外伝01話:夜の街の少女 -Svereh qax HlenGhr-
'20.09/06 序章を全面改訂しました。それに伴い、完全新規エピソードになってしまいました。ご了承ください。
'20.09/10 少し情報を追加しましたが、主だった変更はありません。
この物語は、【会計術】✕【交渉術】=【事件解決】の、異世界王国ミステリー、
「機械仕掛けの焔~ご詭弁麗しき探偵王子ホムラの秘密帳簿~」シリーズの外伝。
砂漠の王国で、王室護衛官を志すひとりの少女と、仲間との絆の物語です。
外伝01話:夜の街の少女 -Svereh qax HlenGhr-
* * *
絢爛な行列が、賑やかな夜の街の大通りを進んでいく。
いくつもの馬車が縦に列をつくって並び、何人もの騎馬兵が、それを囲うようにして隊列をつくっている。
馬車はすべて箱型なので、中に乗る人物は見えない。その代わりに金で彩られたコーチに、いくつものランプの光に照らされて、奉血樹の幼木をかたどった紋章が浮かび上がっている。ここエル=イスカ連合王国の王家、エルトワイカ家の紋章だ。
この一行は、この国の王子様と王女様を乗せた行列なのだ。
「かっこいいなぁ……」
大通りに面した家の二階の窓から、その行列を見下ろしながら、9歳の少女スフィーリアは、感動のため息をもらした。
ここは王国の北の王都カルタゴから、山脈を越えて東に行ったところにある都市、目都。
古くから商業が栄え、常に王国で五本指に入るほどの大きな都市である。旅する商人たちのあいだでゲームが盛んなので、「ゲームの都」としても名高い。
陸上将棋、戯札、小槍当を筆頭に彼らが親しむゲームは数知れず、夜になると皆、自宅かあるいは友人の家にこもって、酒を片手にゲームを嗜むのが慣わしだ。
それゆえ夜の大通りはいつもは閑散としてしまうのだが、今日この日ばかりは、珍しい王子様たちの行啓を見送る見物人でごったがえしている。
先ほどからスフィーリアの目を釘づけにしているのは、きらびやかな軍服をまとった騎兵たちだ。金装飾の這った黒い短外套の上から、王家の紋章の描かれた肩掛けをまとっている。王族専属の護衛官で、「王室護衛官」と呼ばれるエリート軍人たちだ。
彼らはしっかりと隊列を組み、片時も周囲への警戒を怠らない様子だった。
(王子様を護るお仕事って、どんな感じなんかな)
少女は彼らの豪華な身なりよりも、彼らのその職務へのひたむきな態度に惹かれた。
強い人は、かっこいい。その力を誰かを護るために使う人は、めちゃめちゃかっこいい。
もしここへ、王子様の命を狙う賊が現れたとしたら、きっと王室護衛官たちは、瞬時に圧倒してしまうのだろう。そんな空想に心を躍らせるほど、彼女は人を護る仕事――殊軍人に憧れていた。
「やっぱ、軍人さんってかっこいいなぁ」
スフィーリアは窓の枠に肘と頭をもたげながら、王子一行の過ぎ去った先を、いつまでも眺めていた。
「スフィーリア」
突然うしろから呼びかけられた声に、彼女の意識は瞬時に呼び戻された。
暗い部屋の入り口に立っていたのは、彼女の父親だった。
「少しは反省したんか」
詰問口調で問いかける父に、少女は黙ったままそっぽを向いた。
少女は先ほど、父に連れられて行った社交パーティーを無断で抜け出したことで、父に謹慎を命じられていた。
「まったく、王子殿下もお越しになるほどの格式高いパーティーだって言っとるのに、それを勝手に抜け出すなんて、何考えとるんか。お前は将来、あの中のご子息の誰かのお嫁さんになるんやけん、ごあいさつぐらい、ちゃんとできんかったらどげんするとか」
威圧的に叱る父に対して、少女はうつむきながらぽつりと言った。
「わたし、お嫁さんじゃなくて、カッコイイ軍人さんになりたい」
「はぁ、また馬鹿なこと言うて……いいかスフィー、兵士は女に務まるような仕事じゃないったい」
「でもっ」
と、少女は初めて父を見上げた。「叔父さんは、『スフィーは剣の筋が良い』って褒めてくれたもん」
「あんのバカ、またウチの娘に余計なことを……」
父は片手で頭を抱えながら、退役軍人の弟への文句をひとりごちた。
「いいか、スフィー。そんなガキの夢は諦めろ。お前は将来、名家の旦那さんに愛される、いいお嫁さんになるったい」
ひとり娘を名家の嫁に出すのが、父の昔からの夢らしい。
なにも父の気持ちを無下にしたいわけではないので、スフィーリアは幼い頭で、懸命に折衷案をひねり出した。
「じゃあわたし、軍人さんになってから、お嫁さんにもなる」
「アホか。女軍人なんて可愛げのない娘、どこにも娶ってもらえるわけなかろうが」
せっかくの提案を、父は一刀両断した。まるで女の軍人には価値がないとでも言うような口ぶりに、スフィーリアはその場で黙り込んだ。
「いいか、お前は女の子やけん、軍人なんてなれっこないったい。そんな夢なんか捨てろ」
「女の子は、軍人さんになれんと? 叔父さんはなれるって言っとったよ」
父は深いため息とともに、苛立たしげに頭を抱えた。
「どうしてお前は、女の子なのに兵士になんかなりたがるんや」
「だってわたし、軍人さんみたいに、強くてかっこよくて……誰かを護れる人になりたいもん」
「お前は女の子なんやけん、めいっぱいかわいくして、名家のご子息のお嫁さんになって、夫に一生愛されて護ってもらうんや。それがお前のいちばんの幸せなんだ。わかるやろ?」
わかろうとしたが、どうしてもわからない。
愛されて、護られて――そんなすべてが受け身の人生の、一体どこが魅力なんだろう。夫ありきの人生を送って、一体何が楽しいんだろう。スフィーリアは何度そんな生き方に思いを馳せてみても、ちっともワクワクしないのだ。
「護られるだけなんてカッコ悪いもん。わたし、護る人になりたい」
「スフィーリア、ワガママ言うな。お前には無理なんだ」
無情に発せられた否定の言葉に、少女の目に涙が浮かんだ。
(女の子は、結婚して愛されて護られないと、幸せになれないと?)
みるみるうちに込み上がりそうになる涙を何とか抑え、口を強く一文字に引く。
憧れる強い軍人になって、誰かを護りたい。そうなれたら絶対幸せなのに、その幸せは男の特権だというのか。
「お父さんなんて、大っ嫌い!」
スフィーリアは、父を押しのけるようにして部屋を出ると、急ぎ足で一階に降り、外出用のランプをひったくって外に出た。
こんな家にいたら、一生軍人になることを許されず、どこかの貴公子のお嫁さんにされてしまう。そんな何一つ自由じゃない人生、幸せなものか。
こんなとき、いつもなら離れに住む元陸軍人の叔父のもとに逃げ込むのだが、それが彼女の常套手段だと父もわかっているので、すぐに連れ戻されてしまうだろう。
大通りに出た彼女は、王子一行が消えた先を眺めた。
周囲に集まっていた見物人は、もうほとんどが散っていて、目都の夜の町は、いつもどおりの静けさを取り戻している。
嗚呼、と少女は町の遥か遠くの地平線を仰ぐ。
すべてのしがらみから離れて、どこか遠いところに行ってしまいたい。それで彼女の憧れる、かっこいい人生を歩んでいきたい。
(いっそこのまま、王子様の護衛官に弟子入りして、王都まで連れて行ってもらえたらいいのに)
少女はそう考えてから、はたと気づいた。
咄嗟の思いつきにしては、妙案である。
あの家を離れられて、憧れの強い軍人になれるなら、これ以上のことはない。
王子様たちが王都から離れたこの町にやってくるなんて、めったにないことだ。ともすれば、今が最大のチャンスではないか。
この機会に、王室護衛官に弟子入りしたいと頼み込むのだ。
強くなるためなら、何だってする覚悟はある。性別なんて関係ない。スフィーリアも訓練すれば、今よりもずっと強くなれるはずだ。そして、彼女が憧れるかっこいい軍人に、きっとなれるはずだ。
ランプを片手に、スフィーリアは大通りを駆け出した。
王子殿下の馬車はゆっくりと進行していたから、走ればきっと、まだ間に合うはずだ。
大急ぎで町の外へと駆ける、少女の心が逸った。