核心
パミュが人の手から楽譜を奪い取り、譜面台にそれをセットし、勇みこんで席へと座る。
指をワシワシと動かし、鍵盤の上に指を置いた。
しかし、鍵盤は乾いた音を立てるばかりだった。
困ったような顔をして、指をせっせと動かすが、やはり弾けない。ちなみに適当に弾いているわけではないらしく、指の動き自体は、正確だった。
恐らく弾こうとしていたのは、超絶技巧で有名な、バハムート。
しかし、さっきも言ったように、白鍵盤は、銀器と白魔術、両方の技法が一定レベルないと弾くことができない。
パミュはそれでも弾こうと指を走らせていたが、やはり白鍵盤が応えることはなかった。
そんなパミュを見て、マリオンは頬を膨らまし、それを炸裂させるようにして笑った。
「あはは。無理無理。それは魔術師にしか弾けないんだってば。くそバカパミュにできるわけないじゃん」
「むーっ!! あたしだって魔術師だもん!!」
「魔術師? パミュが? 笑わせるなー。協会区にもそういう人いるけど、魔術師というのは、魔術を使えて初めて魔術師なわけ。わかる? 知識だけ詰め込んだ魔術師なんて存在自体が無意味。さっさとやめちゃえばいいのに。まあパミュに至っては知識さえないけどー。プククー」
「うぅ……」
「さ、これでわかったでしょ? パミュがここにいても役に立つことなんて何もないの。まーせいぜい客引きかな? パミュはエルメルリアの『オジサンの』アイドルなわけだから、外に出てその格好で客引きしていれば、頭ハゲさせたオヤジが釣れに釣れて、診療所もぼろもうけ」
「ひっく……ひっく」
「そうだなー。ロゼには、パミュが必要以上のお触りされないように、監視役についてもらおうかな。ああ、足と胸まではいいよ。どうせそれぐらいしか、価値のない存在だから。これでマリオンはお兄さんと仕事ができるし、みんな幸せハッピーエ」
ゴツン!!
物凄く鈍い音がした。
マリオンが頭を押さえて突っ伏している。固そうだった帽子が、ペタンとへこんでいた。
拳を振るったのは、ロゼ。
固い頭蓋骨を殴って拳を痛めのか、ロゼは殴った手をパタパタと振るっていた。
「何すんのさ!!」
「失礼なこと言ったら殴るっつってんでしょ!! 本当にあんたは!!」
「失礼じゃない!! 清流派魔術師らしく、合理的な解答を導き出しただけじゃん! くそバカパミュの大好きなティアラナさんでも、絶対この解答に達するよ!!」
「あの人がその解答に達したからなに!? 重要なのは魔術の腕でも合理的であることでもない! 人としてどうあるべきかって、何回も何回も言ってるでしょ!!」
マリオンが唇を尖らせる。目を据わらせるロゼと、泣きじゃくるパミュを見て、目を背けた。
「ちぇー。事実を言っただけなのにさー」
捨て台詞を吐いた。
それを耳ざとく聞き取り、ロゼがまた睨みをきかせると、マリオンは慌てて背中を向けた。
「ゴメンねーパミュちゃん。うちのマリオンがまたバカ言ってー。はい、涙ふこうねー」
「うぅ……ひっく、えぐ……ひっく」
「赤ちゃんか」
ツッコムと、またロゼに睨まれ、マリオンが口笛を吹きながら背中を向け直す。
「はいはい大丈夫。重要なのはね、力じゃないのよ、パミュちゃん。重要なのは、力じゃなく、力を役立てることでもなく、いかに人に必要とされているか。これがなければ、どんな強大な力でも、才能でも、存在自体が無意味。試してみましょうか?」
ロゼが振り返り、パンパンと手を叩く。
「みなさーん。本日の治療は終わりましたけど、どうですか? 明日明後日と、治療を受けるつもりなら、マリオンとパミュちゃん、どちらを選びますか?」
また嫌な質問投げかけるなと思った。
まあいい薬になるかもだが。
答えなんざ決まっている。
「お、俺はパミュちゃんを選ぶぞ!!」
「俺も俺も!!」
「あ、じゃあ俺はマリオンちゃんで」
――あれ?
「は? お前裏切るつもりか?」
「いや、パミュちゃんじゃ逆に怪我が悪化しそうな気がして……」
「ばっか。俺はなー、パミュちゃんのためなら逆に怪我が悪化してもいい!!」
「いや、俺はマリオンちゃんのためなら逆に怪我が悪化してもいいんだけど」
「え?」
「パミュちゃんで」
「マリオンちゃんで」
「パミュちゃんで」
「マリオンちゃんで」
票数は意外と拮抗していた。
気遣い票もあるだろうが、三分の一ぐらいは本気だろう。特に最初の発言をしていた奴のカルテはとっておいた方がいいかもしれない。
とまあ、思い切り蔑んだコメントを投げかけたが、ぶっちゃけ俺も、マリオンは可愛いと思っている。というか、小柄のフェルナンテはどうしたって可愛い。失礼な話、子犬や子猫の延長的なところがあるからな。そして『あくまで子犬や子猫の延長上の存在』だからだが、ぶっちゃけ、見ていると、抱きしめたくなる衝動にかられるのは否めない。
足りないのは性格ぐらいのものだが、これが逆に良いと思うドМも多いみたいだ。
そして俺も、マリオンの性格は、そんなに嫌いではないのだった。
「十六対十四か。思ったより拮抗したけど、気を使ってくれたのかな? でもパミュちゃんの勝ち。これでわかったでしょ? マリオンの才能なんて、所詮は宝の持ち腐れなのよ」
「ロゼッタさん……」
目をウルウルとさせたパミュが、ロゼッタに抱き着いた。
「ちょちょちょ、パミュちゃん!?」
「あたし知りませんでした。ロゼッタさんがこんなに優しい人だったなんて。ティアラナさんに次いで、あたしの第二のお母さんに任命します」
「……」
お母『さん』……か。
「何それ? 結局ただのオジサンのアイドルなだけじゃん。パミュ。マリオンの仕事引き継ぐつもりならそれでもいいけど、やるんだったら気をつけなよ。こいつらただあんたに触られたいだけなんだ――」
バチン!!
振り下ろされる拳。
マリオンはそれを楽譜で防いだ。
しかも防ぐだけでは飽き足らず、マリオンが楽譜を振り上げる。
「だからマリオンは事実しか言ってないって言ってんでしょうが! 売れ残りくそばばぁ!!」
「言っていい事実と言ってはいけない事実があるって、いつも口酸っぱく言ってんでしょうが、このクソ生意気娘が~!!」
「あ~。ロゼッタさーん。大好きですー。スリスリスリー」
楽譜でロゼを叩こうとするマリオンと、その手をつかみ、押し返そうとするロゼ。パミュはそんなロゼに抱き着き、頬ずりしていた。
ダメだこの漫才。終わりが見えない。
「あのさー。もう一回最初の話題に戻すけど、役割分担を決めようぜ。で、やっぱり俺もマリオンの案を押す」
「むーっ!! 何それー!!」
「ほらほら!! ほらー! やっぱりお兄さんもそう思うよねー?」
「信じられない!! もうビュウとは絶交だからね!? もう口きいてあげない!! プイだ!」
「ぷくくー。それが願ったり叶ったりだったりしてー」
「むーっ」
「だから落ち着けって。合理的に考えると、やはりここはマリオンに任せるべきだ。そもそも俺たちは別々に来てんだからよ。俺はパミュと組む。マリオンとロゼで、これから来るかもしれない怪我人に備えるってのが、一番合理的な形だろ」
「えー。連弾はー?」
「連弾はまた今度だ」
「えー」
「はいはーい。そんなこと言うなら、あたしも提案あるー」
「「却下」」
「むーっ」
「ちょっと待って。二人とも怪我人のことを考えてなさすぎ。ここはやっぱり、一番望まれているであろう、パミュちゃんとマリオンを組ませて、あたしとビュウさんで――」
「待て待て待て。絶対無理だって。俺達で客引きとか無謀極まりないだろ。アホかよ」
「客引きなんてしません。そもそもここは診療所ですよ? 無謀極まりないというなら、その発言こそ不謹慎極まりないと返します」
「……」
「どうでしょう、サンドラさん。あたしとビュウさんで、足りなくなってきた医薬品を調合します。治療はマリオン、パミュちゃん、監督役としてサンドラさん。これがベストだと思うのですが」
「えー。そんなんじゃダメだって。お金全然もうからないじゃんー。パミュに客引きさせた方が絶対いいってー」
「だからここは診療所で、サンドラさんは魔術師じゃないの。金銭を第一に考えるべきという、清流派魔術師の思考に当てはめる必要性はないの」
「えー」
「どうでしょうか? サンドラさん」
「うーん。じゃあ、グッとパーで決めたらいいんじゃないかな?」
今までの話を全部ドブに放るかのような発言だった。
まあ、大した話をしてないっちゃ、していないのだが。
全員で目を合わせ――
持ち上げた手を、下ろす。
「グッと、パー――」
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「で、俺とお前が組むことになるとはな」
ケイニー診療所の奥にある調合室に来て、俺は言った。待合室はソファーあり、ぬいぐるみあり、本ありで、まあ綺麗なものだったが、調合室は中々に惨憺たる有様だった。簡単に言うと散らかっている。
多分待合室を綺麗に整えているのがサンドラで、この調合室の有様が、ケイニーという人物の素なのだろう。
こういう場所は素人には掃除できない。危ないってのもあるが、道具の場所を分別するには知識が必要だからだ。
半端な知識でやられるぐらいなら、放っておかれる方がマシだった。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
背中から声をかけてきたのは、ロゼだった。グッパーで班分けした結果である。
「ん~?」
俺はその辺に転がっていた大桶を持ってきて、その上に大きな絹を広げた。ある意味、ゴチャゴチャしてくれていて助かっている。
欲しいもの、有用なものがすぐに見つかった。
「パミュちゃんと組みたいと言っていたのは、本当に合理的な理由からですか? ビュウさん」
振り返る。
ロゼが鋭い眼で俺を見据えていた。何気に見鬼まで発動していやがる。こいつは俺を何だと思っていやがんだ?
「その質問に答えるには、こっちの質問に答えてもらう必要性があるな」
調合室の中心に、大きな壺があった。その壺から伸びた棒に俺は手をかけた。
銀器。俺の魔力に呼応し、ジグザグ状の紋様が棒と壺に描かれていく。
水が落ちる音。それが徐々に上がっていく。
「何ですか?」
「お前……パミュがこの街に本当に住んでいるって、証明できるか?」




