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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第2巻 二人の空
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第4章 二人の世界(2)

 真守まもり達は今日も火輪山ひわざんでミヨクの療養を続けている。真守まもりやミヨクの仮説は見事的中したようで、標山しめやまの森から離れた今でも、ミヨクが意識を失うことはない。体力的にも精神的にも問題はないようだ。真守まもりそばにいることで、夜刀神やとのかみとの繋がりを取り戻したのだろう。詳しい仕組みは分からないが、とりあえずは真守まもりそばにいれば、ミヨクの日常生活に支障をきたさないことが分かった。


「そろそろ大丈夫そうですね」

「ああ、そうだな。むしろ休み過ぎて以前より元気なくらいだ」


 その言葉に真守まもりも安心した。そろそろ虚空間きょくうかんから離れた街中での生活を長くして、ミヨクと夜刀神やとのかみの繋がりが保たれるのかを確認してもいい頃合いだろう。


「ところで……」


 これから何をしようかと言いかけたその時、真守まもりは周りに気配を感じた。エレンも気付いたようで、真守まもりと顔を見合わせる。


真守まもり。誰か人がいるわ。メアリが見つけたみたい。もちろん空麻くうま達とは違う人間よ」

「そうみたいですね。隠しているつもりのようですが、動物霊がざわめいているのがここからでも分かります。余程霊力の高い霊体がいるようですね」


 しかし真守まもり達の方に来る様子はない。山奥へと進んでいると考えられる。


「とりあえず鎧武者は見てないみたい。だけど……」


 エレンが少し躊躇ためらうような素振そぶりを見せた後、意を決したかのようにこんなことを言い出した。


「メアリが見た限りでも、男が三人と、女が一人、あと小学生くらいの子供がいたらしいわ。男は全員刀を持っていて、女は大きなほこみたいなのを持っていたみたいなの」


 そこで、真守まもりに悪寒が走った。最悪な予感が的中してしまった。いや、求めていた展開が訪れたというべきか――。興奮で手が震えそうになる。それを必死に抑えて、平静を装い、真守まもりはできるだけ穏やかな口調で質問した。


「その女の特徴を、もっと詳しく教えていただけませんか?」

「ええ、二十代くらいの若い女よ。身長は真守まもりよりは少し小さいくらい。長い茶髪で、少し垂れ目な感じ、でも目つきは悪いってメアリが言っていたわ。そして……」


 エレンは一拍置いてから、真守まもりが予想していたことを口にした。


「その女の隣に大きな蜘蛛くもを見たって……。その霊体がかなりやばいらしいわ」


 もう間違いようがない。真守まもりがよく知る人物だ。しかし現在のあの女の目的は真守まもり夜刀神やとのかみではないだろう。それよりもあの女が狙っていそうなことを真守まもりは知っている。


「その女は……、山奥へ向かって行ったのですよね」

「ええ、そうよ」


 ということは、あの女の狙いは十中八九、空麻くうまだろう。空麻くうま自身はまだ自覚していないだろうが、彼の霊媒能力は真守まもりの眼から見ても非常に優秀なはずだ。元々は標山しめやま家の人間だから当然だ。その能力が悪者に狙われていても不思議ではない。


「山奥って言ったら、今、空麻くうま達が行ってるじゃねぇか。早く助けに行ってやらねぇと……。俺も行くぜ」


 ミヨクが言った。当然、その流れになるだろうと真守まもりは思いつつ、何を馬鹿なことを言っているのだと怒りそうになる。しかし何とか気持ちを抑えて、あくまで冷静に告げる。


「いいえ、みよ君達は急いで下山してください。そしてしばらくは教会から動かないで。山奥には私が行きます」


 真守まもりはそう言ったが、ミヨクもエレンも納得していないようで、全く引こうともしない。それどころか、二人とも真守まもりに歩み寄る。


「待って。そんなに危険な奴がいるところに真守まもり一人行かせるわけにはいかないわ。私達も行く。ねえ、お兄様。クレメンスさん」

「まあ、行くならみんなでだな。そろそろ本調子になってきたし。もしもの時は……」

「いい加減にしなさいっ!」


 ついに、溜まっていた怒りが爆発してしまった。ミヨクとエレンに悪気はないことは分かっている。空麻くうま達が危険にさらされているから助けたい、そういう強くて優しい心があることも分かっている。


「そんな危険なところにあなた達を連れて行けるわけがないでしょう。少しは状況を考えて物を言いなさいっ!」


 分かっているのに、真守まもりは止められなかった。ただ感情に任せるままに叫んだ。そこで気付いた。これは誰に対する怒りかということを――。


 怒りを向けるべき相手はミヨクやエレンではない、あの女だ。しかしあの女は目の前にいない。だからやり場のない怒りを彼らにぶつけてしまった。これでは警告ではない、ただの八つ当たりだ。そんなことまで考えられないほど、真守まもりは冷静さを欠いていたようだ。


 真守まもりはおそるおそるミヨクとエレンを見る。エレンは怯えてしまって身をすくませていた。ミヨクもたじろきつつも、怪訝けげんそうな視線で真守まもりを見つめる。


「そうだな。軽率な発言だった。それは悪かった。けど、今のお前はおかしいぞ。お前がそこまで言う理由を教えてくれないと俺達も納得できない」


 ミヨクの言う通りだ。しかし真守まもりは言えない。言うわけにはいかない。真守まもりの秘密を知られてしまえば、これまで築き上げてきたミヨクやエレンとの関係が一気に崩れてしまう。それに、これは真守まもり自身の問題だ。ミヨク達を巻き込むわけにはいかない。


 真守まもりが何も言えないでいると、ミヨクがこんなことを訊いてきた。


「その女は、戦闘霊媒なんだな?」

「はい」


 ミヨクの質問に対して、真守まもりは俯きながらも答える。


真守まもりは、その女に何か恨みでもあるのか?」


 真守まもりが沈黙したが、それが同時に肯定の意を表してしまっていることも分かっていた。しかし言い出せなかった。


「図星か……」


 ミヨクはそう呟きながら頭をいた。それからしっかりと真守まもりを見据えて話し始める。


「どういう事情があるかは、今は聞かないでおく。真守まもりが話したくなったら話せばいい。そいつに恨みを持つなって言われても無理なことは分かる」


 ミヨクは自分の気持ちをよく考えた上で話してくれていると真守まもりは感じている。その上で、厳しい視線をぶつけてくる。


「けど、頭に血が昇って無茶なことをするのを許すわけにはいかねぇ。そりゃ、俺も同じ立場ならキレてしまうことがあるけど、でもそれは駄目だと思う。だから、俺はお前一人を行かせない。まだ頭が冷やせないようだったら、俺もお前の言うことを聞かずに勝手にやるよ」


 ミヨクの言い分は分かる。しかしミヨクやエレンを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だからと言って、空麻くうまを助けに行かないわけにもいかない。あの女のことを抜きにしても、真守まもりの主張は変わらない。


「でも……戦闘霊媒は私だけです。霊媒の問題をみよ君達に押し付けるわけにはいきません」


 しっかりと、しかし威圧的にはならずに、真守まもりは告げた。きっとミヨクは怒るだろうと考えた上での発言だったが、意外にもミヨクは困ったような表情を浮かべただけだった。


「しまったなぁ……。そういう眼をして言われると……」


 真守まもりは自分でも驚くくらいに冷静になっている。それはミヨクのお陰だ。真守まもりを止めるための言葉が、逆に真守まもりを後押しする形になってしまったようだ。


 そこで、クレメンスが真守まもりとミヨクの間に入ってきた。


「なら、こういうのはどうでしょうか?」


 先程まで一触即発の雰囲気だったはずだが、クレメンスはにこにこと微笑ほほえんでいる。しかし目が笑っていないことには真守まもりは気づいていた。


「私はヘンシェル教会の人間です。世界と異世界の調和を乱す悪がいるのなら、私は動かなければなりません。だから私も同行しましょう」


 これは提案というより命令だと真守まもりは察した。ミヨクもそれなら納得したという風に頷いている。もし断れば、今度こそミヨクは怒るだろう。もう折れるしかないと真守まもりは判断した。


「分かりました。一応、虚空間きょくうかん内なので魔術は使えると思いますが、相手は戦闘霊媒です。もしもの時はまず私が戦います。クレメンスさんはサポートに回ってください」

「そうですね。それがいいでしょう」


 話がまとまったところで、ミヨクとエレンは素早く帰り支度をして、山を下りて行った。反対に、真守まもりとクレメンスは山奥へと進む。クレメンスは杖などの武装はないようだ。真守まもりは念のために持ってきた木刀を装備している。別れる直前に、ミヨクからこんなことを言われた。


「絶対に無茶するなよ。とにかく、空麻くうま達を助け出すことが優先だからな。それと、危なくなったら逃げろよ」


 下山する時、ミヨクはとても悔しそうに奥歯を噛みしめていた。クレメンスに任せたとはいえ、やはり自分も行くべきだと思っていたのだろう。しかしこれでよかったのだと真守まもりは自分に言い聞かせる。


 真守まもりが前を進み、クレメンスが後を追う。念のためフォルトナー四姉妹の内メアリだけはついて来てもらっている。彼女のお陰で見通しが悪い獣道でも索敵が容易にできる。今のところ敵の気配はないようだ。


 ふと、クレメンスが話しかけてきた。


「先に言っておきますが、あなたが周りを無視するような無茶をしない限り、私はあなたのことを止めませんから。たとえ、あなたが何をしていても、です」

「私が何をしようとしているのか、分かるのですか?」


 クレメンスは分かっていると確信した上で、真守まもりは訊いた。案の定、クレメンスは即答した。


「復讐でしょう」


 真守まもりは振り返らなかった。不思議と苛立ちもなかった。以前からクレメンスはただ者ではないと分かっていた。確かにミヨクやソニアもただ者ではない。真守まもりの眼から見ても戦闘能力が非常に高い。しかしあの二人は戦闘能力が高いだけだ。しかくクレメンスはそれだけではない。今の彼の眼を見ればわかる。戦闘能力が高いだけではなく、命の奪い合いを経験している者の眼をしている。


「その通りです。クレメンスさんはそれを止めないと言うのですか?」

「ええ、あなたが、標山しめやま空麻くうまさん達を助けるという目的を見失わなければ」


「つまり、私が人を殺すことは止めないと……」


 復讐するということは、つまりそういうことだ。真守まもりは人を殺そうとしている。ミヨクやエレンにそんなことを言うと絶対に止められるだろう。しかしクレメンスは平然と言い返す。


「倫理的に駄目だと言ったら止めるのですか? あなたがいる世界も、そういうものではないでしょう」


 そこで真守まもりは気づいた。クレメンスも自分と同じような人間なのだろう。復讐をしようとしているのか、それとも既に復讐を果たしたに違いない。


「ええ、そうですね。迷惑は掛けるかもしれませんが、自分を見失うことはありません。それは約束します」


 その言葉に偽りはない。真守まもりも、無関係な人を巻き込んでまで自分の復讐を果たそうとは思っていない。


 さて、クレメンスとは協力関係にある。真守まもりは敵の情報はちゃんと伝えておくことにした。


「ところで敵のことですが、テロリスト集団です。戦闘霊媒の集まりですが、中には霊能力の弱い人間もいます。ただ、魔術師の方と違って、拳銃といった近代兵器も使いますので気を付けてください。そしてエレンちゃんの報告にあった女は、その集団の幹部にあたる人間です。奴の名前は紅城べにしろ神奈かんな……」


 少しだけ言うのを躊躇ためらったが、もう隠しても仕方ないと、真守まもりは意を決した。


「私の両親のかたきです」

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