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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第3章 吸血鬼の魔女(2)

 真守《まもり》は久遠《くおん》家に戻る。和室でソニアと牧師姿の男性の二人が真守《まもり》の帰りを待っていた。


 男性はクレメンス・アルバーンと名乗った。明らかに外国人なのだが、彼も日本語を話せるらしい。髪は茶色で、とても優しそうな感じの顔立ちだ。年齢は三十歳前半くらいだと思われる。身長は高く、百八十センチメートルは優に超えているだろう。


 真守《まもり》は最初、ミヨクとエレンを匿《かくま》っていることが知られたのかと警戒したが、どうやらそうでなかったようだ。ソニアは標山《しめやま》の森を調査したいと申し出てきた。


 下手に断れば真守《まもり》が疑われることになる。ただし、ソニア達よりも先に、今日見つけた地下室はミヨク達に調査させたい。真守は明日の昼過ぎから標山《しめやま》の森を案内することを提案して、ソニア達は特に不服を言うこともなく了承した。


 結局、ミヨクのことを探ることもなく、ソニア達は帰っていった。しばらくしてから離れで待機しているミヨクとエレンを家に招き入れる。エレンはさっさと家の中へ入っていったが、ミヨクは玄関前で真守《まもり》に話しかけてきた。


「真守《まもり》、ご苦労さま。ソニアさんと話していて大丈夫だったか?」

「ええ、みよ君やエレンさんのことは訊かれませんでしたよ」


 真守《まもり》の返答に対して、ミヨクは違うというように手を振る。


「まあ、それは助かるんだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、ソニアさん自体が大丈夫だったかってことだ。あの人はいろいろと危険だから」


 ミヨクがそう言うと真守《まもり》が首を傾げる。


「ソニアさんが危険……? とてもそういう風には見えませんでしたけど」

「あの人は普段ものすごく猫被ってるけど、中身はゴリラみたいな女だぜ。本当に凶暴な性格だから見た目に騙《だま》されるなよ」


 ミヨクが不機嫌そうに忠告するが、真守《まもり》もミヨクに対して不満を感じる。昔はそういうことを言うような男の子ではなかったはずだ。


「みよ君とソニアさんの関係を私はよく知りませんが、それはともかく陰口を叩くのはあまり感心しませんよ」

「陰口じゃねぇよ。本人にもたまに言ってる。その度にぶっ飛ばされるけどな」


 十年前は真守《まもり》に泣かされても何も言い返せなかったミヨクが成長したと喜べばいいのか、それとも粗暴になってしまったと悲しめばいいのか、真守《まもり》は少し複雑な気持ちになった。


「それはそれで駄目だと思いますが……。でも私としては、ソニアさんよりクレメンスさんの方が要注意という感じがします。あの人はかなり強《したた》かな人ですよ」


 ソニアはただ純粋に調査の依頼をしに来たという態度だったが、クレメンスからは何もかもを見透かされているような雰囲気を真守《まもり》はずっと感じていた。もしかしたらミヨク達を匿《かくま》っていることも彼は察しているのかもしれない。


「クレメンス先生なら大丈夫だ」

「先生?」


 ミヨクの呼び方が奇妙に思えて真守《まもり》はつい反応してしまった。ミヨクは特に気分を悪くすることもなく真守《まもり》の疑問に答える。


「ああ、俺が中等部の時、担任の教師だったんだ。今はヘンシェル教会に入って、ソニアさんの参謀みたいなことをしているらしい。そりゃ敵に回したら恐ろしい人だけど、無理矢理真守(まもり)を利用しようとする人ではないよ。そこは安心してくれ」


 別に敵ではないようなので、真守《まもり》もこれ以上はソニア達に疑惑の目を向けるのを止めておく。そこで今まで前提として話していたが一度も確認していなかったことに気づいた。


「今更ですけど、ソニアさんとクレメンスさんも魔術師なのですよね」

「ああ、そうだ。二人ともすげぇ魔術師だぜ」


 確かに真守《まもり》も二人は、特にクレメンスは只者ではないだろうとは思っていた。とはいえ戦うわけでもないし、真守《まもり》側には明確なアドバンテージがある。


「でも、二人とも霊媒ではありませんよね」

「ああ、そうだな。魔術師と霊媒のハイブリットは近年増えてきたとはいえ、まだまだ珍しいからな」


 ソニアとの会談中、真守《まもり》は小さな蛇の霊体を実体化せずに部屋の中へ放ったのだが、二人とも気づいた様子も、気づかない振りをした様子も見せなかった。

 そこでミヨクが補足の説明をする。


「でも、魔術師は霊媒でなくても半物質《はんぶっしつ》に対しては無術者《むじゅつしゃ》よりも敏感だ。実体化していなない霊体でも触れられたりすると分かる人もいるみたいだぜ」

「そうなのですね」


 真守《まもり》は思い出す。ソニアと初めて会った時、蛇の霊体をソニアの背中に這わせると、ソニアは実際に蛇に触れられたかのような反応を示した。ソニアのことを霊媒ではないと判断しつつも違和感を覚えていたが、これでしっかりと腑に落ちた。

 さて、ソニア達のことが分かったので、真守《まもり》は本題に入ることにした。


「みよ君。後でエレンちゃんにも知らせてください。エドガー・テルフォードという犯罪者が、今日の朝にこの近くの市街地で目撃されたようです。本当に標山《しめやま》の森に来る危険があるとのことです」


 真守《まもり》の報告を聞くと、ミヨクは俯《うつむ》きながらも嫌悪感を露《あら》わにする。


「分かった」

「エドガー・テルフォードという人は何をしたのですか?」


 真守《まもり》はソニアからエドガーの話を聞いている。ただし彼はただこの近くに逃げて来ただけだと説明された。絶対に嘘なのは分かっているが、不用意に詮索するわけにもいかない。

 とはいえミヨクも話すかどうか考えあぐねるような話題のようだ。


「いえ……。話にくい内容でしたら別に……」

「いや、話すよ」


 ミヨクは一度深呼吸をしてから説明を始めた。


「先月のことだ。俺達が住んでいる魔術師の国に、禁書保管庫という場所があるんだ。普通の魔術師では閲覧できないような秘密が隠されたところだ。エドガーはそこを襲撃して、司書を二十二人殺害し、ある禁書を強奪した」

「その禁書というのはどういったものなのですか?」


 真守《まもり》は特に何かを意識したわけではない。単に本の内容を訊いてみただけだ。しかしミヨクはなかなか答えない。魔術を知らない自分に隠したがるような内容が真守《まもり》には想像できない。

 数秒の沈黙の後、ミヨクが重々しく吐き出すように答えた。


「『吸血鬼アイラ・メイスフィールドの研究記録』だ」


 吸血鬼。真守《まもり》もその名称は聞いたことがある。しかしそれはあくまで創作の中での話だ。霊媒といえでも吸血鬼など見たことはない。


「吸血鬼って……。あの吸血鬼ですか。それが実在したというのですか? そんなの非現実的ですよ」


 真守《まもり》の問いに対して、ミヨクは呆れたように言い返す。


「夜刀神《やとのかみ》を出す人がそれ言う?」

「そうですね……ごめんなさい」


 真守《まもり》は恥ずかしそうに肩をすくめる。魔術を知った瞬間から、この世界は真守《まもり》の知る常識から外れてしまったのだ。未知の存在に対してもっと柔軟にならなければならない。


「魔術師の言う吸血鬼というのは、元は液状の異世界生命体なんだ」


 ついに異世界生命体という言葉まで現れてしまったことに真守《まもり》は驚愕するが、なんとかついていこうとミヨクの話を聞く。


「六百年前に、一部の魔術師は吸血鬼を召喚して、無術者《むじゅつしゃ》達を一掃しようという計画を企んでいた。本来は異世界生命体なんて召喚できるわけがないんだけど、液状が故にその召喚が成功してしまった。吸血鬼は他の生物に寄生して、その生物を変貌させる。だからどこかからさらってきた魔術師の子供を実験体にして、人型の吸血鬼を生み出そうとしたんだよ」


 本当に酷い話だ。しかし真守《まもり》は感情を押し殺してミヨクの話に集中する。


「まあ、ほとんどは失敗して、生物の形を保てなくなって死亡した。良くても知性は吹き飛んだなり損ないになった。そんなものじゃ使い物にならない。計画は頓挫《とんざ》したかのように見えた。しかし、そうはならなかった」


 そこまで聞いて、真守《まもり》にとても嫌な予感がよぎった。自分には関係のなかった世界であったにもかかわらず、実は自分と深く繋がりがあるのではないか――。


「ただ、一人だけ完璧な吸血鬼になった者が現れた。それがアイラ・メイスフィールド、通称『吸血鬼の魔女』だ」


 真守《まもり》は一瞬で察した。ミヨクが話すのを躊躇《ためら》っていたわけだ。エドガーが起こした事件を説明すれば、どうしてもこの話題に行きついてしまうのだろう。真守《まもり》の夢を傷つけてしまう真実に――。


「みよ君。魔女って……」

「そうだ。お前も知ってる『白い魔女』。その原型となった少女が、『吸血鬼の魔女』アイラ・メイスフィールドだ」


 つまり真守《まもり》がずっと好きだった童話は、魔術師の世界での実話が元になっていて、あまりにも残酷な背景が隠されていたということだ。童話というものは本来恐ろしい物語なのだと真守《まもり》も聞いたことがあるが、『白い魔女』がそうであってほしくなかった。


「ちょっと……。真守《まもり》?」


 ミヨクが声を上げたことでようやく、真守《まもり》は自分が泣いていることに気づく。


「ごめんなさい……。私……ごめんなさい……」


 そして本格的に泣き出してしまった。涙を止めようとしても次々に溢《あふ》れ出てくる。自分に残っていた幸福がベリベリと剝がれていくように――。


「すまねぇ……。泣かせるつもりは……」


 ミヨクは慌てて真守《まもり》の右肩に手を置く。何とか宥《なだ》めようとしているようだが、真守《まもり》は気持ちを整理することができない。それでもなんとかこの場を取り繕うために涙を拭い、言葉を絞り出す。


「いいんです……。みよ君が謝ることではないです。ただ、ちょっと……その話は後にしていただけないでしょうか」

「分かった」


 それから真守《まもり》は涙を拭うこともなく家に入った。玄関で靴を脱ぎ捨てて、大きな足音を立てて自室まで進み、そして着替えもせずにベッドに飛び込む。それから声を上げて泣き続けた。


「ふざけんなよ……」


 今まで真守《まもり》が心の拠り所としていた『白い魔女』は、魔術師の醜悪な歴史を表したものにすぎなかった。童話の真実を知ったというだけなのに、自分の全てを奪われたように思えて、真守《まもり》にはそれがたまらなく悔しかった。

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