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外伝67話:最終試験の真相(中編) -elQwumak elDajerk-

'20.09/30 演出修正。

外伝67話:最終試験の真相(中編) -elQwumak elDajerk-


 * * *


 スフィルは登場したイェルマヒムと、その彼の下敷きになった分厚(ぶあつ)い木戸とを、交互(こうご)に見やった。

 じわじわと()き上がってくる衝動が、(おさ)えきれない。


「ちょっとエルマ君、なんで扉を破壊してるんですか! ボク、事前に言いましたよね? 内側から(カギ)()けられるから、ボクが開けに行くまで待ってって!」


「何を言っている、スフィル。キサマが言ったんだぞ。『合図(あいず)があったら入れ』と」


「だから、ボクが開けに行って合図(あいず)するって意味だったんですよ!」


 イェルマヒムはそこで初めて、驚きに目を(みは)った。


「まさか、さっき『ご本人に聞いてみたら』って言ったのは、まだ合図(あいず)ではなかったとでも言うのか……!」


(カギ)()けられてるのに、ボクが入れなんて言うわけないでしょ!」


(カギ)()かっていたからこそ、蹴破(けやぶ)って入ったんだろう?」


 だめだ。彼とは前提(ぜんてい)とする常識が違いすぎて、まともな会話にならない。

 スフィルは片手で頭を押さえて沈黙した。


「それで、一体何なんだ」


 闖入(ちんにゅう)者イェルマヒムとのやり取りを呆然(ぼうぜん)と聞いていた教官は、やがて苛立(いらだ)ちまじりに言った。

 イェルマヒムは、そこで初めてリグスラームに向き直った。


「スフィルに話を聞いた瞬間、すぐにピンときました。(ねら)いは、オレの父だったんでしょう」


「どういう意味だね」


「オレを早々に理不尽(りふじん)に脱落させて、憲兵署長の父を怒らせること――それが教官の(ねら)いだったんでしょう。教官は、父と同期の卒業生で、よく連絡を取り合っていたそうですね。よって、父がどれほど過保護(かほご)かも当然ご存知だったのでしょう。父と(ちか)しい仲でなくても、それくらい知っていたかもしれません。何せ両親は、大きなイベントのたびに、派手(はで)に応援に()けつけていましたから」


 イェルマヒムは苦々しく()き捨てた。


「もしオレが敵に(ねら)()ちにされて早々に脱落したら、それを()た父が何と言いだすかは、大方(おおかた)想像がつくでしょう」


「エルマちゃぁーん」


(だま)れティガル」


 横から茶々(ちゃちゃ)を入れたティガルを瞬時に一喝(いっかつ)したあと、イェルマヒムはコホンと咳払(せきばら)いしてつづけた。


「『内部監査を申請(しんせい)する』――あなたは、父がそう言いだすことを(ねら)っていたんですね。先ほど父に確認しました。確かに、内部監査課を名乗る不届きな若者の邪魔が入ったが、これから内部監査を申請(しんせい)するとか。――息子としては()ずかしいかぎりですが、父はあなたの目論見(もくろみ)通りに動いたということです」


「マジかよ。たかが息子の試験の成績で、学校に内部監査を申請(しんせい)? とんだ公私混合親バカ父ちゃんだな」


 イェルマヒムはギッとティガルを(にら)みつけたが、父親について言われたからといって、いつものように手を出すことはなかった。

 代わりに彼は、ため息まじりに言った。


生憎(あいにく)、それが事実だから何も言い返せんな。さっきスフィルに心当たりを聞かれたときは、『まさか』と思ったが――まさか本当に、父の過保護な性格が、犯罪の隠蔽(いんぺい)に利用されていたとはな」


 気が滅入(めい)るとばかりに()き捨てたイェルマヒムは、そこまで言うとスフィルを見つめ、精悍(せいかん)な笑みを浮かべた。


「それにしても見事だ、スフィル。まさか試験中に、こんな悪辣(あくらつ)な犯罪を(あば)くなど。さすがは我がライバルだな!」


「いいえ、ボクだけの力じゃありません。これはすべて、皆との奇跡の協力関係のおかげですよ」


「そうか。たしかに、オレたちが協力しなければ、キサマも真相(しんそう)に気づかなかっただろうな」


 護衛三班の皆が発見した情報が役に立ったのはもちろんだが、それだけではない。ライバル班のイェルマヒムたちや、敵方である人身捜査課のカルマ。

 これはあらゆる人間が、立場の垣根(かきね)を超えて、奇跡の協力関係を(きず)かなければ、決して()えてこなかった真相(しんそう)なのだ。


「これは、ボクたちの信頼関係の勝利です」


 フッ、とイェルマヒムは笑った。


「そうだな。『信頼関係』が、護衛の基本だからな」


 パチパチパチと、横から拍手(はくしゅ)が聞こえてきた。全員がふり向く先で、リグスラームが観客とばかりに、平然と足を組んで座っていた。


「いやぁ、驚いたね。まさか警護課の訓練生どもが、試験中にここまで見破るとは。さすがにそれは、私も想定の範囲外だったよ」


「では、罪を認めるんですね」


 リグスラームは何も言わずに、にんまりと微笑(ほほえ)んだ。あくまで言葉にする気はないらしいが、もはや認めているも同然である。

 スフィルは彼の転回の早さを不気味(ぶきみ)に思いながらも、ひとつどうしても気になることを問いかけた。


「リグスラーム教官。どうして罪を着せる相手に、ハーナム教官を選んだんですか。普段人身捜査課とは接点もないはずの、ハーナム教官を」


 ハーナムは(おそ)ろしい鬼教官として有名だが、同時に自他ともに(きび)しく、少しの不正も(ゆる)さないこともまた知られている。言っては悪いが、彼よりも数段だらしなく、犯罪にも手を()めそうな教官は、ほかに大勢いるのだ。その中でリグスラームがハーナムを標的に選んだ理由だけが、どうしてもわからなかった。


「答えはシンプルだよ。もし私が罪を着せるとしたら、憲兵学校で一番罪を着せやすい人物を選ぶ。それがハーナムだったというわけさ」


「ハーナム教官が、罪を着せやすい……?」


「鬼教官と(おそ)れられる教官が逮捕(たいほ)されたところで、皆(あや)しみはしても、(だれ)(かば)いだてする人間はいないだろう。訓練生たちは皆、学校から鬼がいなくなって万々歳さ。特にあの副教官のアランキムが、主任の座を(ねら)っているのは明白だったしな。ハーナムが逮捕(たいほ)されたところで、不審がって異議(いぎ)を申し立てる人間はいないだろう」


 そこまで言うと、リグスラームは得意げに笑った。


「だが何よりの決定打は、ヤツが元王室護衛官だということさ。『王室』と『癒着(ゆちゃく)』は、実に相性(あいしょう)がいいんだよ。王室関係者が犯罪の容疑者になると、王室から『(こと)を荒立てぬよう』と、暗黙(あんもく)のお達しが来る。ハーナムは弁解の余地(よち)も与えられぬまま、これから『内々に』対処されることになる。罪を着せるには、うってつけだろう」


「そんな理由で……!」


「おやおや、なぜそこで私を(にら)む。この場合、問題があるのは、風評(ふうひょう)被害を(おそ)れて事実確認もせずにかつての忠臣(ちゅうしん)をやすやすと切り捨てる、王家のほうじゃないのかい?」


「この野郎、ぬけぬけと……!」


 スフィルは、今にも()りかからん勢いのティガルを制した。

 なにも暴力にたよることはない。どのみちこの教官は、これでもう終わりなのだ。


「しかしもう、あなたの計画はおしまいです。自白を取った以上、もう言い(のが)れはできません。ボクの推測は正しかったと、今、ほかでもないあなたによって証明されたんです。――さあ、リグスラーム教官。ハーナム教官の前で、あなたの罪をすべて告白してください」


 リグスラームは、(だま)ったまま、その場でうつむいていた。

 何やら肩をピクピクと痙攣(けいれん)させていたかと思うと、腹の底から()き上がるような低い声を()らした。彼が笑っているのだと気づくのに、時間はかからなかった。


「ふふふっ。っははははっ!」


「何がおかしい」


 イェルマヒムが(いか)りに、(ひたい)に青筋を立てた。


「何って、そりゃ笑えるさ。自白を取っただと? まさかそんなことで、この私を追い()めた気になってるのかね」


 リグスラームはさぞ愉快(ゆかい)とばかりに笑い、おもむろに首を振った。


無駄(ムダ)だ。なぜならすべての証拠(しょうこ)は、すでにハーナムと(つな)がっている。私と事件をつなぐものは、なにひとつない。なにひとつとしてな」


「先ほどの自白が、充分証拠(しょうこ)になりますよ。ここにいる全員が、それを聞いています」


「で、その証人は(だれ)だ? お前たち警護課は、先ほどの試験の難度で私を逆恨(さかうら)みして、ありもしない罪を(なす)りつけているだけだ。現にここに教官のひとりも呼べなかったということは、(だれ)もお前たちの言い分を信じなかったということだろう。私が犯人だなどという、(おろ)かしい言い分をな。つまり、いくらお前たちが私が犯人だと(ののし)ろうが、なんの証拠にもならないんだよ! ほかの憲兵は(だれ)も、訓練生のガキどもの言葉など信用しないからな!」


「そうおっしゃると思ってましたよ」


「何だと?」


「ひとつ、大事なことを忘れているようですね。ボクが何のために、この場にエルマ君を呼んだと思ってるんですか」


 笑みを浮かべた教官の(ほお)が、カチリとこわばった。


「エルマ君に事情を説明してもらうためじゃない。本当は、エルマ君にあなたの自白(じはく)()()()()()()ためだったんです。この場に訓練生しかいなければ、あなたが警戒を(ゆる)めて自白してくれるだろうと予想していました。――迂闊(うかつ)でしたね。あなたの自白はすくなくとも、エルマ君には、聞かれてはいけなかった」


「まさか……」


「あまり気は進まないが、この件はすべて父に話す。ほかの憲兵ならいざしらず、父がオレの言葉を信じないことはありえない。キサマはこれから、憲兵所長に逮捕(たいほ)されることになる」


 一度は瞠目(どうもく)したリグスラームは、やがて(かわ)いた笑みを浮べた。


「おやおや、いいのかい筋肉()っちゃん。普段はイヤそうにしているくせに、こういうときだけパパの権威(けんい)(たよ)るのかい。親の七光りってのは、ずいぶんと都合(つごう)のいい生き物だね。え?」


「何とでも言え。オレの新区(リクトフィオン)州での勤務を条件につけられるだろうが、ここでキサマのような憲兵の風上(かざかみ)にも置けない悪党を(のが)すよりは、はるかにマシな選択だ」


 数秒の間があった。

 リグスラームはその場でふらふらと立ち上がると、


「クソ!」


 いきなり、勢いよくコーヒーカップを投げ飛ばした。金属製のカップは、甲高(かんだか)い音を立てて部屋の隅の(やみ)へと消えた。


「クソ! クソ! クソ! なんてことだ! 私の完璧な計画が! あんな親バカ憲兵ごときに粉々にされるなど! こんなことなら、事前に調査して、イェルマヒムの弱みも(にぎ)っておくべきだった!」


「いや、どのみちムダだっただろう。完全無欠な職務(まっと)うをモットーとするこのオレに、弱みなど存在しない!」


「この腐れ筋肉野郎め……!」


 ()き捨てた教官は、突然部屋から、脱兎(だっと)のごとく走り出ようとした。

 この(さい)、どこでもいいから()げるつもりらしい。


「行かせるかっ!」


 次の瞬間、教官は部屋から出る寸前で、微動(びどう)だにせずに固まっていた。

 咄嗟(とっさ)にイェルマヒムが、教官の二の腕をがしりと(つか)んだのだ。


「離せ、この筋肉野郎!」


「行かせん! キサマにはここで、すべての罪を(つぐな)ってもらう。観念(かんねん)しろ」


 教官は引き剥がそうともがいたが、イェルマヒムの筋肉隆々な手に(つか)まれた二の腕は、ぴくりとも動かなかった。


「クソ! 何が『完全無欠な職務(まっと)う』だ! お前なんか、所詮(しょせん)まがい物の成績のくせに!」


 突然教官は、その場で固まった。


「いや、待てよ――それだ!」


 教官は逃げようとしていた身体(からだ)をこちらに向け、その(ほね)ばった顔に余裕の笑みを浮かべた。


「私は実に運がいい。どうやら、天はこの私に味方したようだ! ひとつ思い出したんだよ、イェルマヒム。君の、言い(のが)れのできない弱点を」


「このオレに、弱点だと?」


 ピクリと、イェルマヒムが精悍(せいかん)な眉をひそめた。


「いや、それにしてもまさか『アレ』が、こんなところで役に立つとはなぁ」


 軽口を叩くように笑ったリグスラームは、次の瞬間イェルマヒムに、ギロリとまじめな目を向けた。


「手を離したまえ、イェルマヒム。君の父親は、私を逮捕することができないんだよ」


「まさか父が、旧友のよしみでキサマの犯罪を見逃(みのが)すとでも?」


「いや、違う。彼が見逃(みのが)すのは、私の罪じゃない。自分の(おか)した(つみ)さ。君のパパは絶対に、君を犯罪者の息子にはできない」


「犯罪者だと? バカなことを言うな。父はオレのことになると多少過保護(かほご)だが、それでも清廉潔白な人物だ。罪を(おか)すなどありえない」


 リグスラームは、言質(げんち)をとったとばかりに、にんまりと笑みを浮かべた。


「そう。まさに()()()()なんだよ、お坊っちゃん」


「どういう意味だ」


「教えてやろう。賄賂(わいろ)だよ、賄賂(わいろ)! 君の父親は、君を最高成績にするために、私に多額の賄賂(わいろ)を渡していたのだよ! それが私の切り札さ! 私を逮捕すれば、そのことが明るみに出て、君たち親子の人生はおしまいってわけだ! あの親バカ憲兵所長、ちょっと君の成績が(あや)しいとちらつかせたら、多額のカネをよこしてきたんだよ。愉快(ゆかい)だろ! いやぁ、賄賂(わいろ)は受け取っておくものだねぇ」


 イェルマヒムは目を見開いた。その顔には、明らかな動揺(どうよう)が見て取れた。


「馬鹿な! そんなわけはない!」


「まさか君は、今の今まで、君のその成績がすべて自分の実力だと思い込んでいたのかい? だが事実、君の成績を確約するために、君の父親は私に数万ティフセンの賄賂(わいろ)を渡していた。それは言い(のが)れのできない事実なんだよ」


「数万ティフセンだと?!」


 (おそ)ろしいほどの大金だ。一般的な護衛官の、年収に相当(そうとう)するほどの。


「つまり、君の成績はすべて、(まが)い物だということさ。君が何をなそうと、君の成績は確約していたのだからね。つまり君は、私のおかげで主席卒業できるんだ。わかるね。それをさも自分の実力だとでも言うように、近ごろの君は『主席』『主席』とはしゃいで――実に滑稽(こっけい)だったよ。君は一週間後、()れて主席で卒業することが、入学したときから決まっていたというのに!」


 イェルマヒムの教官を(つか)む手が、急に握力(あくりょく)を失った。自由になった教官は、今度は()げ出そうとはせず、(ふたた)び先ほどまで据わっていた椅子(いす)腰掛(こしか)けた。

 イェルマヒムは、彼には(めずら)しく、明らかな狼狽(ろうばい)(かく)せないでいた。


「オレは……オレは今まで……」


 それもそのはず、リグスラームが言ったことがブラフではないと、頭のいい彼なら瞬時に(さっ)せられたからだろう。

 今ここで、あとで調べればウソだとわかるような咄嗟(とっさ)のハッタリを言うことには、意味がない。イェルマヒムも、ムダなことはしないこの冷酷(れいこく)な犯人の習性を、よく理解しているのだろう。

 どこまでも計算高く、狡猾(こうかつ)

 彼は子供の成績を心配する親心につけこんで、立派な憲兵に賄賂(わいろ)を送らせたのだ。

 こんな悪徳憲兵に、イェルマヒムの今までの努力が()みにじられるのが、何よりも許せない。


「エルマ君、それが事実だったとして、何だと言うんです。今このときまで、(だれ)もエルマ君の成績を疑ってないんです。つまりエルマ君が何をしようと成績が確約されていたんじゃない。成績が確約されていようといなかろうと、エルマ君は今と変わらない高成績を取っていたに決まってるんです」


「バカか、スフィル一等兵。これはそんな次元の話ではないのだよ」


 教官の論に苦々しくこたえたのは、ほかならぬイェルマヒムだった。


「もしオレがキサマを告発(こくはつ)すれば、オレの父も同時に(つか)まり、そしてオレは――賄賂(わいろ)で成績を取った愚物(ぐぶつ)として、これからの憲兵としての生命を失う」


「そのとおり。さすがは私が主席にした男だ、実に物わかりのいい子じゃないか」


 飄々(ひょうひょう)と笑うリグスラームに、イェルマヒムはうつむいたまま、部屋の入り口の(ふち)(つか)む手を(ふる)わせた。


(おのれ)の情けなさに腹が立つ。それほどに親に信用されていない人間だったとは」


「エルマ君……」


「さてどうする。それでも私を告発(こくはつ)するかい? そうなれば君の家族も君の未来も、すべておしまいだ。すべてを失ってまで、この私を告発(こくはつ)したいか? 君はそんなマヌケじゃないよなぁ。私は知っているよ、君は『いい子』だ。自分の将来を考えられない阿呆(あほう)でもなければ、自分を愛してくれた両親を売るような親不孝者でもない」



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