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魔王

「いつも通りだもーん。だからいつも通り、好きなことしたんだもん……」

「何じゃそりゃ?」

「あ、あのさ……」

「ん?」

「め、迷惑じゃ……なかった?」

  

 

 パミュは一転、心配そうに俺を見上げていた。

 笑ってしまった。

 俺は、照れくささを誤魔化すために、パミュの頭に、チョップした。

 パミュが『痛い』とも『何するのよ』とも言わず、ジッと俺のことを見上げてくるものだから、俺はもっと照れてしまった。

 策士策に溺れる。



「バーカ。もしも俺が――」



 俺が……。



「俺が、人間じゃない、何かなら、きっと……」



 呪いが解けて……。



「ただの、人間に……」



 そこで、言葉が止まった。

 パミュが、あらぬ方向を見て、固まっていたからだ。

 釣られて、パミュが見ている場所に、目をやった。

 


 その時。



「あーっ!」

 


 パミュの大音声が、俺の顔を強引に引き戻させる。



「何だよ?」

「え? 何でもない」

 


 舌をチロリと出して、パミュが誤魔化す。



「ねぇビュウ」



 ストンとベッドに腰を落として、パミュが言った。



「だから何だよって」

「今日は……その……」



 考え込むように床を見て、面を上げた。



「今日だけは、ずっと話してたいな。その……近くで」

「いや別に構わな――」

 


 ふと思い出した。

 顔を向ける。

『それ』を見てから、パミュを見つめた。

 パミュが、しょぼくれた顔で、俯いている。



 俺は――



 何も言えなかった。


 

 否定することは、容易だ。

 肩を抱いて、愛をささやくこともできるだろう。



 実際『まだ』何もないのだ。

 何の関係でもない。

 曖昧にして、両面に構えることは、できる。



 実際恋なんて、そんなものだろと、思わなくはない。

 今どきこんなきもち、流行ったりはしないのだ。



 それでも、俺は――



「ああ、いいぜ。ただ、会話が途切れたら、とっとと寝ろよ。お前はまだガキなんだからよ」

「うん!!」

 


 辛いことを吹き飛ばすような、パミュの返事。

 俺は、笑って受け入れてやることしか、できない。

 そこには。

 パミュが目を止めた先には。



 俺とティアラナが腕組んで撮った写真が、立てかけてあったのだった。





    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







「パミュちゃん復活ッッ!! 復活ッッ!! 復活ッ!!! 復活ッ!!」

 


 

 ギルドフルーレの中が、人で一杯になっていた。当然パミュを心配して集まってきた者たちだが、心配する理由が真実とは違っていた。



 パミュがさらわれた、という事実は、ハイアスの森で迷子になった、という虚構に書き換えられていた。

 俺はそれを、朝一で誰よりも早く駆けつけてきた、パミュちゃん親衛隊に聞いて――聞かされて――初めて知った。



 多分ティアラナだろう。



 思えばこいつが現場に来たのは終盤だった。タイミングから、あるいは分相応に東尾が全滅するまで待っていた、という可能性も考えていたが、パミュがまた、いつもどおりの日常を送れるための土壌を作っていたのだと考えれば、遅れたことにも合点がいく。



 さらわれた、では重すぎた。巻き添えを恐れてパミュから人が離れていってしまうかもしれない。



 だから、真実を捻じ曲げたのだろう。



 ティアラナの資金力は莫大だ。ましてやパミュの背景はその実黒い。

 飴と忠告(おどし)を交えれば、目撃者を黙らせることは、そう難しくないだろうと思えた。



「よかった。本当によかった。これでパミュちゃんが見つからないままだったら、ボクは、ボクは……っ」

「いやー今日は祝杯だよ、ウォードくん!! 飲もう!! 飲もう!!」



 パミュちゃん親衛隊の面々が、ザルの中の紙吹雪を撒いたり、男泣きしたり、桜を前にした酔っぱらいのように盛り上がっている。



 それに地味に『ピキピキ』と来ているのがティアラナだったが、さすがに今日は怒るまいと思っているのか、厚い笑顔で耐えている。



 後でフォローする俺の身にもなってほしい。



 そして、集まってきた者の中に、パミュを見つめず、床ばかりを見つめながら、構ってほしそうに、プラプラと足を振るう蒼い狼がいた。



 言うまでもない。マリオンだ。


 

 先に『朝一で誰よりも早く駆けつけてきたのはパミュちゃん親衛隊の面々だ』と言ったが、実は、本当の意味で一番最初に駆けつけたのは、このマリオンだったりする。



 マリオンは、昨日の夜からずっと、ギルドフルーレの前で待っていたのだ。あの豪雨の中。全身ずぶ濡れになりながら。



 それでも今日マリオンのお見舞いが比較的遅れたのは、今日の夜中、俺が気絶させた上で、家まで送り届けたからである。

 


 パミュはどこパミュはどこと、散々喚いていたくせによ。

 本当不器用なやつだよ、お前は。



 ま、俺も人のことは言えねぇけど。

 


 大切な人間だから、いざ面と向かうと何も言えないって、よくあるよな。心の中なら、あんなにも素直に話せているのに――

 


 ま、俺のはただの、臆病かもしれねぇけどさ。



「ねえビュウ」

 


 パミュに呼ばれて、目を向けた。



「ここにいない人にもお礼言いに行きたいんだけど、ついてきてくれる?」

 


 パミュの言葉。周りが一斉に押し黙り、一転、ワーワーと騒ぎ出した。パミュの黄金色の瞳に、俺が映っている。なにも聞こえていないかのような瞳だった。俺はちょっと気圧されて、ティアラナを見た。



「どうしてあたしを見るの?」

 


 確かにその通りだった。これじゃ、ご主人様にご機嫌を伺う犬そのものではないか。

 パミュに目を向けた。

 パミュは、俺の返事が遅かったからか、不安そうに、俺を見上げている。

 


 まずったかな……。


 

 今更ながら、いいぜって、そう言おうと思った、その時。



「うるさいな、視界が」

 


 パミュの声。

 声音こそパミュなのに、全くの別人だと、一声でわかる、言葉。語調。

 見――

 いや、まずい!! この練魔と揺らし方!!



「マリオンよせ!! 見鬼を使うな!! 今のあいつの魔装は――」

「パミュちゃん、一体な――」

「お前もよ――」

 


 安易に近づこうとする親衛隊を、セイレーンが羽交い絞めにした。

 パミュが嗤った。



「セレン。静かにさせよ。十秒待つ。それもできないようなら、お前の首に用はない」

 


 パミュが片手を持ち上げる。

 ポキポキと、親指で他の指を折り曲げ、関節を鳴らしていった。

 鎧兜を脱ぎ、私服に着替えていたセイレーンの顔が、動揺で引きつる。

 絶対に逆らえない相手、ではなく、絶対に勝てない相手、に向ける態度と挙動。

 


 セイレーンが、腰巻きの中に隠していた仕込み十文字槍を振るって伸ばす。



「全員!! 今すぐこの場から出なさい!! 早くしなさい!! 早く!!」

 


 声が枯れんばかりの勢いで吠え立てた。羽交い絞めにされていた男は、叩き出すようにして外に放り出された。

 集まっていた街の人間が、雪崩を打って外に出ていく。

 そんな中、動かない者が一人いた。


 

 マリオンだ。


 

 やはり子供か、ロゼッタと違い、マリオンが見鬼に入る判断はすこぶる早い。だから忠告が間に合わなかった。

 練魔で脅かしてからの眩術。今のマリオンは、蛇に睨まれた蛙同然だ。



「ロゼ!! え?」

 


 一歩。

 二歩。

 


 マリオンがゆっくりと、人の流れに逆らって、近づいてくる。


 

 考えてみたら、そうかもしれない。マリオンにはパミュの中にいる化物が見えている。それは普段通る道で、大蛇と遭遇したのとまあ同じようなもの。普通は固まるか逃げるかする。

 


 しかしマリオンは逃げない。

 何故なら――。

 

 

 その大蛇には、パミュが、友達が、捕らえられているからだ。

 


 マリオンがクシャリと、顔を歪ませる。



「パミューーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 


 自分の全てを注ぎ込むような、マリオンの叫び。

 


 パミュは――



 目さえ向けなかった。

 


 セイレーンと同じく、街の人間を先導していたロゼが、マリオンを脇に抱えて駆け出した。



「あ」



 マリオンが手を向ける。その先にパミュがいた。あまりに遠い。せめて声だけでもとマリオンは口を開くが、声は出ていなかった。出るのは、友達としての言葉でも、魔術師としての呪でもなかった。十三歳らしい、嗚咽だけだった。

 


 扉。バタンと閉められる。

 パミュは、最後まで、マリオンにかんしんを向けようとはしなかった。

 


 一転。

 


 部屋が、夜のように静かになった。

 残ったのは四名。



 俺、ティアラナ、セイレーン、そしてパミュ。



 セイレーンは、パミュの前でひざまずいていた。その顔は汗にまみれている。鎧兜を脱いでも厳かだったセイレーンが、今では見る影もない。

 


 そこに在るのは、殺さないで下さいと懇願することしかできない、被食者じゃくしゃの姿。



 捕食者パミュが、肩を揺らしながら笑った。

 アゴを持ち上げつつ、小首を傾げる。



 見下ろすということさえ除けば、いつもする、パミュの仕草。

 ただし、表情と瞳の色は、別人だった。



「よかったな。死なずにすんで」

 


 付け加えるなら、発言も。



 ズシリと。

 無形の何かを頭に乗せられたかのように、セイレーンがより深々と平伏した。



 パミュが身体ごと向いてくる

 その顔には、蛇を思わす呪が、左右対称に刻まれていた。



「俗物の声は聞くに及ばず。俗物の醜態は見るに堪えぬ。そうは思わぬか? ビュウ=フェナリス」

 


 嗤って、パミュが問うてくる。



 声も、顔も。

 全てが同じなのに、全てが違う。



 唇を噛み締めた。

 拳を握った。

 


 許せなかった。

 


 相手がパミュの身体を使っている。

 それだけが、理性の要だった。



 こいつがもし、俺の前に直々に現れていたら、マリオンの前だろうがティアラナの前だろうが、関係ない。



 俺はこいつを殺していた。



「誰だ、てめぇは……」



 自分の心の黒さ。

 それが全てにじみ出たような声だった。



 返ってきたのは、哄笑だった。



 建物が揺れてるんじゃないかってぐらいの声で、パミュの声音で、散々嗤った後、パミュが自分の顔を、掌で覆った。

 広げた指の隙間から、俺を見上げる。



「そうよな。先に自己紹介しておかなければ、話も滞りなく進まぬか。あたしはクジャ」

「え……」



 その名は、ここで出ては絶対にならない者の名だった。



「サザーランド国王にして、ここ南尾を統括せし者」



 黒幕であってはならない。



「人呼んで」



 あったとすれば、それはあまりにも、むごすぎる者の名。



「魔王クジャ=ロキフェラトゥ。ハルの母親じゃ」

 


 バカな……っ。



            < 魔王 了>

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