生きて、みようかな
沈黙が屋上に流れた。お互いに発する言葉はひとつもなく、春先の少し冷たい風が2人の間を吹き通っていた。
「…は?」
と最初に声を出したのは、未だ状況が読めていない俺。金網越しに見る俺の顔はさぞ間抜けだったことだろう。
「ちょ、まっ、えっ?言ってる意味がわからない…少し整理させて…」
「お、おう…?つーか考えるのはいいけどそこじゃ危ないからこっち側来いって…」
「そういうことかー!」
ノブの言葉に大きな声で突っ込んでしまった。うん、びっくりしたよな、ごめんよ。
「てっきり『オレが養ってやるからオレの女になれよ』的な事言われてると思った」
「んな!俺がそんなこと言うと思ったか!」
「いや、言えないな…すまん」
「そこで納得した上に謝られてもなんだか虚しい気がするが…まぁいい」
釈然としない。そんな雰囲気を出しながらも自分を納得させたノブは再度「こっちに来いよ」と言った。
「や、だから身分証明できるものなんかないんだって」
「それだけの理由で命投げられても、救う側からしたらふざけんなってわけですよ」
「うっ」
そうだった。ノブは(仮にも)病院の先生なわけで、俺は今助かりたいって人が沢山いる場所で命を投げ出そうとしていたわけで。
生きたくても生きれなかった人や、今も健康に過ごせない人もいるんだよな。
でも。
「でも、俺みたいなヤツ見たことあんの?身体とココロが不一致なんだぜ?こんな苦しいこと、他の人が分かるわけが無い」
自嘲気味な言葉が口から溢れ出てくる。そうさ、俺は一人ぼっち。誰もわかってくれる人なんていない。
「205号室の倉田さん。今は左脚の骨折で入院してるけど、彼女はいわゆる『性同一性障害』ってやつだよ」
「っ!」
「身体とココロの不一致。人生の先輩として彼女と話してみてからでも遅くないんじゃないか?」
ノブと話をしているうちにだんだんと頭が冷静になってきた。それもそうだ。なにも天涯孤独になったわけじゃない。周りに少なかっただけで、同じ境遇の人は沢山いるのだから。
「…高校なんて、もう行けないぞ?」
「なんだ、この後のことも考えてたのか。いいじゃん。今はそれでいい。後のことは、後でなんとでもなるさ」
爽やかな笑顔で、ノブはそう言い切った。
ストン、と俺の胸の奥に届いたと思う。
不幸を嘆くよりも、楽しいことを探していく。それもいいじゃないかと思えた。明日の事は明日考える。今日の事は今日考えればいい。
それじゃあ、今日これから俺が考える事は…
「…生きて、みようかな」
俺の小さく呟いた声を、ちゃんと聞き取ってくれたノブは「そうだな」と言ってくれた。
「難しく考えると難しいけどな。簡単に考えたら楽だろ?」
「あぁ、そうだな…ふふふ…」
ドヤ顔で話すノブがなんだか面白くて、声に出して笑ってしまった。
「な、何笑ってんだよ」
「いやぁ、その、なんだ、ノブ先生はカウンセリングもお上手だなと」
「あ、それ俺のことばかにしてるだろ」
半目になってこちらを見てくる。まったく、そんなこと1度も思ったことないよ。
「そんなこと、今まで1度も思ったことないよ」
「ほんとうかなぁ…?」
「ほんとだって、ほんとほんと」
「はいはい、さいですかー」
ノブとの変わらない会話。温かい感情とそれに浸るココロ。急に女の身体に変わったときは驚いたけど、そういうもんだ、と大雑把に受け止めることにする。
「明日の事は明日考える、か」
ちくしょう、意外と考えてるんだな。ノブのくせに。
「ありがとな。止めてくれて」
「いえいえ、少ない友達を減らしたくないしな」
「なんだ、ただのボッチじゃん」
「おーい、照れ隠しが可愛くないぞー」
少し暖かく感じる風が俺の髪をはためかせる。どちらともなく笑い、くすぐったい気持ちが胸を染めていく。
とりあえずノブの方に向かおう。
そうして俺は、ほとんど自分で納得したままフェンスを越えて屋上へと戻ったのであった。
「んで?これからどうすんの?」
「『明日の事は明日考える』だろ?」
「それでも早めに計画を立てておく事はいいと思うがな」
「それは明日の俺に任せればいいのさ」
「さいですかー」
お久しぶりです。あまりにも久しぶりすぎて思わず読み返してしまいました。
正直この話は難産でした。至らぬところも多々ありますが、今後ともどうぞ宜しくお願いします。
※追記:建物の高さが3階+屋上なので、倉田さんの部屋を205号室に変更しました。
追記2:建物の高さを5階に変更しました。




