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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第3章 吸血鬼の魔女(3)

 日が落ちて森が闇に包まれた頃、ミヨクは久遠くおん家を歩き回っていた。夕食を終え、みんなが散り散りになる。真守まもりは夕食の片づけで、いわおは書斎に行った。エレンは先に風呂に入って行った。ミヨクは一人縁側(えんがわ)に腰を下ろしていた。


 真守まもりを泣かせてしまってから、ミヨクは真守まもりろくに話すことができていない。喧嘩をしたわけではないので話しかければ真守まもりは応じてくれそうだが、やはり真守まもりに辛い真実を伝えてしまった罪悪感がミヨクを邪魔する。


「あれ……みよ君……」


 ふと、黒いジャージ姿の真守まもりが現れた。片づけが終わったようだ。真守まもりは気恥ずかしそうに下を向く。


「あの……。昼間はすみませんでした。みっともないところを見せてしまって……」


 ミヨクは床をゆっくりと叩く。真守まもりの元気が戻ってきたようで安心した。笑顔を浮かべて真守まもりを迎え入れる。


「もういいから。来いよ。ゆっくり話そうぜ」


 すると真守まもりも笑顔を取り戻してくれた。


「では、お邪魔します」


 真守まもりはミヨクの隣に腰を下ろす。誘ったのはミヨクの方だが、いざ実行されるとミヨクは緊張してしまった。しかもミヨクの予想以上に真守まもりが身体を寄せてきた。肩が触れるか触れないかという位置である。


「それにしても、みよ君。背が伸びましたよね。十年前は私より低かったのに……」


 そういう真守まもりはとても大人びたとミヨクは思う。十年前と同じ髪型だが、不思議と幼さは感じなかった。やや釣り気味のはっきりした眼、女の子にしては少し低めだが柔らかい声、それらを見聞きしていると、真守まもりがもう小さな子供ではないと改めて認識させられる。それにミヨクには真守まもりの成長に関してもう一つ気にかかったことがあった。


「それでも、お前もかなり背が伸びたよな。十七歳だっていうのに俺とあんまり変わらないじゃねぇか」


 真守まもりの身長はミヨクとほとんど変わらない。ミヨクの身長は百七十センチメートルである。真守まもりよりもミヨクの方がせいぜい一、二センチメートル高いくらいだろう。魔術師の国は西洋人がほとんどなので、ミヨクと同年代でもミヨクと背丈が近い女子は珍しくない。しかし日本人の女性の平均身長はそう高くないはずだ。

 ミヨクの不満そうな声を意外に思ったのか、真守まもりが不思議そうに言う。


「確かに私は背が高い方ですけど、みよ君は別に低いわけではないじゃないですか。平均くらいはあると思いますよ」

「それは日本での話だろ。向こうじゃチビな方だよ」


 魔術師の国ではものすごく小さいわけではないが、平均以下であることは確かだ。ミヨクはそれをコンプレックスに思っている。父親は背が高かったはずだが、ミヨクはそれを受け継げなかったようだ。

 それはともかく、ミヨクは真守に再会してからずっと気になっていたことがあったので、二人きりの時に訊いておくことにした。


「なあ、真守まもり……。真守まもりっていつも丁寧語で話すのか。俺に対してもそうだし……。十年前はそんなことなかったじゃねぇか」


 十年前の真守まもりは、とても気が強くて、やんちゃな性格だった。言葉使いも少し乱暴だったくらいだ。しかし今の真守まもりはとても丁寧で、お淑やかだ。

 ミヨクの言葉に対して、真守まもりは微笑みながらも、何か寂しそうに俯いた。


「いろいろあったのですよ……。十年も経ちましたから」


 そしてミヨクの方に視線を向けて、やはり微笑みながら真守まもりは言う。とはいえ今の微笑みからは楽しさしか感じられない。


「みよ君だって、昔は大人しかったのに、すっかり勝気な感じになったじゃないですか。その方が男の子らしくて良いと思いますけど」


 真守まもりの言う通り、十年前のミヨクは大人しかった。というより臆病と言うべきだろう。あの時は事故の所為もあるだろうが、あらゆることが怖いと思っていた。真守まもりと話すことができるのも大分時間が掛かったものだ。

 そこで真守まもりは少しむっとした顔をした。本気で怒っているわけではなさそうだが、少しばかり不満はあるようだ。


「でも、金髪はあまり感心しませんよ。みよ君は元がかっこいいのですから、そんなことをしなくてもいいと思います」


 確かにミヨクは髪を金色に染めている。しかしこれは何も格好をつけることを目的としているわけではない。


「いや、金髪にしてるのは兄妹で髪の色が違うのが嫌だったからだよ。まったくないわけでもねぇけど、金髪と黒髪だったら目立つだろ」


 特に、ミヨクとエレンは腹違いの兄妹だ。魔術師の世界では特に、そのような例は白い目で見られる傾向にある。だから、少しでも周囲の視線を反らすために、ミヨクがエレンの髪の色に合わせたのだ。


 真守まもりもその意図をちゃんとみ取ってくれたようで、不満そうな表情をしなくなった。代わりにひどく落ち込んだように下を向いてしまう。


「ごめんなさい……。余計なことを言ってしまって……」


 再び気まずい雰囲気になってしまった。ミヨクはなんとか明るい話題を作ろうとする。その最中に『白い魔女』を思い浮かべたが、それは真守まもりにとって呪いに変わってしまったと言っても過言ではないだろう。

 しかし真守まもりの方から昼間の続きを提案してきた。


「『白い魔女』のこと、もっと教えていただけませんか。もう泣きませんから」


 真守まもりが『白い魔女』に興味を示している。残酷な話だと知ってもなお――。真守まもりの願いを聞き入れる前に、ミヨクは一つ質問をする。


「今でも『白い魔女』のことは好きか?」

「ええ。もちろん。この歳になっても、私はあの童話が大好きです」


 即答だった。今の真守まもりの眼に迷いはない。相当な覚悟を持っているようだ。だったらミヨクもその覚悟に応えなければならない。


「そうか。なら話すよ。もう分かってると思うけど、あの童話は美談じゃないんだ。そもそも『白い魔女』という童話は魔術師の国でも存在しない。けど、『吸血鬼の魔女』という名前で広まっている」


 ミヨクに合わせて、真守まもりも真剣な顔つきになり首を縦に振る。


「童話で語られている不老不死の呪いとは、吸血鬼の特性のことだ。吸血鬼は高い再生能力を持つ。寿命も人間に比べたらかなり長いと推測されている。ただ、どういうわけか日光に弱く、太陽の下では焼け死んでしまう」


 真守まもりは相槌を打ちながら大人しく聞いている。彼女がイメージしている吸血鬼の像とあまり大きな差はないらしい。


「その中でもアイラは吸血鬼と完全に適合して、破格の再生能力と寿命を得たと言われている。そのお陰で、日光で焼かれても死ぬことはなかった。これが不老不死の呪いの正体だ」


 ミヨクがここまで説明すると、真守まもりは何かを訊きたそうな素振りを見せて、一旦口を閉じた。しかしすぐに決心がついたようで、口を開いて質問を出す。


「なら、不老不死の呪いを解くということは、どういう意味ですか?」


 真守まもりは既に気づいているのだろう。夢のように思っていた童話の結末がハッピーエンドではなかったことに――。


「アイラは元々人間だった。しかしそれは人間としては死んだということだ。それが吸血鬼から人間に戻ったということは、アイラの生命は終わったということだ」


『白い魔女』の童話にある、苦しみから解放されたということは嘘ではない。アイラは吸血鬼という呪いを解こうとしていたのだから。その望みが叶ったということだ。しかしその果てにあったのは死だった。

 そんな残酷な結末を聞いてもなお、真守まもりは落ち込む素振りも見せずに次の質問をする。


「みよ君。あの童話には、何か教訓があるはずです。おそらくそれは魔術師としての教訓なのでしょう。それは何ですか?」


 つい昨日魔術の存在を知ったばかりなのに、真守まもりがあまりにも鋭いとミヨクは思う。それでも誉めるような雰囲気でもない。


「その教訓を理解するにはまず、あの童話のそれぞれの言葉が何を指しているのかを理解していないといけない。真守まもり、人間の世界と獣の世界が何を表しているのか、今なら分かるんじゃないのか」

「魔術師の国と、そうでない人達の国ですね」


 ミヨクは首を縦に振る。人間が魔術師のことを表し、獣が魔術師ではない人間のことを表している。魔術師の基準からすると、無術者むじゅつしゃは魔術という知性を知らない獣のようなものだ。


「獣の国が強くなっていき、人間の国が狭くなっていく。というのはつまり、魔術を知らない人間が科学技術を発達させていき、どんどん繁栄して、魔術師の使える場所が少なくなっていったということだ」


 科学の発展により、魔術師は段々と立場が弱くなっていく。現在と同じ理由で、遠い昔にも魔術は秘匿されていた。科学が発達する前に、魔術師は虚空間きょくうかんを広げようと企んでいたのだが、それは功を奏さなかった。


「なら、アイラさんは魔術師にとって裏切り者ですね」


 突然の真守まもりの言葉にミヨクは驚愕する。魔術を知らなかった少女がすぐにそんな発想に至るものなのだろうか。再会した時に真守まもりは、「あなたの知る、昔の私ではありません」と言っていた。もしかしたら霊媒として過酷な十年間を送ってきたのかもしれない。


「えっ、違うのですか?」

「いや、大当たりだよ。アイラは強制的に吸血鬼にならされたとはいえ、魔術師の子供だ。その魔術師が魔術師の領土を広げるための計画を放棄したんだ。そりゃ魔術師の中でも穏健派と過激派がいて、吸血鬼の計画を企んだのは過激派だ。だから今から話す教訓は過激派のものだ。建前の上では、吸血鬼の魔女は悲劇のヒロインだけど、今でも魔術師としての矜持が強い者にとっては過激派の教訓は根強い」


 前置きはこれくらいにして、ミヨクは真守まもりの質問に対する残酷な答えを口にした。


「その教訓は、魔術師は魔術師のための世界をつくれ。魔術師ではない人間は駆逐し、支配して、魔術師のためだけの世界をつくる。その行いを邪魔する者は魔術師の矜持を捨てた裏切り者だ」


 魔術師が魔術師らしい世界をつくる。手段はどうあれそのことを否定する魔術師はいない。しかしアイラはその生き方を放棄した。そのことを糾弾する魔術師は少なくない。


 結局、『吸血鬼の魔女』とは魔術師への裏切りを書いた童話だ。魔術師の子供が魔術師を裏切らないことを教訓として伝える童話なのだ。


「そうですか……」


 真守まもりは先程からずっと冷静そうに振舞っている。そんな真守まもりを見て、ミヨクはむしろ不安に思えてきた。本当はかなり無理をしているに違いない。


「みよ君……。どうして彼女は『魔女』なのですか?」


 ミヨクとしてはこれ以上真守(まもり)に心の負担を掛けたくないと思っているが、本人が話を聞くことを望んでいるのでそれを無闇に拒否するわけにもいかない。彼女の瞳は再び決意を宿しているのだ。


 ミヨクは話し始めようとしたその時、廊下の角からこちらに近づいてくる足音が聞こえた。ミヨクも真守まもりもそちらの方に振り向く。その足音の持ち主はすぐに角から姿を現した。寝間着姿のエレンだ。


「魔女というのはね、悪魔と契約した者のことよ」

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