慈雨の英雄
薄暗い牢屋内に妙に柔く太い声が響く。
「君達の運命は、私の一言に左右されるんだ。分かるかい?」
湿った牢屋の重い空気に息が詰まりそう。
何を言えば切り抜けられるか考えてみるが頭が真っ白だ。許しを請うにも、牢屋に現れた領主の意図が分からない。相手は伯爵。息一つにすら皆の命がかかっていると思うと、何も言えない。手が震えて脂汗が滲む。
すると背後から小さな吐息が聞こえ、キンターが口を開く。
「⋯お、俺達は、ぼ、冒険者をしています!閣下の建物とは知らずに、休憩を⋯えっと、、入ってしまいすみませんでした!!」
いつもの荒い言葉遣いを封印し、ぎこち無い敬語で一生懸命頭を下げる。僕達も即座にキンターに続き頭を下げた。
内容は間違ってはいないし言い訳よりはまだ良いだろう、けど、どうなるか分からない!
沈黙の空間に鎧の足音が響いて来る。
「お呼びでしょうか。」
「出してやれ。」
「はっ。」
命令を受けた兵士の手によって頑丈な鉄格子の扉が開き、僕達は牢屋から出された。
眼の前に立つオーベン伯爵はひらりとマントを翻し、「ついて来い。」と一言。
モントはその一言に既視感を覚え脳裏にはヒューネ団長が過ぎり、前例に倣い黙って伯爵の後ろを歩く。
長く薄暗い螺旋状の道を歩き、地上へ出るとオーベン伯爵の城の入り口に辿り着いた。
「ここからは君だけ来てくれるかな?」
振り向いた伯爵と目が合ったモントは瞬時に俯いた。何が不敬罪となるか分からない⋯。
「彼らに荷を渡してやれ。馬もだ。」
伯爵は兵士に指示すると、モント以外の人間は城の外へと追い出された。大きな城門の隙間からキンター達の声が聞こえる。
「モ、モント⋯!!生きて戻れよ!」
「縁起でもないこと言わないの!この馬鹿キンター! モントなら何とか出来るでしょ!?早く戻って来なさいよ!?」
「俺達クンペルと待ってるからな!」
(ちょっ!?酷くないか!?!?)
どうやら“自力で出て来い”と言われている様だ。少し怒りすら湧いてくる。
「はっはっは!取って食ったりしないさ。では、行こうか。」
城内の中庭には噴水、調度品の水瓶や流れる水がカーテンの様になっていたりと流石“聖水の街”の城だ。
花瓶には珍しい青い薔薇が交じり目を引く。豪華絢爛というよりも上品さが際立った城だ。
モントは伯爵の掴み所のない言動を不思議に思いながら付いていくと、応接間の様な部屋へと案内された。
「そこに座ってくれ。今、茶を持ってこさせる。」
伯爵がパチンッと指を鳴らすとメイドがティーセットを持って現れ、素早く用意してあっと言う間に退室して行った。モントが恐る恐る腰掛けたソファーは、お尻が沈み込み足が浮いて倒れそうなる程ふかふかだった。
「君は捕らえられた理由が分かるか?」
足を組み前のめりでモントに顔を近づける。頬杖をついて小さく笑う伯爵はとても整った顔をしている。切れ長で美しい深海のようなブルーの瞳で真っ直ぐモントを見つめる。まるで助けを求めるように、切実に。
モントはふらつく足をぐいっと伸ばし床に付け、背筋を伸ばしてから小さく首を横に振った。
たとえあの魔法陣の内容が読めたとしても、捕らえられた理由と関連付けるには想像の範疇を超えない。
「⋯そうだな。そうであろう。私の勘違いだ⋯。こんな、小僧に⋯分かるわけがないさ。」
まるで誘っているようだ。知識や洞察力は持っていればひけらかすだろうと試している。そんな気がした。
ルーンにも注意されたことがあった。『愚かさと傲慢は同じ木に育つ』って。
でも⋯交渉する為に同じテーブルに着く必要はある!タダで死んでたまるか!
「発言を⋯よろしいでしょうか?」
「許す。」
「僭越ながら、僕達はただの旅人であの場に入った理由も仲間がお伝えした通りです。
山を越えてオーベン伯爵様の領地を目指し旅をする者は少なくない筈です。その為、見張りを置かず休憩出来るように鍵もかけず旅の助けとしていたのではありませんか?それなのに、僕達だけを捕まえた理由をお聞かせ願えないでしょうか?」
モントの質問に伯爵は肩を震わせ堪えていたが、堪らず吹き出し快活に笑った。
「はっはっは!!いやぁ、面白い。慎重を期す、か。ではこちらの手札を。」
不敵に笑う伯爵は再びパチンッと指を鳴らすと、従兵が入って来た。
「今彼らは何処にいる?」
「冒険者ギルドで換金している模様です。」
「そうか。まさか自分達が人質とは思ってもいないようだね。」
どうやらキンター達の一挙手一投足、伯爵の手の内らしい。という事は何を言われてもモントに拒否権は無い。
(術中にハマってしまった⋯。選択を間違えたみたい。)
頭を下げ従兵は部屋を出る。再び二人きりになると、伯爵は足を組み替えて紅茶を啜った。
「本題に入ろうか。」
外は高く登った太陽は滑らかなカーテンから透けて、冬の風に揺れる木々は鮮やかに煌めいていた。
「此処の領地は私の先祖が水魔法で救い、英雄となった。代々その血筋と水魔法を受け継ぎこの地を治めてきた⋯が今、その流れが途切れようとしている。私の息子が行方知れずになってしまったんだ。⋯⋯“誘拐”だ。」
伯爵は真っ直ぐモントを見つめると、一瞬の間を置きバンッとテーブルを叩くと同時に乗っているティーカップも、ケーキスタンドも全てが凍結し、突き立った氷柱が鋭くモントの目前に迫る。
「その犯人を見つけて欲しい。君の命と仲間の命をかけて、我が息子フルフューリヒを見つけるんだ。」




