表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/72

外伝59話:最後の審判 -elJakt-

'20.09/22 本当に若干の変更。

外伝59話:最後の審判 -elJakt-


 * * *


「えっ、スフィル君?! なんで?!」


 手すりに身を乗り出しながら、そう声を発したのはマーシルだった。

 地に伸びる敵指揮官を前に、勝ったとばかりに手を上げるの小柄(こがら)な護衛官は、まごうことなくスフィルだった。

 その(かか)げられた手には、教官の白い飾手拭(カツァフ)(にぎ)られている。あの無敵の巨漢グラム教官に、警護課一の小柄(こがら)な訓練生が勝利したのだ。


「何が起きたんだ?!」


「どういうこと?!」


 あちこちで驚愕(きょうがく)の声が上がる。

 本館三階バルコニーは現在、騒然(そうぜん)としていた。

 それはそうだ。あれほど連続で予期(よき)せぬものを見せられたら、(だれ)もが(さわ)ぎたくなるものだろう。

 護衛三班が見事な連携(れんけい)であのグラムを倒し、さらに死んだと思われていたスフィルが生きていて、彼と護衛対象の入れ替わりが発覚する。

 もはや驚かないほうが無理がある。

 三年間スフィルたちを見続けてきた主任教官ハーナムでさえ、訓練場(グラウンド)(おごそ)かに見下ろしながらも、あまりの驚きに言うべき言葉が見つからずに、(いま)だ沈黙を保っているのだ。


「えっ、待って? なんでスフィル君が生きてんの? てかいつの間に入れ()わったんだよ。なら本物の護衛対象は今どこだ?」


 ()いた疑問を次々(つぎつぎ)と口にして、マーシルはとなりの元相棒を見上げた。


「なあ、カリエク様。どーせ(タネ)わかってんだろ。解説お願いしたいんだけど」


「気になるなら自分でスフィルに(たず)ねろ」


 彼は相変(あいか)わらず、元相棒に対してはそっけなく()げた。マーシルは彼に求めても無駄(むだ)だと悟ったのか、「そういえば」と話題を切り変えた。


「あのティガル君、さっき()り技使ってたよな。どっかの『不可侵領域』を彷彿(ほうふつ)させたね、ありゃ。お前ら官家には、(きら)いな人間は足で(たお)さなきゃいけない家訓(かくん)でもあんの?」


「あれを()り技と言うな。ただ足を出せば『足技』として成立するわけじゃない。バランスが(たも)てずに自分が(たお)れたら、服に(すな)がついて(よご)れるだろ」


「え、服の(よご)れの問題?」


「それ以外に何がある」


「いやホラ、『俺の正当なる()り技をマネするなんて許せないザマス』とか『よくやった。官家たるもの、(きたな)い人間には足を使わねばな』とか、そういうティガル君に対するコメントねえの?」


「服の(よご)れを(かんがみ)みなければ、意表(いひょう)をつくいい動きだった。(よご)れ以外に問題などない」


 そこまで言うと、彼は「さて」とつぶやきながら、自身の(おび)から銀の懐中時計を取り出した。()()む夕日に()らされて、時計の(くさり)がきらきらと光っている。


「そろそろ行かねばな」


「もう行くのかよ」


 くるりと(きびす)を返したカリエクに、マーシルが呼び止めた。


「これでゲーム終了だからな。先ほど宣言(せんげん)した通り、ゲームは最後まで見届(みとど)けた」


「ほかに言うことはねえの? てかオレは、今起こったことの解説が聞きたかったんだけどな。お前きっと、下で何が起こったかわかってんだよな?」


「少々想定外だった。まさかあのチームで、ここまでやれるとは。――未経験者として見くびっていたかもしれないな」


「あのー、だからその、解説をお願いしたいんですけど」


「確実に言えることは、ただひとつ。――スフィル・アクトツィアティクという男は、相当(そうとう)に頭が(くる)っている。それだけだ」


「えっ、評価ヒドくね?」


 訓練場を横目で見やりながら、カリエクは元相棒に聞こえたかわからないほどの小声で、ぼそりと言葉をつけ加えた。


「今なんか言った?」


 (あん)(じょう)マーシルには聞こえなかったらしいが、カリエクは気にも()めずに時計を()いて(おび)にしまった。

 だがハーナムには、はっきりと聞こえていた。彼はこう言ったのだ。


「ようやく見つけた。殿下をお護りするにふさわしい、『本物』を」


 どうやら彼は、帰ったあと、スフィルについて、王子に肯定(こうてい)的な報告をすることになりそうだ。

 この来訪が、この元教え子にとっても少しでも(みの)りのあるものになったのなら、手紙をしたためた身としてそれ以上のことはない。

 まさか王子が未経験の護衛官をお(さが)しだとは知らなかったが、この結果は、スフィルにとっても願ったり(かな)ったりだろう。

 ハーナムはカリエクの(ひょう)を聞きながら、おごそかにうなずいた。

 カリエクは教官に簡易(かんい)なあいさつだけ済ますと、階段のほうへと歩いて行きかけ、ふと思い出したように立ち止まった。


「それと、マーシル」


 元相棒にふり向くと、彼は(するど)い声で言った。「まだ、動くなよ」


「ん、なんの話かな」


「この件は今日中に、『(いま)だ青いうちに』対処(たいしょ)する」


 一瞬、ふたりのあいだでピンと緊張(きんちょう)の糸が()り巡らされたような気がした。

 だが次の瞬間には、夕暮(ゆうぐ)れ時のバルコニーは、何事(なにごと)もなかったかのように(おだ)やかな空気を取り戻していた。

 颯爽(さっそう)と歩いていくカリエクの背中を見送りながら、マーシルがかつての恩師(おんし)に尋ねた。


「教官はどう思われますか、この試験」


 ハーナムは(いか)めしい相貌(そうぼう)でその様子を見下ろしながら、先ほどからずっと考えていた。

 彼らの勝ち方には(いま)だに不可解(ふかかい)なことが多いが、頭をめぐる論題(ろんだい)はただひとつだ。


 ――入れ替わり。


 おそらく、この試験では禁忌(きんき)というのが、暗黙(あんもく)の了解だろう。

 例年、この試験は中身が(だれ)であろうと、「青いスカーフ」が護衛役で、「赤い長外套(クローク)」が護衛対象だと決まっているのだ。

 今回の敵は、警戒(けいかい)すべき相手として護衛官個人を特定(とくてい)して(いど)んでいたようが、それはきわめて例外的な話といえる。

 スフィルがそれを、わからないはずがない。

 禁忌(きんき)(おか)して任務成功したところで、試験官に認められない可能性は百も承知(しょうち)の上だろう。それでも彼は、この方法を採用(さいよう)したのだ。――ひとえに、護衛対象を護りぬくために。

 狡猾(こうかつ)でもいい。なりふり構ってなどいられない。いっそ試験として認められなくても、知ったことではない。注目(ちゅうもく)すべきは、ただひとつ。


 ――何が何でも、護衛対象を護りきってみせる。


 彼の作戦には、そんな強い意志(いし)を感じる。

 そして護衛官として何よりも大切なのは、対象を護りきるための、その強い意志(いし)と覚悟なのだ。

 スフィルがどんな(タネ)を使ったにしろ、ただひとつだけ、これだけは確実に言える。

 ハーナムは、普段(ふだん)仏頂面(ぶっちょうづら)の彼には(めずら)しく、(おごそ)かに(むす)んだ(くちびる)()を描いた。


「護衛三班。実戦護衛能力、全員『(アハル)』だ」


 その宣言(せんげん)を聞くなり、かつての教え子は、(おだ)やかな笑みを浮かべてうなずいた。

 グラムを()ち取ったあの瞬間にはまだ、スフィルたちの試験は終わっていなかった。ハーナムが彼らの評価を宣言(せんげん)したこの瞬間に、彼らの試験は本当の意味で終わりを()げたのだ。


「じゃあオレも、ちょっと野暮用(やぼよう)あるんで、そろそろ行きますわ」


 そう言うとマーシルは、手すりから体重を起こし、立てかけていた杖を手に取った。


「じゃあ教官、また会いましょう」


 手を()ってあいさつするマーシルは、ほんの一瞬だけ、ハーナムに対して(するど)い目を向けた。「――お気をつけて」


 それだけ言うと、カツカツと杖の音を立てながら、先ほどカリエクが消えていった階段のほうへと、ゆっくりと歩いていった。

 今の(みょう)視線(しせん)は、おそらく気のせいではないだろう。

 マーシルには()つかわしくないあの視線(しせん)は、なにかを暗示(あんじ)していたのかもしれない。

 だがそれがなにを意味するのか、その時のハーナムには見当もつかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ