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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第3章 吸血鬼の魔女(1)

 ミヨクはエレンと一緒にしばらく久遠《くおん》家に宿泊することにした。その日のうちに、利用していた宿から退館して荷物を久遠《くおん》家に移す。途中、ソニア達に見つからないか心配したが、幸いにも彼女達の誰とも遭遇しなかった。


 そして次の日、ミヨクとエレンは真守《まもり》を交えて標山《しめやま》の森の捜索を再開する。どうやら真守《まもり》には、標山《しめやま》家の秘密が隠されているかもしれない場所に心当たりがあるらしく、まずはそこへ向かうことにした。


 エドガー・テルフォードが日本に来ているかもしれないとのことだ。ミヨクも念のために戦いの準備もしている。それは真守《まもり》も同じようで、木刀を腰に下げている。ミヨクは必要ないと言ったが、念のためだと押し切られてしまった。

 標山《しめやま》の森を歩いている途中、真守《まもり》がこんなことを言う。


「すみません。まだ彼女達のことを聞いていないのですが……」


 真守《まもり》はエレンの傍《そば》で浮いている霊体の少女達をちらちらと見ている。昨日は久遠《くおん》家に着くなり、エレンが彼女達を久遠《くおん》家の周囲へ警護に送ってしまったので、四人まとめて紹介する機会がなかった。


「あっ……そうだったな」


 ミヨクがそう呟くと、霊体の少女四人が横に並ぶ。エレンは何も言う気がないようで明後日の方向を眺めていたので、ミヨクが紹介することになった。


「フォルトナー四姉妹。左から、エリザベス、メアリ、マーガレット、マチルダだ。エレンが世話をしている霊体だ。真守《まもり》も仲良くしてやってくれ」


 エレンが生まれる前からゼーラー家に住んでいる霊体だ。長女のエリザベスがおそらく十二歳くらいで、次女のメアリが多分エリザベスよりも二歳年下、三女と四女のマーガレットとマチルダは七歳くらいの双子ということになっている。


「よろしくお願いします」


 真守《まもり》が頭を下げると、四姉妹も同じように頭を下げる。それからエリザベスは何度も頭を縦に大きく振る。四姉妹との会話には霊媒でも慣れが必要なはずだが、真守《まもり》は難《なん》なくエリザベスの言葉を受け取ったようだ。


「首を絞めたことですか。気にしていませんよ。あれだけ切羽詰まった状況だったのですから、仕方なかったことくらい理解しています」


 真守《まもり》が笑顔を浮かべると、エリザベスが真守《まもり》に抱き着くような仕草をする。すると残りの三人は手を繋いで輪を作り、真守《まもり》とエリザベスを囲ってぐるぐる回る。どうやら真守《まもり》とフォルトナー四姉妹は打ち解けたようだ。


 フォルトナー四姉妹の紹介が済んだところで、ミヨク達は先へ進む。


「真守《まもり》。訊きたいことがあるならどんどん訊いてくれよ」


 昨日は荷物の移動で忙しかったし、ミヨクもエレンも晩御飯を食べて風呂に入ったらすぐに寝てしまったので、真守《まもり》とはあまり話ができなかった。真守《まもり》もまだ分からないことだらけだろう。


「そうですね。でしたら……エレンちゃんも魔術師なのですよね?」


 真守《まもり》がさりげなくエレンをちゃん付けで呼んだことにミヨクも気づいた。案の定エレンは眉間に皺《しわ》を寄せて真守《まもり》を睨みつける。


「ちゃん?」

「エレンさん……」


 真守《まもり》はエレンと仲良くなろうと思っているようだが、エレンは真守《まもり》を拒絶している。とはいえ真守《まもり》が呼び直すと怒りは収まったようで、質問には応じるようだ。


「そうよ。お兄様と一緒にいるのだから魔術師に決まっているでしょ」

「では、エレンさんがエリザベスちゃん達を実体化しているようですけど、魔術でそうしているのですか?」


 確かに真守《まもり》にとっては違和感があるだろう。同じ魔術師の間でもエレンの存在は珍しい。エレンはつまらなさそうに質問に答える。


「私の魔術属性は――あなた達でも分かるように言うとエクトプラズム……いや、心霊科学が分からないんだったっけ……」

「その単語なら分かりますよ。霊媒と霊体を繋ぐもののことですよね。……知り合いに外国人の霊媒がいて、その人が言っていました」

「その認識でいいわ。霊媒と霊体を繋ぎ、霊能力を発現させる半物質《はんぶっしつ》。魔術師の間ではミディウムと言うわ」


 魔術によってミディウムを増幅することで、普通の霊能力者では不可能なレベルの物理霊媒現象を引き起こすのがエレンの魔術だ。というよりゼーラー家が興隆《こうりゅう》していた時代では、この魔術属性を持つ者が多かったらしい。


 そんなことを話している内に、ミヨク達は目的地に到着した。真守《まもり》が指を差しながら告げる。


「ここです」


 そこは木々が立ち並ぶ森の中なのだが、真守《まもり》が示した場所は不自然なくらいに何も生えていない平地だ。


「この下に、不可解な空間があります。おそらく隠し部屋があるのでしょう。もしかしたら十年前の事故に関する手掛かりがあるかもしれません」


 真守《まもり》がそう言うと、エレンがマーガレットとマチルダに調べさせた。五分も経たない内に、二人が怪しい位置を知らせる。


 そこでミヨクはバックを手元に下ろして中身を取り出す。ミヨクの肩くらいまである長い杖だ。銅でできており、全体的に少し赤みがかった黄茶色をしている。杖の先には天球儀を模したような装飾が施されており、それはミヨクの頭くらいの大きさがある。

 真守《まもり》が不思議そうに杖を眺めているので、ミヨクは誇らしげに説明する。


「これはアーミラリステッキって言って、いわゆる魔術補助道具だ」

「魔法の杖というものですね。素敵……」


 真守《まもり》は面白そうに微笑んでみせたが、すぐに首を傾げた。そしてこんなことを訊く。


「でも、みよ君は杖を使わなくても魔術を使っていたではないですか。いえ、あの時はよく見えてなかったような……。本当は別のものを使っていたのですか?」


 真守《まもり》は何か勘違いをしているようだ。魔術のことに関して、創作物によるイメージが強いのか変な先入観があるようだ。ミヨクはその間違いを正すことにする。


「いや、あの時は使ってねぇよ。別にこの杖がなくても魔術を使うことはできる。言っただろ。あくまで補助のためのものだって」

「なら、その杖で魔術を行うと、威力が上がるとか……」


 真守《まもり》が自信なさそうに言う。するとエレンが不機嫌そうな顔を後ろに向けてきた。


「あなた馬鹿なの……」

「エレン。余計なことを言うんじゃねぇよ。真守《まもり》、気にしなくていいから」


 真守《まもり》は肩をすくめて恥ずかしそうにしている。しかし真守《まもり》の誤解も分からなくもないとミヨクは思う。魔術を高度なものにするのは確かなのだが、魔術はそう便利なものではない。今の時代でも道具が魔術自体に影響を及ぼすことはできない。


 ならばどうやって道具が魔術を補助するのか。それは、魔術に至るまでの現象に工夫を凝《こ》らすのだ。


「魔術は呪文を唱えて行使する。呪文は魔術に必要不可欠なんだ。声、というか音の振動で世界の振動数をかき乱して、並行世界への道を開ける」


 そしてミヨクは真守《まもり》によく見えるようにステッキを掲げる。


「これは銅製で、鉄ほどじゃないけど、音をよく伝えるんだ。気体と固体で音速は違うって聞いたことがあるだろ。その原理を利用して、魔術をより速く行使したり――」


 さらにミヨクは天球儀の装飾の方を自分の後ろに突き出す。


「普通に詠唱しただけなら、音の振動は後ろに伝わりにくいけど、こうやって杖を後ろに向けることで音を後ろに伝えることができる。だから前を向いていても、後ろに魔術を発生させることもできる」

「そういうことですか……」


 真守《まもり》がなるほどというように頷《うなず》く。それが楽しくなってミヨクはさらに得意気になる。


「そうそう。これを応用して空を飛ぶことだってできるんだぜ。まあ、俺の場合は一人では低空飛行ってところだけど……」


 ミヨクがそう言うと、真守《まもり》が晴れやかな笑顔を浮かべてこんなことを口にした。


「杖に乗って空を飛ぶなんて……なんだか魔法少女みたいですね」


 その瞬間、空気が凍り付いてしまった。残寒《ざんかん》の所為ではないだろう。エレンがまた怒ってしまうのではないかとミヨクは心配したが、どうやら呆れの方が勝ってしまったらしい。


「人を馬鹿にするにも程があるでしょう……」

「まあまあ、真守《まもり》だって悪気があったわけじゃないし。俺は全然気にしてないから」


 真守《まもり》が深く落ち込むようなことになる前に、ミヨクがすかさず真守を庇《かば》う。実際に侮辱されたとは全く思っていない。


「すみませんでした。というか通じるですね。魔法少女」


 そう言われてみれば、真守《まもり》が不思議に思うのは当然だとミヨクは思う。ミヨクもエレンも魔術師の国に住む魔術師だ。その魔術師が無術者《むじゅつしゃ》の世界の文化を知っているのは不自然だろう。しかしこれには理由がある。


「科学技術とか文明の面では、魔術師は無術者《むじゅつしゃ》の世界から取り入れない。魔術は科学より秀《ひい》でているというのが、魔術師の価値観だからな。けど、文化の面は寛容で、漫画とかは輸入していたりするんだ。意外と人気なんだぜ。サムライとかニンジャとか。かなり曲解されてるみたいだけど」


 ミヨクがそう言うと、真守《まもり》はくすりと笑った。先程の緊張は少しばかりほぐれたようでミヨクは安心した。


「で、さっきの魔法少女だっけ。まあ、杖持って空飛んで砲撃ぶっ放してるんだから。まあ、そんなイメージ持たれるのは仕方ないかな」

「いえ、砲撃のイメージはなかったですが……。誰かにそんなことを言われたことでもあるのですか」


 なかなか鋭いことを真守《まもり》は言う。ミヨクは苦笑いをしながら白状した。


「師匠だよ。杖の使い方を教えたのは師匠のくせして、俺のことを魔法少女だって言って馬鹿にするんだぜ」


 杖によるエーテル魔術のコントロール、琴音《ことね》はその達人だ。その応用として、杖と魔術によって飛行することも可能としている。ミヨクは琴音《ことね》からその技術を教わったのだ。以前琴音(ことね)がミヨクのことを魔法少女だってからかってきたので、「師匠も同じことしてますけど、魔法少女って歳じゃないですね」と軽口を叩いたらジャーマンスープレックスを決められたので、以後言い返さないことにしている。そこでミヨクはあることを思いついた。エレンに話しかける。


「というか師匠が言っても怒らないのに、真守《まもり》には厳しいんじゃないか」

「師匠は良いの。その子は駄目なの。そんなことはどうでもいいから、そこに地下室があるのでしょう。早く地面に穴を空けてそこへ行きましょう」

「はいはい分かったよ。じゃあ下がってくれ」


 ミヨクが杖を構えたその時、真守《まもり》の方から奇妙な音が流れた。無線機に通信が来たようだ。家にいる巌《いわお》からのものだろう。真守《まもり》が無線機を耳に当てて会話をする。


「分かりました。すぐに戻ります」


 そう言って真守《まもり》は無線機をポケットに戻す。


「家にソニアさんが来たようです。みよ君達のことがバレたわけではなさそうですが、私に話があるようです」


 それを聞いてミヨクは考える。ミヨクとエレンだけで調査するとしても真守《まもり》がそれを許してくれないだろう。そもそもエドガーのこともある。真守《まもり》一人で帰らせるわけにはいかない。


「じゃあ今日のところは帰るか。本格的な捜索は明日からだな」


 標山《しめやま》家の、そしてヘルベルトの秘密に迫るのは明日にお預けとなった。

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