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外伝44話:護衛界の化け物 -elJegen elJc'amse-

'20.09/18 若干の文章修正。

外伝44話:護衛界の化け物 -elJegen elJc'amse-


 * * *


「うちのイェルマヒムを、()ってたかって脱落(だつらく)させるとはけしからん! この試験には息子に対する悪意(あくい)を感じる!」


「あーもしかして、イェルマヒム君のパパっすかね。新区州(リクトフィオン)憲兵署所長の」


 彼は書類にメモする試験官のひとりに(つか)みかかり、今にも(なぐ)りかからん勢いだった。ハーナムはすぐさま()け寄り、そのあいだに割って入った。


「私がこの試験の責任者、警護課主任教官のハーナムです。どうなさいましたか」


「どうもこうもあるか! なんなんだ、この試験は! イェルマヒムに対する嫌がらせとしか思えん! どいつもこいつも、寄ってたかってイェルマヒムに攻撃して、息子を落とすための悪意(あくい)に満ちている!」


 グラム教官にイェルマヒムを落とす悪意(あくい)があるようには思えないが、この試験の敵が過剰(かじょう)戦力となっている責任は、主任教官であるハーナムにある。素直(すなお)に胸に手を当て謝罪しようとしたところで、うしろから上がった声によってさえぎられた。


「べつにいいじゃないっすか、早々に落ちたって」


 緊迫(きんぱく)した状況(じょうきょう)にそぐわぬ気楽(きらく)な声を上げたのは、マーシルだった。


「なんだと」


 イェルマヒムの父親が、(するど)い目でマーシルを一瞥(いちべつ)した。ハーナムは(あわ)てて、マーシルの大雑把(おおざっぱ)な言に口添(くちぞ)えした。


一概(いちがい)に、長く生き残っていたほうが成績が良いとはかぎりません。途中で脱落したとしても、彼ほどの活躍を見せれば、(アティム)判定にはなるでしょう」


(アティム)だと?! 息子の実力を踏まえたら、(アハル)は評価されて当然だろう!」


「えっ、(アハル)ですか」


 マーシルが神妙(しんみょう)な顔で()りかえした。

 このイェルマヒムの父親も憲兵であるのなら、若いころは憲兵学校を卒業しているはずだが、どうやら成績の相場(そうば)がいまひとつよく理解できていないらしい。

 ハーナムは叮嚀(ていねい)に説明した。


「成績は通常、一から四までの数字で表されます。好成績から順に、一・優(アティム)二・良(タラム)三・可(フィアク)四・不可(ツァファン)です。(アティム)判定であれば、充分に好成績と言えますし、進路に影響を及ぼすこともないかと存じます」


「知っている。私は憲兵だぞ。そして当然、最高成績が(アハル)だということも知っている」


 (アハル)は「ゼロ」を意味する成績で、(アティム)のなかでもきわめて優秀な成績を(おさ)めたものに付与(ふよ)される。そのためほかの四成績は常に一定数いるが、この(アハル)にかぎっては、つけられるほうがむしろ(まれ)なのである。


「たしかに最高成績は(アハル)ですけどね」


 マーシルはどう説明したものかと一考したように間をあけた。「でもご安心ください。そんな成績取るバケモノなんて、普通いませんから」


全科目(オール)(アハル)』なら、警護課の卒業生にもいるんだろう。息子の実力がそれに見合わないとでも言うのか」


「あー、あれ」


 思い出したように目を(はし)にやったマーシルが、それから口に笑いを含ませた。


「あれは比べちゃダメっすよ。世の中には一般人とは比べ物にならない、生粋(きっすい)のバケモノもいるってことです」


「一般人だと!」


 所長が(おだ)やかならぬ声を上げた。「息子が(ひい)でていることは、出身校の誰もが太鼓判(たいこばん)を押すところだぞ!」


 彼は優秀な息子が「一般人」の(わく)一括(ひとくく)りにされたことが許せないようだった。ピクピクと(ほお)痙攣(けいれん)させる彼のことなど気にもとめずに、マーシルは陽気に笑った。


「じゃあバケモノレベルに達するには、全世界の(だれ)もが太鼓判(たいこばん)を押すくらいにならないと」


「ふざけたことを言うな! ここの教官も、息子なら確実に(アハル)だと太鼓判(たいこばん)を押したんだぞ」


「ハーナム教官、試験前からそんなこと言ったんすか」


 ふり返ったマーシルに、ハーナムはかぶりを振った。


「いや、私ではない」


「人身捜査課の教官だ。彼とは同期の卒業生同士でね、よく息子の話を小耳にはさむんだ」


「なぁんだ、人身捜査課(ジンソー)ですか。その教官、相当(そうとう)無責任っすよ。警護課は普段、人身捜査課(ジンソー)とは何のかかわりもないですからね」


「とにかくだ。こんな悪意(あくい)に満ちた不適切な試験が、試験として通用するはずがないだろう! この学校の最高責任者はどこにいる。今すぐここに校長を呼べ」


「まあまあお父さん、落ち着いて」


 男の肩に手を置こうとしたマーシルだったが、イェルマヒムの父親はぴしゃりとそれをはねのけた。


「お父さんだと? 気安(きやす)(さわ)るな。私は新区(リクトフィオン)第3分署の所長で、人身捜査課の大佐だぞ!」


「はあ、人身捜査課(ジンソー)ですか」


 マーシルが神妙な顔をして肩をすくめた。「困りますよ、大佐。警護課でもないのにイチャモンつけられましても。警護課には警護課のやり方ってもんがあるんです」


 大佐は顔をしかめてマーシルに()め寄った。


「あまりナメた口を聞くと、この学校に内部監査(かんさ)申請(しんせい)するぞ。それでもいいのか? お前たちの憲兵として不適切な()ずべき行いを、徹底(てってい)的に暴露(ばくろ)させてやるぞ」


「べつにいいですけど、そんなことしてもイェルマヒム君の成績は変わりませんよ」


「内部監査(かんさ)」といえばマーシルが口を(つつし)むだろうと思ったらしい所長は、飄々(ひょうひょう)とした態度を(くず)さぬ彼に、よほど苛立(いらだ)ちをおぼえたらしい。人目も(はばか)らず、彼はマーシルを大声で怒鳴(どな)りちらした。


「大体お前はなんなんだ! ここの教官じゃないな? 部外者の分際(ぶんざい)で割って入ってくるな! 公務執行妨害だぞ!」


 彼のあまりの剣幕(けんまく)に、来賓(らいひん)(なご)やかな談笑(だんしょう)は一瞬のうちに静まり、周りの視線が一気にこちらに(そそ)がれた。


「えっ。まさか大佐、息子さんの応援に、公務で来てるんですか。困りますよね、そういうの。公私の分別ははっきりしてもらわないと」


「この私に対して随分(ずいぶん)(えら)そうだが、お前、何様(なにサマ)のつもりだ?」


「王国軍本部に勤務のマーシルってもんです。ちなみに元王室護衛官で、ここはオレの古巣(ふるす)です。いちおう階級同じみたいなんで、仲良くしてくださいね、大佐」


 マーシルがきらびやかな笑顔で言うと、所長は顔をこわばらせた。このラフなシャツの青年に、社会的地位の高い肩書(かたがき)があるとは夢にも思わなかったような顔だ。


「なに? 元王室護衛官で、さらにその年で大佐だと? ふざけたことを抜かすのも大概(たいがい)に……」


「ちなみに本当に内部監査(かんさ)申請(しんせい)するなら、オレが相談に乗りますよ。オレいちおう今は監察(かんさつ)官なんで、憲兵の不正には目がないっていうかぁ」


 マーシルがそこまで言って、突然その目を(するど)く光らせた。


「特に公私の分別ができない憲兵の検挙(けんきょ)とかも、大好物なんすよねぇ」


「な……監察(かんさつ)官?!」


 なるほど内部監査(かんさ)課の監察(かんさつ)官だったのかと、ハーナムはかつての教え子をふり返った。それなら憲兵署の不正チェックのために、全国各地の憲兵署に出張に行くのもうなずける。


「そんな都合(つごう)のいい話があるか! くだらない(ウソ)をつくな!」


 内部監査(かんさ)申請(しんせい)すると言ったら、たまたまその相手が監察(かんさつ)官であったという確率は、おそらく相当に低い。所長は信じられなかったようで、部下を叱責(しっせき)するような張りのある声に、苛立(いらだ)ちをにじませた。


「オレがウソつきかどうかは、実際に逮捕(たいほ)されてみたらわかりますよ。試してみます?」


 挑発(ちょうはつ)するように笑うマーシルに、所長は一瞬たじろいだような目をした。


「おい、やめないかマーシル」


 危険な空気を感じて咄嗟(とっさ)に間に入ったが、遅かった。

 怒り心頭(しんとう)に発した所長が、勢いよくマーシルの胸倉(むなぐら)(つか)んだ。それと同時にマーシルのもっていたY字の杖が手を離れ、カランと音を立てて大理石(だいりせき)の床に転がった。

 観衆(かんしゅう)が息を飲んだ。

 今にも殴りかからん勢いで(にら)みつける所長に対して、マーシルは平然として言った。


「いいんすか所長。監察(かんさつ)官に手をあげたなんて知れれば、アンタだけでなく息子さんのキャリアにまで(キズ)がつくかもしれませんけど」


 なぜそこでさらに挑発(ちょうはつ)するんだと、ハーナムは頭を思わず抱えたくなった。


「オレとしては、ここで(いさぎよ)く殴ってくれたほうがありがたいんすよ。正々堂々とアンタみたいな横柄(おうへい)な憲兵を逮捕(たいほ)できるんで」


 それから彼は、とんでもなくしょうもない事情をつけ加えた。「それにウチにもいちおう、ノルマあるんすよね」


「マーシル。逮捕(たいほ)ノルマのために人を挑発(ちょうはつ)するな」


 (おごそ)かな口調で(しか)れば、彼はため息とともに肩をすくめた。今までの平然とした態度とは違って、なにか嫌なことを思い出したような鬱々(うつうつ)とした表情だった。


「ぶっちゃけオレにしちゃ同じなんすよ。ここでこの人を(なぐ)らせて検挙(けんきょ)(かせ)がないと、どうせあとで上官に(なぐ)られるんで。成績落として(なぐ)られるよりは、(なぐ)られて成績伸ばしたいっす」


 内部監査(かんさ)課はなにをやっているんだと、思わずため息をもらす。不正抑止(よくし)のための内部監査(かんさ)課が、ノルマのために不正をつくりだしてどうする。

 周囲では騒動(そうどう)を聞きつけて、彼らを(かこ)うように人だかりができていた。


逮捕(たいほ)だと? この私に対してできるものならやってみろ! 無作法(ぶさほう)若造(わかぞう)分際(ぶんざい)で!」


 ついに所長が手をあげた。

 ハーナムが止めに入る前に、彼の(こぶし)がマーシルの顔面へと()き出された。

 ――(いな)、止める必要がなかったのだ。

 所長の()り出した(こぶし)はマーシルの顔のすぐ横の(ちゅう)を切り、その勢いのまま、彼は前に一回転して(ゆか)に叩きつけられた。

 見物人一同は、唖然(あぜん)としてその様子を(なが)めた。(だれ)ひとりとして、その瞬間になにが起こったかわかった人間はいなかっただろう。


「どうかなさいましたか」


 そう淡々(たんたん)とした声が上がったのは、マーシルの正面(しょうめん)、地に伏す所長のすぐとなりだった。そこには、ひとりの背の高い青年が立っていた。

 一部始終を見ていたハーナムにはわかる。

 彼は今しがた、瞬時に所長の前に手足を回して重心を変え、所長の(こぶし)軌道(きどう)()らした挙句(あげく)、そのまま一回転させた張本人である。

 だが、(はた)からはとてもそうは見えないほど、彼は今来たとばかりに平然と立っていた。周りで見ていた多くの見物人にとっても、彼がなにかしたようには見えなかっただろう。所長はそれほどに、自然に倒れされたのだ。

 思いもよらず(ゆか)に倒れた所長は、訳がわからない様子で、茫然(ぼうぜん)とその乱入(らんにゅう)した青年を見上げた。彼は憲兵の制服である黒の短外套(ケープ)に、王室護衛官であることを示す青の懸章(けんしょう)を掛けていた。


「今、お前が……?」


 若い軍人は優雅にその場にしゃがむと、所長に右手を差し出した。


大理石(だいりせき)の床は(すべ)りやすうございますからね。お怪我(けが)はございませんか」


 今の大転倒(てんとう)を事故だったことにした青年に、一瞬きょとんとした所長は、だがすぐにそれに乗ることにしたようだ。多くの見物人の前であれほど見事に(たお)されたとあっては、憲兵署所長としての面目(めんぼく)丸潰(まるつぶ)れになるからだろう。


「あ、ああ、(たい)したことはない」


 顔を赤くした所長は、すぐに立ち上がると、ハーナムとマーシルを憎々(にくにく)しげに一瞥(いちべつ)し、足早に去って行った。その(さい)、周りには聞こえない程度の小声で、ぼそりとつぶやいた。


「――クソ、覚えてやがれ、警護課ども」


 一部始終を傍観(ぼうかん)していたマーシルが、やがてどんよりとため息をついた。


「あーあ。せっかくついでにいい獲物(えもの)見つけたと思ったのに」


 監察(かんさつ)官としてはとんだ根性(こんじょう)だが、()()けに言い放つマーシルには悪びれる様子もない。やれやれと首を振りながら、マーシルは初めて、正面に立つ王室護衛官の青年をしっかりと見据(みす)えた。


「よお、バケモノさん」


 マーシルの呼びかけに、彼――《青獅子隊》副隊長のカリエク・イエナザラクは、ぴくりと優美な片眉(かたまゆ)を動かした。



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