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カノープスの手帖  作者: あいはらしのや
29/29

呑んだくれ

(くっ⋯苦しい⋯息が⋯)


 夕日に伸びる影は暴れる瘤をもたげ、陰険な笑みを浮かべる。

 機嫌の悪い赤ら顔の男は力加減を間違えている。


「生意気なガキが!!」


 振り上げられた腕がモントの頬に当たる寸前で酒場から一人のおばさんが現れた。


「あんた達!人の店の前で何してくれてんだい!子どもに手上げるなんて大人げない!」

「なんだとババア!!舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」

「はぁああ?!誰がババアだって?!いい加減にしな!」


 フライパンを振り回すおばさん⋯元い、ご婦人が赤ら顔男の腕を思いっ切り殴りつけ、モントは石畳にドサッと落ちた。


「ちびっ子は店に入ってな!⋯あんた達、もう一本もやられたいのかい?!」

「んだと!?」


 懲りない男を前に、不意にフライパンを持ち替えたご婦人は足で()()()を蹴り上げた。綺麗なフェイントに引っ掛かった男は悶絶する。


「ごはぁああ!!⋯⋯卑怯な⋯」

「お⋯覚えてろよ〜!」


 間近で見ていた取巻きの男達は慄き、赤ら顔を連れて逃げた。


「ふん!捨て台詞なんて100年早いわ!」


 くるりと向きを変えたご婦人は、店先で見ていたモントの顔を覗き込みニカッと笑う。


「怖かったでしょう。ささ、中に入って!酒⋯じゃなくてジュース出してあげる。」


 ぐいっと背を押され入った店は10卓程度の飲み屋。酒樽が並び、毛皮や鹿の角などのオブジェが壁に飾られており、冒険者や狩人の憩の場なのだろう。席からキッチンが見え、客との距離が近い。木の温もりのあるアットホームな酒場だ。


「はい、ジュース。この辺りは子どもが一人で歩いてると危ないわよ?」

「ありがとうございます。」


 渡されたジュースをコクリと口に含むと、爽やかなオレンジが体内を冷たく通り、喉が渇いていたことを実感する。


「ぷはぁ!美味しい。」

「良かった。」

「助けて頂いてありがとうございました。」

「いいのよ。此処は酒場だからあんな奴等山ほど来んのよ。怪我なくてよかったわ。」


 にこやかに話すが、敵に回すとあの技が飛んでくると思えば自然と背筋が伸びる。

 すると入り口のベルが鳴り3人組の客が入店して来た。


「お~い!酒ある〜?」

「酒しか無いわよ。」

「イヒヒヒ!奥さん料理下手だかんなぁ〜」

「悪かったわね!おチビちゃん、ちょっと待っててね。」

「あ⋯はい。」


 キッチンへと向かい手際良く3つビールを準備する。


「お?どうした?子どもがいるじゃねぇか!」

「まさか⋯再婚したんか?」

「子どもさん、居なくなったんじゃなかったっけ?」


 隣のテーブルに着席した男達は、モントをまじまじと見てはご婦人に馴れ馴れしく話し掛ける。


「そんなわけ無いだろう?あんた達、もう酔ってるならサービス無しだよ!」

「そんなぁ〜!“ザウフボルト(呑んだくれ)”って名前付けといてそりゃあ無いぜ〜!」

「呑んだくれるまで飲ませてくれよぉ~。」

「はぁ~ったく。ほら!チーズだよ。今日はこれで飲んどきな。」


 言葉の端々から関係が見えてくる。

 この男達は常連で、ご婦人は旦那さんと離別若しくは死別。そして⋯子どもが居なくなった。フルフューリヒ様と関係があるのか確かめなくては。


「僕、この街で弟とはぐれちゃって。探してたら、悪い人達に捕まって。おねぇさんに助けていただいたんです。」

「やだぁ!おばさんでいいわよ!うちの子と同じくらいの年に見えたからつい、放っておけなかったのよ。」

「子どもさんが居るんですか?」

「ええ。」

「1ヶ月前に行方不明になっちまって⋯」

「おい!その話は⋯」

「良いわよ。きっと戻ってくるわ。」

「そうだな。お前も一人でうろつくのは辞めておけよ?」


 寂寥とした面持ちではあるが見知らぬモントも気にかける優しい人達だった。


「心配して頂きありがとうございます。でも、弟もいなくなって1週間なんです。何か知りませんか?」


(此処の子が1ヶ月前に行方不明なら、そう遠くない話。被害者が複数人なら狙いはフルフューリヒ様ではなく、子ども?他に共通点がないか探りたい。)


「最近、子どもが失踪したって話は聞くけどよぉ。」

「皆、金のない裏路地に住んでるから、探すにも限界があるんだ。」

「今は流通も止まってるし、人の往来も無ぇ。でも此処は他のとこより酒が多いから、客がよく来る。だから、奥さんも店閉めてないんだろ?」

「ああそうさ!呑んだくれるだけの、あんた達にも期待してんだけどねぇ。」

「悪かったなぁ!?呑んだくれるだ・け・で。」


 気丈に振る舞うご婦人は、情報収集しながら“きっと帰って来る”と信じる心だけで店頭に立ち、帰る家を守っていた。


 モントは移動するか悩んでいた。


(此処で情報収集しても、これ以上集まるのか?でも、裏路地に一番近くて酒場は情報収集には適当だけど⋯)


「なぁ、チーズ以外は無いのか?」

「不味くて良いならあるわよ?」


 肩を落とす男達はちびちびとチーズを肴にビールを呑んでいた。


(ビールなら味の濃い肉系か食感のある物が良いだろうに⋯。)


「簡単なもので良ければ、僕が作りましょうか?」

「料理出来るの!?/出来るのか!?」

「調理場お借りしても?」


 モントは置いてあったじゃがいもを薄くスライスして揚げ、チップスにした。味付けは塩味と白チーズ&ハーブのディップの2つ。


「お口に合えば良いんですが。」


 パリッと良い音を立て食べる男達は、手が止まらない。一口食べては豪快にビールをぐいっと飲む。


「美味い!こんな美味いツマミは初めてだ!」

「貴方、此処で働かない?」

「働く⋯?」

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