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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第2巻 二人の空
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第4章 二人の役割(3)

 空麻くうまはとにかく目の前の敵を目で追うことに必死だった。自分は鎧武者と戦うことはできない。とにかく健人けんと鈴花すずかが戦う邪魔をしてはならない。とはいえ自分の身を守ることしか考えられない自分がもどかしいと感じた。


 健人が空麻くうま鈴花すずかの前に出ながら言う。


「あいつの相手は俺がする。鈴花は空麻くうまを守りながら俺を援護しろ。空麻くうま鈴花すずかそばから絶対に離れるなよ」

「ええ」「はい」


 鎧武者は以前見た時と同じように武器を持っていない。しかしその驚異的な力は以前見た時に思い知らされている。


 空麻くうま達はそれぞれ準備を整えたが、鎧武者は一向に動こうとしない。攻撃してこないのは空麻くうまとしてもありがたいが、唯一の出入り口が防がれているので、厄介なことに変わりはない。


 そこで、鎧武者の後方、出入り口の方から足音が聞こえてきた。姿を現したのは二十代くらいの女性だ。上は緑色の道着のような服で、下は膝丈くらいのスカートをはいている。そして彼女の身の丈程の長さもある薙刀なぎなたを持っている。


 距離は結構あるが、女が薄笑いを浮かべていることだけは空麻くうまにも分かった。


「ごきげんよう、龍水りゅうすい健人けんと。私の思い通りにここまで来てくれてありがとうね」

神奈かんな……。やっぱりてめぇが一枚噛んでいたわけか……」


 健人けんと神奈かんなと呼んだ女性が一歩進む。


「さぁて、あんたの顔も見飽きたし、ここで殺しておこうかしら」


 神奈かんなは平然と殺すと口にした。空麻くうまはそのことに驚愕する。鎧武者はまだ化け物みたいなものだったので、殺意があることも頷けた。しかし目の前の女は人間だ。まっとうな人間のはずだ。それなのに同じ人間を殺すことなど、空麻くうまには信じられない。


 霊体が視えるようになり、化け物にも遭遇して、それだけでも違う世界に来てしまったと空麻くうまは感じていたが、ここに来て、さらに別の世界に迷い込んでしまったように感じる。


「まあでも……、あたしとあんたの仲だし、あれを出してくれたら見逃してあげなくはないわぁ」

「あれってなんだよ……」


 健人けんとが返すと、神奈かんなは明らかに苛立ったようにこう言う。


「はぁ! とぼけないでよ。標山しめやま空麻くうまを連れているということは、しるしの杖を持っているってことでしょう」


 しるしの杖。夜刀神やとのかみを鎮めた麻多智またちが持っていたとされるものだ。しかし空麻くうまにはそんなものを託された覚えはない。記憶喪失になる前に持っていたのかもしれないが、少なくともその後にしるしの杖を見たことすらない。


 健人けんと鈴花すずかも知らないのか、何も言い返さない。


「ちっ……。その様子じゃ何も知らないか。いいわ。折角だから教えてあげる。標山しめやま空麻くうま、アンタは標山しめやま家が何をまつっていたのかを知っているだろう」


 まさか自分が質問されると空麻くうまは思っていなかった。正直、目の前の女が怖い。平気で人を殺そうとする人間だ。足が震えて、声が上手く出せない。しかしここで怖気づいてしまうわけにもいかない。空麻くうまはなんとか声をひねり出した。


夜刀神やとのかみだろ……。蛇の神の……」

「そうよ。夜刀神やとのかみ……。中途半端に逃げ残っている化け物とはいえ、あれの力は絶大よ。標山しめやまの人間はまあまあ優秀な霊媒だけど、それだけではあの化け物は制御しきれない。そこで必要になるものがあるわ。何だと思う?」


 ここまで言われたら霊媒能力に明るくない空麻くうまにも分かる。


しるしの杖……だろ……」


 空麻くうまはそうとしか思っていなかった。しかし神奈かんなはさらに言葉を待っているようで、おかしそうに薄笑いを浮かべながらこんなことを訊く。


「で? 他には?」


 他に必要なものなど、空麻くうまには分からなかった。代わりに健人けんとが口を開く。


「何わけ分かんねぇこと言ってんだよ?」

「おいおい。本気で分からないの。ったく、どいつもこいつも間抜けね」


 神奈かんなは愉快そうに笑い続ける。この女の哄笑こうしょうを聞きたくはないと思いつつも、標山しめやま家のことを何か聞きださなければならないと空麻くうまは感じた。


 ひとしきり笑い終えた後、神奈かんなは笑みを零しながらも、横に視線を送った。


「そこの鎧武者。なんだと思う?」


 空麻くうまには分からなかった。先に反応したのは、やはり健人けんとだ。健人けんとは大きく眼を見開いて、鎧武者をじっと見つめる。その瞳には驚愕と怒りが混じっているように空麻くうまには見えた。


「まさか……。てめぇら、そこまで腐ってたのかよ……」

「それを言うなら標山しめやま家もでしょう。そこのガキにも同じことを言ってあげなさいよ」


 健人けんと歯軋はぎしりをしながらも何を言わない。それを見かねたのか、神奈かんなはあっさりと鎧武者の正体を告げた。


「そこの鎧武者の霊体はね……。麻多智またちよ」


 麻多智またち夜刀神やとのかみという蛇神を打ち倒した英雄。彼が実体化しているということのようだ。そして、麻多智またちの霊体が敵の手に回っている。もうその意味を察することができない空麻くうまではない。


標山しめやま家は麻多智またちの魂を自分の家に縛り付けていたのよ。それで夜刀神やとのかみを制御して、その絶大な力を利用してたってわけ」


 かつて生きていた人間の魂を縛り付けているということだ。自分の意思とは関係なく、安らかに眠ることができず、戦いの道具にされている。霊能力が少しでも戻った今の空麻くうまなら、それがどれだけ残酷なことなのか、想像にかたくない。


「一応、アタシ達は正式な形で降霊はしたわ。だから、来てくれたのはそいつの意思よ。けど、それより先はアンタ達の想像通りね」

「それだけじゃねぇだろ」


 健人けんとが怒鳴る。空麻くうまも忘れているわけではなかった。鎧武者には小さな子供がいるのだ。その正体も分かっていない。いや、健人けんとは既に察しているようだ。だからここまで怒りをあらわにしているのだろう。


「正式な儀式で麻多智またちを呼んだってことは、その中の子供はまさか……」


 健人けんとの言葉を聞いて、神奈かんなはさらに愉快そうな笑みを浮かべる。自分の悪事を知らしめることができたようで嬉しいようだ。


「そうよ……。もう一つの必要なものは既に手に入れてるのよ。標山しめやま家の人間ならここにもいるのよ。鎧の中にね……」


 標山しめやま家の子供はミヨクの他にもまだいたようだ。空麻くうまは当時の記憶を失っているので、標山しめやま家の家族構成を覚えていなかった。ただ、一歩間違えれば、自分が鎧武者の霊媒として悪用されていたと考えると恐ろしくなってきた。


「そっちの標山しめやま空麻くうまでもよかったんだけど、上手く隠れていたみたいだからね。代わりに、先に見つけた生き残りを利用させてもらったまでのことよ。ただこのガキをかくまっていた奴らは、麻多智またちが使っていた夜刀神やとのかみを制御するための道具、しるしの杖を持っていなかった。その様子じゃ、あんた達も持っていないようね……」


 そこで、神奈かんなは一歩踏み出した。それを見て、健人けんと鈴花すずかが武器を構える。空麻くうまも忘れていたわけではない。神奈かんなはただ親切に標山しめやま家のことを教えてくれているわけではないのだ。

「さぁて、そろそろ殺すか。おい、麻多智またち龍水りゅうすい家の二人は殺せ。標山しめやまのガキは四肢を折って生け捕りにしろ」


 神奈かんながそう言うと、鎧武者は走り出した。重い鎧を着ている者とは思えない程の、速くて、軽快な走りだ。それでいて圧倒的な重量感もある。


 対して鈴花すずかは矢を取り出し、弓を引いて、即座に鎧武者へ放った。その手際の良さは綺麗だったというのもあるが、空麻くうまとしては、鈴花すずか真守まもりと同じ戦闘霊媒だという現実をはっきりと突きつけられた瞬間であった。


 鈴花すずかが放った矢は、鎧武者の身体を貫くどころか、鎧武者に見切られ、その手中に収まってしまった。しかしそれを見た神奈かんなが苦虫を潰すような顔をした。


「おい麻多智またち。それをすぐに捨てろ」

「弾けろ! 藍狼らんろう


 鈴花すずかがそう叫んだ瞬間、鎧武者が握っていた矢が爆発した。ただ普通に考えられる火炎を伴った爆発ではない。何か青い光が球状に広がったような爆発だ。その爆発が鎧武者の腕の装甲をはがした。


「ぐるぅ……」


 その爆発の中から、小さな狼が現れた。狼といっても当然生きたものではないことは空麻くうまにも分かっている。鈴花すずかの肩によく乗っている霊体の狼だ。青白いもやを周りに漂わせながら、藍狼らんろうと呼ばれた狼が鎧武者の腕に噛みつこうとする。


「ぐあぁぁああああ」


 しかし鎧武者が右腕を振るうと、藍狼らんろうは呆気なく殴り飛ばされてしまった。


 それを見て、神奈かんながくすくすと笑う。


「ホント馬鹿ねぇ。どうせ、中身が子供だから手加減したんでしょうけど、腕を吹き飛ばすくらいの気概でいかないと、殺されるのはアンタよ」


 神奈かんなは手に持っている薙刀なぎなたの石突で地面を突いた。そしてこう言う。


「来い。土蜘蛛つちぐも


 その言葉とともに神奈かんなの隣に現れたのは、蜘蛛くもと呼ぶには巨大すぎる存在だった。脚を曲げているにもかかわらず、体高が神奈かんなと同じくらいだ。生きている蜘蛛くもではありえない大きさだ。


 現在、神奈かんな蜘蛛くもの化け物が、この洞窟の唯一の出入り口の前を陣取っている。そこから動こうとする様子はない。戦闘は鎧武者に任せて、空麻くうま達の退路を塞ぐことに専念しているようだ。


 鈴花すずかはもう一度弓を引く。狙いは蜘蛛くもの化け物の方だ。一本の矢が勢いよく放たれた。


「きくかよ」


 そう叫びながら神奈かんなが手を前に出すと、土蜘蛛つちぐもの口から白い糸が放たれた。やがて糸というよりは塊となったそれは、矢を撃ち落とした。それから神奈かんなが言う。


「おいおい、アタシ達に構っている余裕なんてある?」


 いつの間にか、鎧武者が鈴花すずかのすぐそこまで来ていた。そして鈴花すずかと鎧武者の間に健人けんとが割り込む。鎧武者の拳を健人けんとは刀で弾いた。


 しかし鎧武者は全く怯まず、さらなる攻撃を健人けんとに加えようとする。健人けんとはその攻撃も刀で防御したが、威力を押し殺すことができず、後方へ弾き飛ばされてしまった。


「兄さん!」

「おいおい。よそ見してる場合かよ!」


 土蜘蛛つちぐもが再び白い糸の塊を放っていた。しかも今度は一つではなく、五つだ。それらが、鈴花すずかに襲いかかる。


碧狼へきろう!」


 鈴花すずかがそう呼ぶと、今度は緑色のもやまとった狼が現れた。先程の藍狼らんろうと違って、鈴花すずかくらいの大きさの霊体だ。その霊体が鈴花すずかの盾になるように糸の塊を防いだ。


 一方で、体勢を立て直した健人けんとは鎧武者と対峙している。鎧武者の攻撃をかわしてやり過ごしているが、防戦一方だ。


 戦況くらいなら空麻にも分かる。健人けんと鈴花すずかは敵を倒すことより、この場から脱出することを優先している。だから鈴花すずか土蜘蛛つちぐもを攻撃して突破口を開こうとしていたことも分かる。そして敵もその思惑が分かっていて、神奈かんな土蜘蛛つちぐもで出入り口を塞ぎ、そこから動かずに、遠距離攻撃で鎧武者を援護しているのも分かっている。


 分かっていても、空麻くうまは一緒に闘うことができない。ヘンシェル教会の前でもそうだったが、守られてばかりだ。そんな自分を情けないと思いつつも、やはり、健人けんと鈴花すずかのような霊能力を持っていない自分では役に立たないことも自覚している。


空麻くうま君は絶対にそこから動いちゃダメ」


 終いには鈴花すずかにそんなことを言われる始末だ。女の子を盾にするようなことしかできない自分が嫌だ。こんなことを言うと、鈴花すずかは絶対に激怒するだろうが、自分にも健人けんと鈴花すずかのように闘う力が欲しい。


 そこで、新たな足音が出入り口の方から聞こえてきた。かなり大きな音だ。全速力でこちらに向かっているようだ。神奈かんなが慌てたような声を上げる。


「おい。見張りは一体何してたんだ? いや待てよ。この感じは……。おい、鎧武者。あいつらの相手をしていろ」


 そして神奈かんなが出入り口の方を向いた。しばらくもしないうちに、足音がすぐそこまで近づくとともに、叫び声も聞こえてきた。


「かんなぁぁぁぁぁぁあああああああ」


 空麻くうまはその声を聞いて、全く知らない人が来たと思った。自分の知っている人物なのだが、彼女のそんな激しい声を聞いたこともないし、普段の彼女からは想像もつかないような声だったからだ。


「来たかクソガキィ!」


 神奈かんなが叫びながら彼女を迎え撃つ。彼女は勢いよく駆けて、刀を振り下ろす。神奈かんな薙刀なぎなたを横に構えて、刀を防いだ。彼女はそれに構わず刀を押し込み、刀を神奈かんなへ通そうとする。彼女も同じだ。本気で人を殺そうとしている。


 やがて二人は互いの武器を弾き、一度距離を取った。そして同時に、同じくらいの大きな声で怒鳴り合う。


「クソ蛇が! ぶっ壊す!」

「ゴミ虫が! ぶっ潰す!」


 尋常じゃない程の殺気をまとった久遠くおん真守まもりがそこに立っていた。

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