価値ある別れ
俺が入院して4日目。彼がここに来て…どのくらいだ?ともあれ、彼はここを退院する日を迎えた。この数日間、暇をする日はなかった。
彼と出会ってたった4日間という短い間だが、とてつもなく長い時間一緒にいたように感じる。もちろん彼のおかげだ。朝起きたら誰かがいるなんていつ振りだろうか、などと感傷に浸ってしまった。いい年して情けないな。
たわいも無い冗談やからかいが言える仲なんて、生まれてこの方ノブしかいなかったのに。数日でここまで仲良くなれるとは思わなかった。
彼がよく話しかけてくれたおかけが、はたまた俺が可愛くなったからか。まぁきっと、男の時の俺でも打ち解けたらここまで仲良くなれたとは思うが。
「…こういう時って、なんて言えばいいかわからないよな」
床に視線を落としながら俺は彼に言った。今いるのは病院の1階エントランスホール。朝早いということもあり、待合室のベンチにはチラホラとしか人は見当たらない。
幾何学模様の床のタイルが、なんとも言えない複雑な俺の気持ちを代弁しているようだった。
「…笑えばいいと思うよ」
彼はふざけたように返す。が、彼もなにか思うところがあるのか、目を横の方に逸らしながら頬を指で掻いていた。ここ数日の間で見つけた彼の癖だ。無意識だろうか、困っていると右の頬を人差し指で掻く。顰められた眉が彼の端正な顔を歪ませ、どこか愛嬌のある表情になる。
「そうだな。嗤っとくか」
「いや、絶対今のお前の笑うは馬鹿にしている方だからやっぱりいいわ」
「なんだってそんなことを言うんだ。失礼じゃないか」
「それもそうだな、確かに決めつけってのは良くない。すまん」
「間違えてはないが」
「俺の素直な気持ちを返せ」
ここ数日のいつもの会話。心地よい掛け合い。これも今日で終わりになる。
「うーん…」
「どうかしたか?足が痛むのか?入院するか?」
「おかげさまで、俺の体の中で今一番丈夫なところですよっと」
「さいですか」
チラチラと俺を見ながら何かを言い淀んでいる拓郎くん。
…なんだよ、何かあるならはっきり言えよ。つーかあんまり見るんじゃねぇよ。
「あー、その、なんだ」
「うん、なんだ」
「えーっと…」
「はっきり言えよー、なんだ?」
そう言ってもなかなか話を切り出してこない。その煮え切らない態度にだんだんムカついてきた。器の小さい大人ですまん。
「ねぇ、言いたいことがあるのなら、人の目を見ながら、はっきりと、仰っては、如何ですか?」
わざと一言一句を区切りながら強調して言った。うーん、と難しい顔をしたあと、彼は遂にその口を開いた。
「…お、俺と、その、ら、LINE交換しねぇ?」
「…はぁ?」
そんだけ?と続けようとしたが踏みとどまった。なぜ連絡先を交換するのにここまで時間がかかるのだろうか。俺にはよく分からなかった。
「そのくらい全然いいけど?むしろ大歓迎」
俺友達いないしな!とは流石の俺でも続けられなかった。
「よかった。あんだけ変態言われてたから嫌われてんじゃないかと思ったよ」
「ばーか、本気で嫌ってたら何も言わないで部屋変えてもらうわ」
「確かに」
なんていうたわいない会話をしながら2人でスマホをポチポチと弄る。手馴れた様子でスイスイと操作する彼を見てたらいつの間にか画面には読み取る用のQRコードが。
やはりスマホなんて最先端の機械は若い子の方が上手に使えるんだな…俺なんてまだアプリすら起動してないぞ。
「…遅い」
「仕方ないだろ、慣れてないんだから。ていうか教えてもらう立場の人が言うセリフじゃなくない?」
「言えてるな」
全くそう思っていない笑顔で返してきた。それ以上は何も言えることがないので、一生懸命操作する。
…これだな。やっと見つけた追加欄で俺もQRコードを表示。そのままずいっと彼の目の前に突きだした。
「ほら、開けたよ。後はわからんから頼んだ」
「機械オンチかよ…このぐらい簡単に出来るだろ今どき…」
ブツブツ文句を言いながらも操作をしてくれる拓郎くん。なんだかんだ言ってもやってくれるのが彼のいい所だと思う。
「ほら、出来たぞ」
「さんきゅ、これに送れば繋がるんだよな確か」
「おう。ていうか中身勝手に見て済まないが、なんでアプリは持ってるのに連絡する友達がいないんだよ…友達0って初めて見たぞ」
「仕方ねーだろ、交換するやついなかったけどアプリは取るだけとってたんだから」
「お前…寂しいな」
「うるせぇやい」
話をしながらも俺は彼にスタンプを一つ送ってみた。やる気のない目をした熊が膝を抱えて寂しそうないるスタンプだ。
「…なんだって今こんなスタンプを送ったんだよ」
「いや、なんとなく?」
「そうですか」
そう言うと、彼も少し悩んだあと俺に一つ送り返してきた。同じ熊が泣いているやつだ。
「…俺からも聞くわ、どんな気持ちで送ってきたんだ?」
「うーん…俺の今の気持ち、かな」
そう言って照れた様にはにかむ拓郎くん。別に一生会えないわけじゃないんだし、悲しむことないだろ。
とは流石に言わない。俺にとっても数少ない友人だし、なんてったって俺も少し寂しい。
少し悩んだあと、俺は名案を思いつき、スマホを操作し始める。
「なぁ、写真撮ろーぜ」
「は?あぁ、写真ね。いいなそれ」
「だろ?俺の携帯でいいか?」
「構わんよ。後で送ってくれな」
「りょーかい」
そのままカメラを起動し、スススッと彼の隣に移動する。そのまま肩を組もうとするが、如何せん身長差がありすぎる。
「すまん、もう少ししゃがんで貰えるか?」
「おお、こうか?」
そう言いながら拓郎くんは少し膝を曲げる。それでも頭ひとつ高い。
「もうすこし!」
「こ、このくらいか!」
よし、高さは十分。だが今度は2人の顔が画面に入り切らない。腕をめいっぱい伸ばしてもダメだ。
「んー…あ、もっと寄ればいいのか」
「えっ」
俺は彼に顔を近づけ写真を撮ろうとした。しかし近づけた途端彼の顔が離れていく。もう1度近づけてもまた離される。
仕方ないので彼の頭を抑え、それから近づく。
「ちょ、おまえ!」
「ごめん!嫌だと思うけど少しこの状態で!あと笑顔でな!」
ジタバタとする彼の頭を押さえつけながらカメラを向け、「はいチーズ!」とコールしてシャッターを切った。運動部の割に暴れる頭を簡単に抑えられたので、彼の筋力は女になった俺より弱いのかと心配になった。
「よし撮れた。じゃ、この後また送っとくなー」
そう声をかけても彼は無言で俺を見てくるだけ。どうしたのかと首をかしげていると、大袈裟な動きで額に手をあて「はあぁ…」と大きなため息をついた。何なんだまったく。
「もう、なんでもいいや。じゃ、写真は楽しみに待っとくな」
「おう、期待してろ」
「はいはい。…そんじゃ、」
「あぁ、それじゃあ、」
「「またな」」
2人してセリフが被ったことに対して笑いあいながら、お互いに手を振って別れた。
願わくば、この出会いが素晴らしいものであるように、と。
この別れが意味あるものになるように、と。
彼が見えなくなるまで、手を振り続けたのだった。
読みやすいかなと思いまして、行間をあけてみました。読みにくい、ましになった等ございましたらお気軽にコメントの方お待ちしてます




