表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/72

外伝20話:奇妙な護衛部隊 -elCeksjun elRedan-

'20.01/29 一部演出修正あり。

'20.08/29 演出、表現に変更あり。

'20.09/13 演出を完全に変更してしまいました。

外伝20話:奇妙な護衛部隊 -elCeksjun elRedan-


 * * *


 王室護衛官たちが歩いていった先を見送ったのち、その場で立ち上がろうとしたティガルは、不意(ふい)に腹を押さえてふらりとよろけた。スフィルは(あわ)てて相棒の肩を支えた。


「大丈夫ですか、ティガル。これから動けますか」


「ああ、なんとかな」


 口角(こうかく)を上げながら苦しげにつぶやいたのち、(ふたた)び立ち上がったティガルは、(いぶか)しげにスフィルにふり返った。


「てかお前、なんで平気な顔して動いてんの? あの()りをまともに食らったんだろ?」


「いえ、ボクは平気です」


「その(わり)に、涙ちょちょ切れてんぞ。痛みじゃなきゃ何だよ、(あこが)れのカリエク様に感動して泣いたのか?」


「いえ、厳密に言えば、もう痛みが『引いた』んです。あの若い憲兵に見つめられてから、なぜか動けるようになって」


 スフィルは自分でも不思議(ふしぎ)なことを言っているとわかっていたが、それ以外に言いあらわしようがなかった。


「スゲーな、あいつ。魔法使いか」


「魔法なんて、さすがにそれはありえないでしょう」


「いや、わかんねーよ。古今東西(ここんとうざい)、あらゆる魔法の伝説があるんだ。魔法の絨毯(じゅうたん)や魔法のランプがあるなら、魔法の会計主任がいたって――いや、それはさすがにヘンだな。なんだよ『魔法の会計』って」


 ティガルは自分で言いながら、ケタケタと笑った。

 どうやら、いつものように冗談(じょうだん)を言って笑える元気はあるらしい。それを確認して、スフィルはひとまず安堵(あんど)の息をついた。これからの任務遂行(すいこう)支障(ししょう)はなさそうだ。

 しばらくすると、雑木林(ぞうきばやし)(くさむら)をかき分け、ノワンが警戒の色をにじませながら顔を出した。


「ったく、(だれ)かさんのせいで最悪の事態だぞ。まさかこんなゼロ地点から、スフィルの言うことしか聞かないダカと俺の二人だけで、体力カスのエズレ王子を護衛するハメになるとは……」


 ノワンは今まで、《青獅子隊》に見つからないほどの奥に護衛対象を連れて(かく)れてくれていたらしく、それゆえスフィルたちが脱落したと思い込んでいるようだった。


「いえ、大丈夫です。ボクたち、まだちゃんと生きてますよ」


「なんだと?」


 ノワンが驚きに目をしばたかせながらも、スフィルとティガルの腰の飾手拭(カツァフ)を見やった。


「ほう、あの(おそ)ろしく格上の相手に会って、殺されなかったとはな。俺の読みが(はず)れたか……」


 彼の読みの正確さに感心しながら、スフィルは言った。


「いえ、飾手拭(カツァフ)を取られなかっただけで、ボクらが見事に惨敗(ざんぱい)したのは間違いないですよ」


「言っとくがスフィル、俺は出ていこうとするこの馬鹿を止めたんだぞ」


(わり)ぃなぁ、ノワン。オレは止められると、尚更(なおさら)飛び出したくなる性分(しょうぶん)なんだよ」


「この天邪鬼(アマノジャク)め……」


 悪びれもなく笑うティガルに対して、ノワンは忌々(いまいま)しげに()き捨てた。


「あのですねティガル、今回助かったのは、本当に()()()()なんですよ。今回はただの試験で、本当にボクに危害が(およ)ぶわけじゃないことはわかりきってるんですから、ボクより護衛対象を護ることを優先してください。もし次無謀(むぼう)に飛び出したら、挽肉(ミンチ)決定ですから」


「ちぇーっ、わかったよ」


 スフィルが腰にさした小槍に手を当てながら()め寄ると、相棒は初めて降参とばかりに手を上げた。

 それからスフィルは、ノワンが(しげ)みの奥に待機させていたダカと護衛対象を(むか)えに行き、ダカにはこれから倉庫の前で見張りをするよう指示を出した。ダカはいちばん五感が(するど)く、とりわけて目がいいので、敵が来ればすぐに察知(さっち)できる上、武器が遠距離から攻撃できる弓なので、見張りに向いているのだ。

 スフィルがエズレを連れて倉庫裏に戻ってくると、ノワンが呼びかけてきた。


「おい、スフィル」


 彼は廃棄武器庫の壁に背をもたれて腕を組みながら、スフィルに対して深刻な表情を向けていた。


「まさかお前、これから任務成功を目指したいとか考えてねえよな」


「えっ?」


「その目。さっきまでとは面構(つらがま)えが違うよな。強敵に(いど)むこと考えてるときの顔だろ」


 スフィルは一瞬、言葉に()まった。

 相棒ティガルならまだしも、ノワンとはそれほど行動を(とも)にしているわけでもないので、まさか思考を見抜かれるとは思わなかったのだ。

 スフィルは咄嗟(とっさ)に、顔に張りつけたような笑みを浮かべた。


「あの……ボクって、そんなに表情読みやすいほうでしたっけ? 一応、ポーカーフェイスは得意だと自負(じふ)してるんですが」


「ゲーム中のお前の思考は読めねえが、すくなくとも、闘志(とうし)(かく)せてねえぞ。今、かすかに笑ってたのは無自覚か?」


「えっ、ボク笑ってました?」


「やっぱり気づいてなかったのか、お前」


 (あき)れ顔で言ったノワンは、やがて長い前髪で(かく)れていないほうの目でスフィルを見据(みす)えて、(まゆ)をひそめた。


「まあそんなことはどうでもいいが、本当に(あきら)めずに『やる』つもりなのか。任務成功まで」


 日に焼けたノワンの顔は、(あき)らかな嫌悪(けんお)をあらわにしていた。

 スフィルは最初、ノワンがまたスフィルの身を案じているのかと思ったが、すぐにそれはないと思いなおした。点数を(かせ)ぐために途中であえて戦闘に入るよりは、ゴールを目指すほうがよほど、安全性が高いと言えるからだ。

 であれば、反対する理由は、彼自身の事情からくる懸念(けねん)以外にないだろう。

 ノワンには、入学当初から希望している進路がある。

 彼の故郷である月神(アルクレン)州の、憲兵本部署の警護課。

 月神(アルクレン)州首長を筆頭に、一州を動かすレベルの要人を警護する部隊である。月神(アルクレン)はかなり大きく、(ゆた)かな州なので、護衛にもかなり高いレベルが要求されるだろう。

 入隊難易度としては、最もレベルが高いこの学校の卒業生で、総合成績の上位12人に入らなければならない程度。

 ゆえに、絶対に変なリスクは()わず、少しでも堅実(けんじつ)に成績を取っていきたいというのが、ノワンの一貫(いっかん)する姿勢である。


「その、さっきまでは、任務を(あきら)めて点を取りに行ったほうがいいと思ったんですけど……」


 わかっている。堅実(けんじつ)な目標をもつ彼に、スフィルがいくら「(あきら)めないのがポリシーなんだ」、「先ほど(あこが)れの人にそう約束したんだ」と(かた)ったところで、彼の心を動かすことは不可能だ。

 それでもスフィルは、真摯(しんし)な目を向けた。


「ノワン君、やっぱり、最後まで任務成功を目指そうと思います。どうしても、(あきら)めたくないんです」


 (あん)(じょう)ノワンは、深いため息をついた。


「やれやれ。お前は途方(とほう)もない夢を追いかけてる(わり)に、まともに現実的な判断ができると思ってたんだがな。そこの天邪鬼(アマノジャク)馬鹿にでも感化されたのか?」


「テメエは一々(かん)(さわ)る言い方しかできねーのかよ」


 横から()め寄ってきたティガルを一瞥(いちべつ)すると、ノワンはスフィルに視線を戻して淡々(たんたん)と言った。


「言っておくが俺は、どこぞの馬鹿と違って、狂気じみた()けには乗るつもりはさらさらない」


「なんだと」


 (たが)いを(にら)みつける二人は、すでに一触即発状態になっていた。


「やめてください、ふたりとも!」


 スフィルはすぐにふたりのあいだに()って入った。


「ノワン君、約束します。絶対に無事に殿下をお護りして、任務達成してみせます。協力してくれませんか」


「策はあんのか」


「今はまだありません、でも」


 スフィルの言をさえぎって、ノワンがあからさまに落胆(らくたん)の息をついた。彼は(はな)から、まともに説得(せっとく)を聞く気がないようだった。


「やれやれ。そんな案によく()けたな、このバカは」


「だからテメエはそうやって……」


「やれよ」


「え?」


 ノワンが小さく発した言葉に対して、スフィルは思わず聞き返していた。


「言っておくが俺は、絶対に()けには乗らない。だがスフィル、お前が『できる』と言ってできなかったことは一度もねえだろ。お前の『できる』は信頼に(あたい)する。――いいか、これは()けではなく信頼だ」


「ボクを、信じてくれるんですか……?」


 まただ。また、目頭が熱くなった。

 王室護衛官になると言って(はばか)らない、最年少のチビな子供。カリエクに(あこが)れて「全科目(オール)(アハル)』を取る」と豪語(ごうご)していた時期もあったが、結局それは(かな)わなかった。

 その時スフィルは相当(そうとう)(くや)しがったが、達成できなかったことを非難する人間はいなかった。同時に、一緒に(くや)しがってくれる人間もいなかった。誰もスフィルにそんなことが可能だとは、(はな)から思っていなかったのだ。相棒ティガルでさえ、さすがに無理だと思っていたらしい。

 だからこそ、わかる。無理だと思われる状況で、スフィルの能力を信頼してくれることが、どれほどに得難(えがた)く価値のあることか。

 それになにより、ノワンは生粋(きっすい)の現実主義者なのだ。つまりは彼が、スフィルの主張が現実的だと判断してくれたということに(ほか)ならない。ぶっきらぼうでも、しっかり日ごろの(おこな)いを見て評価してくれているのだ。

 (うれ)しさに力が()いてくるとともに、じわりと涙が(にじ)んでくる。

 こみ上げる熱いものをなんとか(おさ)えながら、スフィルはぎこちない笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、ノワン君」


 素直(すなお)に伝えれば、ノワンはなぜか、フイと側方を向いてしまった。


「ノワン君……?」


 ぎこちない笑みのせいで、気分を害させたのだろうか。長い前髪で(かく)れているせいで、横を向いた彼の表情は読み取れない。じっと見ていると、ノワンはぶっきらぼうに言った。


「べつに、面と向かって感謝されるいわれはない。やり方が何であれ、俺は当初の希望どおり、月神(アルクレン)州憲兵本部署の警護課に入れれば文句はねえ。お前が指揮する班ならそれができる。――そう思っただけだ」


「ノワン君……」


 感動して見上げていると、彼はさも居心地(いごこち)が悪いとばかりに前髪を()き上げながら、「ああもう」と、苛立(いらだ)たしげにつぶやいた。


「ホント無防備(むぼうび)で危なっかしいヤツだよな、お前!」


「ええっ? でも一応、あえて敵と戦闘するよりは、任務成功を目指すほうが安全だと思いますけど……」


「そういう話じゃねえよ! クソ、お前がさっさと卒業してくれねえと、こっちの気がもたねえ……」


「ボクって、そんなに心配されるほど弱くないですよね……?」


 スフィルの反論を無視して、ノワンはいつにも()してぶっきらぼうに言った。


「そんなことはいい! それよりお前、任務を成功させると豪語(ごうご)すんなら、なぜこの試験に派遣公安課なんかが関与してんのか、見当ついてんだろうな? 作戦を立てるにも、敵の意図(いと)を知らなきゃできねえだろ」


「ええ、それはそうなんですが――」


 ノワンを落胆(らくたん)させることはわかっていたが、正直(しょうじき)白状(はくじょう)するしかない。


正直(しょうじき)なところ、まったく理解を超えてます。派遣公安課なんて、そもそも普段、まったくウチとの接点がないですし……どう考えても、ボクたちの試験を手伝ってくれる理由がないんですよ」


 憲兵13課一の上品課と下品課という両極端(りょうきょくたん)に位置するためか、警護課と派遣公安課の仲は、日ごろからよくない。ふだん関わりなどないはずなのに日常的に悪口を言い合う程度には、互いに(きら)い合っている。

 彼らとはただ接点がないどころか、仮にこちらが協力を要請(ようせい)しても、()っぱねられることが容易に想像できるほどに仲が悪いのだ。


「それに《青獅子隊》は、なにか目的があって来ているように見えましたし……」


「《青獅子隊》だと?」


 眉をひそめたノワンに、そういえば彼にまだ言っていなかったと気づく。

 スフィルは先ほど起こったことを、かいつまんで話した。


「こんなところに、《青獅子隊》が来たってのか……?」


 ノワンは驚きに目を見開いたのち、木陰で休むエズレのとなりで木にもたれかかる、ティガルにふり返った。


「お前、事前になにか聞いてねえのか」


 ノワンの問いかけに、たしかに、とスフィルも相棒にふり返った。

 気さくで交友関係の広いティガルは、憲兵学校一の情報通である。

 それに加えて、彼の家は代々宮内(くない)省に(えん)のある家柄らしく、よく親戚(しんせき)から、スフィルに王宮の情報を仕入れてきてくれる。

 今回のことも、《青獅子隊》が王宮に勤務する部隊である以上、ティガルが何らかの事前情報を(つか)んでいてもおかしくはなかったが、彼は《青獅子隊》がいなくなった先を(なが)めなら、首を(かし)げただけだった。


「実は教官のあいだで、(うわさ)はあったといえばあったんだぜ。今日、王室護衛官が試験を観に来るって(うわさ)はな」


「それ、ホントですか!」


 言外に、なぜ言ってくれなかったのかと問えば、ティガルは身振り手振りで弁解した。


「だって考えてもみろよ、王室が実務経験のない訓練兵を護衛官に採用するワケねーんだから、そんなの百パー、デマだろ」


「実際デマじゃなかったじゃないですか」


「いやいや、仮にオレがお前にそれ言ったところで、お前信じたか?!」


「いえ、それはたしかに――デマって考えたと思います」


「だろ? ったく、天下の王室護衛官様が、こんな憲兵学校なんかに、一体何の用があるってんだ」


「つまり、連中の目的はまったくの謎、ってことか」


 ノワンはますます不可解(ふかかい)な顔をした。


「まずそいつら、本物だって確証はあるのか?」


「あります。紋章をこの目で確認しましたし、それにあんなに戦闘経験が格上の人たちが、本物の王室護衛官以外で、そういるとは思えません」


「たしかに……」


 とノワンは考え込む仕草(しぐさ)をした。


「俺は一瞬しか見てねえが、あの長身の憲兵を前にしたときは、正直(しょうじき)足がすくんだ。これが試験で良かったと心の底から思ったほどだ。――なるほどな、あれがウチの警護課の、元祖(がんそ)『バケモノ』か」


「あっ、でも! 言うほどバケモノって感じじゃなくて、意外とちゃんと人間っぽい方でしたよ。想像を(はる)かに上回るかっこよさで、感激していまいました」


 先ほどの感動を懸命(けんめい)に伝えようとすると、ノワンが目を細めて見下ろしてきた。


「お前がどんなのを想像してたのか知らないが、さすがに人間としての原型(げんけい)をとどめてないとは思ってねえぞ、俺は」


「それはそうなんですが、なんかこう、他を寄せつけない貴公子様って感じの雰囲気(ふんいき)で、とにかくカッコよかったんです……!」


「フン、『貴公子様』なんか、そんなに魅力(みりょく)的かよ」


 ()き捨てるようにつぶやいたノワンは、一瞬機嫌(きげん)を悪くしたようだった。


「ノワン君……?」


 心配して見つめるスフィルに、ノワンはぞんざいに手を振った。


生憎(あいにく)俺は、金持ちと権力者と公職の人間が大(きら)いなんでな。貴公子様なんて、想像しただけで反吐(へど)が出る」


「そんなに(きら)うことないのに……」


 金持ちと権力者と公職の人間が(きら)いだと(しょう)するこの同僚(どうりょう)は、実際には護衛官である彼自身が、金持ちと権力者を護る公職の人間である。

 その不思議(ふしぎ)な自己矛盾(むじゅん)には、スフィルは首をひねるしかない。


「貴族のお坊ちゃまなんか、ロクなヤツがいねえからな」


 ちらりとティガルを見やりながら言ったノワンに、


「オイ、テメエ。それはオレのことか?」


 すかさずティガルが、聞き捨てならないとばかりに、片眉を()り上げた。


腑抜(ふぬ)けた貴族のお坊ちゃまなど、憲兵学校にお前以外に(だれ)がいる?」


「なんだとテメエ……」


 ティガルが大股でこちらに歩いてくる。

 いとも簡単に緊迫(きんぱく)した空気になった二人の間に、スフィルは(あわ)てて割って入った。


「はいはいはい、『貴族』ではなく『官家』ですよね。わかったから喧嘩(ケンカ)しない!」


 ティガルによれば官家とは、数百年前から王家に(つか)える、旧爵位(しゃくい)のある家柄の総称らしい。革命で(たお)された先王家の時代から(つか)えている古い家もあれば、今のエルトワイカ王家になってから(つか)えはじめた、比較的新しい家もあるという。

 一般人には馴染(なじ)みがないので、皆によく「貴族」と(しょう)されるのだが、ティガル本人はそれが気に食わないらしい。


「いいか、オレはなぁ、変な偏見(へんけん)で『貴族』とか『お坊ちゃま』とか言われると、モーレツに腹が立つんだよ! 官家は古い時代の貴族と違って、べつに特権も領土もねーし、金持ちとも限らねえってのによ、お前らときたら、どうせカネ持ってるとか、(たの)めば大体融通(ゆうずう)がきくみたいな、謎の偏見(へんけん)でオレにたかってきやがってよぉ……」


 ティガルはよく、それが原因で怒っているので、その情報は警護課の皆が知っている。それでも彼に面と向かって「貴族」「お坊ちゃま」と呼ぶ人間がいたら、その目的はティガルを(あお)る以外にない。


「そうかそうか。なら俺は、お前のような『貴族のお坊ちゃま』が目の前に存在していると、モーレツに腹が立つ。ま、任務上協力は()しまねえが、くれぐれも俺たちの足だけは引っ張るなよ、お坊ちゃま」


「ちょっ、ノワン君!」


 セリフからして、どう考えてもノワンは、ティガルを(あお)っていた。


「なんだとゴラァ! もういっぺん言ってみやがれ、このぼっち野郎!」


「俺は『くれぐれも俺たちの足だけは引っ張るな』と言ったんだが、聞こえなかったか? お得意の貴族のコネで、良い耳鼻科(じびか)でも紹介してもらったらどうだ」


「テメエ、いい度胸じゃねーかよ。任務中にチームメイトを侮辱(ぶじょく)してそんなに楽しいか? 『足を引っ張るな』はこっちのセリフだぜ。チームプレイができない、メーワクな劣等生のクセによ! そんなにオレに刻まれたいってんなら、テメエの気障(キザ)ったらしい顔を、いくらでも切り刻んでやるぜ?」


「できもしねえことを、(えら)そうに」


 極限まで()め寄ったふたりの横腹に、スフィルはすぐさま無言で小槍を()き立てた。


「っ()えスフィル! 何すんだ!」


「任務中に喧嘩(ケンカ)するなって、ボクさっき言いましたよね?」


 まったくの真顔で言えば、()め寄ったふたりは、ギクリと目を見開いた。


「まずはノワン君、お金持ちと権力者と公職の人間が(きら)いなのは知ってます。なのにその全員と関わりのある護衛官という職を選んだ以上、任務中にその私情を(おさ)えて行動する覚悟くらいできてるんでしょう」


「……ああ」


「なら、行動だけでなく言葉も(つつし)んでください」


「……ハイ」


 有無(うむ)を言わさぬ調子で言えば、ノワンはしっかりと(かしこ)まって言った。


「で、ティガルはいちいち反応(はんのう)しない! 最年長なんですし、任務中は多少ムカついても我慢(がまん)してください」


「でもオレ、そういうの我慢(がまん)できねー性質(タチ)っつーか……」


「これからプロの護衛官になるんでしょう! そんな幼児みたいな性質(タチ)主張しないでください」


 ビシリと言いきれば、ティガルは口をすぼめ、傍目(はため)からもよくわかるほどしゅんとした顔をした。言動が率直(そっちょく)なところが、スフィルの思うこの相棒の美点だが、それで任務に支障(ししょう)が出るなら仕方がない。


「護衛で大切なのは信頼関係です。チームメイトである以上、たとえ相手が鬼でも悪魔でも、信頼し合ってもらいます。いいですね、これは班長(リーダー)命令です」


 ティガルとノワンは、一度ちらりと相手の顔を見やると、やがて深く息をついてから言った。


「了解、班長(リーダー)


 チームがまとまっていなければ、任務成功するものもできない。


「ティガルの【天邪鬼(アマノジャク)剣術】とノワン君の【変幻速攻】、どっちもチームになくてはならない力です。そのバケモノっぷりに、ボクは期待してるんですからね!」


 実を言えば、このふたりの能力には、めちゃくちゃ期待している。

 任務以前に、そんなふたりの能力を引き出せずにこの試験が終わってしまうのが、スフィルは何よりももったいないと思うのだ。

 そんなスフィルの思いを察したのか、ふたりは顔を上げると、


「ああ、期待してろ」


 と、はにかんで笑った。

 どうやら、真剣に心を入れ替えてくれたらしい。

 もとが表情豊かなティガルはともかく、あのつっけんどんなノワンまでそんな表情をするんだと、スフィルは新鮮な驚きを感じていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ