下のもとに届いていないのですね」

「子が生まれたと聞いて、どうしても会いたくてたまらなくなって戦を切り上げてきたんだ。黒雷の説得も成功したので――秋頃、戦の再開となる」


ビルギッタ王女やリングダール王の突然の訪問について仔細をしたためた手紙を送ったが、どうやらルスランとは入れ違いになったらしい。

予定より早く城に帰ってきてくれたのは別の理由……それについてはメイベルもとても嬉しいが、ならばいまから、ルスランの機嫌を最悪にする話をしなくてはならないのかとげんなりした気分にもなった。


ルスランの反応なんて、考えなくても分かる。


「――リングダールの王女ビルギッタの腹に、私の子がいるだと!?そんな馬鹿な!私は彼女と会ったこともない!」


さっさと話せとせっついてくるルスランをとりあえず執務室まで移動させて、宰相ガブリイルは改めてビルギッタ王女、リングダール王の主張を話した。

当然、ルスランは大激怒である。


メイベルたちもそうだろうとは思っていたが、やはりルスランにとっては身に覚えのないことで。

不名誉極まりない主張に怒り狂っている。


「……王女は美人か」


腹が立つくせに、こんなことはちゃっかり確認しようとするのだから、メイベルも冷たい視線を送るしかない。

宰相ガブリイルは、陛下の好みではありません、とそっけなく答えた。ルスランは謎の咳ばらいをし、改めて激怒する。


「シジェンコ地方など行ったこともない!王女の妄言だ!私と我が国の名誉を貶めようとする、リングダールの姑息極まりない策略だ!」

「セレドニオ王とビルギッタ王女は、いまはバーベリ城に滞在してもらってる。ルスランが帰ってきたことはもう向こうにも伝えに行ったから、すぐにこっちに来ると思う」


メイベルの言葉に、ルスランはかきむしるように頭を抱え込み、怒りのあまりに唸り声を漏らして、執務室の中をドスドスと乱暴に歩き回っていた。

そしてリングダール王が王女と共に王城に到着したとの知らせを聞くと、怒りを一切抑えることなくすっ飛んでいった。


この嵐をおさめなくてはならないのか、という諦めにも似た思いでため息を吐き、メイベルもルスランを追って応接室へ向かう。


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