外伝22話:脱出不可能な迷路 -elMedmzje Dax'Jedas-
'20.01/29 この章でついにプロットにまで手を加えてしまいました……つい。結末を変更する予定はありません。
'20.08/30 表現を一部修正。
'20.09/13 演出を少し変更。大まかな流れに変更はありません。
外伝22話:脱出不可能な迷路 -elMedmzje Dax'Jedas-
* * *
「よし、じゃあまずは、敵の目をかいくぐって任務成功するための作戦を――と、言いたいところですが。その前にまず、公安の意図を探らなきゃですね」
スフィルたちは現在、倉庫の裏の日陰に集まっていた。その場には、見張りについているダカ以外の全員がいる。
敵役に関する情報を整理しようと、スフィルが皆を集めたのだ。
「今から作戦立てるんだろ。公安が協力してる理由なんて、こんなときに考えることか?」
声を上げたのは、護衛対象のエズレだった。彼は一応その場にいながらも、倉庫にもたれながら座り込み、傍観者とばかりに気だるげに頬杖をついていた。
「作戦を立てる際に、敵の意図を把握することが必要不可欠なんです。間違った仮説の上に作戦を立ててしまったら、それが致命的なミスに繋がる可能性があります」
「大丈夫だぜ、エズレ。スフィルの能力を信用しろよ。コイツは三角勝負のひと勝負ですら負けねえほどの、ゲームの天才だ」
ティガルがそれをよく知るのは、彼がこの三年間、未だに一度もスフィルに三角勝負で勝てたことがないからだ。
「説得力ないですよ。三角勝負なんて、ただの運だってのに」
「事前に相手の出す手の傾向を調査して、把握しておくんですよ。――情報を制す者がゲームを制す、ってね」
ゲームの話をして思わず浮かんでしまったスフィルの笑みを見て、エズレはぞっとしたようだった。
「ゲームと護衛を一緒にすんなよ! これだから護衛素人は……」
早口でそう言うと、フイと顔を背けて黙り込んでしまった。
「それでスフィル、ぶっちゃけ公安って、なんで試験に協力してんだろうな」
憲兵13課一の上品課と下品課という両極端に位置するためか、警護課と派遣公安課の仲は良くない。その程は、普段関わりなどないはずなのに、日常的に悪口を言い合う程度である。
ゆえに、仮に警護課の教官が協力を要請したとしても、彼らに突っぱねられることは、容易に想像できる。
「奇妙だよな。あの頭の腐りきった下劣な連中が、善意で俺たち警護課を手伝うワケがねえってのに」
「だよな。あの汚え戦闘狂どもが、オレたちに協力するハズねーよな」
ノワンとティガルは珍しく同調し、容赦なく派遣公安課をこき下ろした。個人的な確執があるほどの関わりはないはずなので、彼らは純粋に、警護課のプライドとして公安と反目しているのだろう。
スフィルは今朝からの試験における敵の戦略を、改めて思い返していた。
組織だった行動。迷路にあますところなく張り巡らすように配置された、見張り兵と見廻り兵。まさに「合理的」、その一言につきる戦略性。
敵の動機は不明だが、それでも敵指揮官が、陸軍の戦略に通じた人間であることは間違いない。
「そういえばボク、敵の戦略に、ひとつだけ思い当たるフシがあるんです」
皆が注目するなか、スフィルはぽつりとひとつの単語を放った。
「皆さん、『東方兵法』って、ご存知ですか」
瞬間、ティガルとノワンの顔色が変わった。
「お前、それってまさか――」
ティガルが言いかけたとなりから、ゆっくりとつぶやく声が聞こえてきた。
「とーほーへーほー……」
全員が振り返るなか、顔をしかめて首を捻っていたのは、護衛対象役のエズレだった。
「マジかお前。また知らねーとか言う?」
「悪いですか。言っておきますけど、俺は生まれながらに……」
「はいはい、世間知らずな護衛エリートお坊ちゃまだろ。知ってるっての」
おちょくるティガルに対して、エズレは黙ったままフイと顔を背けた。
ティガルは笑いながらも、東方兵法について、後輩に端的に説明した。
「兵法ってのは軍指揮の基礎理論で、いわば戦争に勝つためのガイドラインのようなモンだよ。王国陸軍では、東大陸で発達した兵法理論を、指揮官養成プログラムに採用してんだ。それが『東方兵法』。要は歴戦の王国陸軍御用達の戦略体系ってこった」
「な……っ?!」
エズレはそこで初めて、驚きに目を見開いた。
「つまり敵は、戦争に使われる理論で動いてるってことか?!」
「はい。先ほどから彼らは、その基礎理論に忠実に、兵力を置いているように見受けられます」
「なにかの冗談だろ、そんなの……」
エズレはようやく、「東方兵法」の意味のもつ深刻さを悟ったらしい。
その場で押し黙るティガルやノワンとは違って、彼は率直に怒りをあらわにした。
「何なんだよ、今回の試験は! ただの護衛試験のはずが、なんでいつの間にか、王国陸軍の戦争に巻き込まれてるみたいになってんだよ! 一体なにがどうなってんだ!」
「わかりません。でもひとつ言えるのは、敵指揮官は『東方兵法』を知っている人間で、しかもかなり本気で試験に参加してきているってことです」
本気でなければ、あれほどの兵力を動員して連携させることなどしないはずだ。
ティガルがため息とともに、遠い目をした。
「それにしても、関わってるのが陸軍ってのがな。今思えば、ヒントはすでに出揃ってたんだな」
「ヒント……?」
太い眉をひそめたエズレに、ティガルが解説した。
「ああ。さっき撤退する前に聞いた、音の信号だよ。あん時は逃げるのに必死でよく考えなかったけど、スフィルは確か、あれが『陸軍の信号』だって言ってたよな。それを今思い出したんだよ」
たしかに言われてみればそうだと、スフィルは回想した。あのときはティガルと同じく、スフィルも緊迫した状況で冷静に考えることができなかったが、今思えば、敵が陸軍の系譜だと考えるのに充分な判断材料だ。
「それで――ここからが本題なんですが」
スフィルはそう前置きしてから、各々の顔を見つめた。
「敵が東方兵法の基礎理論に忠実に兵を置いているとすれば、おそらく――敵と接触せずにこの迷路を脱出することは、不可能です」
「何、だと……?」
ティガルは目を見開いたまま固まった。
「少なくとも、この敵指揮官なら、そのように陣形を立てていると見て間違いありません」
「ってことはよ、スフィル。どんなに隠れながら行ったとしても、あの数の公安の連中と、必ずどこかでやり合わなきゃならねえってことか」
「そうなります。徹底的に相手の退路を断つのが、東方兵法の基礎理論ですから」
「脱出不可能な迷路――か」
忌々しげに吐き捨てたノワンの言を最後に、全員は遠くの地面を眺めて沈黙した。皆、どうしたものか考えていたが、答えが出ないのは同じだった。
最初にその沈黙を破ったのは、護衛対象役のエズレだった。
彼がぽつりと言ったのは、最も単純にして、今この場の誰も考えなかった答えだった。
「諦めればいいだろ」
「なんだと?」
ティガルが穏やかでない表情を浮かべたが、エズレはそのままつづけた。
「だって、つき合ってられないだろ、陸軍だぞ! 憲兵学校の訓練では、ある程度は怪我を負わないよう安全ルールが設けられてるのに、陸軍にはそれがないって聞いたぞ。もうおれたちに太刀打ちできる相手じゃないんだよ! あんたたちもそれを知ってるから、さっきから暗い顔して黙ってんだろ! もうこの際、潔く諦めろよ!」
「いいえ。諦めません」
頑なに言ったスフィルの胸ぐらに、エズレが掴みかかった。激情に駆られたというよりは、どちらかといえば必死な様子だった。
「ふざけんなよ! 安全ルールのないアイツらに、何されるかわかんないんだぞ! お前らはただの護衛だからいいだろ。でもおれは、そんな危ない連中に狙われてんだぞ! 一番危険なのは、お前らじゃない! 護衛対象のおれなんだよ!」
彼が必死な理由が、ようやくわかった。彼は何よりも、陸軍の兵士たちに自分が危害を加えられることを恐れているらしい。
「大丈夫です、エズレ君。殿下の御身は、絶対にボクたちがお護りします。敵が陸軍でも公安でも、関係ありません。――信じていただけませんか」
「イヤだね! 戦いの場数が違う相手に囲まれてんのに、平気でそんなこと断言できるヤツを信じられるかよ! 『絶対護る』はお前のただの願望でしかないし、無責任な願望を、さもそれらしい根拠のあることみたいに言うんじゃねえよ!」
「エズレ君には絶対に、指一本触れさせません。これは願望ではなく、護衛官としての信条、そして覚悟です。『死してなお対象の御身を護れないようでは、護衛官たる資格はない』――ですよ、エズレ君」
「ハッ、親父の引用かよ」
エズレは胸ぐらを離すと、ウンザリとばかりに側方を向いた。その頬には、無機質に縁取られた笑みが浮かんでいた。
「ちなみに良い知らせだぜ、スフィル。良い成績で卒業したいってんなら、もう充分だ。親父はもう、充分お前を認めてる。お前のこと、『バケモノの再来』とまで言ったんだぜ、あの仏頂面の鬼親父がよ」
「ハーナム教官が、そんなことを……?」
そういえば先ほども、ハーナム教官が《青獅子隊》に、スフィルを紹介してくれたと言っていた。
普段の厳かな態度からは想像もつかないが、教官は本当に、スフィルを認めてくれているらしい。嬉しさに、思わず頬が緩む。
エズレはそんなスフィルの様子を横目に、不機嫌に舌打ちすると、「とにかく」と続けた。
「お前がこれ以上、無理して任務成功する理由はなにもないってワケだ。どのみちお前は、すでに親父のお気に入りなんだからな。おとなしく諦めたほうが、痛い思いせずに卒業できるんだぞ。これからの進路も安泰ってワケだ」
「それは違いますよ、エズレ君。教官に評価していただけるのは嬉しいですけど、でも、まだまだですよ、ボクは。こんなんじゃまだ、ダメダメです」
まじめに返答したつもりだが、エズレはスフィルの様子を嘲るかのように鼻で笑った。
「ハッ、謙遜もそこまでくるとイヤミだよな」
「べつに謙遜じゃ……」
「充分にイヤミだろ。今の段階で総合成績二位の主席候補のクセして、ダメダメだと? あーあ、マジでムカつくヤツだよな」
エズレはつき合っていられないとばかりに両手をひらひらさせると、尊大な身振りでその場に座りこんだ。
スフィルは試験開始からずっと浮かんでいた疑問を、考えずにはいられなかった。
(この人、なんでボクの班の護衛対象役に立候補したんだろう……?)
お互い、相性が悪いのは一目瞭然だ。エズレがスフィルを理解できないのと同様に、スフィルも護衛界のエリートと自称する割に臆病な彼のことが、てんで理解できない。
事前に護衛対象役のエズレについて調べたところによると、エズレはハーナム教官の息子という輝かしい出自はあるものの、言われた以上の努力はしないので、普段の成績もぱっとするところがなく、常にそこそこの成績らしい。
その上、今は、陸軍に自分が危害を加えられることを、何よりも恐れている。成績以前に、それでなぜ護衛官を目指しているのかがわからない。
護衛官は常に、どこから襲ってくるかわからぬ死の恐怖と隣り合わせの仕事だ。彼は本当に、そんな危険な職を目指しているのか?
スフィルの目には、この護衛エリートを自称する少年が、本当に護衛官を志しているようには見えなかった。
「ボクが目指してるのは、王室護衛官なんです。ボクみたいなチビじゃ到底手が届かないほどの高みなんです。今のままじゃダメだってことは、自分が一番よくわかってるんです。――正直、わかんないと思いますよ、エズレ君には」
エズレは一瞬怒りに立ち上がったが、直後に相棒を貶されたティガルの、穏やかでない表情を目にしたらしく、またぞんざいに日陰に腰を下ろした。
どうやらエズレは、とことん反発はするが、暴力沙汰だけは大の苦手なようだ。
「と、とにかくだ! 陸軍と関わるなんて、おれはまっぴらごめんだぞ。あんな物騒な連中と関わると、ロクなことがない」
「そうはいっても、これはボクたちの試験なんですから、護衛対象はおとなしく従ってくださいよ。痛い思いはさせないと約束しますから」
「そういう問題じゃない。陸軍なんて、警護課には関係ないだろ。なんでおれたちが、そうまでして連中と戦わなきゃいけないんだ! 陸軍にツテのある護衛官なんて、親父だけで充分だっての!」
プロの護衛官になったら、敵が陸軍だろうと戦闘狂だろうと、躊躇する理由にはならない。なにを甘えたことを言っているんだと説教したくなったところで、不意にスフィルは、彼の言葉の一点に気がかりを覚えた。
「あの、ハーナム教官に、陸軍のツテ? どういうことですか」
「どうって――親父は昔、陸軍元帥の家の門下生だったんだよ。だから昔のツテは陸軍だらけだ。だからおれは、陸軍の連中に関してはちょいちょい知ってるぜ。あのゴリマッチョ共の、怖ぇのなんのって……」
スフィルは思わず、相棒と顔を見合わせた。ティガルも同じことを思ったらしく、その顔は驚愕に満ちている。
「おいおい、待てよ。話が繋がっちまったじゃねーか」
「え?」
「警護課の試験に、何の関係もない公安。そのふたつを結んでるのが、ハーナム教官の存在だってわけだ」
「ま、待ってくださいよ。親父は公安とは接点あるか知らないですよ」
「警護課と公安を結びつけてんのが、王国陸軍なんだよ。その陸軍を動かせる力をもってんのが、ハーナム教官ってことだろ」
「あっ」
「でも、教官にはそれが可能だとしても、そうする理由が思いつきません。どうしてハーナム教官が、わざわざ陸軍のツテを使って、他課の訓練生に協力させる必要があったんでしょうか」
「まぁ、それに関しては、推測できなくもない」
声を上げたのはエズレだった。
「あの鬼野郎、最近猫の手も借りたい忙しさなんだとよ。最近は卒業シーズンになると、家に帰ってこないしな。ここ数年で急にだから、おふくろがウソなんじゃないかと怪しんでたくらいだ」
「ははぁ。そりゃお前、きっとハーナム教官は、誰か新しい女と密会を――」
「んなわけないでしょう。教官が忙しくなったのは本当ですよ」
「マジで?」
面白がってありもしない噂をつくろうとした相棒を阻止して、スフィルはつづけた。
「聞いた話だと、ここ数年で、警護課の希望人数が倍ぐらいに増えたそうですから。訓練兵の人数が倍に増えたのに教官数が変わらなかったら、それはたしかに、例年より教官の仕事も大変ですよ。他課の手を借りたいと思うのも、必然のことではないでしょうか」
「それってアレか。あの『【不可侵領域】のカリエク様』の伝説のおかげ様で、警護課が人気になったって話かよ。――クソ、数年後にはオレの伝説で塗り替えてやるぜ」
「つまり教官は、猫の手も借りたい忙しさを払拭するために、他課の応援を要請した。通常なら絶対に手伝わないであろう公安でさえも、公安と縁の深い陸軍のコネを使えば、協力させることができた。――そういうことか」
冷静に分析するノワンのとなりで、ティガルが頭を掻きむしった。
「クッソ、あの鬼教官めええ! だからってよりによって、陸軍のコネで公安を応援に呼ぶことねーだろ!」
「いや、あの連中は、一番実際の犯罪者と似た連中だからな。協力をあおげるなら、ヤツら以上に敵役に適した連中はいない。実戦重視の教官らしいチョイスではある」
「嘘だろ……。この意味不明な試験の黒幕は、親父ってことかよ」
「となると敵の指揮官は、公安か――あるいは陸軍のヤツって可能性もあるか?」
「ええ。すくなくとも敵の指揮官が、陸軍指揮官としての知識がある人間であることは、間違いありません」
エズレは頭を抱えた。
「よりによって、陸軍元帥のコネだろ? あのクソ親父め! どんな大物でも引っ張り出せるレベルのコネじゃないか!」
スフィルは現役の陸軍人とは、故郷の叔父を除けば、未だかつて知り合いになったこともない。陸軍は、憲兵と同じ王国軍の組織といえど、まったくの未知なる存在だ。
それなのに、今そんな正体不明の陸軍指揮官に追いかけ回されていると思うと、ゾッとするものがあった。
不意に、ティガルが言った。
「なあ、それなんだけどよ。敵の指揮官が、陸軍とはかぎらねえんじゃねーか」
「どういうことですか」
「陸軍じゃなくても、陸軍の知識をもってるヤツはいる。お前だってそうだし、それに陸軍の従軍経験があるだけのヤツなら、ここにもいる。――いや、今しがたここにいた」
「まさか――」
ティガルの言わんとすることを理解して、スフィルは瞠目した。
その瞬間、脳裏に鮮やかに思い起こされたのは、透きとおった深い青色の瞳。《青獅子隊》の、あの少年憲兵の瞳だった。
「《青獅子隊》――?!」




