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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第7章 境界の標(5)

 ミヨクは『白い魔女』の魔術を自分で行使してみて、その効果に驚いていた。魔法陣が発生しないということは相手にとっては対処しにくいだろう。相手の魔術の魔法陣を頼りに相手の戦術を読む魔術師ならば尚更だ。


 それよりも驚いたのは、魔力の消費が想像以上に少ないことだ。通常の魔術は並行世界から物質を集めるので、その照応のために魔力を多く消費する。しかし『白い魔女』の魔術には、その照応のための魔力が必要ない。だから魔力の消費が少ないとミヨクは推察した。


「Acht, Acht, Acht」


 ミヨクは蛇のエーテルを放つ。突撃してくるエドガーを止めるためだ。しかしエドガーは巨大な腕を振るって、強引に蛇のエーテルを振り払う。防御のために一旦立ち止まるということがなくなった。巨大の腕はミヨクの攻撃によって破壊されるが、その度にエドガーは新しくエンチャント魔術を行い、巨大な腕を再び作る。


「Acht, Drei」


 砲撃を普通のエーテルから蛇のエーテルに変えただけではエドガーは止まらない。だからミヨクは蛇のエーテルならではの戦法を実践する。攻撃の始めは、今までと同じような蛇のエーテルのようだったが、それはエドガーに命中する前に二手に分かれて、エドガーを囲った。そしてエドガーを縛り付ける。



「こんなこともできるんだ……」


 エドガーは感心したように言う。まだ余裕があるようだ。ミヨクは油断せずに次の詠唱を行った。同時にエドガーも何かを唱える。


「Acht, Acht, Acht」

「Tear off」


 エドガーを囲むように、地面に魔法陣が展開された。地面から獣の腕のようなものが二本飛び出し、蛇のエーテルによる拘束を引きちぎる。エドガーは再び自由になった。その時には蛇のエーテルの砲撃がエドガーに直撃しようとしていた。


「惜しいね」


 エドガーが巨大な腕を振って、蛇のエーテルを弾く。直撃はしなかったものの、ミヨクは手ごたえを感じた。蛇のエーテルはいろいろな戦術を可能とする。同じ手は通じないだろうが、他に策を練ればエドガーに攻撃が届く。エドガーが接近してくるのならば、その可能性が増えるだろう。


「これではらちがあかない。Rush」


 しかしエドガーは足に魔術を施して後退してしまった。声は聞こえないが、エドガーが何かを唱えているのがミヨクには見えた。何にせよエドガーの好きなようにさせない。そう思いミヨクも魔術を行使する。


「Acht, Sieben, Acht, Acht, Acht」


 エドガーの逃げ道をなくすように、ミヨクは蛇のエーテルを広範囲に渡って放出した。それがエドガーに届く前に、エドガーの前に巨大な魔法陣が展開された。


「何……」


 エドガーが照応したのは、巨大な骨の壁だ。幅はこの道いっぱいで、高さは十メートル程の巨大な壁が立ちはだかった。攻撃を広範囲にしたのが仇になったのか、蛇のエーテルは威力が低いようで骨の壁を砕くことができなかった。


「みよ君……。上……」


 真守まもりに言われなくてもミヨクには見えていた。骨の壁上から人影が飛び出してきた。それは段々と肥大化していく。巨人と呼ぶには人としてのバランスが取れていない。手と認めるには異常に短く、頭はほぼ胴体に埋まっている。そもそも顔のパーツなどない。毛のないただの肉の塊だ。それが倒れ込み、骨の壁を潰した。


「Acht, Sieben, Füuf, Sieben, Füuf, Zweiundzwanzig」


 ミヨクは急いで詠唱する。あれは歩く機能を有していない。しかしミヨク達を襲うのにそんなものは必要ない。道幅を埋め尽くす程の胴体で、ただ転がりさえすればいい。


 肉の塊が転がり始めた直後、ミヨクは通常のエーテルを噴射した。なんとか肉の塊を押し留めるものの、押し返すことはできない。


「Sieben, Sieben, Sieben」


 ミヨクはさらに魔法陣を展開して、噴射の威力を上乗せする。そこでようやく肉の塊の前進が止まっていく。ついには反対側へ向かっていくようになった。


「見事だね。ミヨク君。Bind」


 木々の隙間からエドガーが奇襲を仕掛けてくる。三本の肉のむちがミヨク達に襲い掛かる。


「させません」


 しかし真守まもりがミヨクと肉のむちの間に立ち、夜刀神やとのかみを物質化してそのむちを叩き落した。やはり限界が近いのか、直後に真守は膝を落とす。

 ミヨクは砲撃で肉の塊を押し返し、エドガーの方へ振り向く。


「Distort」


 エドガーはすでに魔術を放っている。肉のむちの群れが迫っていた。真守まもりは膝をついたままで、ミヨクは先程の魔術の反動で魔術が上手く発動できない。そもそも一瞬で、あの数のむちを防御するのは不可能だ。せめて真守まもりを庇おうと前進する。


真守まもり……」


 しかしできなかった。真守まもりがミヨクを彼女の後ろへ引っ張り、大声で叫ぶ。


夜刀神やとのかみっ!」


 そして視界は黒に覆われた。その黒は全てエドガーへ向かう夜刀神やとのかみだと把握するのに、ミヨクは三秒の時間を要した。限界だったはずの真守まもり夜刀神やとのかみを大量に物質化したのだ。夜刀神やとのかみは無造作に木々をなぎ倒して森を黒に染めていく。やがて攻撃は止み、夜刀神やとのかみは消えていった。


 すると膝で立っていた真守まもりが、そのまま前方に倒れてしまった。


真守まもり……。おい、真守まもり……」


 ミヨクは真守まもりを仰向けにひっくり返す。息はあるようだが、完全に意識を失ったようだ。それを確認すると真守まもりをゆっくりと寝かせた。


 そして夜刀神やとのかみの攻撃の爪痕を見る。倒れた木々の上に、一人の人影を認めた。エドガーだ。まだ生きているようであるが、大きなダメージを負っているようで、肩で息をしているような状態である。今は魔術による巨大な腕や、その他の武装はないようだ。


「Drei, Drei」


 ミヨクはすかさずエドガーに攻撃しようとした。しかしできなかった。蛇のエーテルを放出したつもりだったのだが、放出されなかったのだ。魔力もしくは蛇のエーテルが尽きてしまったのかとミヨクは考えたがそれは違う。


 そこでミヨクは察した。やはり真守まもりがミヨクと夜刀神やとのかみを繋げていたのだ。その真守まもりが力を使い果たしたということは、今のミヨクは『白い魔女』の魔術によって蛇のエーテルを放出できない。


 そして放出することのできない蛇のエーテルを選択してしまったことが裏目に出た。エドガーが攻撃してくる。ミヨクは後手に回ってしまった。


「Distort」

「Zwei」


 エドガーは二本の肉のむちを放つ。ミヨクは何とかエーテルの盾を出したが、簡単に弾かれてしまった。


「ぐあぁ……」


 ミヨクは後ずさりながらも、すぐに前に出る。そしてエドガーに対峙した。


「正直、さっきのは死ぬかと思ったよ。でも、これでチェックメイトだ。君達の負けだ」

「まだ、終わってねぇよ。Drei」


 ミヨクは杖を持っていない方の手を前に出して、砲撃を放つ。普通のエーテル砲撃だ。魔法陣で軌道を読んでいるようで、エドガーは魔術を使うまでもなく簡単に回避した。


「強がるなよ。君、もうあの黒いエーテルは出せないんだろ」


 当然エドガーはミヨクの状態を見抜いている。ゆっくりとミヨクに歩み寄る。


「もう魔力に余裕がないんだよ。ソニア達が来てしまったら逃げないといけないし、魔力は温存させてもらうよ」


 エドガーはあと二十メートルでミヨクに辿り着くというところまで来た。そこで、エドガーは「Break」と唱えて骨の棒を作り出した。


「Drei」

「無駄だって」


 ついにミヨクの砲撃はエドガーの持つ武器によって弾かれる。そのままミヨクとエドガーの距離はたったの二メートルになった。エドガーは武器を振り上げる。ミヨクはこの時を待っていた。


「Drei」


 ミヨクは大声で叫ぶ。それを聞いて、エドガーは笑ったが、すぐに表情を曇らせた。


「魔法陣は……がっ」


 エドガーに腹にエーテルの砲撃が突き刺さった。細い針状のもので、深く刺さっているわけではないが、それでもエドガーの動きを止めるには十分だ。


「Drei, Vier」


 ミヨクは素手の方の腕を振り上げた。その手首には魔法陣が巻かれている。残った魔力を振り絞り、エンチャント魔術による打撃を放った。


「エドガァァァアアアア」


 エーテルを含んだミヨクの拳がエドガーの顔面にめり込んだ。エドガーの身体は少し浮いて、五メートル程吹っ飛ぶ。そして仰向けに倒れた。もう立ち上がる力は残されていないようだ。ミヨクはゆっくりとエドガーに歩み寄る。


「がはっ……。どうして、魔法陣がないのに……。『白い魔女』は出せないはず……」


 確かにエドガーに言う通り、エドガーの腹に刺さったエーテル魔術には魔法陣が現れなかった。エドガーは勘違いしていたのだ。蛇のエーテルを出せないことと『白い魔女』の魔術が使えないことは同義ではない。


「まさか、君は自分自身の……」

「そうだ。自分のエーテルを使った」


 自分自身のエーテルで『白い魔女』の魔術を行使したのだ。エドガーの驚きはミヨクには分かる。使う分量を間違えてしまえば、ミヨクは肉体と魂の繋がりを失い死亡してしまう。だからミヨクはできるだけ少なく、かつ大きなダメージを与えるために、細い針のような形状にしたのだ。


「そうか。僕の負けか……」


 エドガーは言った。そして、ミヨクを見つめてこう訊く。


「何をしている。殺しなよ。殺したいほど憎いはずだろ。今なら絶好の機会だ」


 エドガーの言う通り、ミヨクはエドガーを殺す力は残っているし、エドガーに殺意を持っている。エドガーに人生を振り回されたのだ。大切な人も傷つけられた。今すぐその心臓に刃を突き刺したい。しかしミヨクは留まった。


「いや、お前はメイスラに連れ帰る。裁判を受けて、罰を受けるんだな。どうせ死刑だろうと思うけど」

「そうか。今殺しておかないと、後悔するよ」


 エドガーは最後の力を引き出すように声を出す。憎しみの籠められた声だったが、その憎しみは、自分を倒したことではなく、自分を殺さないことに対するもののようにミヨクは感じた。


「今僕を殺しておかないと、僕はいつか必ず君の大切なものを奪う。君の妹も、君の師も、ソニアも、メリッサも、君の友人も、そして、あの蛇の女も、みんな殺して、そして君を従わせる。そして僕は、僕の望む世界を作る」


 エドガーは目を閉じた。ようやく気絶したようだ。方法は歪んでいるが、エドガーは本気で魔術師のための世界を作ろうとしていた。まぶたを閉じる前の瞳から伝わって来たとてつもない執念だけはたいしたものだとミヨクは感心する。


 ミヨクは何とかエドガーをソニア達の元に運ぼうと思い、エドガーを縛るためのものを探そうとしたが、それが出来なかった。ミヨクも倒れてしまう。


 単なる体力の消耗ではない。夜刀神やとのかみとの繋がりを切られた上、ミヨクは『白い魔女』の魔術で自分のエーテルを消費したのだ。肉体と魂の繋がりがまた弱くなってしまったのだろう。


 うつ伏せに倒れたミヨクは顔を上げる。すると倒れた真守まもりの姿が見えた。エドガーのことを忘れて、とにかく真守まもりの元に向かおうとする。何かを考えていたわけではない。ただ本能で真守まもりの元へ進んでいたのだ。


 ミヨクは手を伸ばす。もう少しで真守まもりの髪に届こうというところで、ミヨクは意識を失った。

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