20 人殺しの覚悟
(どうなってやがる……!?)
ターゲット誘導役の少女と青年が一方的な返り討ちに遭った。
そんな想定外の事態に、襲撃の指揮を執っていた男は驚愕する。
周りで待機していた仲間たちも同じようで、ターゲットから見えない角度ではあるが、頻繁にアイコンタクトを交わしている。
男たちは上司にあたる人物から指令を受け、ターゲットを始末する殺し屋組織の一員である。
彼やその上は今回の殺害作戦に、多くの魔法使いと弓使いを揃えて臨んだ。
上からの報告によると、彼らの職業は盗賊と剣士。しかも近接戦では世界有数の実力である王金パーティー『鉄槌』を下しているらしい。
故に男やその仲間たちも、まともな白兵戦では勝ち目が薄いと判断していた。更に片方の職業は“気配探知”を持つ盗賊。通常の不意打ちも通用しない可能性がある。
そのため誘導役と共に抜け道を通らせる直前、建物の影に隠れた仲間たちと矢と魔法で蜂の巣にする手筈だった。
彼らの職業では中〜遠距離の攻撃への直接的な対抗策がない。たとえ実力差があっても有無を言わせず始末できると考えたのだ。
その上で目を塞ぐのは、ターゲットの警戒心を高めてでも確実性を期するためだった。
(んだよしっかり人殺しの覚悟キマッてんじゃねえか! どこが今回は楽な仕事だよクソが!!)
男が心の中で悪態をついたように、ターゲットが襲撃者を殺してでも自らの生存を優先するかどうか。
これ1つで暗殺の難易度は大きく変わると言って良い。
目を塞ぐのを悪手と考えなかった理由でもあるのだが、先の『鉄槌』戦での対応から、男たちはターゲットに人殺しの覚悟がないだろうと踏んでいたのだ。
事実ターゲットは、モルモの襲撃の際に『鉄槌』の面々を殺していない。特に盗賊側はギルドであそこまでコケにされたのにも関わらずだ。
過去に特別な理由があったならまだしも、ターゲットと『鉄槌』がこれまで関わった可能性はまず無いとのこと。
そうなれば、少なくとも組織のしがらみがない黒髪の盗賊に人殺しの覚悟が備わっていないと考えていた。
それから今日まで1ヶ月未満という短期間。
更に言えば、自分の親しい友人を手にかけるのは熟練した兵士でさえも躊躇しうる。
少なくとも、作戦の初期で失敗すること……しかも囮を手にかけられるという最悪な形での失敗は想定外もいいところだ。
(……しょうがねぇ、切り替えて次の段階だ。お前ら、俺の合図でターゲットを撃て)
心で悪態をつきながら、男はすぐに切り替えて仲間たちに合図を出す。味方を巻き込むやり方は先程述べたようにやりにくいが、命の戻らない死体であれば別。
次々と出される了解の合図に、男は安堵した。
(よしよし、こっちの作戦が完全にはバレちゃいないらしいな……命中率は低くなるがこの距離なら盗賊でもわかるもんか…………撃て!)
男の合図と共に、矢が空を駆け、魔法がターゲットに向けて走る。それまで微動だにしていなかったターゲットだが、集中砲火を察知してか急いで反応をした。
ターゲットを中心に真っ白な煙が展開、男やその仲間たちから、彼らの姿が確認できなくなったのだ。
(“スモーク”……かなり高レベルの盗賊ってのは本当らしい。魔法を見てから咄嗟に唱えたんだろうが……運の良い奴め)
自分を煙の中に包む単純な魔法だが、特に魔法使いたちは苦しい。思わず男が舌打ちをする。
投射型の魔法は矢と違い、天候や風の影響を受けないだけでなく、着弾までの軌道を術者の思いのままに変えることができるというメリットがある。
反面相手が目で確認できない場合は制御が非常に難しくなり著しく命中率が落ちる。
その場合は、“ストーム”などの範囲指定型の魔法を使うと良いとされているが、そのレベルに至れるのは限られた才能の持ち主。そのような魔法使いが男の仲間にいるはずもない。
直後に魔法が吸い込まれていき、爆発音と共に土色の煙が大きく広がって周りの建物まで覆い隠す。
遅れて矢が煙幕に降り注ぐが、痛みによる叫び声は聞こえない。
最もターゲットに近い弓使いの仲間は、“気配探知”のスキルに反応が無いことを合図で男に送った。
(矢か魔法かが命中したということだろうが……確認できるまで油断できねえな。弓使いの“気配探知(小)”で盗賊の行方を探れるから近くに寄られればわかるはずだが……魔法使いは上手く護衛が機能してくれることを祈るほかないな)
男たちは一応反撃も想定しており、魔法使いには2、3人に1人の割合で 戦士などの近接職を護衛として組ませている。
が、実力は良くて冒険者で言うところの鉄。王金を倒せる実力者相手には、時間稼ぎくらいにしかならないだろうと男は残酷な予想をしていた。
(もうすぐ煙が晴れるが、しばらく動きがない……か?)
男やその仲間たちがターゲットを捉えられないまましばらくして。
土煙が徐々に薄くなり、中を見通せるようになってきた。何事もなくくたばってくれているとありがたいと思っていた中で、男はまだターゲットの実力を低く見積もっていたと再確認させられる。
(は? あいつらはどこに……?)
煙の先には、首のない青年と心臓を突かれた女の体だけが横たわっており、ターゲットが全く見当たらなかった。
(お前ら、本当に姿を確認してないんだな!?)
男の激しい合図に、仲間たちも慌てて答えるが内容は全て同じ。
見ていない、確認できていない。
ならば一瞬の隙、もしくは包囲網の穴を突いて……
(逃げやがったなクソがぁぁぁあああ!!)
男が思わず、地面を何度も叩く。
戦力や人数も可能な限り揃えた上での失敗。これが上に伝わればどんな結末を辿るか、深く考えたくもなかった。
(奴らを見つけ出さねぇと……)
またも激しくサインを送ろうとして、すぐに押し黙る。男のスキルが発動したからだ。
(“気配探知”に反応アリ……場所は真後ろの扉の向こう……この状況で敵意を持つ奴はターゲットのうちどちらかだろうだが、包囲を掻い潜ってここまで来たってことは盗賊の方か?)
盗賊の持つスキル“気配隠蔽(小)”は弓使いの“気配探知(小)”で無力化できるためにここまで侵入されることは想定していなかったが、今の状況を考えれば移動力に優れる盗賊の方が可能性は高いと、男は判断した。
(俺が見えてるって事は、奴もこっちが見えてるって事だよな。……当然、ここに控えている護衛の 戦士たちも)
男が目線を向ける先に、彼の背中を守るように立つ 戦士たち。サインを送る途中で動きを止めた指揮官を不思議そうに眺めていたが、別のハンドサインを送ると表情を引き締めた。
扉の向こうに標的あり。合図で壁を破壊せよ。
護衛の男たちには、武器として室内で取り回しやすいショートソードと、脱出路確保用の大型のハンマーを持たせている。
そしてこの家屋の壁は、強い衝撃を与えるとバラバラに崩れる細工が施してある。それと盗賊のスキルを用いれば、このようなこともできる。
(頭は回るようだが、流石にこの行動までは見切れまい……今だ!)
男のサインと同時、扉の左右にハンマーが打ち付けられる。
崩れてターゲットに殺到する壁だった瓦礫たち。
ターゲットは驚いたように壁から飛び退き、そして反動で正面の扉……男たちに向かって突っ込んだ。




