外伝23話:巨大迷路の護衛ゲーム(前編) -Jz'ma qax elMedmzje-
'20.01/29 大幅な演出およびプロット変更。
'20.09/14 若干の演出変更。おおよその流れに変更はありません。
外伝23話:巨大迷路の護衛ゲーム(前編) -Jz'ma qax elMedmzje-
* * *
――もし。《青獅子隊》のあのサトリ憲兵が、敵指揮官の正体なのだとしたら。
スフィルはゴクリと唾を呑み込んだ。
だとしたら、すべて辻褄が合ってしまうのだ。
今の段階でわかる敵指揮官像は、第一に、陸軍の従軍経験があること。あの少年憲兵は先ほど、自身の推理の過程で、たしかに「陸軍の従軍経験がある」と言っていたので、条件に合致する。
それに、あの少年憲兵は事前に、ハーナム教官から、スフィルに関する情報を聞いているようだったと思い出す。
その理由については、つい先ほどまでは、スフィルが《青獅子隊》への入隊希望だと知るハーナム教官が、気を利かせてスフィルのことを彼らに話してくれたのだと思っていたのだが、よく考えてみれば、そんなわけはないのだ。訓練兵を採用するわけがない《青獅子隊》に、ハーナムがわざわざスフィルのことを話す理由はない。
あるとすればそれは――試験における敵の情報として、必要だったから。
だからこそ彼は、スフィルに関する情報を知っていた。
「戦を制すのは情報だ」――そんな東方兵法の格言に則って。
「まさか、ハーナム教官が《青獅子隊》に、試験への協力を要請していた……?」
スフィルがあえて声に出したのは、心の奥では誰かに否定してほしかったからだ。スフィルの説を否定する論拠を、この場で誰かに出してほしかったのだ。
だがいつまで経っても反駁の声は聞こえず、返ってきたのは、気まずい沈黙だけだった。
「じゃあ、事実確認をします」
スフィルは全員を見渡した。
「まず、ハーナム教官が《青獅子隊》に、試験に協力させることは可能でしょうか?」
「できるだろーぜ」
答えたのはティガルだった。
「《青獅子隊》には、昔の教え子のカリエクがいるからな」
「ああ、おれも同意見だ。親父は昔、先王の王室護衛官だったわけだしな」
ハーナムは先代国王――つまりホムラ王子の祖父に、最も信頼されていた護衛官である。そんな彼の要請なら、《青獅子隊》が動き出すとしても説明がつく。
「では、ハーナム教官が、かつての陸軍元帥とのコネを使って、派遣公安課に協力させることは可能でしょうか?」
「ああ。親父ならそれも可能だろうな。陸軍は特に、指揮系統や上下関係を大事にする組織だから。公安のことはよく知らないけど、でも公安の半分が元陸軍だってんなら、元帥レベルの人間からの頼みなら、警護課の試験だろうとなんだろうと、連中は断れないだろうな」
エズレは陸軍についてはよく知っているらしく、饒舌にそう言った。
考えれば考えるほど、およそすべての状況証拠が、その《青獅子隊》の敵指揮官説を裏づけた。
「だがスフィル、連中はお前らの飾手拭を取らなかったんだろ? ならあいつらが敵役って決めつけるのは安直じゃねえか」
そう疑問を呈したのはノワンだった。
「ええ、でも矛盾しない考え方はできます。たとえば《青獅子隊》の仕事はあくまで指揮だけで、飾手拭を取り合うこのゲームに、直接的に参加してはいない、とか」
「直接会った感じは、どうだったんだ。連中が俺たちを追い詰める指揮官だって直感はあったのか」
「うーん……」
スフィルは《青獅子隊》の三人の顔を、ひとりずつ思い浮かべた。
色々とハプニングはあったが、総じて三人とも、スフィルたちの試験を応援してくれていたように思える。
「応援してくれましたし、ボクにアドバイスもくれました」
「そうか。なら今回の試験は、恐ろしくレベルが高い《青獅子隊》という顧問による、きわめて慈悲深い試練なのかもな」
「どういう意味ですか」
「《青獅子隊》が後輩のために、きわめて実戦に近いかたちで試験をセッティングしてくれたってことだろ。しかも、東方兵法の『基礎』理論に忠実に」
ノワンは彼には珍しく、饒舌に話した。
「要は、『基礎理論に則って兵力を固めておいてあげるから、あとはそれを突破する方法を自分で考えなさい』と、そういう慈悲深い試練だってことだろ」
「慈悲深いって……さっきも笛に気づかなければ、ボクたちは今ごろ全員脱落してたんですよ。慈悲深いですか?」
「さぁな。俺は東方兵法に詳しくねえから知らねえけど――もし俺が指揮官なら、試験には『応用』理論を用いて出すぞ。そんなのがあるのかは知らんがな。そう考えれば、すくなくとも《青獅子隊》は、表向きは俺よりも善人らしい。受験者が把握できるような理論を使ってやるなんて、大したお情けだぞ」
「『言うは易く行うは難し』ですよ、ノワン君。敵戦力を把握できるからといって、突破できるわけじゃないんですから」
「ま、そっちの慈悲深い戦略のほうは知らん。大して興味もねえし」
「えぇ?」
スフィルは思わず声を漏らしてしまった。
今ノワンは、なんと言った。試験の内容に、「興味がない」?
唖然とするスフィルの顔に気づいたのか、ノワンはつけ加えた。
「東方兵法に関して、俺は完全に分野外だ。役に立てる気がしねえから、全部お前に任せる」
「し、信頼してくれて、どうも……」
「それより、俺が気になるのは、《青獅子隊》の連中の『真の目的』だ」
そう言うなり、ノワンは目を光らせた。「連中には、試験という慈善事業のほかに、ここに来た真の目的があるはずだ」
「いえ、必ずしもそうとはかぎりませんよ」
「ならなぜ連中は、あんな敵本陣から程遠い、寂れた倉庫に籠もっていた? 俺たちの誰かがここまで引き返すと、先読みしていたのか?」
「それはないと思います。ボクたちとの接触は、向こうにとってもハプニングだった様子でした」
「なら、きまりだな。《青獅子隊》は、この学校でなにか企んでいる」
断定したノワンは、こころなしか愉快そうだった。
思い返してみればたしかに、王室護衛官がこんなところにいたのは妙だが――とそこまで考えて、スフィルはあのさとり憲兵が言っていたことを思い出した。
「そういえば、陸軍出身の若い護衛官が言っていました。『捜査力が必要』――というようなことを」
「捜査だと? ほかの課に頼らずに、王室護衛官が直接赴くとは……」
目を細めて言いながら、ノワンは囁くように声のトーンを落とした。
「王家が関係する事件の隠蔽。それ以外に考えられねえな」
「隠蔽って、そんな犯罪じみた目的なワケないですよ。今の国王陛下も王子殿下も、公明正大で誠実な神職として有名な方々なんですから。――ねえ、ティガル」
王族の世話をする、宮内省勤めの親戚を多くもつティガルの言なら、幾分か説得力があるはずだ。
案の定、ティガルは肯定を示した。
「ああ。宮内省の親戚曰く、国王陛下も、その姫君のティアラ王女殿下も、とても慈悲深く寛大なお人柄だとよ」
「ホムラ王子は?」
「さあ……ホムラ王子殿下については、宮内則の適用により『ノーコメント』だってよ」
「えっ、なんなんですか、それ」
「宮内則ってのは、王宮内に適用されるルールのことだ。宮内省の使用人たちはそれに絶対遵守だから、『この件は多言するな』って箝口令が敷かれたら、たとえ相手が家族だろうと甥っ子だろうと、絶対に話せねーんだよ」
「つまり、ホムラ王子のお人柄が、王家の秘密ってことですか? お人柄くらい、べつに話してくれても良くないですか?」
「さぁ……オレも部外者だからな」
わからないとばかりに肩をすくめるティガルに言っても仕方がない。
釈然としない思いでいると、いつにもましてノリの良いノワンが口を挟んだ。
「間違いねえ。これは王家の陰謀だな。あの王子、きっと陰でなにかやらかしてるぞ」
「だからそうと決まったわけじゃ……」
ノワンは普段、観察眼の鋭い冷静で優秀な護衛官なのだが、なぜか権力者に関しては、何でもかんでも陰謀に結びつけたがる変な悪癖がある。今の王家がほとんど実質的な政治的権力をもたないと、いくら言ったところで無駄だ。権力者は必ず裏で悪事を働いていると、ノワンの頭の中ではそう決まってしまっているのだ。
「言っておくが、なにも俺は、相応の根拠もなく陰謀論を振りかざしてるわけじゃねえぞ。護衛官ってのは本来、捜査職じゃねえだろ。なのに護衛官が捜査に赴くってことは、連中が直接手をくださなければならない、それなりの理由があったはずだ。ほかの憲兵を使わない理由は、外部に知られたくねえからだろ。ってことはつまり、王室スキャンダルを、外部に知れ渡る前に隠蔽する以外に考えられねえ」
ノワンの説が思いの外しっかりと論理の通った推理だったので、スフィルは押し黙った。
たしかに彼の言うとおり、客観的に見たらそうなるのかもしれなかった。
むしろ、私情で目が曇っているのは、陰謀論者のノワンではなく、スフィルのほうなのかもしれない。憧れの王室護衛官が、そんな法外な仕事をするはずがないと、事実から導かれる推論からから目を背けていたのかもしれない。
「おそらく連中は、本来の護衛という職務を隠れ蓑にして、実質的にはホムラ王子の私兵として動いてんだよ。それなら、王室の護衛部隊に、警護課の憲兵以外の兵士――陸軍とか、あとは会計主任と呼ばれる謎の憲兵が紛れてることにも説明がつく」
「いやいや、待てよ」
と声を上げたのはティガルだった。「陸軍はともかく、護衛に会計ができる人間なんかいれても、役に立たなくね?」
「お前……そうか、さすがはカネ勘定の要らぬご立派な育ちだな。会計を知らねえのか」
嫌味にしか聞こえぬ言葉を吐くノワンに、悪気はないらしい。ティガルはピクピクと表情を硬くしながらも、なんとかその無自覚な嫌味に耐えていた。
「簡単に言うと、自陣営に会計士がいれば、自分の犯罪の証拠を帳簿からきれいに消し去ることが可能だ。王子が自身の護衛部隊に会計士を入れるとしたら、それ以外にない。――商家出身のお前ならわかるだろ、スフィル」
流暢に推理していたノワンは、ちらりとスフィルを見やると、ぎょっとして突然その語調を崩した。
「いや、ていうかべつに――お前の推理の真似事をしてみただけだ。素人の勝手な推測だからな。間違ってる可能性は大いにあるし……」
ノワンは焦っている様子だった。そこでスフィルは初めて、自分がマイペースな彼を慌てさせるほどに、悲愴な面持ちをしていることに気づいた。
「あっ、ノワンがスフィル泣かしたー。いけないんだー」
「うるさいっ!」
ノワンはよほど居心地を悪くしたのか、早口でまくし立てた。
「大体こんなの、ただの仮説だろ? 仮説ごときでいちいちショック受けんじゃねえよ!」
「そうですよね、ごめんなさい」
わかってはいるが、小さい頃からの憧れの存在なだけに、その仮説へのショックは大きかった。
スフィルにとって、命の恩人の護衛官の所属する《青獅子隊》は、常に正義のヒーローのような存在だったのだ。
スフィルが謝れば、ノワンはさらに狼狽した様子だった。
「あ、いや、だからつまりだ――悪かったな! 普段からあることないこと陰謀の憶測を立てるのは、ウチの職業病だ。親父が社会捜査課の憲兵で、その手の捜査が専門だったからな!」
ここまで動揺するノワンがよほど珍しかったのか、ティガルは半ば口を開けたまま呆けていた。
「おま……憲兵嫌いのくせに、親父が社会捜査課の憲兵? お前ってイロイロと謎だよな。なんで警護課来たんだよ」
「うるさい。お前には関係ねえだろ」
ノワンはしゃべりすぎたとばかりに、口元を隠すストールを押さえた。
「でも、そうですよね。仮説で一喜一憂したって仕方ないですよね。今わかってることから考えないと」
スフィルはすぐに気を取り直して、顔を上げた。
わかってること――自分で言いながら、スフィルはその言葉に戦慄していた。
《青獅子隊》に実際にどういう職務があるのかは謎でも、彼らが凄まじい実力の持ち主だということは事実だ。
その圧倒的な上位者が、よりによって今、スフィルたちの敵として立ちはだかっているのだ。
「どうしたんだよスフィル、そう言うわりに浮かない顔してよ」
「もしですよ、ティガル。今日中にカリエクさんに剣で勝たないと、この試験をクリアできないと言われたら、どう思いますか」
ティガルはごくりと唾を呑んで、押し黙った。
つまり、今スフィルに突きつけられているのは、そういうことなのだ。
いずれ圧倒的上位者を追い越すどころの話ではない。今、その必要性に迫られているというというわけだ。
「よりによって敵の指揮官が、ボクが一番勝てそうにないあの人で、彼の戦略に、勝たなきゃいけないだなんて……!」
名も知らぬ、あの《青獅子隊》のさとり憲兵。彼に対して考えるほど、先ほど人生で初めて、自分の得意分野で完敗させられた衝撃が、否応なく思い起こされる。
「でもよ、スフィル。さっきノワンが言ってた『慈悲深い』って、ある意味では当たってんのかもしれねーぞ」
「どういう意味ですか?」
「さっきエズレと、教官が最近チョーゼツ忙しいって話、してただろ? でもあれ、よく考えたらビミョーに違うような気がしたんだよな。だって本当に人手が足りなくて忙しいヤツが、こんな難易度の高い凝った試験つくらせるか?」
たしかにティガルの指摘は、的を射ていた。
通常よりも試験の敵役の規模を大きくして、試験自体を難しくすることは、少なくとも人手が足らなくて困っている人間のすることではない。
「だからオレは考えたんだ。これはもしかして、全部お前のためなんじゃねーかとな」
「ボクのため、ですか」
「ハーナム教官の気持ちになって考えてみるんだよ。仕事に対してとことんシビアな教官が、伸びしろを評価してる訓練生がいる。ソイツが王室護衛官に憧れてるから、教官のコネで《青獅子隊》を呼んで、ソイツの実力を紹介してやろうって気になる。そうなったら《青獅子隊》の前で、最大限にその実力のヤバさが発揮できる舞台をつくってやろうって考えるんじゃねーのか」
「まさか教官は、そのためだけに難易度をハネ上げたと……?」
スフィルはいくらなんでも、教官がスフィルのためだけにそこまで手の込んだことをするとは思えなかった。
「憶えてるか、この間の合宿試験のこと。あん時は皆疲労困憊で、脱落しないのがやっとだった。毎年そうらしいぜ。でも、今年はそこで、まさかの番狂わせが起きた。最後まで元気に任務成功して、『秀』なんてバケモノ級の成績を叩き出した、体力バカが出ちまったんだよ」
神妙な顔で話を聞くスフィルの小さな鼻先に、ティガルはビシリと指を突き立てた。
「お前だよ、相棒!」
「ボクですか」
ティガルは口疾につづけた。
「だから教官は、今回、難易度をハネ上げたんだよ。通常通りのヌルい難易度じゃ、試験にならねえってことでな!」
「でもそれを言ったら、ボクだけのためとは限らないですよ。あの試験で『秀』だったのは、ボクだけじゃないですし」
10日前、王都郊外のムアル山脈で、長期忍耐力をはかる合宿試験が行われた。
三日間にわたって山の中で護衛を続けるという内容で、昼夜問わず気が抜けない状況に、かつてないほどに神経を消耗 させられる試験だった。今まで鍛え上げてきた個々の護衛スキルよりも、自分の精神力と戦わなければならないという点で、受験者たちを大いに苦しめたのだ。
ただ幸いなことに、毎日欠かさずに自主訓練することを日課としてきたスフィルにとっては、長時間にわたって集中力を持続させることは、さほど難しくなかった。その試験の結果に関しては、元々のまめな性格が、たまたま試験の性質に合っていたのだろうと思っている。
だが、ありえないのは「もうひとり」のほうだった。スフィルと並んで「秀」を獲った訓練生こそが、真のバケモノだったのだ。
長時間にわたって集中を持続させるため、集中力をコントロールしていたスフィルに対して、彼は最初から最後まで、訓練場となった山を元気に駆け回っていたらしいのだ。自慢の筋肉と体力に恃みをおいた、狂気のゴリ押し作戦といえる。
通常ならそんなやり方がまかり通るはずのない耐久試験が、あろうことか彼の場合は、まかり通ってしまった。その狂気のほどは、ハーナム教官をして「想定外の事態だ」と言わしめたほどなのだ。
呼び名は、イェルマヒム・イクウィサナク。長いので、「エルマ」の愛称で呼ばれている。
同期だが三年年上の訓練生で、基礎訓練時代から常にトップの成績をキープする、今の憲兵学校で唯一無二の優等生だ。
「どちらかというと、バケモノなのはボクよりエルマ君ですよ。この試験のセッティングを訓練生の実力に合わせてるとしたら、間違いなくエルマ君のほうです」
スフィルは合宿訓練の帰り際、爽やかな笑顔で肩に野鹿を担いで山をおりてきた筋肉質な好青年の様子を思い起こしながら、げんなりと息をついた。
彼と同じ班だった訓練生に聞くところによると、イェルマヒムは自分の身長ほどもある野鹿と格闘し、素手で捕らえたらしい。その時は皆、称賛をとおり越して、彼に引いていたという。
「いやいやお前、もしかして自覚ねーの? お前も充分に『バケモノ』だからな? あの合宿試験のとき、ピンピンしてるお前らを見て、教官が『狂気を感じる』とかつぶやいてたからな?」
「でもボクはまだ、《青獅子隊》の皆の、足元にも及んでませんし……」
ティガルはやれやれと首を横に振った。
「その目標の高さからして、規格外なんだっての。ったくお前は、もっと自覚ってモンをもてよ!」
ティガルがグリグリと頭布を小突いてきたが、スフィルは半ばうわの空のまま、曖昧な返事をした。
「でもだからって、教官がわざわざ『秀』を取ったふたりだけのために、ここまで手の込んだことをなさいますかね」
「いや、質の高い護衛官を育てるためなら、あの教官ならどこでもするだろ」
そう答えたのはノワンだった。「現時点で、ハーナム教官が急に難易度を上げる理由は、それ以外には思いつかねえな。ちょうど助っ人に呼んだのが、お前が尊敬する《青獅子隊》だし」
彼が珍しくティガルに同調したということは、それほどにティガルの唱える説が最も現実にありそうだと、ノワンが判断したからにほかならない。
「良かったじゃねーか。それだけお前が教官に期待されてるってことだろ。お前の本当の実力を《青獅子隊》に見せるためなら、オレも文句言わずに、正面から挑んでやるかって気になるってモンだ」
やる気を見せたティガルは、うつむくスフィルの背をポンと叩いた。
「それにこの試験、お前にとっては相当有利なんだぞ。オレらにとっては確実に死ねる試験でも、陸軍の兵法に詳しいお前にだけは、まだチャンスがある。教官はそういうトコもひっくるめて、お前の実力を見せるためにセッティングしたんだぜ、きっとよ。――だから元気出せって、スフィル」
正直、気が滅入る。
教官の厚意はありがたいが、それでも《青獅子隊》のあの少年とは、頭脳に差がありすぎるのだ。
「元気出してる余裕はないですよ。彼に勝てるビジョンが、まったく視えないんですから」
「でも逆に考えろよ、スフィル。お前との思想が『似てる』ってことはだ。理論上、一番相手の裏をかきやすいのもお前ってことだろ」
スフィルは重々しく首を振った。
「悔しいですけど、ボクが考えつくことは、大体向こうも考えつくから、いともたやすく対策を練られてしまいます。現に、今回の敵役の公安たちだって、カンペキに東方兵法の理論に則って配置されてるんです!」
本当はこんなことを言いたくない。よりによって、自分の得意分野で負けを認めなければならないのだ。
悔しさに、うつむくスフィルの拳が震えた。
班長がこの有様では、チーム皆の士気が下がってしまうだろう。なんとか打開策を提示しようと考えるが、つい先ほどの完敗から間もない今、頭にはその時の恐怖が、巨岩のような重さをもってのしかかっていた。
ふと相棒ティガルを見上げれば、彼の目は淀んではいなかった。それどころか、まるで教官にイタズラを仕掛けた直後のように、その天邪鬼な目は笑っていた。
「どうしたんですか、ティガル」
意味ありげに笑みを浮かべる相棒は、まるで言質をとったとばかりに、ゆっくりとスフィルの言を繰り返したのだ。
「お前今、『カンペキに』って言ったよな」
ティガルはなにか秘策を思いついたとでも言いたげに、スフィルを見下ろした。




