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外伝65話:事件の真犯人 -elZacajm elQwumak-

外伝65話:事件の真犯人 -elZacajm elQwumak-


 * * *


 同日、時刻は夕刻。憲兵学校本館。

 カルマは人身捜査課の(とう)廊下(ろうか)を、足早に歩いていた。先ほど警護課の試験を終えたばかりで疲れているからか、あるいは明日に(ひか)える卒業試験に(そな)えているためか、廊下を出歩く人身捜査課の訓練生の数は少なく、閑散(かんさん)としている。中庭から小さく虫の声が聞こえてくるほどに、あたりは静かである。

 歩く先で、夕刻の廊下(ろうか)暖色(だんしょく)の光がもれ出ている部屋があった。そこからは、静かに談笑する人の声が聞こえてくる。

 その部屋の前で立ち止まると、カルマはその入り口を見上げた。

 白い石造りの壁のアーチ状の入り口上部には、「教官室」と()られている。人身捜査課の教官のつどう部屋である。夕刻時のこの時間は、彼らは各々(おのおの)食事している(ころ)だ。

 大きく息を吸い、()き出す。

 そして決意を胸に、足を()み入れる。

 ここですべての決着をつけてやるのだ。あの男と。


「失礼いたします」


 軽い敬礼ととともに、教官室に入る。その瞬間、否応(いやおう)なしに目に飛び込んでくるのは、細身の男。

 人身捜査課、リグスラーム主任教官。

 白い長衣をゆるりと羽織(はお)り、三方を(かこ)うソファーの(はし)腰掛(こしか)け、優雅に珈琲(コーヒー)を飲んでいる。

 ちょうど夕食後の一服をしているところらしく、彼の正面の膝丈(ひざたけ)ほどの机に置かれた上の金属製の(ぼん)には、珈琲(コーヒー)ポットと小皿に取り分けられたチーズ、それから一房(ひとふさ)葡萄(ブドウ)が置かれている。

 彼は基本的には(おだ)やかな性格で、訓練生への対応は優しい教官である。

 だが、カルマは知っている。彼には、裏の顔があるのだ。


「カルマ君か。どうしたんだい」


 リグスラームはいつもどおりに、余裕(よゆう)の笑みを()かべていた。髪は明るい茶色だが、目はこれでもかというほど暗い色をしている。そのどこまでも黒い(ひとみ)対峙(たいじ)すると、まるでそこの見えない(やみ)()い取られるようで、本能的にぞっとさせられる。

 だが、()じけずに彼を(にら)みつける。

 この男が、最愛の妹シオナを苦しめたのだ。カルマの成績を(たて)に、脅迫(きょうはく)などして。


「なんだい、その目は」


 彼は早々に、カルマの向けるただならぬ殺気に気づいたらしい。


「私の記憶するところでは、君は人にそんな目を向けるような訓練生ではなかったと思うがね。とりわけ恩師に対して、害虫を見る目を向けるような人間ではね」


 真実を知ったあとでは、彼の平静な仕草(しぐさ)のすべてに対して、演技くさい気がしてくる。


「恩師? 笑わせないで。恩師どころか、今のあたしは、アンタを目上の人間とも思ってない。アンタは社会の(おり)(ふう)じられるべきクズ野郎よ!」


「ほう、いきなり随分(ずいぶん)な言われようだ」


 リグスラームは、さも他人事(ひとごと)のように片眉をぴくりと上げた。


「あたし今日、ようやく知ったのよ。アンタがあたしの妹を苦しめた犯人だってこと。証拠だってある! それを今すぐ、この教官室の教官たちの前で公表してあげてもいいのよ!」


 カルマは目を(みは)った。

 啖呵(たんか)を切った彼女に対して、教官は(おだ)やかな笑みを浮かべたのだ。

 シオナを脅迫(きょうはく)して関係を(せま)ったことを公表すれば――とりわけ彼の奥さんの離婚弁護士にそれを(さと)られれば――彼はタダでは()まないというのに。


「いかん、いかん。私に対してその目は良くない」


 そう言うなり、リグスラームは突然、カルマの手首を(つか)んだ。彼の腕の力によって、カルマはぐいと引き寄せられた。


「いいかい、カルマ君。私の(もっと)(きら)いなものはねえ、(おろ)かにもこの私に歯向(はむ)かおうとする人間なんだよ。私の思い(どお)りに動かない人間。そんなヤツは人間のクズだ。人身捜査課にいる価値がない。私の前で生きる価値がない」


 (すご)みを()びた低い声で、彼は耳元で(ささや)いてきた。先ほどまでの(おだ)やかな調子とは違って、その語調には、まるで少しでも(さか)らえば殺されるかような(するど)さがあった。

 それから彼は周りの教官の目を(おもんぱか)ってか、ふたたび(おだ)やかな調子に戻った。


「どうやら、なにか誤解があるようだね。指導室でゆっくりと話そうか」


 (うで)を離そうとしたが、(つか)まれた手首はどうあがいても離れなかった。

 彼はカルマの手首を強く(つか)んだまま、もう一方の手で(ぼん)(かか)え、ソファーから立ち上がった。

 ()()()()につれていく気なのだ。

 この憲兵学校の校舎に、扉で区切られた部屋はほとんどない。扉などで()めてしまっては、中庭から差し込む光が部屋に届かなくなってしまうからだ。

 だが、数は少ないものの、例外は存在する。それが木の扉が(くく)りつけられた、「その」部屋だ。

 (うわさ)によると、もともと不要物を置く雑多な物置として使われていたらしいが、リグスラーム教官が、その部屋を利用するために、人身捜査課の先輩たちを使って物を一掃(いっそう)させたらしい。以来その部屋は、「指導室」と呼ばれ、彼が訓練生と個人的な話をするときに(もち)いられている。

 (いや)胸騒(むなさわ)ぎがした。

 先輩たちの(うわさ)では、一度この部屋に入れられた者がたどる末路(まつろ)は、二種類しかないという。すなわち、完全に彼に対して従順になるか、あるいは、自主的に憲兵学校を()るか。

 そんなおぞましい(うわさ)(ささや)かれているのに、この指導室の扉の向こうで何が行われるのか、それは(だれ)も知らないという。


「どうしたんだね。入りなさい」


 リグスラームに()れられて、教官室からコの字型に歩いた先。()らされる照明も(うす)れるほどの廊下(ろうか)(はし)に、例の指導室は存在している。

 その薄気味(うすきみ)悪い分厚(ぶあつ)い木の扉の前で立ちすくんでいると、教官がその木戸を押し開き、入室を(うなが)してきた。ギギギと不気味(ぶきみ)な音とともに、真っ暗な(やみ)がカルマを出迎(でむか)える。

 ここでこの下衆(ゲス)教官に怖気(おじけ)づくわけにはいかない。

 たとえこれから彼が何をする気だろうと、心を強く(たも)たなければならない。何よりも、大切な双子の妹のために。

 覚悟とともに個室へと足を()み入れれば、教官はようやくカルマの手首を離した。

 教官はあいた手で分厚(ぶあつ)い木の扉を()めると、すぐに内側から鍵を()けた。扉はひとつしかないので、彼によって密室がつくられたことになる。かろうじて奥の高いところに小さな小窓が存在しているが、あいにく夜なので、月明かりすら()らさない。

 この(やみ)に加えて、こもった(ほこり)の重いにおいが、精神を圧迫(あっぱく)してくる。


「さて――カルマ君」


 彼はライターで扉近くのランプに火を(とも)し、その横に(ぼん)を置いた。あたりが(ほの)赤い光に(つつ)まれて初めて、そこに机と椅子(いす)が置いてあるとわかった。

 彼は椅子(いす)にもたれかかるように腰掛(こしか)け足を組むと、初めてその場で立ちすくむカルマのほうを向いた。


「さっきも言ったが私は、私の思い通りに動かない人間が大嫌いなんだ。そんなヤツが私の前で生きる権利は認めない。たとえばそう、あのティガルとかいう警護課の(くさ)れ貴族のようなヤツだ」


 言いながら、彼はプチリと(ぼん)の上の葡萄(ブドウ)一粒(ひとつぶ)もぎ取ると、ピンと指で(はじ)いて(ぼん)(はし)に転がした。よく見るとその一粒(ひとつぶ)は黒く(くさ)っていた。


「数年前にヤツが私の邪魔(ジャマ)をした時、私はグラムを利用して、落第(らくだい)するほど成績を下げさせてやった。だがヤツは、それでも今日までしぶとく生き残りやがった。まったく、あの(くさ)れ貴族だけだよ。ここまで私をコケにして、憲兵学校で生き()びたヤツは。だからアランキムの私情を利用して、ヤツの仲間共々、卒業成績を下げてやったのさ。任務失敗を言い渡されたときのアイツらの顔を見たかい? 実に滑稽(こっけい)だったよ。あの(くさ)れ貴族は、この試験で成功しようと失敗しようと、任務失敗を言い渡される運命だったんだよ」


「まさかアンタが警護課の教官を利用したっていうの?! 上官でもないのに、そんなのできっこないでしょ!」


「おや、なにか忘れていないかい。君の妹は他課の人間だが、私に従順な『いい子』になってくれた。つまり、どんな課の人間だろうと関係ない。すべての人間は、私に従順な『いい子』になる運命なんだよ。もっとも、(くさ)れ貴族のような、ごく一部の(くさ)った例外を(のぞ)けばだがね」


 彼はポットから(あら)たに珈琲(コーヒー)(そそ)ぐと、カルマに(おだ)やかな笑みを向けた。それが下からのランプの明かりに、不気味(ぶきみ)()らし出された。


「そう。君もだよ、カルマ君」


 彼は赤子(あかご)に言い聞かせるような声音(こわね)で言った。「君は、従順(じゅうじゅん)ないい子になる」


 気持ちが悪い。この男には、本能的に嫌悪(けんお)を感じる。

 背中にえも言われぬ悪寒(おかん)が走った。


「あたしの成績を(たて)にするつもりなら、その手には乗らない。言っておきますけどあたし、今日アンタを逮捕(たいほ)するつもりですから。そしたら明日の最終試験の試験官はアンタじゃない。あたしの成績を操作することは、アンタにはできない!」


「やれやれ、まったく、君はまだ何もわかっていないようだな」


 彼は嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。「私が何年この学校の教官をやっていると思っているんだい。仮に君が今日私を逮捕(たいほ)することに成功したとしても、無意味だ。なぜなら人身捜査課の副教官は、すでに私の従順(じゅうじゅん)な駒だからだ。私は彼の弱みを(にぎ)っているからね。つまり私が落第(らくだい)だと言えば、カルマ君、君は永遠に、卒業することもできないんだよ」


 ありえない。こんな腐りきった根性(こんじょう)の人間が、憲兵にいるなんて。

 訓練生も、はたまた同僚(どうりょう)の教官でさえも、平気で自分の駒にする。

 彼には(はな)から、憲兵としての正義の心がないのだ。


「そんなことで、私が(あきら)めるとでも思ったわけ? ふざけないで! アンタの犯罪を見逃(みのが)さないと卒業できないっていうなら、あたしはこの学校の卒業資格なんて()らない! アンタが他州に高跳びする前に、絶対に逮捕(たいほ)してやる!」


威勢(いせい)がいいのはいいが、私に歯向(はむ)かうのは良くないね。この私に楯突(たてつ)(おろ)か者は、人間のクズだ。――だが、君はひとつ、大事なことを忘れているようだね」


「何よ。あたしが自分のキャリアのために、アンタのような下衆(ゲス)野郎を野放しにするとでも思ったわけ?」


「いいや、君の家庭の話さ。君に卒業を(のが)せる余裕(よゆう)などないことを、私は知っているんだよ」


 リグスラームは不敵(ふてき)に笑いながらつづけた。


「君の家は母子家庭で、実家は(まず)しいらしいね。それでさらに、君たちは双子の姉妹ときている。姉妹のどちらかが一刻も早く卒業しなければ、今かなり経済的に厳しいそうじゃないか。だが君の双子の妹は警護課なんかに行っちまったから、卒業までにあと2年もかかる。なのに君の事情で卒業を遅らせるなんて――訓練兵の微々(びび)たる給料で、ちゃんと母親に仕送りできるのかい」


「な……っ? あたしたちの家のことまで……?!」


「ここで卒業を(のが)すと、一番困るのは君の母親だ。君は孝行(こうこう)娘だから、母親のために頑張って人身捜査課に入ったんだろう。だから安易(あんい)に卒業を(のが)すことはできない。君の妹ですら、それを思って私に(したが)ったのに、よもや妹よりも数段(かしこ)い君なら、それくらい、よくわかっているハズだと思うがねぇ」


 この男は、ほかでもない家族を(たて)にして、シオナを脅迫していたのだ。カルマが家族のために人身捜査課を目指したことも、それを知るシオナが、カルマのキャリアを守ろうとしてことも。すべて知った上で脅迫したのだ。姉妹の経済事情という、どうすることもできない弱点につけ込んで。

 リグスラームは、いかにも(ほこ)らしげにつづけた。


「憲兵の情報(もう)を使って、事前に周りの人間の弱みは徹底的に調査しておく。それが捜査の基本だよ、カルマ君。だからこそ私のまわりの人間は全員、従順(じゅうじゅん)な私の駒となるんだよ!」


 この指導室に入った訓練生は、出るときには憲兵学校を去るか、あるいは彼に従順になる。その意味が今、ようやくわかった。

 彼の武器は、情報だ。訓練生の家庭の事情を(つか)み、それにつけこんで脅迫する。

 だから今まで、彼に目をつけられてまともに反抗できたのは、ティガルひとりだったのだ。ほかでもない、「貴族」のティガルには、ほかの(だれ)よりも安定した経済基盤(きばん)がある。卒業できなくても平気。家族を守る必要もとくにない。そんな彼は、リグスラームにしてみれば、脅迫のタネのない無敵の存在だったのだろう。だからこそ、直接脅迫はせずに、カルマを()きつけて「妹にふさわしくない悪いヤツ」との情報を()えつけることしかできなかった。

 そこまで考えて、はっとする。

 カルマもいつの間にか、彼の駒として利用されていた存在のひとりだったのだ。妹の苦しみも知らずに、ただ利用されていた存在。


「この卑怯(ひきょう)者! 下衆(ゲス)野郎!」


 (さけ)びながらも、涙が出そうになる。

 この男に対して、(はらわた)()えくり返る思いになると同時に、今までひとりで苦しんできたシオナの想いを考えると、胸が張り()けそうになる。


「さあ、カルマ君。私のために『いい子』になるんだ。これ以上お母さんの生活を苦しめたくはないだろう。君の妹だって、君が反抗して卒業をフイにすることなど、(のぞ)んじゃいないさ。だからこそ、彼女は『いい子』に私に従ってくれたんだからね。まったく、健気(けなげ)な子だよ。君と違って成績優秀じゃなくて人身捜査課に入れなかったことに、()い目を感じてる。だから私に従ってくれたんだ。これ以上君にも、そして君たちの母親にも、迷惑はかけられないからとね」


「このクズ野郎……」


 シオナを苦しめておいて、この男はいけしゃあしゃあとそんなことを言った。


「もっとも、せっかく従順(じゅうじゅん)になってくれたのに、途中(とちゅう)(くさ)れ貴族の邪魔が入ったおかげで、シオナは私のモノにはならなかったわけだが。――だが、君はどうだろうね、カルマ君。君は妹よりも責任感が強くていい子のハズだよねぇ? 家族のためなら、卒業までのあと数週間くらい、我慢(がまん)できるだろう?」


 ()みしめた歯が(きし)む。

 憲兵として、姉として、娘として。今ここでどうするべきか、暗闇のなかで逡巡(しゅんじゅん)する。

 黙ったままうつむいていると、教官は反抗の意思はなくなったと判断したらしく、立ち上がってカルマに近づいてきた。


「さて、カルマ君。君が従順(じゅうじゅん)な『いい子』になった証拠(しょうこ)を見せてもらおうじゃないか。――まずは服を()ぐんだ。この私の前でね」


「は……?」


 頭の中が真っ白になった。


「何のことはない、『いい子』は皆そうする。いいかい、私の(もっと)も好きな瞬間はねえ、弱みを(にぎ)った若い女を、この私の前で()がせる、その瞬間なのだよ!」


「こんのド変態(ヘンタイ)野郎が……っ!」


「そんな(さげす)みの言葉は許可しない。君は(だま)って、私の言われたとおりのことをするんだ。そうすれば今年、無事に卒業させてあげよう。――ハハっ! 今期の女子で最高に美人と定評のシオナを(のが)したときはあの(くさ)れ貴族を(のろ)ったものだが、どうやら(ふたた)び、私にツキが回ってきたようだ! 彼女と一卵性双生児の君なら、妹と同じ最高評価に(あたい)する身体をしているだろうからね! どんなものか、実に(たの)しみだよ」


 リグスラームは、一歩一歩とカルマに近づいてきた。

 身体を()め回すのようなその視線が気持ち悪い。


「安心したまえ、いい子に私を満足させてくれたら、明日の卒業試験で『(アハル)』をあげるからね」


 急いで()げようと扉のほうへと走れば、彼はまた手首を(つか)んできた。どう(よじ)っても、(つか)まれた手は離れなかった。


「そうか、(イヤ)か。なら、私が直々(じきじき)()がせてやってもいい」


 耳元で、気色の悪い声が(ささや)かれる。


 ――もう、限界だ。


 こんな部屋で、こんな気持ちの悪い男とふたりきりで話すなど、もう限界だ。

 目に涙が浮かぶ。


「アンタなんか、蛮族に(のど)を針でぶっ()されて、もがき苦しめばいい……!」


「また随分(ずいぶん)と奇妙な(ののし)り方をしてくれる。それはいったい、どういう意味だい」


「こういう意味ですよ」


 その瞬間、リグスラームの首が後方(こうほう)へと引っ張られた。

 彼が何か声をあげたかと思うと、次の瞬間には口もとを手で押さえられたような、くぐもった悲鳴(ひめい)が聞こえていた。


「ぐえっ、ゲホゲホっ……なんだ、お前は……!」


 四つん()いになって首を押さえたリグスラームが、上に立つ人間を見上げた。

 カルマのほうではない。部屋の奥にいる、ほかの人影に。

 最初から部屋の奥で彼を待ち構えていた、ふたりの人影に。


「どうでしょうか、リグスラーム教官。蛮族に(のど)を小槍でぶっ()されて、もがき苦しまれたご感想は」


「それだけじゃ足りねーぜ、スフィル。そいつのタマふたつ取り出して、パチンコつくろうぜ。こいつオレのこと、6回も『(くさ)れ貴族』って言いやがったんだぞ」


 声の主は冗談(じょうだん)まじりにそう言いながら、手元のランプに火を()けた。

 その瞬間浮かび上がるふたつの人影。

 警護課の訓練兵、スフィルとティガルだった。


「馬鹿な! (くさ)れ貴族と蛮族小僧(こぞう)が、なぜここに?!」


 教官が狼狽(ろうばい)した声をあげた。


「感謝しなさいよね、警護課。アンタたちのご要望(ようぼう)どおり、教官をここに()れてきてあげたんだから。でもさすがに、猥褻(わいせつ)行為で現行犯逮捕できなかったことは我慢(がまん)しなさいよね」


「ご協力ありがとうございます、カルマさん」


「『連れてきてあげた』だと? どういうことだ!」


 リグスラームが目をつり上げてカルマを見上げた。


「あたしが公然とアンタの悪口を言えば、アンタは必ずこの部屋に連れ込むってわかってた。だから()えて挑発(ちょうはつ)したのよ。アンタはあたしを連れ込んだつもりなんだろうけど、実際は逆。あたしがアンタを、この指導室に連れ込んだのよ!」


 教官はあんぐりと見上げている。まさか(わな)だったとは、気づきもしなかったという顔だ。


「いっそ現行犯で(つか)まえてやろうと思ったけど、さすがに予想以上にキモくて、あたしのほうが限界だった。キモ過ぎて命拾いしたわね。――でも、アンタの素性(すじょう)、もう聞かれちゃったから。今まで通り平然と()らせると思わないことね、このド変態(ヘンタイ)野郎!」


 リグスラームは(だま)ったまま歯ぎしりした。

 本当はシオナを苦しめた件で、この男を告発したい。だがとうのシオナがそれを望んでいない以上、カルマにはどうすることもできない。――ただし、「その件」ではだ。

 彼にはもうひとつ、言い(のが)れできない罪がある。

 それを見つけたのは、ほかでもない警護課の彼らだった。

 だからこそ、彼らに協力したのだ。絶対に彼を逮捕してみせると、スフィルがそう、カルマに約束してくれた。カルマはそれに()けたのだ。


「あとは(まか)せたわ、警護課」


 奥のふたりに目配(めくば)せすれば、彼らは真摯(しんし)な目でうなずいた。


 * * *


 スフィルが教官の首に小槍を軽く()してから、数十秒が経過した。

 絨毯(じゅうたん)()していたリグスラームは、ようやく立ち上がり、スフィルとその横のティガルを見据(みす)えた。


「君たちは警護課の……いや、驚いたよ。(じつ)にね」


 驚いたことに教官は、変態発言を聞かれたことを(あせ)るでもなく、スフィルが小槍を()したことを(うら)むでもなく、何事(なにごと)もなかったかのようにそう言った。

 彼の本性が訓練生に見破(みやぶ)られたところで何の問題ないと、(たか)(くく)っているのかもしれない。


「こんな回りくどく私を呼び出すようなマネをして――何かい、今日の試験の不満でもぶつけに来たのかい。それなら相手を間違えているようだ。文句ならすべて、評価を(くだ)したアランキム教官に言うといい。私はたしかに彼を利用したが、だがあの評価はあくまで、アランキム自身の選択だからね」


 リグスラームは、白々(しらじら)しく肩をすくめてみせた。


「いいえ、試験への文句(もんく)ではありません。ボクらが個人的にリグスラーム教官に会いたかったのは、別件です。――先ほど、ハーナム教官が逮捕(たいほ)されたんです」


「ああ、その話は聞いたよ。まったく、驚くべきことだね。あの高潔な元王室護衛官ともあろう教官が」


 教官は言葉とは裏腹(うらはら)に、さして驚きもせずに言った。

 例の「事件」をスフィルたちに(さと)られたところで、証拠はなにもない。そう考えているのだろう。

 だが、知らないふりをしていられるのも今のうちだ。絶対に自白を取って、罪を認めさせてやる。


「ハーナム教官の罪状は、廃棄武器の横領(おうりょう)とのことでした。それについて何かご存知(ぞんじ)でしたか」


「いいや、知るわけがない。だがもしそれが本当なら、同じ憲兵として軽蔑(けいべつ)(あたい)する。決してあってはならない重罪だよ」


 彼はあくまで、知らぬふりを決めこむようだ。

 それなら筋道(すじみち)立てて、順を()って教えてやるまでだ。王都の治安(ちあん)とこの学校を(むす)びつける、ひとつの事件を。


「近ごろ、地元のギャングの勢力が拡大しつつありました。そしてこの間、とうとう(じゅう)()ち合いによる、大規模な抗争(こうそう)が起こった。その一件で押収(おうしゅう)された銃器について、(みょう)(うわさ)を耳にしました。この憲兵学校の廃棄武器が利用されているのではないかという(うわさ)です。この学校の教官が、廃棄武器を横領(おうりょう)してギャングに横流ししていたのです」


「つまり、その犯人がハーナム教官だったのだろう」


「ボクたちは、ハーナム教官は、何者かに無実の罪を()せられたと考えています。真犯人は、この学校の教官のなかの(だれ)かです。憲兵として、捜査のプロフェッショナルであるリグスラーム教官に、真犯人を出頭させる協力をお願いしたいんです」


 ほう、とつぶやいた教官は、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「仕方がない、そういうことならいいとも。それで、真犯人の目星(めぼし)はついているのかね」


「はい」


 スフィルはリグスラームを正面に見据(みす)えた。


「リグスラーム教官。あなたが真犯人です」


「ほう……そうかね」


 そこでようやく、彼は顔色を変えた。今までの(おだ)やかな表情から一転、真剣な面差(おもざ)しになった。


「そういうからには、証拠(しょうこ)があるんだろうな。事件と私を(むす)びつける、決定的な証拠(しょうこ)が!」


 スフィルは何も言わずに、挑発(ちょうはつ)的にリグスラームを見上げた。

 実は、決定的な物的証拠(しょうこ)は、なにもない。

 だからこそ、わざわざ彼を個室に呼び出したのだ。ここで推理を広げることで、彼から自白を引き出すために。

 これは推理ゲームだ。

 無数の事実を論理的に(なら)べて、ひとつの道をつくりあげる。そして辿(たど)()いた先こそが、(のが)れようのない真実なのだ。

 今ここで、論理の道をつくってやる。

 そう、まるで――今朝(けさ)出会った、あの《青獅子隊》のふしぎなサトリ憲兵のように。

 絶対に彼に、すべての罪を認めさせてやる。

 認めさせて、無実の罪で(つか)まったハーナム教官を助け出し、そして、この奇妙な試験から始まった事件に終止符(しゅうしふ)を打つ。


「覚悟してください。徹底(てってい)的に証拠(しょうこ)(なら)べて追い()めて、あなたをハーナム教官の前で自首(じしゅ)させてやりますよ」


 ハーナム教官は今、この学校のどこかで聴取を受けている。それが終わって彼が憲兵署に移送される前に、この真犯人から自白を引きずり出さなくては。

 時間がない。ここで彼を追い()められるのは、今しかないのだ。勝負はここからだ。

 スフィルの深緑の瞳に、たしかな闘志(とうし)宿(やど)った。


「――さあ、ゲーム開始です」


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