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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第7章 境界の標(3)

 ミヨクは意識を戻した。自分の眼で、自分が今どこにいて、何をしているのかを認識する。しかし身体は動かすことができない。厳密に言えば、身体は動いているが、操られていて自分の意志で動かすことができないのだ。


「気分はどうだ」


 ふと、声が聞こえてきた。外部から発せられたものではなく、ミヨクの頭の中に直接伝えられているというよう声だ。聞いたことがない声だったが、ミヨクにはそれが夜刀神やとのかみのものだということがすぐに分かった。


「止めろ。夜刀神やとのかみ


 ミヨクは頭の中で念じた。すると、その相手に伝わったようだ。


「何を止めろと言うのだ」

「何もかもだ。とりあえず真守まもりに攻撃をするのは止めろ」


 ミヨクの身体は今、魔術を行使して真守まもりを攻撃している。蛇の形状をした黒いエーテルを放出して、真守まもりを殺そうとしている。真守まもりはそれを回避したり、どういうわけか攻撃の軌道を捻じ曲げて対処している。


「何の不満があるというのだ。お前は魔術師という存在なのだろう。魔術師は魔術を知らない者に支配された世界が憎いのではないか。我とお前では愚かな世界を一変できるだろう。エドガー・テルフォードとやらに協力してやってもいい。我と奴の目的は似ている」


 夜刀神やとのかみと繋がっているミヨクには分かる。夜刀神やとのかみは神の領域を広げるため、人間の世界に進撃しようというのだ。いまやミヨクは『白い魔女』である。世界のどこにいても魔術行使が可能となる。さすがに一人では無術者むじゅつしゃの殲滅などできないだろうが、同志を増やしていき、同じの魔術を持つ者を増やしていけば、いずれは魔術師が支配する世界が実現するかもしれない。


 しかしミヨクはそんなことを望んでいない。他人をしいたげてまで、魔術師の世界を広げようと思っていない。


 今ならミヨクもアイラの気持ちがよく分かるような気がした。望んでいないにもかかわらず、吸血鬼という不老不死にされ、無術者むじゅつしゃの殲滅をさせられそうになり、他人にいいように利用された挙句、自らは魔女などと罵られてはたまらない。


「くだらねぇ……」


 ミヨクは夜刀神やとのかみに伝えた。


「なんだと……。お前は、このまま魔術師が肩身を狭い思いをして暮らしてもいいというのか」

「ああ、いいね。少なくとも……」


 澄香すみかが言っていた「あなたは『白い魔女』のようにならないで……」という言葉の意味がミヨクには理解できた。今となっては確かめようがないが、おそらく澄香すみかは『白い魔女』の真実を知っていたのかもしれない。あの言葉は、ヘルベルトと一緒になってミヨクを利用してしまったことに対する謝罪とミヨクの将来を憂いたものだったのだろう。

 それが分かった今こそ、ミヨクは心の中で叫んだ。


「俺は魔術師、ミヨク・ゼーラーだ。『白い魔女』なんて道具じゃねぇ」


 ミヨクは己の中にある運命に抗った。


「アハ……。何……」


 その声は外の世界で、ミヨクの身体が発した声だった。魔術を行使するために詠唱を行っていたのだが中断されたのだ。


「みよ君……」


 真守まもりは異変に気付いたようで一瞬動きを止める。しかしすぐにその理由が分かったようで嬉しそうな笑みを浮かべた。


「貴様、我に抗おうというのか」


 夜刀神やとのかみは後退しながら、実際に声に出していた。詠唱を中断したのは夜刀神やとのかみではなくミヨクの意思だ。正式な霊媒ではないミヨクが夜刀神やとのかみを制御することはできないが、少しくらいなら夜刀神やとのかみの支配から逃れて、自分の身体を動かすことができるようだ。ミヨクは渾身の魂を込めて、自分の身体で叫びを上げた。


「来い。真守まもり!」


 ミヨクは抗う。夜刀神やとのかみの支配に。そして、『白い魔女』として利用される運命に。アイラ・メイスフィールドのためにも、ミヨクは神話を打倒する。


小癪こしゃくな……。Drei, Acht」


 夜刀神やとのかみは黒いエーテルを放った。しかし真守まもりはそれらをいなして、さらにミヨクへ接近する。真守まもりもミヨクと同じようだ。あのルイス・キーラ―のように『白い魔女』の運命を変えようとしている。ミヨクは確信した。二人なら負けない。ミヨクと真守まもりならばあの童話の先に辿り着ける。


「Acht, Acht, Acht, Sieben, Drei」


 夜刀神やとのかみはこのままでは真守まもりから逃げきれないと判断したのか、強大な力をもってして真守まもりを押し潰すことにしたようだ。巨大な蛇の形をした黒いエーテルが何本も現れ、一旦は上方へ打ち上げられる。すぐにそれら全てが真守まもりへと襲い掛かった。


 真守まもりもその攻撃は避けられないと判断したのだろう。自らも黒い影を出して応戦する。大きさは黒いエーテル程ではないものの、強度の点では負けていないようで、黒い影は黒いエーテルの侵攻を妨げる。それどころか真守まもりの黒い影が黒いエーテルに打ち勝ち、ミヨクへの道が開かれた。


「これで終わりです。夜刀神やとのかみ


 夜刀神やとのかみ真守まもりの距離はもう十メートルもない。そこで夜刀神やとのかみは姿勢を低くした。拳に力込めてそれを真守まもりへ繰り出そうする構えを取る。


「Drei, Vier」


 ミヨクはエンチャント魔術だと思ったが、それは違うと夜刀神やとのかみの意思で分かった。エンチャント魔術に見せかけたフェイントだ。ミヨクがソニアにしたことと同じだ。真守まもりには一瞬の内に魔法陣から魔術を判断する術は持っていないだろうし、そもそも『白い魔女』の魔術には魔法陣が出現しない。真守まもりが釣られて防御の態勢を取ってしまえば、夜刀神やとのかみの本命の攻撃が来てしまう。


「さ……」


 ミヨクはそれを真守まもりに伝えようとしたができなかった。夜刀神やとのかみが心の中で「無駄だ」と告げている。これ以上ミヨクの身体の自由を与えるつもりはないようだ。


 夜刀神やとのかみの攻撃に対して、真守まもりは一旦立ち止まり、黒い影を壁のように展開した。エンチャント攻撃を防ぐ算段だろう。しかしそれが仇になる。実際には夜刀神やとのかみ真守まもりの予想した攻撃をしてこないのだ。


 夜刀神やとのかみはミヨクの片手を前方よりやや左にずれた向きに掲げる。そして黒いエーテルを射出した。その黒いエーテルは蛇のように真守まもりの黒い影の横を通り、そして軌道を変えて真守まもりに襲い掛かる。


「勝った……」


 夜刀神やとのかみがミヨクの声で呟く。ミヨクも真守まもりが危ないと思った。予想外の攻撃をされてしまえば、いくら真守まもりでも回避も防御もできないだろう。黒い影が消えて明らかになる光景に目を背けたい気持ちだったが、それも叶わない。


 夜刀神やとのかみの攻撃が真守まもりに届いただろうその一瞬、真守まもりの黒い影が揺れた。そして、黒い影の隙間からアーミラリステッキを構えた真守まもりが飛び出してきた。


「ええ、私達の勝ちです」


 真守まもりはそのままの勢いでミヨクの胸に天球儀を押し付ける。視覚的な変化はないが、自分の意識が徐々に濃くなっていくのをミヨクは感じた。真守まもりは杖でミディウムをとおして夜刀神やとのかみとの繋がりを作っているようだ。やがてミヨクは自分の意思で指を動かせるようになり、やがて自分の身体が自分の思い通りになっていくのが分かった。しかしまだ顔の自由は利かないようで、夜刀神やとのかみがミヨクの口を開く。


「貴様……。どうして我の攻撃を……」


 それはミヨクも気になった。夜刀神やとのかみの攻撃の直前に真守まもりが出した黒い影は、質量の少ないカーテンのようなもので、真守まもりによって振り払われたのだ。真守は夜刀神のフェイントを読み切っていて、初めからエンチャント魔術に備えておらず、逆に夜刀神やとのかみを出し抜こうとしていたようだ。


 魔法陣が出現しない魔術――。真守まもりは何をもってそれを読み切ったのか。

 真守まもりは何でもないように言う。


夜刀神やとのかみ。あなたが今いるのは誰の身体ですか?」

「何を……」


 徐々に顔の自由もミヨクが得られるようになった。夜刀神やとのかみが何かを言い切る前に真守まもりが言う。


「みよ君の癖ですよ。ソニアさんとの魔術戦で、みよ君を見て気づいたのですよ。魔法陣の位置をずらしたり、さっきのようなフェイントをする時、みよ君は手先や、杖を使っている場合は杖の先を見るのです。正確に魔術を行うためでしょう。あなたに操られていた時でもその癖が出ていたようですね」


 なるほど、真守まもりはミヨクのことをよく見ていてくれたのだ。そして真守まもりには嘘がつけそうにない。そう思った頃にはミヨクは完全に自分を取り戻していた。


真守まもり。ありがとう。もういいぜ」


 ミヨクがそう言うと、真守まもりはミヨクの胸から杖を離した。そしてミヨクと自分の間に杖を立てる。それはさながら、これ以上夜刀神(やとのかみ)の祟りが起こらないように立てられたしるしつえのようだとミヨクは思った。真守まもりによってミヨクと夜刀神やとのかみを分かつ境界のしるしが作られたのだ。


 そして、しっかりと真守まもりと向かい合うと、笑顔でこう言った。


「ただいま。真守まもり

「おかえり。みよ君」


 真守まもりは満面の笑みで応えてくれた。真守まもりの、みんなのお陰でミヨクは夜刀神やとのかみの支配から戻ってこられたのだ。それに対する感謝の気持ちが止まない。そしてミヨクは大切なことを思い出して、焦ったように真守まもりに訊いた。


「それで他のみんなは? ほこらから離れているみたいだけど、みんなは無事なのか?」


 真守まもりも気づいて笑みを消す。それ程深刻な表情は浮かべていないが、全くの無事ではないというような面持ちである。


「命の危険はないという意味では無事ですけど。ソニアさんは気絶しましたし、エレンさんも足を怪我したようです。クレメンスさんに看てもらっていますが、エドガーのこともあります。急いで戻りましょう。みよ君はもう自分で走れますか?」

「当然だ。行こう」


 そして、ミヨクと真守まもり夜刀神やとのかみほこらに向かう。アーミラリステッキは真守まもりからミヨクへ手渡された。走り出してすぐにミヨクが真守まもりに問いかけた。


「ところで真守まもり。俺は一体どういう状態なんだ? 身体は大丈夫だし、エーテルは増えたみたいだけど……」

「私とみよ君で夜刀神やとのかみの独占権を得ました。だからみよ君が夜刀神やとのかみに乗っ取られることはもうありません。今はみよ君と夜刀神やとのかみが強固に繋がっているようですが、私の影響があるかもしれませんし、そのあたりはこれから調べてみましょう」


 夜刀神やとのかみの独占権を得ることに成功したということは、ミヨクにとってもう一つ重要な意味を持つ。


「とにかく俺は今、『白い魔女』になっているということだな」


 夜刀神やとのかみと繋がることで夜刀神やとのかみのエーテルを得て、『白い魔女』の魔術を使うことができる。さすがに『吸血鬼の魔女』のように無尽蔵というわけにはいかないだろうが、それでも先程の夜刀神やとのかみの戦いぶりからすると、夜刀神やとのかみのエーテル所有量はミヨクが想像できないくらい莫大であるようだ。


 つまり今のミヨクはその場所が虚空間きょくうかんであるか否かにかかわらず、どこでも十全にエーテル魔術を行使することができる。


「ええ、そうですね。みよ君自身のエーテルをなんとか増やすことができれば、みよ君は独占権を放棄することができます。そうすれば『白い魔女』でなくなるでしょう」


 真守まもりがそう言うならとミヨクは安心した途端に、さらに大きな問題が一つ現れた。忘れていたわけではないが、できれば避けたかった問題だ。


真守まもり……」

「ええ、分かっています」


 夜刀神やとのかみほこらへ続く広い道の中で二人は足を止めた。目の前の人影を確認したからだ。三十メートル程先にある人物が立っている。


「やあ、待ちくたびれたよ。『白い魔女』」


 ミヨクの宿敵、エドガー・テルフォードだ。

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