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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第2巻 二人の空
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第4章 二人の役割(4)

 真守《まもり》は日本刀を構えて神奈《かんな》と向かい合う。長年追っていた、両親の仇《かたき》が今目の前にいる。殺したい程憎い、殺さなければならない女を前にしている。


 そこで後ろにいるクレメンスが釘を刺すように言う。


「真守《まもり》さん。言っておきますけど、我を忘れているようでしたら……」

「大丈夫ですよ。さっきのはただの軽い挨拶です。それに、急がなければ空麻《くうま》さん達が危ない状況だったでしょう」


 鎧武者と神奈《かんな》の土蜘蛛《つちぐも》は既に実体化している。もたもたしているわけにはいかない。


 それにむしろ真守《まもり》の頭は最高に冴えわたっていた。神奈《かんな》と対峙するのは今日が初めてというわけではない。冷静さを保つ術なら身に着けているつもりだ。


「クレメンスさんは援護をお願いします。くれぐれも出し惜しみはしないでください。下手したら死にますよ」

「ええ、そのようですね」


 神奈《かんな》は真守《まもり》を睨《にら》みつけてこんなことを訊く。


「おいおい、その神父さんはなんなんだよ?」


 対する真守《まもり》は殺気を込め直した。


「今から死ぬ貴様には関係ないでしょ」

「調子に乗ってんじゃねぇぞクソガキがっ!」


 もちろん真守《まもり》は神奈《かんな》をこの場で殺すつもりでいる。しかし私怨よりも優先するべきことがある。空麻《くうま》達をこの場から逃がすことだ。ただ健人《けんと》が鎧武者の相手をしていて、鈴花《すずか》が空麻《くうま》の護衛をしている。真守《まもり》が神奈《かんな》と対峙しなければならないようだ。


「たぁぁぁああああ」


 真守《まもり》は神奈《かんな》に刀を振るう。神奈《かんな》が後退しながらも真守の斬撃を薙刀《なぎなた》で受け止める。真守《まもり》は攻め急がず、急所を狙うことよりも、隙の少ない連撃で神奈《かんな》に防御をさせて、洞窟の出入り口から離れさせることを考えている。


 神奈《かんな》も真守《まもり》の思惑を察したのか、苛立たしさを隠さずに叫ぶ。


「おいおい。あたしのこと憎んでるんだろ? 良い子ぶってじゃねぇぞ」


 神奈《かんな》は挑発するが、真守《まもり》はそれほど憤りを感じなかった。こんな安い挑発の何百倍も怒りを覚えることを十年前にされたのだ。今更小さいことにいちいち構うのも馬鹿らしい。真守《まもり》は淡々と今自分がするべきことをする。


「心配しなくても、貴様は後でゆっくり殺す」

「ああぁ! よほど面白い死に方をしたいようね。土蜘蛛《つちぐも》」


 神奈《かんな》が呼ぶと、土蜘蛛《つちぐも》が横から真守《まもり》に襲いかかる。あの霊体の脚は刺突剣のように鋭い。真守《まもり》の身体など簡単に貫いてしまうだろう。


 しかし真守《まもり》は目の前の敵に集中した。土蜘蛛《つちぐも》の動きはしっかりと見えていて、夜刀神《やとのかみ》で対処することも考えたが、自分が手を下す必要がないと判断したからだ。


「Nein, Zwei, Zwei」


 その声が発せられた直後、土蜘蛛《つちぐも》は水流に押し流された。


「何だと……何なんだよ、その力は?」


 神奈《かんな》は驚愕する。おそらく鈴花《すずか》や健人《けんと》も見ていたら驚いているだろう。戦闘霊媒は知らない能力だ。真守《まもり》は知っているが、実際に彼のこの能力を見るのは初めてだ。


「クレメンスさん。そのまま空麻《くうま》さん達の脱出路を開けてください」


 クレメンスの魔術だ。彼の魔術属性は水である。ミヨクやソニアから聞いたことがあるが、クレメンスはかなり優秀な魔術師であるらしく、実力はソニアに勝るとも劣らないとのことだ。だからソニアという天才魔術師の側近に置かれているのだろう。


 水流では土蜘蛛《つちぐも》に直接的なダメージを与えることはできないだろうが、その位置を動かすことができた。


 逃走経路が確保されたことを鈴花《すずか》も即座に察知したようで、空麻《くうま》の手を引いて走り始める。この様子だと二人が洞窟を抜けるのも時間の問題だろう。


「小癪《こしゃく》な……」


 神奈《かんな》の苛立ちを無視して真守《まもり》は呟く。土蜘蛛《つちぐも》が水に流されたことで、神奈《かんな》と土蜘蛛《つちぐも》が離れた。この絶好の機会を逃す手はない。


「健人《けんと》さん!」


 真守《まもり》が叫ぶと同時に、健人《けんと》が鎧武者から距離を取り、神奈《かんな》の方を向く。


「往《ゆ》け。朱狼《しゅろう》」


 その直後、真守《まもり》と神奈《かんな》の間を大きな霊体が駆けて行った。正確に言えば、その霊体は神奈《かんな》に直撃しようとしていたが、神奈《かんな》が寸前のところで回避したのだ。


 その霊体は神奈《かんな》の土蜘蛛《つちぐも》と同じくらいの大きさの狼だ。赤いオーラを全身に纏《まと》っている。名前は朱狼《しゅろう》という。健人《けんと》が使役している霊体で、龍水《りゅうすい》家が誇る強力な霊体である。


 朱狼《しゅろう》は神奈《かんな》への攻撃には失敗したが、そのまま勢いで走り抜け、出入り口付近で止まった。その頃には鈴花《すずか》と空麻《くうま》が出入り口に辿り着こうとしていた。朱狼《しゅろう》に二人を乗せて、この洞窟から脱出させる算段だ。


「ちっ……逃がすかよ……。麻多智《またち》!」


 神奈《かんな》が叫ぶと鎧武者は出入り口の方を向いた。そしてすぐに空麻《くうま》へ襲いかかるものだと思われたが違った。鎧武者はそのまま動きを止めたのだ。


「おい……。何してるさっさと行け」


 神奈《かんな》が苛立たしそうに言うが、鎧武者は動かない。健人《けんと》は鎧武者から一定の距離を取り、鎧武者の次の行動に備えているようだ。真守《まもり》も神奈《かんな》の姿を目で捉えつつも、鎧武者の動きにも意識を傾ける。


 鎧武者はただ停止したのではない。この停止はさらなる脅威の予兆だ。真守《まもり》にはそう思えてならなかった。


 そしてその予感は的中する。


「がああああああぁぁぁぁぁあああああああああ」


 鎧武者が急に叫びだした。とても人間のものとは思えないおぞましい声だ。霊媒ではなく霊体の声だろう。鎧武者はひとしきり叫ぶと、急に出入り口に向かって走り出した。今は空麻《くうま》や鈴花《すずか》がいる方向だ。真守《まもり》は即座に空麻《くうま》達を守りに行こうと考えたが、鎧武者の異変に気づいて止めた。


「健人《けんと》さん待って」


 健人《けんと》も空麻《くうま》の方へ駆けていたが、真守《まもり》はそれを制する。すると健人《けんと》も気付いたようで、出入り口には向かってはいるものの、真守《まもり》の傍《そば》で一旦止まった。


「しる……しぃぃいいいいいいい」


 鎧武者はそう叫びながら走り続ける。空麻《くうま》と鈴花《すずか》は朱狼《しゅろう》と一緒に脇に避けるが、彼らの方に見向きもしない。空麻《くうま》達も鎧武者を注視しつつも、ゆっくりと出入り口から離れていった。


「はぁ?」


 神奈《かんな》が驚く。それはそうだろう。結局、鎧武者は出入り口を通って、洞窟から去ってしまった。つまり神奈《かんな》は一人取り残されたということだ。


 真守《まもり》は神奈《かんな》の方を向く。邪魔者はいなくなった。鎧武者は後回しだ。さすがの神奈《かんな》でも戦闘霊媒三人に加えて、神奈《かんな》にとっては得体のしれない魔術師を相手にするのは厳しいだろう。


「さて、覚悟はできてるわね」


 真守《まもり》はここで神奈《かんな》を殺すつもりだ。捕縛するべきだと健人《けんと》は言うかもしれないが、神奈《かんな》程の戦闘霊媒を捕縛しても、霊能力を発動されて逃亡される危険性はかなり高い。それに、一分一秒でも神奈《かんな》が生きていることが許せない。


「クソが……。いい気になってんじゃねぇよ!」

「うるさい。貴様はここで死ね」


 真守《まもり》はそう言って、夜刀神《やとのかみ》で神奈《かんな》を攻撃しようとした。しかし出入り口から現れた新たな人影が真守《まもり》の進撃を止めた。


「どうして……あなたがここに?」


 出入り口から現れたのは生きた人間ではなかった。エレンの守護霊であるエリザベスだ。エリザベスはまっすぐに真守《まもり》の方に来て、真守《まもり》の腕を引っ張るような仕草を見せた。私と一緒に来てほしいということだろう。


 エリザベスがここにいる意味を真守《まもり》はすぐに察した。ミヨクとエレンがすぐ近くに来ているということだ。何らかのトラブルがあり、下山を諦めて、真守《まもり》達と合流することにしたようだ。その判断は決して間違っているわけではないが、真守《まもり》としては起きてほしくなかった事態だ。


 そして鎧武者の行き先を思い出して、真守《まもり》はぞっとする。このままでは鎧武者がミヨク達のところに行ってしまう。


 いや、鎧武者はミヨクの気配を察知して、飛び出していったのではないか――。


 ミヨクも標山《しめやま》家の人間だ。理由は分からないが、鎧武者がミヨクを狙うのは不自然ではない。このままではミヨクとエレンが危ない。


「くっ……。とにかくここは退くしかないようね。土蜘蛛《つちぐも》」


 神奈《かんな》が呼ぶと土蜘蛛《つちぐも》は神奈《かんな》の元へ駆けて行く。


「Nein, Zwei, Zwei」


 クレメンスが魔術で水流を放ち、土蜘蛛《つちぐも》の足止めをしようとする。しかし土蜘蛛《つちぐも》は上空に糸を放つ。先程まで攻撃に使っていた塊とは違い、そこそこの太さはあるものの長い糸だ。それを天井の空洞部分の端に引っ掛けた。そして、糸を縮めて身体を浮かせる。神奈《かんな》も土蜘蛛《つちぐも》に駆け寄り、その脚を掴んで一緒に上がっていった。


 一番低いところを狙ったようで、高さは十メートルもない。神奈《かんな》は易々《やすやす》と洞窟から去って行った。


 それを見て、真守《まもり》はすぐに洞窟から出ようとする。


「おい。真守《まもり》!」

「真守《まもり》さん。待ってください」


 健人《けんと》とクレメンスが声を掛けるが、真守《まもり》は聞く耳を持たない。そればかりか足を止めずに健人《けんと》にこう言い残す。


「健人《けんと》さんは空麻《くうま》さん達とここに待機してください。まだ外が安全だと限りませんから」


 そして真守《まもり》は洞窟の出入り口を抜けて行った。外まではそれ程距離はない。一分も走れば抜けられる。ミヨクとエレンがまだ鎧武者や神奈《かんな》と遭遇していないことを真守《まもり》は祈る。


 やがて真守《まもり》は洞窟を抜け、出入り口からそう離れていないところにミヨクとエレンを見つけた。そしてその前に鎧武者と神奈《かんな》がいる。しかし様子がおかしい。鎧武者は膝をついていて、神奈《かんな》は土蜘蛛《つちぐも》に鎧武者を背負わせようしているところだった。鎧武者の霊体が消えかけていて、中身の子供がちらりと見えることがある。


「ちっ……。こんなところでガス欠かよ。命拾いしたようね坊や。というか、どうしてこいつはこんなところに……。その杖……まさか?」

「いきなり出て来て訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ」


 ミヨクはアーミラリステッキを構えて神奈《かんな》達を威嚇《いかく》している。鎧武者はミヨクを見ようとしつつも、やがて力尽き、霊体は消失していった。中身の子供を土蜘蛛《つちぐも》に乗せ、神奈《かんな》は逃げようとする。真守《まもり》はすぐさま彼女達の元へ駆け寄る。


「逃がすかぁ!」

「ちっ……。今日はもうあんたの相手は飽きたわ」


 真守《まもり》が神奈《かんな》を追おうとする。そこで森の陰から一人の男が現れた。神奈《かんな》の手下で、刀を装備している。たまたまこの場に居合わせたようで、神奈《かんな》と真守《まもり》の姿を認めるとひどく動揺したようで、二人を何度も見まわしていた。


 神奈《かんな》はその手下を見つけた途端、彼に駆け寄った。そしてその手下が困惑している内に彼の腕を掴むと、勢いよく引っ張り、真守《まもり》の方に放り出す。手下を犠牲にして逃走するようだ。真守《まもり》としては一匹たりとも逃がすつもりはない。


「おい。お前はあのガキと遊んでやれ」

「えっ……。ま、まさか……鬼蛇《おにへび》?」


 手下の男は神奈《かんな》に言いたそうにしていたが、真守《まもり》がすぐそこまで迫っていることに気づくと刀を構えた。


「そこをどけぇぇええええ!」


 真守《まもり》は迷わずに進んだが、同時に絶望していた。ここにはミヨクとエレンがいる。二人には下山してほしかったのに――。


 そもそも自分が十年前と同じようにミヨクと一緒にいられると思っていたのが間違いだった。自分でミヨクに言ったではないか。ミヨクの知る昔の自分ではないと。


「くそぉぉぉおおおお」


 やぶれかぶれになったのか、手下の男が刀の振り上げたまま突進してきた。神奈《かんな》は既にかなり後ろまで逃げていた。ただでさえ追いかけるのが難しいのに、雑魚の戦闘霊媒とはいえ邪魔が入ったら逃げられてしまう。


 手下の男が刀を振り下ろしてきたのを、真守《まもり》は簡単に避けた。そして男の腹を斬りつける。致命傷を与えた。男の腹は大きく裂かれ、大量の血が噴き出る。


「真守《まもり》……?」


 エレンの声が聞こえる。しかし真守《まもり》は自分を止めない。


 男が倒れる。何もしなくても出血多量で死ぬが、最後に何をしでかすか分からない。あくまで下っ端の雑魚なのでたいした霊能力を持っていないだろうが、それでも戦闘霊媒を殺さないままでいるのは危険だ。たとえ四肢が千切れて、瀕死の状態であっても、物理霊媒能力は発現することができる。それにそもそもこの男は拳銃を持っている可能性が高い。油断はできないし、生かしておく理由もない。


 真守《まもり》は倒れた男の体に刃を下ろそうとする。


「ダメ! 真守《まもり》!」


 エレンが叫ぶ。真守《まもり》にはそれが聞こえていた。


「お兄様! 真守《まもり》が人殺しになっちゃう」


 真守《まもり》にはその声も聞こえていた。そして、エレンの悲痛な訴えに対するミヨクの答えも真守《まもり》はしっかりと耳にした。


「いや……あいつは、そういう人間だ……」


 ミヨクの悲しそうな声を聞きながら、真守《まもり》は男の心臓に刀を突き立てた。

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― 新着の感想 ―
4章(4)まで読んだ感想です。 いやはや、やはり本気の殺し合いが見ていて一番面白いですね。「クソ蛇が! ぶっ壊す!」「ゴミ虫が! ぶっ潰す!」のところ、今までのシーンで一番好きでした。真守が容赦なく人…
土蜘蛛など出てくれば、もうこれは神話の世界まで影響してくる気がして、わくわくしますね。
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