外伝67話:最終試験の真相(中編) -elQwumak elDajerk-
'20.09/30 演出修正。
外伝67話:最終試験の真相(中編) -elQwumak elDajerk-
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スフィルは登場したイェルマヒムと、その彼の下敷きになった分厚い木戸とを、交互に見やった。
じわじわと湧き上がってくる衝動が、抑えきれない。
「ちょっとエルマ君、なんで扉を破壊してるんですか! ボク、事前に言いましたよね? 内側から鍵が掛けられるから、ボクが開けに行くまで待ってって!」
「何を言っている、スフィル。キサマが言ったんだぞ。『合図があったら入れ』と」
「だから、ボクが開けに行って合図するって意味だったんですよ!」
イェルマヒムはそこで初めて、驚きに目を瞠った。
「まさか、さっき『ご本人に聞いてみたら』って言ったのは、まだ合図ではなかったとでも言うのか……!」
「鍵が掛けられてるのに、ボクが入れなんて言うわけないでしょ!」
「鍵が掛かっていたからこそ、蹴破って入ったんだろう?」
だめだ。彼とは前提とする常識が違いすぎて、まともな会話にならない。
スフィルは片手で頭を押さえて沈黙した。
「それで、一体何なんだ」
闖入者イェルマヒムとのやり取りを呆然と聞いていた教官は、やがて苛立ちまじりに言った。
イェルマヒムは、そこで初めてリグスラームに向き直った。
「スフィルに話を聞いた瞬間、すぐにピンときました。狙いは、オレの父だったんでしょう」
「どういう意味だね」
「オレを早々に理不尽に脱落させて、憲兵署長の父を怒らせること――それが教官の狙いだったんでしょう。教官は、父と同期の卒業生で、よく連絡を取り合っていたそうですね。よって、父がどれほど過保護かも当然ご存知だったのでしょう。父と近しい仲でなくても、それくらい知っていたかもしれません。何せ両親は、大きなイベントのたびに、派手に応援に駆けつけていましたから」
イェルマヒムは苦々しく吐き捨てた。
「もしオレが敵に狙い撃ちにされて早々に脱落したら、それを観た父が何と言いだすかは、大方想像がつくでしょう」
「エルマちゃぁーん」
「黙れティガル」
横から茶々を入れたティガルを瞬時に一喝したあと、イェルマヒムはコホンと咳払いしてつづけた。
「『内部監査を申請する』――あなたは、父がそう言いだすことを狙っていたんですね。先ほど父に確認しました。確かに、内部監査課を名乗る不届きな若者の邪魔が入ったが、これから内部監査を申請するとか。――息子としては恥ずかしいかぎりですが、父はあなたの目論見通りに動いたということです」
「マジかよ。たかが息子の試験の成績で、学校に内部監査を申請? とんだ公私混合親バカ父ちゃんだな」
イェルマヒムはギッとティガルを睨みつけたが、父親について言われたからといって、いつものように手を出すことはなかった。
代わりに彼は、ため息まじりに言った。
「生憎、それが事実だから何も言い返せんな。さっきスフィルに心当たりを聞かれたときは、『まさか』と思ったが――まさか本当に、父の過保護な性格が、犯罪の隠蔽に利用されていたとはな」
気が滅入るとばかりに吐き捨てたイェルマヒムは、そこまで言うとスフィルを見つめ、精悍な笑みを浮かべた。
「それにしても見事だ、スフィル。まさか試験中に、こんな悪辣な犯罪を暴くなど。さすがは我がライバルだな!」
「いいえ、ボクだけの力じゃありません。これはすべて、皆との奇跡の協力関係のおかげですよ」
「そうか。たしかに、オレたちが協力しなければ、キサマも真相に気づかなかっただろうな」
護衛三班の皆が発見した情報が役に立ったのはもちろんだが、それだけではない。ライバル班のイェルマヒムたちや、敵方である人身捜査課のカルマ。
これはあらゆる人間が、立場の垣根を超えて、奇跡の協力関係を築かなければ、決して視えてこなかった真相なのだ。
「これは、ボクたちの信頼関係の勝利です」
フッ、とイェルマヒムは笑った。
「そうだな。『信頼関係』が、護衛の基本だからな」
パチパチパチと、横から拍手が聞こえてきた。全員がふり向く先で、リグスラームが観客とばかりに、平然と足を組んで座っていた。
「いやぁ、驚いたね。まさか警護課の訓練生どもが、試験中にここまで見破るとは。さすがにそれは、私も想定の範囲外だったよ」
「では、罪を認めるんですね」
リグスラームは何も言わずに、にんまりと微笑んだ。あくまで言葉にする気はないらしいが、もはや認めているも同然である。
スフィルは彼の転回の早さを不気味に思いながらも、ひとつどうしても気になることを問いかけた。
「リグスラーム教官。どうして罪を着せる相手に、ハーナム教官を選んだんですか。普段人身捜査課とは接点もないはずの、ハーナム教官を」
ハーナムは恐ろしい鬼教官として有名だが、同時に自他ともに厳しく、少しの不正も許さないこともまた知られている。言っては悪いが、彼よりも数段だらしなく、犯罪にも手を染めそうな教官は、ほかに大勢いるのだ。その中でリグスラームがハーナムを標的に選んだ理由だけが、どうしてもわからなかった。
「答えはシンプルだよ。もし私が罪を着せるとしたら、憲兵学校で一番罪を着せやすい人物を選ぶ。それがハーナムだったというわけさ」
「ハーナム教官が、罪を着せやすい……?」
「鬼教官と恐れられる教官が逮捕されたところで、皆怪しみはしても、誰も庇いだてする人間はいないだろう。訓練生たちは皆、学校から鬼がいなくなって万々歳さ。特にあの副教官のアランキムが、主任の座を狙っているのは明白だったしな。ハーナムが逮捕されたところで、不審がって異議を申し立てる人間はいないだろう」
そこまで言うと、リグスラームは得意げに笑った。
「だが何よりの決定打は、ヤツが元王室護衛官だということさ。『王室』と『癒着』は、実に相性がいいんだよ。王室関係者が犯罪の容疑者になると、王室から『事を荒立てぬよう』と、暗黙のお達しが来る。ハーナムは弁解の余地も与えられぬまま、これから『内々に』対処されることになる。罪を着せるには、うってつけだろう」
「そんな理由で……!」
「おやおや、なぜそこで私を睨む。この場合、問題があるのは、風評被害を恐れて事実確認もせずにかつての忠臣をやすやすと切り捨てる、王家のほうじゃないのかい?」
「この野郎、ぬけぬけと……!」
スフィルは、今にも斬りかからん勢いのティガルを制した。
なにも暴力にたよることはない。どのみちこの教官は、これでもう終わりなのだ。
「しかしもう、あなたの計画はおしまいです。自白を取った以上、もう言い逃れはできません。ボクの推測は正しかったと、今、ほかでもないあなたによって証明されたんです。――さあ、リグスラーム教官。ハーナム教官の前で、あなたの罪をすべて告白してください」
リグスラームは、黙ったまま、その場でうつむいていた。
何やら肩をピクピクと痙攣させていたかと思うと、腹の底から湧き上がるような低い声を漏らした。彼が笑っているのだと気づくのに、時間はかからなかった。
「ふふふっ。っははははっ!」
「何がおかしい」
イェルマヒムが怒りに、額に青筋を立てた。
「何って、そりゃ笑えるさ。自白を取っただと? まさかそんなことで、この私を追い詰めた気になってるのかね」
リグスラームはさぞ愉快とばかりに笑い、おもむろに首を振った。
「無駄だ。なぜならすべての証拠は、すでにハーナムと繋がっている。私と事件をつなぐものは、なにひとつない。なにひとつとしてな」
「先ほどの自白が、充分証拠になりますよ。ここにいる全員が、それを聞いています」
「で、その証人は誰だ? お前たち警護課は、先ほどの試験の難度で私を逆恨みして、ありもしない罪を擦りつけているだけだ。現にここに教官のひとりも呼べなかったということは、誰もお前たちの言い分を信じなかったということだろう。私が犯人だなどという、愚かしい言い分をな。つまり、いくらお前たちが私が犯人だと罵ろうが、なんの証拠にもならないんだよ! ほかの憲兵は誰も、訓練生のガキどもの言葉など信用しないからな!」
「そうおっしゃると思ってましたよ」
「何だと?」
「ひとつ、大事なことを忘れているようですね。ボクが何のために、この場にエルマ君を呼んだと思ってるんですか」
笑みを浮かべた教官の頬が、カチリとこわばった。
「エルマ君に事情を説明してもらうためじゃない。本当は、エルマ君にあなたの自白を聞いてもらうためだったんです。この場に訓練生しかいなければ、あなたが警戒を緩めて自白してくれるだろうと予想していました。――迂闊でしたね。あなたの自白はすくなくとも、エルマ君には、聞かれてはいけなかった」
「まさか……」
「あまり気は進まないが、この件はすべて父に話す。ほかの憲兵ならいざしらず、父がオレの言葉を信じないことはありえない。キサマはこれから、憲兵所長に逮捕されることになる」
一度は瞠目したリグスラームは、やがて乾いた笑みを浮べた。
「おやおや、いいのかい筋肉坊っちゃん。普段はイヤそうにしているくせに、こういうときだけパパの権威を頼るのかい。親の七光りってのは、ずいぶんと都合のいい生き物だね。え?」
「何とでも言え。オレの新区州での勤務を条件につけられるだろうが、ここでキサマのような憲兵の風上にも置けない悪党を逃すよりは、はるかにマシな選択だ」
数秒の間があった。
リグスラームはその場でふらふらと立ち上がると、
「クソ!」
いきなり、勢いよくコーヒーカップを投げ飛ばした。金属製のカップは、甲高い音を立てて部屋の隅の闇へと消えた。
「クソ! クソ! クソ! なんてことだ! 私の完璧な計画が! あんな親バカ憲兵ごときに粉々にされるなど! こんなことなら、事前に調査して、イェルマヒムの弱みも握っておくべきだった!」
「いや、どのみちムダだっただろう。完全無欠な職務全うをモットーとするこのオレに、弱みなど存在しない!」
「この腐れ筋肉野郎め……!」
吐き捨てた教官は、突然部屋から、脱兎のごとく走り出ようとした。
この際、どこでもいいから逃げるつもりらしい。
「行かせるかっ!」
次の瞬間、教官は部屋から出る寸前で、微動だにせずに固まっていた。
咄嗟にイェルマヒムが、教官の二の腕をがしりと掴んだのだ。
「離せ、この筋肉野郎!」
「行かせん! キサマにはここで、すべての罪を償ってもらう。観念しろ」
教官は引き剥がそうともがいたが、イェルマヒムの筋肉隆々な手に掴まれた二の腕は、ぴくりとも動かなかった。
「クソ! 何が『完全無欠な職務全う』だ! お前なんか、所詮まがい物の成績のくせに!」
突然教官は、その場で固まった。
「いや、待てよ――それだ!」
教官は逃げようとしていた身体をこちらに向け、その骨ばった顔に余裕の笑みを浮かべた。
「私は実に運がいい。どうやら、天はこの私に味方したようだ! ひとつ思い出したんだよ、イェルマヒム。君の、言い逃れのできない弱点を」
「このオレに、弱点だと?」
ピクリと、イェルマヒムが精悍な眉をひそめた。
「いや、それにしてもまさか『アレ』が、こんなところで役に立つとはなぁ」
軽口を叩くように笑ったリグスラームは、次の瞬間イェルマヒムに、ギロリとまじめな目を向けた。
「手を離したまえ、イェルマヒム。君の父親は、私を逮捕することができないんだよ」
「まさか父が、旧友のよしみでキサマの犯罪を見逃すとでも?」
「いや、違う。彼が見逃すのは、私の罪じゃない。自分の犯した罪さ。君のパパは絶対に、君を犯罪者の息子にはできない」
「犯罪者だと? バカなことを言うな。父はオレのことになると多少過保護だが、それでも清廉潔白な人物だ。罪を犯すなどありえない」
リグスラームは、言質をとったとばかりに、にんまりと笑みを浮かべた。
「そう。まさに君のことなんだよ、お坊っちゃん」
「どういう意味だ」
「教えてやろう。賄賂だよ、賄賂! 君の父親は、君を最高成績にするために、私に多額の賄賂を渡していたのだよ! それが私の切り札さ! 私を逮捕すれば、そのことが明るみに出て、君たち親子の人生はおしまいってわけだ! あの親バカ憲兵所長、ちょっと君の成績が怪しいとちらつかせたら、多額のカネをよこしてきたんだよ。愉快だろ! いやぁ、賄賂は受け取っておくものだねぇ」
イェルマヒムは目を見開いた。その顔には、明らかな動揺が見て取れた。
「馬鹿な! そんなわけはない!」
「まさか君は、今の今まで、君のその成績がすべて自分の実力だと思い込んでいたのかい? だが事実、君の成績を確約するために、君の父親は私に数万ティフセンの賄賂を渡していた。それは言い逃れのできない事実なんだよ」
「数万ティフセンだと?!」
恐ろしいほどの大金だ。一般的な護衛官の、年収に相当するほどの。
「つまり、君の成績はすべて、紛い物だということさ。君が何をなそうと、君の成績は確約していたのだからね。つまり君は、私のおかげで主席卒業できるんだ。わかるね。それをさも自分の実力だとでも言うように、近ごろの君は『主席』『主席』とはしゃいで――実に滑稽だったよ。君は一週間後、晴れて主席で卒業することが、入学したときから決まっていたというのに!」
イェルマヒムの教官を掴む手が、急に握力を失った。自由になった教官は、今度は逃げ出そうとはせず、再び先ほどまで据わっていた椅子に腰掛けた。
イェルマヒムは、彼には珍しく、明らかな狼狽を隠せないでいた。
「オレは……オレは今まで……」
それもそのはず、リグスラームが言ったことがブラフではないと、頭のいい彼なら瞬時に察せられたからだろう。
今ここで、あとで調べればウソだとわかるような咄嗟のハッタリを言うことには、意味がない。イェルマヒムも、ムダなことはしないこの冷酷な犯人の習性を、よく理解しているのだろう。
どこまでも計算高く、狡猾。
彼は子供の成績を心配する親心につけこんで、立派な憲兵に賄賂を送らせたのだ。
こんな悪徳憲兵に、イェルマヒムの今までの努力が踏みにじられるのが、何よりも許せない。
「エルマ君、それが事実だったとして、何だと言うんです。今このときまで、誰もエルマ君の成績を疑ってないんです。つまりエルマ君が何をしようと成績が確約されていたんじゃない。成績が確約されていようといなかろうと、エルマ君は今と変わらない高成績を取っていたに決まってるんです」
「バカか、スフィル一等兵。これはそんな次元の話ではないのだよ」
教官の論に苦々しくこたえたのは、ほかならぬイェルマヒムだった。
「もしオレがキサマを告発すれば、オレの父も同時に捕まり、そしてオレは――賄賂で成績を取った愚物として、これからの憲兵としての生命を失う」
「そのとおり。さすがは私が主席にした男だ、実に物わかりのいい子じゃないか」
飄々と笑うリグスラームに、イェルマヒムはうつむいたまま、部屋の入り口の縁を掴む手を震わせた。
「己の情けなさに腹が立つ。それほどに親に信用されていない人間だったとは」
「エルマ君……」
「さてどうする。それでも私を告発するかい? そうなれば君の家族も君の未来も、すべておしまいだ。すべてを失ってまで、この私を告発したいか? 君はそんなマヌケじゃないよなぁ。私は知っているよ、君は『いい子』だ。自分の将来を考えられない阿呆でもなければ、自分を愛してくれた両親を売るような親不孝者でもない」




