表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/94

零れ落ちた血と信頼

「……ヤ。ョウ。後は……」



 断末魔を残し、地面に落下するカルロ。同じく地面に膝をついた俺は、息を切らしながら、魔力の流れを追っていた。



 五情の五、恐は、完全に抜けきっているようだ。

 カルロの置き土産が功を奏している。

 ただし――

 あいつらのはな……。

 パミュにかけた眩術。

 それはまだ、抜けていない。

 


 ポタリポタリ。

 


 額から血がポタポタと落ちてくる。

 目を見開く。

 どこかに力を込めていないと、倒れてしまいそうだったから。



「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

 


 眩術は本来見鬼のカウンター技法。

 相手が目に集めた魔力を押し込み、呑み込ませることで効力を発揮するんだ。



 パミュは見鬼を使えない。

 それでも強引にかけた。



 つまり持続時間が極端に短い、ということだ。

 多分もって三十秒。

 それで眩術は解ける。

 


 だから。

 早く、行けよ、俺……。



「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……っ」



 もう俺しかいないんだから。



「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……っ」



 理不尽を切り裂き、道理に正すバカも。

 俺を節介の道に引っ張り込んでくる女も。



 みんな時に殺されて死んでしまった。



 だから、俺がやるんだ。

 例え――


 

『この化物共が!!』



 悪魔化物と、罵られようとも、俺は!!



 跳躍。

 駆けた。

 


 十秒。

 九秒。



 ふと。

 上から葉。見上げた時には、もみくちゃになっていた。



 俺の頬が浅く斬られている。致命傷ではない。

 相手の腹に、竜頭蛇尾の柄を打ち込んだ。しかし、致命傷ではない。


 お互い離れた。枝に足。乗せた瞬間、正面から、剣を振りかぶった兵隊が、飛脚法を用いて迫ってくる。


 横薙ぎに振るわれる斬撃。

 俺は倒れるようにして、それをかわした。


 しかし落下はしていない。

 手で足場の枝を握っていたからだ。


 枝を支柱に回転し、正面を向く。飛脚法を用いて枝を蹴る。蹴った枝がバキリとへし折り、相手の追撃をわずかながら遅らせた。

 


 空を蹴る。枝を蹴る。枝葉を手で払いのけ、ただただ悪意に向かって直進する。

 


 六秒。

 五秒。



 急遽。

 枝の上。

 足を止めた。

 三百六十度旋回して、今一度、枝を蹴る。

 俺に断された追撃兵が、二歩目を踏めず、大木の上から転がり落ちていく。

 


 三秒。

 二秒。



 指笛。

 背中から響いてきた。



 その時。

 見つけた!!


 

 パミュ!!


 

 だが!!



「なっ!!」

「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 


 視線の先で、パミュが落下していた。

 もう一方の方向から、パミュの命を狩ろうと迫ってくる敵兵。

 


 どうせ奪えないなら殺すってことか、くそ!!



 俺は、パミュと敵兵の間に、風を纏った剣を投擲する。



 瞬間!!



 左手。咄嗟に首を二の腕で守る。ギチギチと。肉と骨を食い破り、断ち割ろうとしてくる、白刃。目を向けるが、何も見えなかった。例の姿を消す布を纏っているのだろう。それでも感じる息遣い。押してくる白刃から、相手の気持ちが伝わってくる。



 ふざけるなという気持ち。恨めしいという気持ち。こんなバカなという気持ち。必ず仇は討ってやる、という気持ち。



 不正で得た力で、相手が生きた数十年と、これからの数十年を散らしていく。こいつらにとって、俺はさながら悪魔同然だろう。

 

 

 当たり前だが、こいつらとて生きている。きっと何か、背負うものがあるんだ。こいつらは、ただの野盗とは違う。いや例え野盗でも、背負うものはきっとある。



 気分次第で、どちらに白黒与えるかを決められる。そんな俺は、誰とも関わらない方がいいのだろうと思っていた。どちらが正義か悪かなんて、俺に決めれるものでもない。だけどよ――



『ビュウーーーーーーーーーーーー!!』


『だからちゃんと残っててよね!! いなくなってたら、あたし泣いちゃうから!!』


『それが今一番の、あたしの願い事!!』



 俺も、ここは退けない。


 誰に、何と思われようとも!!



 刃に押される二の腕。俺は十分懐に引き込んでから、俺は残った手を相手の懐に走らせた。

 銀器を発動できず、姿を現した敵兵がドロリと血を吐いた。敵兵の心臓部分に、敵兵が差していた短刀。

 俺が抜いて、突き刺したのだった。

 

 

 もたれかかってくる敵兵の屍体に肘を打ち込み、屍体を足場にして、俺はパミュの元まで直進した。

 


 パミュの命を狩るフリをしていた兵隊が、副長と呼ばれていた男に蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。おかげさんで、竜頭蛇尾の一撃が空を切る。


 

 だが――



 腕を振るう。腕の中にパミュがいた。ようやく捕まえた。しかし、その先には地面。俺は地面を受け止めるようにして、腕を突き出す。

 地面に放射線状のヒビが走った。掌の中で圧縮した風玉が、地面の上で炸裂していたからだ。

 奥歯を噛み締めた。パミュを抱く手に力がこもる。もしかしたら、多少傷つけていたかもしれない。

 滴り落ちる血が、俺のものか、パミュのものなのか、全くわからない。

 


 パリン。

 


 衝撃を受け止める銀具ゆびわが、砕け散る。と同時に、俺は横手に跳躍していた。足を引きずり、とにかく衝撃を分散させることに努めた。

 音。

 振り返る。

 背中の大木が、崩れてきていた。

 俺はパミュを地面に落とし、そいつを二の腕で受け止めた。

 とんでもない重量が、二の腕と、足腰にかかる。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 


 焼けるように喉が痛む。

 涎が痴呆のように、ダラダラと口から零れてきた。

 パミュがふと、目を見開く。

 横手。

 容赦無用に突き出されてくる、切っ先。

 俺は残った手で受け止めた。

 切っ先が目元で止まる。剣先から、血がポタリポタリと落ちていた。俺の掌を、刃が抉り抜いていた。柄ごと、相手の手を握りしめる。

 副長が即座に二刀目のナイフを抜いた。逆手で振りかぶる。



「蛇尾!!」

 


 俺は掻き出すようにして、叫んだ。

 蛇尾が、俺の背中を通り過ぎ、俺を背後から突き殺そうとしていた兵隊をぶっ飛ばす。

 正面。

 相手のナイフの切っ先はもう喉元まできている。男は勝利を確信していることだろう。

 俺は大木に挟まれて動けない。竜頭蛇尾の助力は背後の敵を狩るのに使った。呪を唱えている暇はない。

 普通の魔術師相手なら、これで終わりだ。



『普通の』魔術師が、相手だったらなぁ。



 俺は体内にある魔力を練り上げた。身体がバチバチと発光する。男が一瞬目を見開く。夜中。月の光も遮る深い森の中において、相手の顔が、真昼で見るよりハッキリ見えた。

 呪も、魔術共鳴も排除した、接手式魔力誘導。俺が今触れているエレメントは、血だけではない。体内を流れる電気信号。すなわち雷。

 


 俺が近代魔術の租と呼ばれている所以を教えてやるぜ。



 曰く、龍と対話することなく、術を発動する龍術師。

 曰く、本来扱えぬはずの、風を操る龍術師。

 曰く、龍術師ではなく、魔術師を名乗る、紅眼の死神。


 

 最初に魔術師を名乗ったのはこの俺。近代呪を編み出したのもこの俺。風の魔術を編み出したのもこの俺だ。

 


 どうしてこんなことができたのか。天才なんじゃない。ただこれが――



 お前らが持つ常識がなく、お前らが持たない知識を持つ者の、差だ!!


 

雷撃輪舞ヴァルドロンド



 呪を用いることなく発動する雷。『雷撃輪舞ヴァルドロンド』が、漆黒の森の中、爆ぜた。



 眼前の男が発狂しながら震えている。男が震える度、剣が掌をえぐり、血をピチャピチャと跳ねさせた。

 術を解除する。森の中から光が消えた。男が口を開くと、黒い煙がもうもうと上がった。



「蛇尾、今度は木だ!!」

 


 命じると、すっ飛んできた剣が大木にぶっ刺さり、衝撃で大木を俺の上からどかした。

 広げた掌に、風の玉を作る。それを、棒立ちの男の腹に、押し込む。男が全身を打ち付けながら、彼方まで吹っ飛んだ。



 俺は伏した大木に突き刺さった神剣を抜き放とうとして、指をどけた。先まであったま場所に剣閃が走る。一人でなお向かってくるか――いや違う。



 咄嗟に頭を下げた。頭の上を斬撃が通り抜ける。四人ではなく六人。二人、魔布を被った兵隊が護衛についていたってことか。



 一人の敵兵が、被っていた魔布を放ってくる。

 視界を消される。

 俺は構わず突っ込んだ。



 二の腕から血の華が咲く。

 拳。振るった。魔布の奥にある何かをつかみ、背負い投げた。相手を地面に叩きつける。叩きつけた相手の喉を踏みつけた。



 正面。敵兵がパミュへと肉薄している。

 俺は、大木に突き刺さったままの、竜頭蛇尾の柄をつかみ、引き抜き、振るった。



 距離はあった。それでも俺の剣は、相手の胴を断ち割っていた。

 切り札は最後まで見せぬもの。実は要所要所で使っていたのだが、ここまで大っぴらにこいつらに見せたのは、これが最初で最後である。



 俺の竜頭蛇尾は、伸縮自在刀なんだよ。



 勢いを殺しきれず、旋回した。同時に周囲を旋回し、振り上げた剣を――一切の躊躇なく、地面に突き刺す。


 

 串刺しにされた敵兵から鮮血が噴水のように上がった。それがまた、俺の身体を紅に染める。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」



 ギリギリだった。身体ももう限界に近いが、それ以上に、神器は気位が高く、手を借りすぎると暴走する。今がその暴走の一歩手前だったのだ。

 


 月の光を受けて、皓皓と輝く竜頭蛇尾の刀身に、今の俺の姿が映っている。

 


 どんな姿だったのか。

 そんなもの、考えている余裕なんてない。

 酸素を貪ることに、ただ夢中だった。

 どれぐらい時間が経ったのか。


 一歩、踏み出す。

 突き刺した竜頭蛇尾が、背中で消えた。


 二歩目。

 歩けば歩くほど、呼吸が荒くなる。


 三歩目。

 自分の流した血で、滑りそうになった。


 四歩目。

 自分が何を見ているのか、それすらも、わからない。


 足を止める。

 目下にパミュがいた。

 今も呼吸は整わない。

 指先から、血がポタポタと垂れている。



 あれ? どうして俺は、こいつの前に立ったんだっけ……?

 ああそうだ。口を縛る、布だけでも、取ってやろうって、そう思って……。

 


 手を伸ばす。

 そして。

 反射的に手を止めた。



 パミュの黄金の瞳が『来ないで』と、語っていたから。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」



 赤黒い血の玉が、指先から地面に吸い込まれ、落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ