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私は授業のため教室に向かっていた。教科書を両手で抱え、一人で廊下を歩く。ここの廊下は立派な中庭がよく見えるため気に入っている。中庭はベンチなどが設置されておりお茶を楽しむこともできる。そんな場所だ。いつも通り中庭を通り過ぎようとした時、私は見てしまった。金髪の彼と、ピンクの髪の毛の可愛らしい彼女が同じベンチで楽しそうに話をする姿を
その時ふと、わたくしは思い出した、そう、前世のことを。
前の世界の最後は確か、花の女子高校生だった。しかしながら、花のとはつけたが、枯れた方の花だ。齢18の私は『枯れ専』だったのです。
何故かは分からないけど、小さい頃からおじさんが大好きで、テレビをつければ渋いおじさんの出てくる刑事ドラマをひたすら見ていた。近所の素敵なおじいさんに飴を貰えばそれはそれはこの世の何よりも嬉しそうな顔をした。そんな私を見て家族が哀しげな顔をしていたのはいい思い出だ。
そして、私はすくすくと成長していき、高校生になったある日、出会ってしまったのだ〝運命の人〝に・・・
乙女ゲーム『花咲きプリンス学園 fall in love』通称「はなプリ」は花をモチーフとした色取り取りのイケメンたちを攻略していくゲームだ。たまたま学校帰りに通ったゲームショップで私は見てしまったのだ。ショップのドアに貼られている「はなプリ」の宣伝チラシを。正直決めポーズをキめているイケメンたちに興味はなかった。私が目を引いたのは、その人たちの後ろにいる人物、そう、サブキャラクターの魔法師団長エルマー・ビルソン様だ!少し目元に皺があり、少し謎めいた雰囲気があるが優しげな表情を浮かべファンタジーな格好をしている素敵なおじ様。とにかくドストライクだった。
私はそのチラシを見た瞬間、すぐにゲームショップに入り、今まで買おうとも思わなかったゲーム機と「はなプリ」をお買い上げし、次の日が学校にも関わらず徹夜でやり込んだ。
このゲームの話は、魔法学校に転入してきた天真爛漫な天然少女ヒロインが恋を知らないイケメンたちを攻略しようとする話だ。イケメンたちの心には花の蕾があり恋をすると咲き誇るようになっている。しかし、それはヒロインしか見ることができない。そういう能力があるのだ。当然ライバルキャラもおり、その障害を乗り越えてハッピーエンドとなるのだが、まあ、私はエルマー様目当てなのでそんな設定や彼の方以外のキャラなど正直どうでもいい。
サブキャラクターのエルマー様は魔法師団長でありながら魔法学園で魔法の教鞭をとっている。そのため、授業のミニゲームでは必ず出てきて、高得点をだすと優しげな表情で『よく、勉強をしてきましたね。頑張りました』と褒めてくれるのだ。ちなみに低得点をだすと『もっと勉強が必要ですね・・・』と呆れた表情で嗜める。最高だ。
そして、色んなキャラクターを攻略しながら時々話に出てくる本命を実に楽しんでいた。
高校生活の3年間、私は「はなプリ」に捧げたと言っても過言ではない。そんな3年目のある日、学校の通学中に携帯を弄りながら歩いていると、なんと「はなプリ」の続編が出るという情報が流れてきた。その情報を詳しく知るために必死に携帯を触っていた私は忘れていた。ここが川沿いで進んだ先が曲がり角だったことを。
私はあっけなく川へ落ち、浮上できずお亡くなりになった。続編のエルマー様に会うことが出来なかった後悔を胸に。
まあ、そんなこんなで私は「はなプリ」のアデル・ローランになりましたとさ。ちゃんちゃん
御機嫌よう。わたくし、アデル・ローランでございますわ。さっきも説明した通り、まさに今、前世を思い出しましたの。
ええ、ええ、とっても嬉しいのですよ?大好きなエルマー様がいる「はなプリ」に来られて。でもね、思い出した人が悪いのですよ。アデル・ローランと言えば、「はなプリ」の主要キャラクターで王族に最も近い権力を持つとされている公爵家の長女。にして極悪非道の悪役キャラクター。婚約者やイケメン達に不用意に近づくヒロインのことが気に入らずいじめ倒し、最後は暗殺未遂までするヤンデル女子だ。
私は下げていた目線を上げ、チラリとまた中庭に目を向ける。2人の男女はまだ仲睦まじくベンチ座っている。男の方は私の婚約者アルベルト・カルカロフ第一皇子だ。私たちはいわゆる、政略結婚をさせられそうになっている。アデルはアルベルトに恋をしていたみたいだが、向こうは違ったようだ。そして、隣にいるのがヒロインのフローラ・ロックハート子爵令嬢だ。たしかにヒロインなだけある容姿をしている。
しかし、私はこのシーンに見覚えがある。確かプロローグでヒロインが攻略キャラたちと出会いを起こしていく所だ!アルベルトとヒロインが出会い、仲の良い姿を見たアデルが嫉妬に狂い悪の道を走ることになるのだ。そして、アデルは卒業パーティーの日に婚約破棄をされ、暗殺未遂の首謀者として打ち首・・え?私、死ぬの?
そうだ、ヒロインが婚約者ルートに行こうが違うキャラのルートに行こうがアデルの暗殺未遂は変わらなかった。
いやいやいや、それは困る。
よし、ヒロインをいじめるのはやめよう。暗殺なんて言語道断。私はエルマー様と結婚するのだ。ヒロインのフローラには、そうだ皇子と仲睦まじくなるよう仕向け、ついでに円満に婚約破棄をしてもらい、私はエルマー様と・・・みんなもハッピー、私もハッピー、最高じゃないか!!胸が高鳴りすぎて心の声が表に出そうだったがぐっと堪え、佇む。
さあ、2人とも愛を育んで、素晴らしい花を咲かせるんだぞっ☆とウィンクをしながら2人に熱い視線を送る。すると授業開始のベルが鳴り響く。
しまった!教室へ行く最中だった!急がなくちゃ。
前世を思い出しても、紛いなりにも公爵令嬢なので美しく見えるような早歩きで教室を目指す。
しかし私は前世を思い出したことですっかり忘れていたのだ。今から向かう教室に誰がいるのかを。
「すみません、遅れましたわ」
ガラガラと教室のドアを引き、すぐに謝罪の言葉をかける。遅れた時のみんなの視線って中々恥ずかしいものだ、前世でも苦手だったため、俯きながら入る。
自分の席に行こうと顔を少しあげると
「やあ、アデル嬢、君が遅刻なんて珍しいこともあるものですね。」
そこにいたのは、私のエルマー様でした。
完璧なおじ様フェイスに低い落ち着いた声、あああ本物だ!!
驚きすぎて声も出ないし、体が震えるだけで動けない。なにも反応しない私に「アデル嬢?」と不思議そうな顔をしている。そんな表情も素敵です。
あぁ、神さま仏さま、このチャンス絶対に逃しません!!アデル・ローランはエルマー・ビルソン様を枯れ花を愛し尽くすわ!!