第7章 境界の標(4)
真守は目の前の敵を見据える。エドガーが現れることは真守もミヨクも確信していた。エドガーは『白い魔女』を狙っている。だから、『白い魔女』となり得るミヨクのことを監視していて、ミヨクが『白い魔女』になるのを窺っていたのだろう。
「よう。エドガー。まだ、何かあるのかよ」
ミヨクが嫌悪感を隠さないような声でエドガーに話しかける。対するエドガーはどこか友好的な態度を取っている。
「ああ、『白い魔女』になったお祝いにね」
「祝ってもらいたくないんでな。悪いが消えてくれねぇかな」
真守もミヨクと同じ想いだ。ミヨクには『白い魔女』になってほしくない。今でも『白い魔女』でなくす方法を考えているところなのだ。しかし目の前の男はそれを望んでいないことは真守もよく分かっている。
「そういうわけにもいかないんだよ。君が『白い魔女』になった今、同志として君を勧誘するのは僕の義務でね。まあ、そういうことだから僕と一緒に来い。そして、魔術師だけの世界を作ろう」
「お断りだ」
ミヨクは即答した。そしてこんなことをエドガーに訊く。
「そんなに仲間が欲しかったら、俺を乗っ取った夜刀神に言えば良かったのにな……。夜刀神ならお前と思想は同じだったぜ」
ミヨクの言う通りだと真守も思う。夜刀神の戦いの時に、いつエドガーが現れるかと警戒していたのだ。エドガーが来ても対処ができないわけではなかったが、間違いなくさらに苦戦を強いられただろう。
「ああ、そうだったんだ……。まあ、その夜刀神とやらが僕に協力する保証はないし。日本の神様か何かは知らないけど、そんな畜生と組む気はないよ」
エドガーはつまらなさそうに言う。夜刀神が畜生かどうかはともかく、魔術師とは相いれない存在だろう。たとえ無術者の排除という共通の目的があったとしても、その先に求める結果は異なる。真守はそう解釈した。
「そんなことより、てめぇ、洞窟の方から来たな。エレン達はどうした?」
ミヨクはエドガーに訊く。真守もそれは気になった。エドガーは真守達が祠の洞窟へ向かう道を塞いでいるのだ。ミヨクが『白い魔女』になったことを知っているということは、真守達が夜刀神の祠に入っていたことも把握しているのだろう。だとしたら、既にエドガーはエレンやソニアを襲撃したとも考えられる。
しかしエドガーは首を横に振った。
「いいや。何もしていないよ。僕には『白い魔女』である君しか興味がないからね。君が洞窟から飛び出して来た時に、様子見で後を追っただけだ。そもそもあそこにはソニアやあの牧師もいるんだろ。なぜ洞窟から出てこないのは知らないけど、僕も無駄にリスクを負うようなことはしないよ」
ソニアが気絶したことをエドガーは知らないようだ。嘘を言っているようではないし、そのことについては安心していいだろうと真守は思った。それより今はこの状況を打破するべきだ。
「さて、僕の誘いを断るということは、僕は君を従えさせないといけないということになる。そうなると僕はそこの女を殺さないといけなくなる。それはお互いに困ったことだと思わないかい」
困るという割には、エドガーは愉快そうに口角を上げながら言う。ミヨクも真守も黙っていると、エドガーはさらに続ける。
「でも、僕の誘いを受けるというのなら、僕達は仲間だ。その仲間の女に手を出したりはしない。なんなら連れてもいい。夜刀神の力を使う以上、その女がいた方が、都合がいいだろう」
「くだばれ獣野郎」
ミヨクがそう言い捨てた。私を助けるためにエドガーに従わないで、と真守は言おうとしたが、それは杞憂だったようだ。ミヨクはエドガーを睨みつけて杖を構える。真守も戦闘態勢に入った。真守は武器を所持していないが、今なら夜刀神で戦うことができる。
「やはり、交渉決裂だね……」
まるでミヨクが断る方を望んでいたかのようにエドガーは笑った。そして前方に片手を掲げる。エドガーが詠唱する前に、真守は夜刀神の黒い影を出した。出すには出したのだが、それは真守が意図したものではなかった。
「えっ……」
黒い影は六本だけ真守の周囲に漂うだけで、それ以上は進まなかった。独占権は得たはずだと真守は一瞬混乱したが、すぐに状況を察した。単に真守自身の力が尽きかけているのだ。夜刀神との戦いで霊力、ミヨク達がいうところのミディウムを大量に消費したのだろう。ミヨクに憑依した夜刀神の攻撃に無理矢理繋いで、攻撃を反らしたりしたのだ。戦闘中に力尽きなかった方が不思議なくらいだ。
「Distort」
「Zwei, Zwei」
エドガーが肉の鞭を放ち、ミヨクが真守の前に出てエーテルの盾を出した。そのエーテルは黒い夜刀神のものではなく、魔法陣を通じた白っぽい光だ。それでエドガーの攻撃は防がれた。ミヨクは視線だけを真守に向けて早口で言う。
「疲れてるんだろ。休んでろ」
ミヨクはそんな優しい言葉を掛けてくれるがそうもいかないと真守は思う。とにかく真守は考えた。おそらく疲れに加えて、ミヨクに繋いでいる分の夜刀神も真守が制御しているので、真守に対する負担が大きいのだろうと予想する。
「折角『白い魔女』になったんだから、『白い魔女』の魔術を出しなよ」
「ボケが! 使いどころってものがあるんだよ」
ミヨクは杖を前に出して詠唱する。
「Acht, Acht, Acht」
それによって放出されたエーテル砲撃も、蛇のエーテルではなかった。直線的な弾幕がエドガーに襲い掛かる。
「Harden」
エドガーは白い壁を出して、ミヨクの砲撃を防ぐ。おそらく以前に襲っていた時に射出していた杭と同じで骨で出来ているのだろうと真守は考えた。
エドガーは骨の壁から飛び出して、こちらへ接近してくる。対するミヨクは再び砲撃の構えを取った。
「Acht, Sieben, Drei」
「Harden」
しかしミヨクの砲撃は普通のエーテルであり、骨の壁によってエドガーに容易く防がれてしまう。さらにエドガーが接近してくる。
「みよ君。私のことは気にせず、夜刀神のエーテルを使ってください」
真守は咄嗟に叫んだ。使いどころうんぬんの話は嘘だ。ミヨクは蛇のエーテルで『白い魔女』の魔術を行使できて、そんなものを出し惜しみする意味はないはずである。それなのにしないということは、真守に何らかの負担が生じると思って躊躇っているのだと真守にも分かった。
「でも……」
「いいからやりなさい!」
真守が叱りつけると、ミヨクはようやく頷いた。
「Acht, Acht, Acht」
今度のミヨクの魔術は魔法陣が現れなかった。エドガーはそれをすぐに察知したようで、前進を止めて詠唱を唱えた。
「Rush」
黒い蛇のエーテルが何本もミヨクから放たれる。それは普通の直線的なエーテル砲撃と違い、やはり生き物のようにうねりながら進み、エドガーを包囲するように襲い掛かった。エドガーは防御が適切ではないと判断したのか、後ろへ大きく跳躍した。結果的に、エドガーへ攻撃は届かなかったが、エドガーを大きく後退させることができたようだ。
「どうやら、効果的なようですね」
「ああ、そのようだな……」
エドガーは明らかに対処に戸惑っていた。魔法陣が発生しないということは、攻撃の軌道や特性が全く読めないということだろう。それに蛇のエーテルはそれ自体が自由に動く。エドガーも似たような攻撃をするのだから、こちらの手の内は少しわかるものの、やはり相手にするのが困難だと感じているだろう。真守はそう分析した。
「なるほど、くくく……。これは面白い……」
エドガーとしては苦戦を強いられる状況であるはずなのに、エドガーは楽しそうに笑う。彼にとってはそれ程『白い魔女』という存在が魅力的に映ったのだろう。その気持ちは真守にも分からなくはない。強大な力は魅力的だ。だからこそ、その力に溺れる人間に使わせるわけにはいかない。
「Acht, Sieben, Drei」
「Distort」
今度は似たような攻撃の対決になった。ミヨクは蛇のエーテルを、エドガーは肉の鞭を放出した。それらは、両者の数は同じくらいだ。蛇のエーテルは上下左右の乱雑な揺れを伴ってエドガーに向かう。対する肉の鞭はそれぞれ蛇のエーテルに狙いを定めるように迎え撃つ。
両者の攻撃がぶつかった。肉の鞭と衝突した蛇のエーテルは呆気なく霧散するが、肉の鞭も死んだように落ちていく。こうして肉の鞭は全て落ちたが、蛇のエーテルは迎撃を受けなかったものもあり、それらはエドガーへ襲い掛かる。
「Rush」
エドガーは横に飛んだ。それによって蛇のエーテルは回避されたが、ミヨクが一手先を行く。間髪入れずにミヨクは詠唱する。
「Drei, Drei」
ミヨクは速い攻撃を二発加える。速さを重視したのか、蛇ではなく普通のエーテルだ。エドガーが着地した場所に的確に着弾した。
「Harden」
エドガーは小さな骨の盾を作って、エーテル砲撃を防いだが、衝撃を殺しきれなかったようで、後方へと弾かれた。
「Acht, Acht, Acht」
ミヨクは好機と思ったようで、すかさず蛇のエーテルで追撃する。エドガーが倒れたところにいくつもの蛇が押し寄せて、大きな土埃を上げた。その所為でエドガーの様子は真守からは見えない。
「やりましたかね……」
ミヨクが蛇のエーテルの攻撃にどれだけの殺傷能力を付与したのかは真守には分からないが、直撃したらただでは済まないようなものだと感じた。死んでいてもおかしくはない。そもそも手加減できる相手ではないので、殺すつもりでやったのだろう。
それにエドガーが態勢を崩していたところに、ミヨクは広範囲の攻撃を繰り出したのだ。防御も回避も不十分だったに違いない。もちろんエドガーの姿を確認するまでは反撃に対する警戒を怠らないものの、真守はミヨクが勝ったものだと思った。
「いや……まだだな」
土埃が晴れる。そこには人影が立っていた。しかしそのシルエットは人と表現していいのかどうかは分からないものだった。腕は巨大に膨れ上がっており、頭や胸もエドガーのよりかは大きく見える。魔術で何かを纏っているように真守には見えた。
「はぁ……。どうやら調子に乗り過ぎたようだね。ミヨク君を殺しはしないが、それでも僕の気が済むまでいたぶられてもらうよ。その上で従わせてやる。ああ、その女はすぐ殺そうと思ったが、君の前でなぶってやってもいいな。そうすれば君は己の愚かさに気付くだろう。我ながらいい考えだ」
エドガーの雰囲気が変わったと真守は直感した。へらへら笑っているのは変わりないが、殺気が先程までとは段違いだ。今までは様子見の為でもあったのか、手加減をしていたようだが、そろそろ本気で来るようだ。
「ほざけ。てめぇはここで倒れろ。エドガー」
ミヨクは杖を構えて、エドガーが前進する。二人の戦いがまだ続く。
真守はミヨクを見守ることしかできないことのもどかしさを感じつつも、自分には何かできないかを必死で考えていた。




