第3章 二人の想い(4)
夜になり、真守は宿の温泉に浸かっていた。火輪山近くに滞在する間は、基本的には近くにあるヘンシェル教会の支部に泊まることになっているが、今日は温泉に入りたいということで火輪山の麓にある宿に泊まることになった。温泉には、真守の他にエレンと鈴花しかおらず、ほとんど貸し切り状態だ。というものの、この宿は霊媒のために作られた施設であり、真守のような霊媒が来たら優遇されるようになっている。
そこで三人でおしゃべりすることになった。女子が三人集まっているので、話題は当然恋の話になる。切り出したのは真守だ。
「ところで鈴花さん。実際のところ、鈴花さんは空麻さんとお付き合いをしているのですか?」
真守としては当然気になるところだと思っていたのだが、鈴花にとっては予想外の質問だったらしく、顔を赤らめて首を横に振りだした。
「そんな……空麻君とはそういう関係じゃないですよ」
鈴花はそんなことを言うが、真守は簡単に信じることができない。空麻と鈴花の仲が良いところは学校で何度も目撃しているのだ。あからさまに恋人同士であるかのような素振りは見せていないが、お互いに全く意識していないわけがない。
「じゃあ、鈴花さんは空麻さんのことをどう思っているのですか?」
「どう思ってる……って……」
困惑する鈴花に容赦することなく、真守は鈴花に寄っていく。
「そりゃ……空麻さんと恋人同士になりたいと思っていますか? ということですよ」
さらに困惑した鈴花はエレンの方へと視線を送った。しかしエレンは目をつむって首を横に振る。
「鈴花。諦めなさい。こうなった真守は止められないわ。私だって同じように攻められたものよ」
そう言えばそんなこともあったと真守は思い出す。エドガーを捕まえてミヨクの容態が回復した頃に、エレンと一緒に眠ることがあり、その時エレンに恋の話を持ち掛けたのだ。残念ながら、エレンからは真守が気に入るような話は聞けなかった。
念のため、真守はエレンにも聞いてみた。
「そう言えばエレンちゃん。あれから結構経ちましたけど、彼氏はできましたか?」
「いいえ。ご期待に沿えなくてごめんなさいね」
そうエレンが答えると、真守はつまらなさそうに唇を尖らせる。
「ええ……。でもエレンちゃんくらい可愛い子だったら、告白してくる男の子が一杯いるでしょう」
「そんな人いないわ。前にも言ったでしょ。私みたいな人間はあまり人気がないのよ」
魔術師の世界では、恋人選びは魔術師としての家柄や魔術属性を考慮されることが多いらしい。そしてミディアムを恋人として選ぶ人は男女関係なく少ない。そういう事情もあって彼氏はできないとエレンは言っていた。しかしエレンは理想が高そうだし、そもそも恋愛にあまり興味がなさそうだ。それを真守は寂しく思う。
「では、エレンちゃんの今後にご期待ということで……」
真守は視線を鈴花に移した。鈴花は標的がエレンに変わったことに安心していたらしく、真守の注目が自分の戻ってきたことに驚いていた。
「鈴花さん。話を脱線させてしまってごめんなさい。ところでさっきの質問なのですけど、鈴花さんは空麻さんのことが好きなのですか?」
真守の見立てでは、鈴花は空麻のことが好きだ。だけど霊媒の立場を考えて告白できないでいる。それならば鈴花を後押ししなければならないという謎の使命感を真守は持っていた。
「いえ……そんな……。確かに気にならないことはないですけど……」
真守の予想通り、鈴花は空麻に気があるようだ。しかしその想いを打ち明けないでいるような印象を受ける。真守にはその理由も察しがついた。
「もしかして、自分が霊媒だから空麻さんに恋してはいけないって思っていますか?」
真守の問いに対して、鈴花は首を縦に振った。確かに自分達は霊媒だ。そして霊媒能力を駆使して戦う、戦闘霊媒と呼ばれる人間だ。そんな人間が、霊媒でもない人間に恋するのはとても難しいことだ。鈴花は比較的戦闘に参加しない方だが、それでも負い目は感じるだろう。
それを理解しつつも、真守は反論する。
「でも空麻さんも霊媒ですよ。今は自分の力を忘れているだけで、元はとても才能のある霊媒なはずです。もうこちらの事情も知っていることですし、今なら問題はないのでは?」
「けど、私達、龍水家は空麻君を巻き込んだから……。私には空麻君を好きになる資格はありませんよ」
鈴花はそう言うが、空麻は龍水家に保護されているのであり、巻き込まれたわけではない。むしろ空麻を保護しなければ彼が危険に晒されていた可能性が高い。そもそも仮に鈴花が空麻を巻き込んだとしても、それで鈴花が空麻に恋してはならない理由にはならないと真守は考える。
真守は鈴花に何か勇気づける言葉をかけようとしたが、その前にエレンがこんなことを言った。
「鈴花。それで遠慮してしまうということは、そもそも好きじゃないということよ」
なかなか厳しい指摘だが、その通りだと真守は思う。本当に空麻のことが好きなのであれば、多少厄介なことに巻き込んでしまったとしても、自分がなんとかするから大丈夫だと思うはずだ。
それはともかくエレンの発言は真守にとっても意外であった。
「エレンちゃん。けっこう熱いこと言いますよね」
恋愛に対して疎いと思いきや、本当は興味津々なのだろうか。エレンはいつもの涼やかな態度は変えずに、何でもない風にこう答えた。
「別に……。ただ、鈴花と似たような考えの人を知っているから……」
なるほど。それをアドバイスするということは、なんだかんだ言ってエレンは鈴花のことを友達だと思っているということだろう。
真守は改めて鈴花の方を向く。
「鈴花さん。そういうことだと思いますよ。巻き込んだとか、資格がないとか、そんなことは置いておいて、まずは自分の気持ちと向き合ったらどうですか?」
確かに相手を思いやることは大切だ。しかしだからといって自分の気持ちを封じ込めていい理由にはならない。真守はその想いを伝えてみると、鈴花はゆっくりだが、はっきりと分かるように頷いた。
「分かりました。よく考えてみます」
鈴花の恋が成就してほしいと真守も思う。今後は進捗状況を逐一チェックして、鈴花の報告を受けることにしよう。
そこで鈴花は上目遣いで真守に訊く。
「それにしても真守さん。楽しそうですね」
「それは、女の子同士で恋バナしているのですから、楽しいに決まっているでしょう」
どこか不満そうな表情を浮かべる鈴花の横から、エレンがこんなことを言ってきた。
「人の話しにくいところを話させて、困っているところを見て楽しんでいる、つまりこれも一種のサディストね。確かに、真守ってそういうところがあるわ」
サディスト。他人に肉体的及び精神的苦痛を与えることに喜びを感じる人のこと。自分はそんな酷い人間であると思いたくないが、始めて言われたことでもないので反論もしにくい。むしろよく言われる。
追撃するように、エレンが言葉を続ける。
「ところで、真守にも話していただきたいわね。恋愛事情を」
真守は困った。しかしそれは、恥ずかしいから話したくないという理由ではない。もっと根本的な問題だ。
「あの……私には、残念ながら、特にそういうの浮いた話はありませんから」
「それでも、真守なら告白されることくらいはあるでしょう」
エレンが突っ込んでくる。しかしこれに対しても相手が満足するような回答を真守は用意できない。
「ありませんよ。中学の時は少しだけありましたけど、高校になってからは一度もありません。霊媒仲間の中でもまったくありません」
真守は今まで恋というものに無縁だった。戦闘霊媒の中でも避けられがちだったし、学校内でも少し距離を置かれていた。
そこで鈴花が何か疑問を持ったのか、首を傾げた。
「あれ……。久遠先輩って、一年生の時に三年生のアイドルみたいにかっこいい男子に告白されたんじゃなかったでしたっけ。そして、消えろって言って振ったとか」
そんなこともあったと真守は思い出した。一時期学校中で噂になり、なぜか当時の三年生の女子に責められることもあった。しかしあの話には大きな誤解がある。
「だって、あれは告白なんて可愛いものじゃなかったですもの」
あの男子生徒が意図的に真守を悪く言っただろう。特にその男子生徒に対する憤りは感じず、むしろ真守は哀れに思った。
「初対面なのに、急に体育館裏に呼び出されて、壁際まで迫られて、俺と付き合えよ、って言われたんですよ。俺は学校のスターだし、とか、先輩の俺が大人の世界を教えてやる、とか、気持ち悪いことさんざん言われました。きっと、私みたいな女なら簡単に遊べると思ったんでしょう。だから私は怒ったのです」
「なるほど……。それは嫌ですね……」
鈴花は納得しかけたが、すぐにまた別の疑問を持ったようだ。
「でも、久遠先輩なら簡単に遊べるというのは違うと思いますよ。むしろ先輩を彼女にして自慢したかったんじゃないですかね」
鈴花がそう言うと、真守はおかしそうに笑った。
「まさか……。私みたいな地味で、眼つき悪くて、可愛くない女、彼女にしても自慢になりませんよ」
「えっ……?」「えっ……?」
そこで、場の空気が一気に凍り付いたのを真守は感じた。鈴花とエレンが信じられないという風な眼差しで真守を見ているのだ。さすがに異様な雰囲気を察して、真守は笑みを消した。そしておそるおそる訊いてみる。
「あの……、どうしましたか?」
「どうしましたかじゃないですよっ!」
鈴花が急に大声を上げた。少し怒っているようにも見える。真守は訳が分からず、エレンに助けを求めたが、エレンも鈴花側についているようで真守を睨みつけていた。
鈴花が真守に詰め寄り、畳みかけるように言う。
「久遠先輩、自分が美人だって自覚ないんですか? みんなの憧れの的なんですよ。告白されないのは、あの事件の所為で怖がられているだけで、先輩と付き合いたいと思っている男子はいっぱいいますよ」
鈴花の熱弁に押されて、真守は何も言えなくなってしまった。横でエレンが深く考える仕草をしながらこんなことを言う。
「そうね。まあ、自分の容姿を自慢するような性格ではないとは思っていたけど、まさかコンプレックスを持っていたなんて……」
エレンも鈴花もそう言うが、真守自身はそんなことを今まで考えもしなかった。むしろ自分は目つきが悪く、男受けしない顔立ちをしていると思っていた。
「お二人ともお世辞が上手ですね……。そんなにおだてたって何も出ませんよ」
「お世辞じゃありません!」
これ以上否定しても無駄だと真守は察したが、それでも頷くことはできなかった。自分のような人間が男性に好かれることも、ましてや自分が恋人を持つことも全く想像ができない。
「私は久遠先輩が羨ましいです」
自分は鈴花のような可愛らしい容姿が羨ましいと思っているが、それを口にできる雰囲気ではないと真守は判断した。
「それは……光栄です……」
そう言いながらも、真守は心の中では納得できなかった。エレンはともかく、鈴花は真守がどういう人間かを知っているはずだ。
自分には、恋人を作るというような、人並みの幸せを得る資格はない。




