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外伝68話:最終試験の真相(後編) -elQwumak elDajerk-

'20.09/30 演出修正。

外伝68話:最終試験の真相(後編) -elQwumak elDajerk-


 * * *


 リグスラームは椅子(いす)に背をもたげながら、盆の上の葡萄(ブドウ)を数粒ぷちりともぎ、下品な笑みの浮かんだ口に放り込んだ。

 彼は最後の切り札である、イェルマヒムの父からの賄賂(わいろ)を思い出してからというもの、勝利はこちらにありとばかりに、堂々としていた。


「実に愉快(ゆかい)だなぁ。この私を(つぶ)そうとしたところで、実際に終わるのは君たちのほうだ。君たちは所詮(しょせん)、同じ(ふさ)葡萄(ブドウ)にすぎない。そのうちの一粒や二粒が(つぶ)れてなくなったところで、私には何の問題もないんだよ」


「ふざけんな!」


 いきなり教官に()め寄ったのは、ティガルだった。「何が葡萄(ブドウ)だよ! オレを食材として見ていいのはな、この相棒の蛮族様だけなんだよ!」


 ティガルは言うや(いな)や、リグスラームの盆から葡萄(ブドウ)を奪い取り、うしろの小窓に向かって放り投げた。


「おや、食べかけだったのに」


「ざけんなよ、クソ教官! テメエはそうやって、他人(ひと)を同じ人間とも思わず、シオナを苦しめたんだな! 家庭の弱みにつけ込んで、オレのシオナを! テメエだけは、絶対生かしておけねえ!」


 ティガルはその場で、剣を抜き取った。


三択(さんたく)だ、選べ。監獄島(シマ)か病院かあの世。どこに送ってほしい!」


「おいやめろ、ティガル!」


 ティガルのただならぬ殺気を感じたイェルマヒムが、すぐに止めるために()けつけた。


邪魔(ジャマ)すんなよ、脳筋野郎! あんなクソ野郎を野放しにするくらいなら、病院送りにしたほうがマシなんだよ!」


 (さわ)ぐティガルをイェルマヒムが止める(さま)を、足を組んで見上げるリグスラームは、まるで演劇でも鑑賞(かんしょう)しているかのように冷静だった。


「やれやれ。お前たちがいくら私が犯人だと(さわ)ぎ立てたところで、ムダなことだよ。(だれ)も相手にしないし、仮に私を逮捕(たいほ)できたとしても、有罪にすることまではできない。なにせ、肝心(かんじん)な証拠がない上、イェルマヒムとシオナの醜聞(しゅうぶん)がかかっているからな」


「クソ! こんなクズを逮捕(たいほ)できねーで、何が憲兵だよ! コイツを()らえられねーのが今の法律ってんなら、そんなモン、ブチ(こわ)してやる!」


 抜いた剣に力を込めるティガルを、イェルマヒムが小杖で何とか制した。


「どけ、エルマ! こんなクズに親を利用されて、テメエだって(くや)しいだろ!」


「ここで手を出せば、この教官の思うツボだ」


「もうすでに思うツボだろ?! だったらこの状況をブチ(こわ)せるのは、剣しかねーじゃねえかよ!」


 ふたりのやり取りを横目で見て、教官は足を組んで座りながら、独り言のようにつぶやいた。


「古代、東方の碧国(ヒキア)の初代皇帝の部下に、『狐仙』と呼ばれた軍師がいた。狐仙は自身の君主に全国を統一させるほどの、稀代(きだい)の名軍師だ。彼の言葉に、こんな言葉がある。『(いくさ)(せい)すのは情報だ』。――だからこの学校の人間の情報はすべて集めているのさ。私の駒になってもらうためにね」


 普段の講義と何ら変わりのない落ち着きで、彼はつづけた。


「いいかい、訓練兵諸君。犯罪も犯罪捜査も、大事なのは周到(しゅうとう)な用意なんだよ。おかげで内部監査課に、ハーナムが逮捕(たいほ)されることになった。意外と早かったが、どのみち私の計画に(くる)いはない」


「るせえ! ならテメエの自白を、社会的に認められてる人間が聞けばいいってことだろ!」


無駄(ムダ)だよ。君たちの戯言(ざれごと)に耳を(かたむ)けそうな人間は、すでに全員『掌握(しょうあく)()みだ。私の周りには今、従順な『いい子』しかいない。君たちは自分や家族のために私を告発(こくはつ)できないし、それに仮に言ったとしても、(だれ)も聞く耳を持たないね」


 それが、彼が十数年かけて(きず)き上げた、彼のための王国なのだ。何人(なんぴと)も彼に逆らうことができない、絶対的な支配圏。

 ――(いくさ)(せい)すのは情報だ。

 古代の軍師が(きず)いた兵法理論を、王国の陸軍人たちがこの国を護るために使う兵法理論を、この男は、自分のためだけに、他人を犠牲(ぎせい)にして悪用しているのだ。

 なんとしても許しておけない。必ずこの悪党を逮捕(たいほ)したい。

 その衝動(しょうどう)が胸を()める反面、スフィルには本能的にわかっていた。


(勝てない……!)


 十何年もかけて(きず)かれたこの男の鉄壁の(とりで)を、一晩で(くず)すことは不可能だ。すくなくとも、それにはイェルマヒムやシオナを筆頭(ひっとう)とした仲間の犠牲(ぎせい)が必要。この教官にたやすくできて、スフィルにできないのは、そこだ。

 悪党を()らえるためとはいえ、そのために仲間を犠牲(ぎせい)にすることなど、スフィルには考えられない。その時点で、目的のために冷酷(れいこく)になりきれない時点で、スフィルはどうしても、彼に勝てないのだ。

 そんなスフィルたちのやりきれぬ心情もお見通しとばかりに、リグスラームは笑った。


愉快(ゆかい)だなぁ。なあ、(くさ)れ貴族。もし私が逮捕(たいほ)されれば、君の新しい彼女は、成績のために教官に身体(からだ)を売った、とんだアバズレ女だと(うわさ)になるだろう。だから私に手出しはできないだろう? つまり、ここから君たちは何もできずに、無事(ぶじ)に武器横領事件の黒幕であるハーナムが逮捕(たいほ)されて、事件は()れて一件落着ってなワケだ!」


「だといいがな」


 突然、教官の背後(はいご)からかかった声に、彼はぎょっとして、扉のなくなった入り口にふり向いた。


「君は――」


「ノワン君!」


 壁に寄りかかるようにして腕を組んでいたのは、現在広間で夕食中だったであろう、ノワンだった。

 ティガルが待ってましたとばかりに笑みを浮かべ、目を光らせた。


「おっと教官、今、おぞましい(のろ)いの言葉が()かれたぜ。どうやら、『()れて一件落着』にはならねーようだな。――ここから、大嵐(おおあらし)が来るぜ」


 教官は、こんな奥の部屋に(あら)たに(だれ)か来るとは思わなかったらしく、ぎょっとした顔を見せていた。


「さすがはノワン。お前なら、この暗号の意味に気づいてくれると思ってたんだぜ」


「暗号だと?」


 ティガルはイタズラが成功した子供のように、にんまりと笑った。


「ハハッ、気づかなかっただろ。取り乱したフリしてギャンギャン言いながら、さっきからオレは、そこの友達(ダチ)に救援信号を送ってたんだよ。――教官、()()()に見覚えはありますかね」


 ティガルが手にしているのは、今しがた、小窓から外に投げた()()()葡萄(ブドウ)だった。


「なぜそれが、まだお前の手に……」


 言いかけたリグスラームは、その葡萄の(くき)に、細い(ひも)(くく)りつけられていることに気づいたようだった。


「そこの小窓、ちょうど警護課の校舎から、中庭をはさんで見える位置にあるんだよ。さっき小窓に投げ捨てた葡萄(ブドウ)は、外からは、小窓から(ひも)()るされて見えたはずだ。ちょうどこの夕刻のメシの時間に、向こうの校舎の小窓から大好物(こうぶつ)葡萄(ブドウ)()されてるのを見たら、ノワンなら気づいたはずだぜ。『これは干葡萄(レーズン)……俺を呼んでるのか!』ってな!」


「スフィル。お前の相棒、晩餐(ばんさん)のチーズカツレツにしてくれ。毎日干葡萄(レーズン)パン生活にも()きてたし、俺は今猛烈(もうれつ)に腹減ってる。ついでに機嫌(きげん)も悪い」


 (すご)みを()びた不機嫌(ふきげん)な声でそう言うノワンに、ティガルは(あわ)てて両手を振った。


「じょ、冗談(じょうだん)だぜノワン君。助太刀(すけだち)サンキューな。あとでなんか(おご)るぜ」


 ノワンは忌々(いまいま)しげにため息をつくと、リグスラームを見据(みす)えた。


(しゃく)だが、学校関係者じゃない人間を連れてきてやった。つまり、まだアンタの手のついてない人間ってことだ」


 教官は「おや」と目を丸くすると、ティガルにふり返った。


「いいのか? そんなことをして私を逮捕(たいほ)しようとすれば、イェルマヒムの件もお前の新しい彼女の件も、すべて(おおやけ)にされるんだぞ? お前はそれを承知の上で仲間の救援を呼んだのか? そこまでのリスクを負う覚悟が、お前にあるのか?」


「ハハッ、覚悟ね」


 ティガルはにんまりと、天邪鬼(アマノジャク)な笑みを浮かべた。


「安心しろよ。たとえシオナがこの先憲兵学校でやっていけなくなっても、そのときはオレが(よめ)にもらうだけだ。――でもイェルマヒムのキャリアは悪かったなあ。だが悪いがオレは、『できない理由』があると、ムショーにやってみたくなる性分(しょうぶん)なんだよ。エルマの脳筋野郎が気の毒なことになるのはわかってっけど、でも『するな』って言われてしないほうがムリなんだよなぁ。天邪鬼(アマノジャク)だかんな」


「なん、だと……?! 馬鹿な、そんなこと、できるはずが――」


 教官は、はじめ、外部者を呼んだというのは、ノワンのハッタリだと思っていたらしい。

 自分が逮捕(たいほ)されれば、ティガルの大事な彼女に悪評が立つのだ。よもやティガルはそんなリスクを()って、友人に外部者を呼ばせるような阿呆(あほう)ではないだろうと思っていたようだ。

 だがここに来て、教官はその態度を豹変(ひょうへん)させた。


「嘘だろう! お前は真の馬鹿なのか! お前に合理性というものは存在しないのか!」


「言っただろ? オレは天邪鬼(アマノジャク)だぜ?」


 呵呵(かか)と笑うティガルに、リグスラームは、愕然(がくぜん)と目を見開いた。

 もとより天邪鬼(アマノジャク)なティガルに、合理性など通用しない。リグスラームはこの事態の深刻さに、初めて気がついた。

 この場にいたのが、仲間思いで合理的なスフィルや、優等生のカルマやイェルマヒムだけなら、おそらく彼は、勝てただろう。だが、リグスラームと対峙(たいじ)していたのは、彼らだけではなかった。

 もうひとり、たしかに存在していたのだ。教官の理性を、圧倒的に超える生物が。ティガルという、非合理的で愉快(ゆかいはん)犯な天邪鬼(アマノジャク)が。

 この不敵(ふてき)に笑う貴族の少年は本当に、リグスラームを逮捕し、彼女に悪評が立っても、(よめ)にもらえるなら万々歳だと、その他のことはどうでもいいと、心の底から思っているようだった。

 マズい、と本気で理解したリグスラームは、憎々(にくにく)しげに()き捨てるしかなかった。


「こんの、(くさ)れ貴族が……!」


 瞬間、部屋を疾風(しっぷう)が駆け抜けたかと思うと、次の瞬間にはリグスラームの首元に、細剣の鋭利(えいり)な刃が()きつけられていた。その風を受けて、ランプの赤い炎が勢いよく影を()らした。


「今、『(くさ)れ貴族』と言ったか」


「な……っ?」


 教官はただ驚きに目を見開いていた。

 いきなり入ってきた青年の攻撃に、彼は咄嗟(とっさ)に反応することもできなかった。


「そこになおれ、愚民(ぐみん)が。今から貴族と官家の違いを、懇切叮嚀(こんせつていねい)に説明してやる」


 スフィルはその事態に唖然(あぜん)として、剣を()きつける青年の整った横顔を、ただ見ていることしかできなかった。


「カリエクさん……?」


 目の前には、あの(あこが)れの存在がいた。


「ノワン君が呼んでくれたのって、まさか――」


 ノワンにふり返る目に、じわりと、涙が浮かぶ。


「本当に不本意(ふほんい)だったがな」


 スフィルから顔をそむけながら、ノワンがぶっきらぼうに言った。


「あんたは――外部の連中だと言ったな? 内部監査課じゃないようだが、それなら一体……」


 細剣の(するど)い刃を、首につく寸前に当てられた教官の(ほお)には、汗がつたっていた。


「とにかく、社会的地位の高い人間なら、この連中で充分だろ。()()()()()、本当は死んでも連れてきたくなかったんだが――」


 スフィルは、先ほどからノワンが不機嫌(ふきげん)な理由がわかった。

 彼はこのあくどい教官を逮捕(たいほ)するために、彼自身が(きら)っていて、最も協力を(あお)ぎたくない組織の協力を(あお)いだのだ。

 扉のなくなった入り口には、ふたつの影が(たたず)んでいた。ランプの明かりに照らされて、外套の下にのぞかせる絢爛(けんらん)な青い徽章(きしょう)が、焔のように揺れている。

《青獅子隊》の、サイラ隊長とサトリ憲兵だった。


「ここまでよく頑張ったな、スフィル一等兵」


 ポン、と。

 部屋に入ってきたサトリは、スフィルの肩に手を置き、そのままリグスラームへと対峙(たいじ)した。


「あとは任せてくれないか」


「あんたらはいったい――」


 わけがわからないとばかりに苛立(いらだ)ちを見せる教官に、カリエクが、自身の剣を(さや)(おさ)めながら言った。


「《青獅子隊(リグシオ・メアレク)》。ホムラ皇太子殿下の親衛隊だ」


「なん、だと……?!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 一年も経つと誰が誰だったかチンプンカンプンになってますな。 冒頭は好きだったのですけど 中盤の中弛みと勿体つけた引っ張り感がしんどいです。 後編になってたので締めを期待してたのですがこういう…
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