神様気取りの上司どもへ
城塞都市ゼーレンの城壁の正門前で、2人の剣士が剣を構える。
ゼーレンの城壁を背にする彼は、鉄壁の守護者という名を背負わされたゼーレンの大剣使い、カイ。火薬のにおいが染みついたその大剣から、火薬筒を取り外し、真っ当な大剣として大きく正面に構えていた。大剣だけでなくゼーレンの兵士としては珍しい、重装の鎧を着たその姿はまさに鉄壁の守護者であった。
一方、3万の兵を背に帝国の武器としては珍しい鋼製の長剣を軽く構えるのは、帝国軍の少佐でありこの3万の兵の指揮権を持つグレイブ。兵を束ねる長として、他の兵より少しだけ豪華な装飾が施された軽鎧がなければ、他の兵と見間違えそうなほど普通の男性。しかしその鍛え抜かれた肉体だけは、彼が確かな実力者であることを証明していた。
「そういやきちんと名乗ってなかったな。グレイブだ。グレイブ・グーストン。」
「名乗りか。俺はカイ。カイ・イーブンスターだ。じゃ、早速、忘れられなくしてやるよ!」
先に動いたのはカイだった。その大きな体と重そうな鎧という見た目に反して、一瞬で距離を詰めて、グレイブに対して大きく剣を振り被った。
「うおっ!」
ギィィィン!
グレイブの剣にカイの大剣がぶつかり、辺りに金属音が響き渡る。
「よく耐えたな? これだけで潰れる奴も多いんだぜ?」
「そりゃ、そうだろう、よ!」
耐えかねたグレイブがカイを足蹴にして体勢を崩そうとした。しかし、カイはすぐにバックステップしそれを回避する。
「まあ、そうくるよな?」
「普通当たるだろうよ……慣れてやがるな……」
「リディアに嫌というほど同じことやられるしな。」
「あの女、足癖も悪いのかよ……」
お互いに構えたままやり取りをする。
「んじゃこっちからも行かせてもらうぜ!」
そういうとグレイブが深く切り込むと、カイは大剣を縦に構えそれを受け止める。
「へぇ、結構重いじゃんか。」
「おいおい……全力で踏み込んだんだぜ? 俺も老けたか?」
「いーや。多分、普段受けてる相手が異常なだけ、だ!」
カイがグレイブを払いのけるように大剣を振るとグレイブは吹き飛ばされるように大きく後ろに後退した。
「はぁ……いったいどんな奴に鍛えられてるんだか。公国の訓練体系はどうなってやがる?」
「公国っていうか、ゼーレンが異常なだけだろうさ。俺に至っては支部長が相手してくれてるぐらいだしな。てか、力比べだけだと支部長ぐらいしかできないんだよな。」
「……マジか……だがまあ、上に鍛えられる、か……ナパーム大佐が懐かしいぜ……」
この2人の戦いを後方で見守っていた帝国の兵士たちがざわめき始める。
「な、なあ……あのグレイブ隊長が押されてるぞ……?」
「いいのか? 俺ら、このままで……数ではこっちの方が多いんだしさ、今一気に行っちまえば……」
その小さな声は、戦っている2人を飛び越えて、強化された3人の元に届いていた。
「雑魚がすこし騒いでるみたいね。リディア。」
そういい、エリアーナが手で合図をすると、リディアが楽しそうに城壁の上にジャンプする。その異常な跳躍力を見て、帝国の兵士たちはまたどよめいた。その様子を楽しそうに笑顔で見ながらリディアが城壁の上にあった長い筒を城壁の外側……つまり、現在エリアーナやトーマスがカイを見守っている場所まで持って飛び降りた。
「はいはい、面白い兵器があるんだよ。いや~ ザメックおじさん、本当にやってる新兵器の話をダミーにしちゃだめじゃんね。」
「なんだ、あのちょろちょろ出てる水……」
その質問に答えるようににこにことリディアは言う。
「あまり不用意に動かない方がいいよ。その気になればこの水、勢い良く出せるからね。」
「リディア。もう少しだけ出しなさい。」
「え? あ~……エリアーナ、やっぱり性格悪いよね。無自覚?」
「ごちゃごちゃ言わずにやりなさい。」
「はいはい、しょうがないね~」
エリアーナはリディアに指示してその筒から水たまりができる程度に水を放出させると、自らの右手につけた手甲に力を込めるような動きをしてから、水たまりに手甲をつけた。
「後はこういうこともできる。」
その言葉と同時に水たまりが弾け、つららのように逆立ち凍った。
「ひぃ!! 水がはじけて凍った!?」
「あ、あの氷の森はあの女が作ったのか!?」
「この水はダムから持ってきている。もっと出るわよ。」
「や、やめよう。動くのやめよう! 俺らが下手に動いて隊長を困らせちゃだめだ、うん!」
こうしてエリアーナが帝国兵たちを脅す様子をにこにこと見守りながら、リディアはちらりとグレイブの顔を真剣な目で見つめた。
(うんうん。シナリオ通りに動いてくれてるね。……想定外なのは、あの隊長さんが、あの人と関係があるってことぐらいか……懐かしい名前だね。多分、強化されてなかったらすぐに思い出せなかったかも。本当、色々面倒だけど悪くはないんだよね。)
そのエリアーナの『魔法』による騒ぎは剣で打ち合っていた2人の集中力をきるきっかけとなった。
「周りの連中が焦り始めてきたな。」
「お前の部下だけだろ。こっちはいつも通りだぜ? 特に、指揮官は。それにしても、威嚇にしても魔法使わなくてもいいだろ。」
「魔法だと? 道具なしに使う、なんてこと……お前ら、王国の強化人間技術をもってやがるのか!?」
「は? 知るか。うちはうちでそういうのを研究したんだよ。王国なんて知るかよ。」
そのカイの言葉を聞いて青ざめるグレイブ。
(ふざけるなよ……王国の強化人間技術と同等だったらもうそれこそ話にならんぞ……王国が試験的に使ってきたたった1人の強化人間で5万の兵がぶっ飛んだって噂があるんだぞ! それが……今目の前にいる……チッ! マジで一騎打ちがマシだったってことかよ!)
突如、グレイブがカイの前に剣を放り投げた。
「おい、どうした。突然。」
周りの兵士たちに聞こえるように大袈裟にグレイブは叫ぶように言い訳を始めた。
「やめだやめだ。強化人間がいる拠点なんざ一般兵が何人取り囲んで挑んだところで勝てやしねぇーよ。魔道装甲鎧の部隊でもない限り勝ち目なんてありゃしねぇ。負けだ負けだ。負けでいい。命が惜しい。」
この言葉を聞き帝国兵たちが騒ぎ出しただけでなく、エリアーナも険しい顔をしカイに苦言を呈した。
「カイ。余計なことを口走ったみたいね? 私がどうして手甲を使ったと思ってるの? 兵器に見せかけるためよ? 何で言うの?」
「ゲッ! エリアーナ! いや、これはな、お前が少し短気に走って、威嚇に魔法を使ったからつい出ちまっただけでな?」
はあ、と大きなため息をついた後、エリアーナがグレイブに尋ねた。
「まあいいわ。グレイブだったわね? これは、貴方の負けでいいのね?」
「ああ、俺が自分で剣を投げた。一騎打ちは片方が戦意を喪失した時点で終わりだろ。」
「そう。なら約束通り、引いてもらうわよ。3万、だったかしら? 貴方の率いてる軍勢は。」
「ああ、約束は守ってやるよ。今は、引いてやる。お前ら! こんなバケモノどもと戦う理由なんてねぇ! 帰るぞ!」
そういい、グレイブがこの場にいる全軍に撤退指示を出そうとした時だった。
「あっ、おじさーん!」
リディアがまるで親戚のおじさんに近づくかのように無邪気にグレイブの傍へと走り寄った。グレイブは警戒するように一歩下がる。
「……なんだ、鮮血の処刑人さんよ。」
「うっわ、何その物騒なコードネーム! こんなかわいい子につける名前じゃなくない?」
「だったら帝国国内で大人しくしてるんだったな。」
顔を歪めて嫌そうに話すグレイブにさらに近づき、リディアは少し表情を変えて真剣な声でグレイブに囁いた。
(ところでおじさんさ。崖上の連中の事って知ってるの?)
「うん? 突然小声で何だ?」
(どうせ上の人いるんでしょ。ライナーだっけ? あんな崖上にあんなもの作らせるようなタイプの人がさ、貴方が裏切らないか監視する兵を混ぜないわけないじゃん。で、知ってるの、知らないの?)
グレイブは視線だけリディアに向け、表情を変えずに声色だけ変えてその質問に小さく答えた。
(……知らん。だが知られて困ることとはなんだ?)
(おじさんさ。捨て駒にされてるの悔しくないの? 多分崖上が本命だよ? おじさんらは時間稼ぎにされてるんだよ。だから普通に撤退して、その理由を告げただけじゃ多分、生きて帰れないよ。言い訳、考えながら撤退するといいよ。バルバレスさんだっけ? 支部長と因縁深い奴。あいつ一応、武人だったはずだし。一騎打ちはいい言い訳になるかもよ?)
リディアの意外な提案に流石に目を丸くするグレイブ。
(……なんで、そんなことを助言してくれる?)
(ん~ 無茶すればさ、貴方達を殺すのはできるんだけど~ 今回は気分が乗らないんだよね。私としては結構おかしいんだけど、悪い気分じゃないんだ。だからかな? あとはそうだね、ナパーム大佐、かな。今回は泥臭く生き延びてさ、こうやって多数の兵を捨て駒にするような人たちをさ、排除できるぐらい偉くなって見返してやんなよ。ナパーム大佐だってその方がきっと浮かばれるよ?)
そういい、リディアが普段は見せないような優しい表情でグレイブに諭した。
(!? ナパーム大佐を知ってんのか?)
グレイブにそう聞かれたリディアは少し迷いながら答える。
(知ってるといえるし知らないともいえる、かな。いいおじさんだったのは知ってる。でもそれ以上は知らないよ。だから……ナパーム大佐に免じて。悪貨は良貨を駆逐する、だっけ? おじさんのことを、良貨だと思って今回は見逃してあげよっかなって。)
その答えにグレイブがにやりと笑った。
(はっ、鮮血の処刑人様は帝国の腐敗物が嫌いって事か?)
それに応じるようににこりと応じるリディア。
(ま、そういう取り方で構わないよ。おじさんがのってくれるんなら、帝国のゴミ掃除が必要になったら言ってくれればやってあげるし。また私さ、どうせ『遊びに行く』から。)
そう言ってリディアはグレイブから離れる瞬間、グレイブはリディアの肩をポンと叩き、振り向いたリディアに軽く頷いた。その合図にリディアはにこりと微笑んだ後、エリアーナの元へと駆け寄っていった。
「リディア。さっきイケオジがどうとか言っていたけれど。実はあなたの趣味だったの?」
「ん~ 声聞いたけど、この顔ならもう少しこう、声は低い方が好きかな~」
そのやり取りを聞きながらグレイブはカイに苦笑しながら感想を述べた。
「鉄壁の守護者さんよ。本当、緊張感ないな、この女ども。」
「わりぃ。そういう所が……壊れてんだよ……」
「そりゃ悪いことを聞いた。安心しろ。武人として二言はない。」
はっ、と大きく笑うと、グレイブは大きく腕を振り上げ、全軍に指示を出した。
「お前ら、引くぞ!」




