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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
古生物を食す(石炭紀海産グルメ①)
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朝、海を覗く ≪登場古生物: 三葉虫、フズリナ類≫

ドンドン、という強烈なノック。直後、けたたましい着信音。

―あっという間に、朝か。

眼の奥に、まだ昨日がこびりついている。

夢を見たかどうかさえ、思い出せはしなかった。

調査というのはいつもそうだけれど、行きのときには「ちょっと休んで羽を伸ばすか」といったところが、始まるとすぐ、ジェットコースターなのだ。

荷物はもう、まとめてある。

ひょいと背負って、外に出た。

海面にぼぉっと張った霧が、すきっと澄み渡った青空に、めらめらと溶けつつあった。

「つっかまえた」

背後からがしっと、肩をつかまれる。――気づいてたけど。

「アリア、ちょっと寝坊してごめん」

「霧が晴れ次第、出発ね。まだ危ないから」

「ふぁ~…あと30分はかかるわよ。飛行機が出るのも、正午だもの」

そう、あくびをしながら出てきたリリィは、まだ寝癖が髪をくるくるウェーブさせていた。


ツン、とするほど冷めた朝霧は、散策する私を、しっとりと濡らした。

こういう朝は、散策にかぎる。

霧の立ち込めるなか、滞在するホテルの敷地内しかアクセスできないけれど――

ここにあるのは、石炭紀の地球なのだ。

”ホテル”の前には船着き場があって、そこから見下ろした先は――石炭紀の、海だ。


昨日でたEugeneodontも結局のところ、遠洋漁業で漁獲されたものらしい。


つまり、私は海を目の前にしながら、まだこの海の生き物を見ていないのだ。


かすみに揺れる水面を払い、覗き込む。

スキっと澄み渡った海は、海底まで容易に見晴らしが聞く。

建物を支えるコンクリート製の基礎モジュールには、まるで細かな網の目のようなコケムシ類や、指先ほどの小さな腕足類が、びっしりとこびりついている。海藻の姿も多かった。

――これらのかなりの部分が、まだ未記載のものだろう。

そして、その底に広がる砂――と思いきや、違う。

砂は、敢えて基礎モジュールの上に這い出したり、しない。

あれは…全部フズリナ類か…。

現代の熱帯域にみられるホシズナのように、仮足を延ばして少しずつ移動するらしい。

サンゴ礁の少し高まったところに集まる、ゼニイシの行動に似ているかもしれない。

さすがに、見ているうちに少し動く――ことには、まったく期待できなかった。

よく見ると、海底がほとんど全部、フズリナと腕足動物でできている。無数の生命が、海底を埋めていた。中に、時折イソギンチャクのように見えるものは――単独性の、四方サンゴ類ではなかろうか。

居住モジュールが適度に波を遮ってくれるおかげで、ほんらいもっと深場の波の影響を受けにくいところに生育するはずの生物が、より浅いところまで進出しているらしい。

古生代の石灰岩は、ほとんどフズリナ類で構成されているのも――これをみれば、納得だろう。

腕足動物の群れには、時折巻貝が混じっている。

さらに、そんな間を時折、エビに似た甲殻類が動き回っていた。しかし手に取ろうとするといかにも俊敏で、目が追いつかない。せめて、胸脚の本数でも分かればよかったのだが。

そして、動き回るものの中には、3㎝ほど、オカダンゴムシを一回り大きくしたくらいの生き物がいた。滑るように這いまわるそれは――確かに、三葉虫だった。

あまりにも化石のままなので、ちょっと笑ってしまう。

――採集したいところだが、水深数メートルはありそうだ。ちょっと手が出ない。

網がないのが、あまりにも惜しい。もし持ってこれていれば、いろいろわかったろうに。

最も惜しいものといえば、海底に無数にあいた穴の持ち主である。

あの穴は――おそらく生痕化石、Thalassinoidesに相当するものだろう。アナジャコやスナモグリがつくるY字状の穴に似ているのだけれど、この時代には勿論、アナジャコもスナモグリもいない。

だから――最も多く見つかり、しばしば海底を埋め尽くすほどの生痕化石でありながら、その正体は皆目不明なのである。

はぁ、とため息をつく。


気づけば、水面にかかるもやは消え去り、青空が水面に映っていた。

波は、ない。鏡のような、水面。

浮かぶ居住ブロックの間にみえる、海。

あたかも碁盤の目のように張り巡らされた、水路のようである。

この町の“道”は、すべて海の上にあるのだ。

小舟に乗って、旅が始まる――荷物を受け取る、旅に。


後ろから、トトトン、と軽やかな足音。

振り返れば、リリィが小さなバッグを抱えて駆けてきた。髪はもう整えられていた。が――ところどころに寝癖の名残を感じさせるウェーブがふわふわと揺れていて、思わず笑みがこぼれる。

「おまたせ~!これ、朝ごはん!」

差し出されたそれは、塩漬けの魚を挟んだ、簡易なパン、のようなものだった。

”魚”はどうやら小ぶりの軟骨魚類のようだが、それ以上はよくわからない。

恐らくだが、昨日沢山売られていた、ファルカトゥスに似た何かではないか、と思うが、ただの予測だ。

粉を焼き固めただけのような――素朴な食感。

単純極まりないけど、味のバランスはとれている。

欲を言うなら、レタスが欲しいけど。

「おいしい」

リリィは顔いっぱいに笑みを浮かべて、

「よかった!起き抜けで作ったから!」

するとアリアがふりむきざまに、叫んだ。

「じゃあ空港まで、漕ぐよ、ケイ!」


霧が晴れるとともに、街が、動き出す。

海上に並ぶ居住ブロックから――ぽつり、ぽつりと、小舟が動き出す。

列となり、交差し、揺らめき、だんだん密になっていく。

飛び交う挨拶、櫂のきらめき、すれ違いざまの笑い声。

気づけば、あっという間に、海上は小舟でごった返していた。



作者あとがき

今回はアマゾン盆地の海成層の生物相について。しかしながら、色々出ているのに研究が進んでいないという巨大な壁が付きまとうのです…。。。腕足動物を極める、というのは本作らしいのですが、採集道具がまだそろっていないうちには下手に行動に移るわけにもいかず、ただ上から眺めるだけというシーンに…。

んぐぐ

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