22 アンドレの悩み、そして
『もうよいもうよい。というか我の知らぬ情報まで出すでないわ』
そう言いながらも、仮面を外したままカタカタと笑うアンドレ。
彼の種族はスケルトン。その名の通り、身体は人の骨のみでできている。
故にその顔に肉も表情も無いのだが、ジンの目には確かに彼が笑っているように見えた。
「悩みを聞く前に一つだけ。アンドレはどうやってその声を出してるんだ?」
ジンは、今目の前で起こっている不可思議な現象のせいでこの後の話が頭に入ってこないかもしれない、そう思ってこの質問を投げかけた。
アンドレの今までの声は、認識阻害の仮面の力が声にまで影響しているものだと思っていた。声にモザイクがかかっているような低音だったからかもしれない。
だが仮面を外した今も、これまでと同じような声質と響き方をしている。つまりこのモザイク声はアンドレの正しい声。
さらに言えば、アンドレは口を動かしてすらいない。にも関わらず流暢な言語が聞こえるのは一体どういうことなのか。
ジンの質問に対して、アンドレは首を横に振る。
『我にも分からぬ。声にしようと思ったら自然とこの声が出る。尤も、人間であるお主らも意識して声を出す方法を見つけることは少なかろう?』
アンドレの答えにはジンも納得せざるを得なかった。
(とはいえ普通の人体とは明らかに構造も違うからなあ……いつかはその理由が明らかになって欲しいな)
学者の方々よろしくお願いします、とジンは心の中で祈った後にアンドレに向かって頭を下げる。
「すまなかった。スケルトンの人を見るのは初めてでな、どうにも気になって。……話は少し逸れてしまったがアンドレの悩みを聞こう。わざわざ仮面を外したってことは種族関連なんだろ?」
うむ、とアンドレは頷いて語り出す。
『我の職業は知っての通り剣士だ。しかしながら他の同レベルの剣士と比べてどうしても“技”に長ける剣術になってしまっておる。ジンの言う、器用さの上昇補正と物理攻撃力の下降補正、というやつのせいでな……盗賊や義賊についてよく知っているジンであれば、スケルトンでも人間と同様の“力”を手に入れる方法を知っているのではないか?』
それ以上の言葉がアンドレから出ないことを確認して、ジンは考えながら口を開いた。
「質問の内容はわかった。俺としては格上の冒険者を倒せる今のアンドレでも十分強いと思うのだが、これ以上強くなりたいのか?」
『無論だ。我にはジンが“観察”した通り、睡眠や食事、もちろん生殖行動もできない。黄泉返ったこの身体で言うのも不思議かもしれないが、戦うことだけが生きがいなのだ。本当にただの屍となりたくはない』
そう力強く断言するアンドレに、ジンは拒否の言葉を告げることができず目線を下にそらす。
(できればアンドレの想いには答えてやりたいが……)
ジンの持つEWOの知識の中に答えは存在する。
条件付きでYESだ。
しかしこの世界でも同様であるという確証はない。
むしろ職業のルールが全く同じとは言えない現状では、種族のルールもEWOとの差異があるだろう、というのがジンの考えだった。
確定していない情報を提示するメリットは? 異なっていた場合にはリカバリーできるか? そうグルグルと考えているうちに時間は過ぎていくが、不意に目の前のアンドレが笑った気がした。
「どうした? 何かおかしいことでもあったか?」
『いや、ジンは我にどうに答えるか悩んでおるのだろうが、今の沈黙が答えを語っているようなものだからつい、の』
その言葉に、ジンはハッとする。
ーー知らないのならすぐにそう答えられるはずだ、と。
『しかしそうか、我の壁は取り払われるのだな。それがわかるだけでも救われた気持ちになる』
「言えない俺が言うのも何だが、いいのか?」
『目標がわからぬことが最も苦しい。……全てを伝えるには、ジンの中で煮え切らぬ何かがあるのだろう? であれば言う必要はない』
「よかったな、アンドレ。超えるべき目標がちゃんとあってくれて」
そう言ったのはジェフ。アンドレの悩みを知っていたのだろう、安堵した表情をしていた。
が、すぐにハッとした表情に変わって明るい声をあげた。
「ちょうどいい機会だ。ジン、こいつをお前の旅に連れて行ってくれないか? 腕が立つことはお前もよーくわかっているみたいだしな。損はさせないぜ」
唐突なジェフの提案に、ジンはもちろんアンドレも驚いて二度見した。
「おいおい、それこそどういう風の吹き回しだよ」
『その通りだ。流石にジェフの元を離れるつもりはないぞ』
2人の反論に、ジェフは明るいながらも真剣な表情で答えた。
「まあ聞いてくれ。まず、今回の襲撃で亡くなったメンバーのために、俺は短期間の休息を取るつもりだった。これは今までも何度かあったな?」
ジェフの言葉にアンドレが頷く。
(休息とは言いつつ、きっと先ほど話していた弔いをするつもりなんだろう。言い方は不謹慎だが、2人には慣れたことなんだろうな)
改めて血なまぐさい世界にやってきてしまったんだなとジンが思う中で、ジェフは2人に向かって丁寧に説明を続ける。
「いつもと違うのはここからだ。今回の襲撃は首謀者こそただの代官だったが、広い目で見れば貴族が俺たちを潰しにきたと言える。そして俺たちはそれを撃退した、してしまった」
ここまで説明をされて、ジンの頭の中で一つのシナリオが思い浮かぶ。顔から血の気が引いていくのを感じた。
「あらかじめ言っておくが、今回の判断は組織としては最善手だ。全滅もせず、拠点の倉庫も制圧させずの勝利。相手に抜き取られる情報を最小限に抑えたわけだからな」
ジェフの顔は、いつぞやの漢の顔をしていた。
「その代わり貴族の軍勢を潰した俺たちに対しては、近いうちに今回以上の征伐隊が組まれるだろう。防衛班がガタガタになってしまった今、盗みを続ければいずれ組織ごと壊されるだろうな」
「……それならこちらから解散させて、メンバー達への被害をなくすということか?」
「解散まではしない、あくまで休業にとどめるさ。まあどっちにしても、アンドレは前線から確実に遠ざかる。俺の都合で生きがいを消してしまうのはあまりに忍びないからな、どうせなら旅を続けるだろうジンと一緒に行ってもらうのもいいんじゃないかって思っただけだ。メンバーへの説明は任せておけ」
そう胸を叩くジェフ。
『むう……しかしな、』
「まあこんなこと言ったらアレだが、すぐに結論を出す必要はない。お互いの気持ちを聞けてるわけでもないしな、俺からの提案ってことで」
ジェフはアンドレの言葉に被せるように、そう区切りをつけてから2人を見た。
「俺としては、アンドレのような強い仲間が加わってくれるとありがたい」
ジンは率直な気持ちを2人に伝える。
彼らが日本語を読めると分かった時点で、最低でも彼らの組織と協力関係を築くつもりではあった。一緒に旅する仲間が増えるなら、最高の結果と言えるからだ。
それに対してアンドレは自らの顎の骨を指で叩きつつ、申し訳なさそうに答えた。
『ジンの気持ちは分かったが、本当に突然のことでな。少し考えさせてくれ』
「もちろんだ」
「いいぜ」
ジンとジェフに、アンドレの返事を否定する理由はない。じっくり考え、本人も納得のいく答えにした方がいいのは当然だからだ。
……そういえばなんでこんな話になったのか、とジンは会話の流れを思い出して、手を叩いた。
「そうだそうだ、俺が違う世界から来た人間ってことは信じてくれるか? 元々はそこからの話だったはずだが……」
『そういえばそうであったな。我も信じるとも。普通の人間の青年ではおおよそ得られることのない知識の量と質、別の世界からこちら側を覗いたと考えた方が自然であるから、の』
アンドレはそう言いつつ仮面を被り直す。
いつもの顔に戻ってくれて安堵した自分がいることに、ジン自身少し驚いていると
「そんなわけで、ジンはそろそろ冒険者ギルドに戻るべきだな。多分もうすぐ夜が明ける、それまでにここを出ていないと流石に怪しまれるからな」
「……なんでだ?」
「……お前さんその顔、さては本当に忘れているな?」
苦笑いしながらも、ジェフはギルドに行かねばならない用事……形式上はジェフ達に攫われたことになっていた件、ゴブリングレート虚偽報告の件、果ては受けて達成して未だ報告できていない依頼の件まで教えてくれた。
一通り聞き終わった後、ジンは顔を赤くしつつ俯く。
「本当に忘れてた……」
「将来は間違いなく大物だなこりゃ。自分の進退のことすら忘れるなんてな」
ジンは大笑いするジェフから顔をそらしつつも、ここでの日々を思い出していた。
ジェフという大男と、アンドレといういかにも怪しい用心棒に連れられてやってきた義賊の拠点。
レベリングと対人戦の訓練の日々。
そして今日の決戦。
とても濃密な日々になったな、と自身で総括をして席を立つ。
「じゃあ一応、世話になったということで」
ジンがそう差し出した右手を、ジェフはしっかりと握る。
「それを言うならこちらこそだ。本当に助かった」
さらにその上から、アンドレの手が添えられた。
『我もしっかりと考えた上で結論を出す。それまでしばしのお別れだ』
「お、そうだ。宿は元々取っていたところにしてくれるとありがたい。探す手間が省けるからな」
「町の入り口近くの宿のことだよな、わかった」
それだけやりとりをして手を解き、周りが怪我人の治療などで慌ただしいこともありジンは静かに倉庫を発った。
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