19 逃げる先で
それから間も無くして。
「ジン様もアンドレ様も戻ってこられたということは、町を発つ準備ができたということでよろしいですか?」
「ああ」
「わかりましたわ。ですが、それにしては荷物が……?」
2人の様子を見て、ソルが首を傾げる。ジンとアンドレは先程の再会の時から増えた荷物がほとんどないからだ。
武器は当然所持しているものの、タルバンで新たに購入した長旅用のコートを羽織っている以外には、片手で持てる程度の膨らみをした袋が1つずつ。それが今のジンたちの持ち物全てだった。
「ソルの様子を考えて、すぐに出た方が良いと判断したんだ。この時間だと物を買い取ってくれる店も開いてなかったから、余分なものは宿屋で処分してもらうことにした」
『お陰で主人に変な目で見られてしまった、の』
「うるさい、そんなことは教えなくていいんだよ」
気楽なやりとりをしている2人を見て、ソルは満足げに頷いた。
「荷物が少ないというのは本当のようですわね。タルバンを脱出してからの私たちの食料は少し不安ですが……私の知り合いに届けさせますわ」
「脱出だけじゃなくてそこまでしてくれるのか……ソルやその知人にも感謝する、ありがとう」
「礼には及びません……さて、では早速行きますわよ。私の後に続いてください」
「先導がソル殿でいいのか?」
ジンの疑問に、ソルは真剣な顔で答えてくれた。
「襲撃者が隠れていそうな場所も含めて、脱出口までのルートは完璧ですわ。……万全は期してはおりますが、それでも追っ手が来る可能性は0ではありません。ジン様、アンドレ様。くれぐれもお気をつけください」
ソルは自身の一声とともに立ち上がり、一軒家の裏口へと向かう。
彼女なりの気遣いに、ジンは真剣な顔でついて行った。勿論アンドレもその後に続く。
そして最後にテレンスが一軒家にしっかりと鍵を掛け、背後からの対処のためか殿に回った。
2人を守る万全の体制に、ジンは襲撃がありうることを肌で感じた。
「さて、そろそろ着きますわ」
タルバンの路地を進んでしばらく、町と外とを隔てる壁が近くなってきた頃、ソルはジンたちに向かって小声で呟く。
壁近くは住宅街で、大きな通りも作れないためか見通しはそこまで良くない。
逆に言えば、通路などを隠しておくにはおあつらえ向きの環境とも言える。
「言い忘れておりましたが、ここから先はおふたりには目隠しをお願いしますわ。いくら恩人のジンさまといえど、脱出口の具体的な場所と開錠方法は教えられないのです……申し訳ございませんわ」
そう言いながら、ソルは懐から2枚のタオルを取り出し、そのうちの片方はテレンスに手渡した。目が荒くなく、しっかりと視界を塞げそうなそこそこ上質な布だ。
初めて伝えられる情報と依頼に、ジンは戸惑いを見せる。
「ち、ちょっと待ってくれ。今のソルの立場でも、秘密は教えられないものなのか?」
「ええ……確かに私は屋敷で襲撃を受け、ハクタに亡命しておりました。今も屋敷の人間を信頼し切っているわけではありませんが、ルミオン家の一員として、一族の秘密を私の一存で暴露するわけには参りません」
ソルはこれ以上なく真剣に、自らの貴族としての矜持を語った。背後のテレンスも当然とばかりな様子である。
彼女の言葉にジンは心からの落胆を感じ、感情をそのまま言葉に乗せて出した。
「……今俺は、貴族に生まれなくて良かったと思ったよ」
「地位があるということは、それだけ責任や命を狙われる機会も多いということですから。なんてことないとは言えませんが、それを防ぐためのテレンスもいるのですわ」
少しの沈黙が4人を包むが、それを破ったのもまたソルだった。
「では、ご理解いただけたということで……失礼しますわ。アンドレ様も、仮面を外していただけますか?」
『……仕方がない、の』
ジンの背後で仮面を外す音が聞こえる。“アノニマスク”の効果で酷い傷を負った顔が露わになっているはずだが、テレンスに動揺している様子は見られない。
アンドレが仮面を外すとソルは頷き、ジンの目を布で塞ぐ。そして後ろ手で布を結ぶ際、ソルの笑みが深くなって——
「アンドレ」
——いる途中にジンが突然、相方のアンドレに声をかけた。
それはアンドレはおろかジン自身でさえわかるほど、最も緊張感と鋭さのあるものだった。
ソルたちが、あと少しで脱出なのにどうかしたのだろうかと考える間も無く、
「やれ」
アンドレの剣が、瞬きのうちにテレンスへ迫った。
テレンスはソルと同様にアンドレの視界を塞ぐため両手で布を持っており、これをまともに防ぐ手段がない。普段使いの盾も今は背負ったままだ。
結果、
「「……え?」」
それが最後の言葉となり、驚いた表情のまま何の反応もできずに首が刎ねられた。
驚いて反応ができなかったのはソルも同様のようで、ジンの目の前で棒立ちのまま動けずにいる。
ぐしゃり、と不気味な音が地面から響き、鉄の匂いがあたりに立ち込め始めたと同時、アンドレがつぶやく。
『本当に顔が変わった。当たりだ』
「だろ?」
いつもの調子で返事をしながら、一歩だけ下がったジンはコートから片手で投げナイフを2本取り出して目の前の少女に投擲。棒立ちの彼女の体に吸い込まれていった。
「……ぐふっ……どう、して……」
首と心臓を貫かれた少女が息も絶え絶えにつぶやくのを、ジンは冷たい目で見下ろしながら答えた。
「知人を騙る、敵意しかない奴らに教える必要は無いな」
「……クソ、が……」
ソルの美しい顔で放たれたそれが最後の言葉となった。彼女はナイフが突き立ったまま前のめりに倒れ、動かなくなった。
……ジンのスキルに多数の反応が生まれたのは、それとほぼ同時のことだった。
今後も更新自体はちまちまと行っていきます。
気長に待っていただけると嬉しいです。




