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涙の理由





俺は彼女(かれ)に見惚れ。

彼女は俺を見つめたまま固まっている。


そんななんとも言えない沈黙が漂う空気の中、響いた声は愛嬌のあるハスキーボイスだった。


「あの…」


「は、はい!」


対する俺の返事は高く響くソプラノボイス。昔は俺もイケイケのバリトンボイスだったなぁと頭の片隅に浮かび上がったが、いい声というより顔のせいで怖い声ってイメージだったなとまた深く沈んでいった。


「貴女が、その、猛…さんでしょうか?」


「は、はい!わ、ワタシが猛でごじゃいます!」


声だけ聞くとやはり俺の方が女性のよう。だが、彼女の纏う雰囲気や話し方は、この空間にいる誰よりも色気があった。


…うん。どもりすぎて噛んだことには誰もつっこまないでくれ頼む。


「ふふ…緊張してるんですか?」


くすり、とはにかみながら問いかける彼女。柔らかく微笑んだ彼女の姿は、俺の少ない言葉の引き出しを漁った結果『女神様』と呼べるものだった。


「えぇ、恥ずかしながら。こんなに綺麗な女性(ひと)と話すのは初めてでして」


「まぁ、お上手ですね」


口元に手を当て嬉しそうに笑う彼女は、仕草のひとつ、言葉遣い、どこをとっても女の人にしか思えない。


「こんな姿でごめんなさいね。話しづらいでしょう?」


と窓際のベッドで足を吊られた彼女は申し訳なさそうに眉を顰める(ひそめる)。出来るなら座って目線を合わせて話をしたいといわんばかりの表情だった。


「別に構いません。押しかけたのは僕の方ですし。それに」


言いながらドア付近にあった椅子を彼女のベッド横に持っていき座る。


「ほら、これで話しやすくなったでしょう?気にかけてくれてありがとう」


向こうから気を遣ってくれたのだ。真摯に対応をするのは当たり前だろう、という言葉も込めて笑顔で言い切る。それが伝わったのか、彼女は再度「ごめんなさいね」と言いそれ以上は何も言わなかった。


「えっと、猛…くん?」


「なんと呼んでくれても大丈夫ですよ」


「そう?ありがとう。猛くんも、私と同じで、その、心と身体が違う…えっとつまり、」


「あぁ、はい。そんな感じですよ」


性同一性障害、というのは意外と差別用語として使われることも多い。だからそれ以外の言葉で伝えようとしてくれたらしい。

相手側を最大限思いやれる、とても優しい人のようだ。


「そう。周りの人は?何か言われたりした?理解ある人はいたの?」


「そう…ですね…いえ、周りのみんなとは疎遠でしたから」


事実、友達はいなかったし、先輩や後輩と仲が良かったわけでもない。仕事を始めてから親や兄妹とはメールでのやり取りだけだったから、間違ってはいないはずだ。


「そうだったの…いろいろ大変だったでしょう」


「えっ」


それは突然の問いかけだった。

いえ、大変だと思ったことは無いですよ。と返そうと口を開くが、細い唇はプルプルと小刻みに震えるだけで何も語らない。


そして、瞳からポロポロとこぼれる雫。


「え、えぇ?なんで、どうして…哀しくなんてないのに…止まらない…」


…哀しい…


「えっ」


「た、猛くん?どうしたの?」


…寂しい…


「これって、俺が、いや、」


ーワタシが泣いてるの?ー





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