外伝13話:真偽の邂逅(前編) -Las'ajrtur elQawam-
'19.12/17 演出変更。
外伝13話:真偽の邂逅(前編) -Las'ajrtur elQawam-
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「任務成功を諦めても、道はある。高成績を残せる道は、まだあるってことです」
「どういう意味だよ。成績を残すには、任務成功が必要だろ?」
「いいえ。実際は、そうじゃないんです。この試験の採点方法には、『穴』があります」
「穴だと?」
「単純に、この試験の配点制度による『抜け道』です。実はこの試験、任務成功における配点はそれほど高くないんです。通常は任務成功が前提条件のような簡単な試験だからこそです。受験者が全員成功できるのに、成功における配点を高くしたら、成績を差別化できないですから」
「ってことは、たとえ任務成功できなくても、成績をそう落とすことはないってことか」
「ええ。それどころか、場合によっては、ただ任務成功するよりも高い点数を獲得することも可能です」
先ほど、「もしや」と思って、配点に関する知識と照らし合わせながら算出したのだ。すると、意外にもかなりの高得点を狙えることがわかった。
「今配点から計算したんですが、最後まで諦めずに逃げ回ってから力尽きて脱落するよりも、たとえ中盤で脱落したとしても、上で観てる試験官の前で華々しい活躍をして散ったほうが、総合点数が高くなります。試験の評価項目に『接近戦闘能力』を筆頭とした、戦わなければ評価のしようがない項目が多く含まれているからです。結果的にそれらの評価点が、無事任務成功した時にのみくだされる評価点を上回る。つまり、どうせ脱落するなら、序盤だろうと中盤だろうと、華々しく映えある形で戦ったもん勝ちというわけです」
護衛対象を殺させてでも戦う選択をしたほうが、最後まで護りきるより点数が高くなるように、今回の試験はなってしまっているのだ。
「マジかよ。なんつーか、護衛官としては本末転倒だな、その評価方法」
「今回が特別なんですよ。これは想定外に難易度が高いがゆえに、意図せずにできてしまった『抜け道』です」
「てかお前、なんで知ってんだよ、教官たちの評価方法なんて」
「そりゃボク、本気で全科目『秀』を目指してましたもん。教官の評価法くらい、研究してて当然でしょう」
『秀』とは、ほんの一握りの、極めて優秀な成績を残した訓練生に与えられる評価である。いくら優秀な訓練生でも、全科目でその最高評価を与えられることは、ほぼ無理と言ってよく、この約百年の歴史を誇る名門憲兵学校の警護課ですら、過去に全科目で『秀』を獲った人間は、ただひとりしかいないほどの高みなのだ。
ティガルは肩をすくめながら呆れていた。
「ったく。さすがはオレの相棒ってトコだが、マジでよく目指したよな」
「だって、少しでも憧れの人に近づきたかったんですよ」
過去の警護課にたったひとり、そんな恐ろしい成績を叩き出した、「バケモノ」と恐れられるほどの伝説の卒業生がいた。
現在その護衛官は、「王国最強の護衛部隊」と名高いホムラ王子殿下の親衛隊――通称《青獅子隊》に所属しているらしい。奇しくも、スフィルが昔憧れたあの命の恩人の護衛官と、同じ部隊である。
――彼を目標にすれば、《青獅子隊》に入れる。
王子殿下の護衛官という雲の上の存在までの道のりを、明確に描き出してくれた存在が彼だった。
それからその卒業生の存在、そして彼が叩き出した伝説の成績は、スフィルの生きる目標になった。
もっとも結局、圧倒的に不利な体格差を克服することはできず、接近戦による戦闘技術などで『秀』を獲ることは敵わなかったが、それでも彼を目指したおかげで、現時点での総合成績は、警護課で二位。この試験で逆転することも十分に可能な、主席候補にまでのぼりつめられたのだ。その卒業生には、感謝してもしきれない思いである。
「その採点方法だが、正しいのか?」
突然のノワンの問いかけに、スフィルの思考は現実に引き戻された。
「例年と試験の難易度がここまで違うんだ。採点方法も違うって線はねえか?」
彼の懸念はもっともだが、おそらくその点は安心できる。
「いえ、それは大丈夫だと思います。教官は口が堅いのでなかなか配点を教えてくれませんでしたけど、代わりにセツナさんが今回の配点をこっそり教えてくれたんです。セツナさんはライバル班には当たりますけど、でもだからといってボクに嘘をつく人でもありません。この情報は信頼できます」
現在ほかの護衛班で試験を受けているであろう同期の少女の名を言えば、ティガルが納得したように頷いた。
「ああ、あいつ、護衛官一族なんだっけ。試験官のなかに親戚いるし、お前に負けず劣らずヤベエ分析のプロだし、まああいつなら、知ってて不思議はねーわな」
セツナはとにかく、頭がいい。ただ記憶力が高いというだけではない。どれほどの危機にも動じることなく、常に冷静な判断ができるという点で、彼女の言動には信頼に値する安定性がある。
彼女はスフィルが「嘘を見抜く」特技をもつことをよく知っているので、端からスフィルにだけは、決して嘘をつこうとしない。ムダなことはしない主義なのだ。ライバル班の班長であるスフィルに教えてくれた理由は単に、教えたところで、彼女の班が一番の好成績を獲ることに、何の疑いも抱いていないからだろう。
彼女から仕入れた情報をもとに作戦を立て直す価値は、充分にある。
「作戦のポイントは、目標をいかに早く、任務成功から、ひとりでも多く倒すほうに切り替えられるかです。ボクたち全員の体力の消耗が少ないほど、ひとりでも多くの敵を倒せるので、それだけ評価も上がります」
護衛というのは本来地味な仕事で、戦う状況に遭遇しなければしないほど望ましいのだが、これは試験なので、成績のためには、華々しくひとりでも多く倒すことが、何よりも望ましいのだ。
「あえて大勢の敵の前に姿をさらし、試験官に戦闘能力を見せる。短期決着になるので、エズレ君の負担も軽くなります。この方法は、諦めるのが遅くなればなるほど、体力を消耗すればするほど不利になる。ですから、退避場所で休息し、エズレ君の体力が回復し次第、すぐに作戦を決行します。いいですか」
「ああ、異論はない」
「スフィル言う通りだった!」
ノワンとダカが頷いた。残りのひとり――ティガルのほうを見やれば、彼は考え込んでいる様子だった。
「ティガル?」
「いや、異議はねーんだよ。それがお前の決定なら、そのまま作戦決行するぜ」
ティガルはしかし、そこまで言うと、急にその表情を険しくした。
「けどお前さ、本当にそれでいいのか?」
突然放たれた言葉に、スフィルは固まった。
「どういうことですか」
「『リアルに無理ゲーは存在しない』――それがお前の口癖だっただろ? 相棒のオレは知ってんだよ、お前の一番キライなことは、諦めることだってよ。だから聞くけど、最後の任務を諦めることになって、本当にいいんだな?」
ティガルは、スフィルの覚悟のほどを問うていた。
胸がチクリと痛む。
彼はスフィルの胸の奥のわだかまりを鋭く見抜いていた。見抜いていたからこそ、問うたのだ。
「諦めたくない……そんなの、ホントのこと言えば、こんなところで諦めたくないですよ、ボクは」
ティガルの真剣な目を見れば、スフィルは思いを率直に吐露することができた。
「でも、今回ばかりは、絶対に落とすわけにはいかないんです。皆の進路のためにも、そしてボクの夢のためにも、絶対に成績だけは落とせない。――『諦めたくない』っていうボクの個人的な思いを捨ててでも、ボクは王室護衛官になれる道を進みたい」
「自分のポリシーを捨てる覚悟はできてるんだな。このまま行って、絶対後悔だけはすんじゃねーぞ」
相棒の目を見て、深く頷く。
「少しでも、憧れの存在に近づきたいんです。全科目『秀』は無理でも、少しでもそれに近づけるなら、そこに向かって突き進みます」
「命の恩人じゃなくて、『伝説の卒業生』のほうか」
「もし彼なら――カリエクさんなら、きっとここで、情に流されず正しい選択をするはずなんです」
カリエク・イエナザラク。
8年前に、警護課の黄金世代を築き上げた、「バケモノ」と呼ばれた伝説の護衛官。
ティガルに言いながらも、スフィルは、警護課に進んだ直後のことを思い出していた。




